あれから数日経ったのだろうか。
ここでの生活は不便だ。入浴やトイレは近くにいる監視員に言わなければならない。


拘束されたその日から取調室で聴取を受けたがアレは精神的な拷問だ。
何時間も金切り声やら荒げた声で「お前がやったのだろ?」と言われ続けるのだ。最初は表情を変えずに違うと言えたが、最終的には違う、やってないと喚き散らしながら叫んでいた。お互い大きい声を出しあってるだけのときだけは笑いそうになったがあのときは精神的に重病だったのだろう。


「…今日で聴取は終わりだそうだ、もう止めろ」


拷問を受けてる際に突然扉から男性が入ってくる。私の担当刑事達はその言葉に不服だったらしいが、男性が睨むと何も言わず取調室から出て行ってしまった。いい気味である。


「…僕じゃなくて"息子"の命令を伝えただけだがな」
「えっ!?」


その男性の顔を見てハッと驚愕する。
顔、容姿から私にブローチを渡してくださった総理のお父様だと一瞬にして分かった。


「………何回も助けていただいてありがとうございます…それにブローチも貰ってしまって…」
「まさか清多夏のボディーガードやってたとはな」
「…すみません」
「謝ることではないだろう。清多夏が毎回君のことを褒めててな」
「総理が、ですか?」
「だからこそ君を助けたいのだろう。…君も大変だが今は我慢してて欲しい」
「…はい、ありがとうございます!」


お父様と話すのは絶望的事件以来だったせいかぎこちなかったけど、励ましを受けてもらった。それは精神的に参っていた私にとって大きいものだった。


取り調べが無くなった後は嫌がらせなのか、もしくは私がテロリストと自白させる為なのだろうけど、暴力はない代わりに食事がまともに取れないのが堪えた。一応支給されているが非常に少ない。こう毎日人間が必要とする栄養を摂れていないと随分と痩せこけてしまう。自身の手から足先まで見渡して乾いた笑みを浮かべた。


取り調べがなくなってから数日経った今、初めて面会という形で監視員に連れていかれる。扉をくぐると上に鉄格子がついた窓と椅子があるだけで他には何も無かったが強化ガラスで隔たれた先に見覚えのある姿が見える。私の姿を見て驚愕している総理だ。
総理に言われたのだろうか。本来その場にいなければならない監視員はそそくさと扉から出て行ってしまった。これで隔たれているとはいえ2人きりになった。


「……ご飯を食べていないのかね?」
「自白させる為ですよ、食事はもらってますけど少なくて」
「充分な食事を取らせるように僕から言っておこう」
「…はは、それだと拷問じゃないですね」


久しぶりだけども相変わらずな彼を見て自然と笑うことが出来た。けれど私が笑っても総理は悲しい顔をしているばかり。ついには彼の両目から涙が一筋溢れ、私の表情は一気に固まった。


「僕は日々未来機関や警察に伝えた。…もちろん父さんにも。君が無実であること、絶望の残党に嵌められたこと。みんな納得はしてくれるが、行動に移せないらしい。"上"の圧力がなんだとかで。もちろん僕は圧力をかけようだなんて思っていない。むしろ君を助けたいのだ!」
「はい、分かっております」
「君が連れ去られたときから僕は皆に言い続けてるのにも関わらずっ、何も進展がない!報道も君を悪役に仕立て上げて国民は君を非難し続けている日々だ…」


総理は頭を下げて机に突っ伏す形になる。そしてすぐに嗚咽と鼻をすする音が響き渡る。意外と総理は感情が高ぶって泣いてしまうからなぁ。と思いつつも私の為に泣いてくれることがほんの少しだけ嬉しかった。


「…僕はすごく辛い。君が非難されることが。君の処刑を願う人の声が大きくなって聞こえてくることが」


総理はボロボロと大粒の涙を机に落としていく。総理の弱々しくなった声は初めて聞いた。肉体的にも精神的にも参っているのだろう。そんな彼の頭を撫でたくなって手を伸ばしたがガラスにぺたりと張り付いた。これ以上はいけないとガラスの冷たさが物語っていた。

私は小さい鉄格子越しの空を見上げる。青空は澄んだ青色で素晴らしいものだった。対照的に自分がどれだけ愚かなことをしてしまったのか気づかされた。

貴方のことを知ってしまったこと。仕事仲間ではなく男性として見ていたこと。貴方の言葉で言うのなら、不純な一晩を過ごしたこと。今もこうして貴方のことばかり考えていること。

私は…SPの仕事をしっかりとこなせただろうか。


「くっ……ッ」


総理は涙を流すのをやめずに背中を向けようとする。ただならぬ雰囲気に思わず声をかけた。


「何をしに行くのです!?」
「決まってるッ、演説を開くのだ!僕が証言して国民に証明してみせる!みょうじくんは無実だと!」
「何を言っているんですか!いけません!誰に狙われているのか分からない状況で表舞台に出たら総理が…」
「そんなもの気にするものか!僕の命よりも君の命が大切だッ!」
「お願い、"行かないでっ"!」


私がそうお願いした後にハッとする。私は総理相手にタメ口と命令形の言葉を発してしまった。
総理はピタリと止まり、こちらの方へ来てくれた。顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。


「……申し訳ありません。取り乱してしまいました」


自分で立ち上がり、頭を深く下げる。総理は何も言わなかったが、パイプ椅子を引く音が聞こえる。座ってくれたのだろう。頭を上げ総理が座ったことを確認してから席に着く。


「…まだ面会時間はあります、その時間だけ一緒にいてください」
「…………うむ、」
「それに…貴方は国のトップです。私よりも貴方を求めている人は多いんです。だから…生き延びてください。私はここで無実を証明し続ける限り生きられますから」
「…失礼した」


お願い、聞いてくれてよかった。ただでさえ辛い生活を強いられている中での総理との面会が生きる希望だ。限られた時間いっぱい使いたかった。

総理の顔を見るとやはりではあるが納得いってない様子だった。どうしても無実の証明をしたいと言う顔だ。それは総理の正義感からか、それとも"石丸さん"の私情なのか。


「…どうしても私の無実を訴えたいのでしたらこれをお渡しします」


私は胸元についている紫色のブローチを外した。その行動を総理は驚いたような顔をした。


「そ、それは父さんがみょうじくんに渡したものでは」
「はい、お守りです。あの事件を生き延びられたのはこのお守りがあったからだと思ってます。少し非科学的ですけどね。でもお守りはあった方がいいかと」
「で、でも君は」
「大丈夫です。一応監視員はいますが最低限の生活は許されてますし、ある意味守られていますから。…それにお守りって自分で買うより他人から貰った方が効果あると聞いたことがありますよ!」


まぁ、それも非科学的ですけど。と笑った。
総理は口を閉じていたが、しばらくして分かった、と口を開いた。
その瞬間に私の方の扉から監視員が入り、面会終了です。と声をかけてくる。


「…またここに来る」
「ええ、ありがとうございます」


総理と短い言葉を交わして監視員と共に面会室から出た。


「このブローチを総理大臣に届けてくれますか?あ、爆弾じゃないですよ?」
「…まぁ大丈夫だとは思いますが検査をしてからお渡ししますね」
「はい、お願いします」


その際に監視員にブローチを渡し、留置所という檻の中に入る。この中で出来ることといったら監視員が持ってる小型テレビを見ることくらいだ。
碌に食事もらってないのだから動かない方が賢明だ。テレビのバラエティ番組を聞き流しながら眠りについた。


ふと目を開けると何やら外が騒がしい。監視員も誰もいない状態だ。こんなことは初めてだ。
扉の開く音がする。そこから大勢の人が檻の外から見つめられる。まるで客寄せパンダのような気分だ。


「みょうじなまえ。今日をもって処刑する」


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