こんな洋館に初めて入った。
俺はその廊下を進む。途中で女が俯きながら通り過ぎた。顔は見てねーが話で聞いたみょうじとかいう兄弟のボディガードだろう。力は弱いが男よりも勘が鋭く危険察知が上手いと聞いた。
…そういえば絶望の残党狩りであまり知らなかったがテレビで大々的にテロリストとして報道されてたな。結局それは覆り、本当はみょうじが兄弟を守っていたらしいが。

強めにノックを叩く。反応が無い。何かあったんじゃねーかと思いドアを思い切り開けたがそんなことはなかった。ただそこには窓際で兄弟が空を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。


「オイ、兄弟」


返事が無い。ドアを閉めて顔が見える所まで歩く。兄弟の目は今までに見たことのない色だった。赤い目は赤黒く淀んでいて一瞬まさかと怯んじまった。


「オイッ!兄弟!!」


結構大きい声で呼べば兄弟はハッとして俺の方を振り向く。


「ああ、兄弟。…いつからいたのかね?」
「まぁ、今さっきだけどよ。どうしちまったんだ?」
「…分からないのだよ」


そう言いながら兄弟は空を見上げながら寂しそうに微笑む。


「分かんねーってよォ。俺にはテメーがよく分かんねーよ、何で笑ってんだよ」
「…ハハ。確かに、コレは泣くべきことかもしれないな」
「……あ?」


兄弟は笑いながら呟く。訳が分からないまま俺は兄弟の返事を待つ。


「今さっき、解雇通知を伝えたのだよ」
「…はぁ?」
「みょうじくんにだよ。恐らく兄弟も廊下で見たはずだ」


確かにここに来る前アイツが俯いていたのが分かる。
…けどおかしいじゃねーか。確かみょうじという女は何回か兄弟を助けている筈だ。やはりあの報道が効いたのか?


「…何故だ?…あの報道か?」
「いや、そんな訳ないじゃないか。みょうじくんにはそれが原因だって言ったが、むしろ助けてくれたのだからな。僕だって出来るだけいて欲しかったさ」
「んじゃあ、上からの命令か?全く分かんねーな。お偉いさんの考えはよ」
「兄弟、違うんだ。解雇したのは僕の独断だ」
「オイオイ、ますます分からねーよ。いて欲しいのに解雇したってよォ…いくら兄弟でもそんな支離滅裂なこと」


すると兄弟はまた窓の方を見つめ始める。なんだよ、俺の言葉を無視すんのか?いくらなんでも久々の再会に酷すぎじゃねーか。ちょいとばかし気づかせてやろうかと拳を強く握ったところで掠れた声が響く。


「……みょうじくんの為だ」


その声に兄弟の方を見る。兄弟の顔はよく見えていない。が、掠れた声といい何かあったに違いなかった。


「…見ての通り僕はもう人の上に立って導く存在だって誰だって分かる。今は最初就任したときより狙われやすくなっている」
「そりゃそうだな」
「…だがメリットだってある。人前に立つことで希望を持ってくれる人が増え、今では絶望の残党による暴動はほとんど無くなった。完全というわけではないが平和になってきたのだよ」
「……おう」


そう言った後、兄弟は体を僅かにこちらに向け俺は顔を見ることが出来たのだがその顔を見てびくりと驚いてしまった。


「僕は、……みょうじくんが普通の女性に戻って欲しかった。それだけなんだ」


兄弟は微笑みを浮かべながら両目からボロボロと涙を流していた。掠れた声からして流石に予想はしていたのだが、その兄弟の姿をいざ見ると心配してしまう。


「兄弟…」
「幸い報道に映ったみょうじくんの姿は後ろ姿だけだ。顔を覚えられて後ろ指を指されることはないだろう。僕を守るボディーガードではなく、平和な世界で暮らす一般の女性になった。それだけだ」


兄弟は大きく息を吸い、言葉を繋いでいく。


「……僕は夢を叶えただろうか。僕なりに努力すれば報われる世界に少しでも近づいたと思う。だが、僕がどんなに努力したって…報われないものもあるって気づかされたのだ」


兄弟は寂しそうに涙を流す。恐らくだが、何となくだが分かる。


「……恋か」
「ああ、しかも初恋だ」
「それなら傍に置いておいても良かったんじゃねーか?さっきみょうじを見たけど俯いてたぞ。みょうじも兄弟のことを…」
「ああ、だろうな。兄弟にだけ言うが接吻もした関係だ」
「……ッハァッ!?マジ?」


泣きながら微笑み、サラリと問題発言した兄弟に大声で叫ぶ。オイオイそこまでしてフったのか…?


「そ、それでフるのか?さ、流石に責められても擁護できねーぞ…」
「分かっている…僕はもう風紀とか言える立場ではないのだ。でも理由はあった。僕には縁談の話が来ていたのだ。今の復興を先導している大企業のお嬢さん、らしくてな。内閣の政治家さん達も絶賛の相手だそうだ。この話は未来機関の一部の人も知っている」


あまりにも情報が多すぎて頭がパンクしそうになるが何とかフル回転させる。


「ま、マジか…兄弟もすげーな。んでそのことをみょうじは?」
「もちろん知っていたが?」
「そう言葉の語尾をあげて返されてもよォ…兄弟。それをお互い知ってキスしたのか?」
「…ああ、みょうじくんに許可を出してな。僕が驚いたのはみょうじくんが僕のことを好いていたことだ。みょうじくんがテロリスト扱いされて2人で逃げ隠れていたその日の夜、僕に縁談の話が来ていたのにも関わらず僕とみょうじくんは一夜だけ"恋人関係"になった…学園にいたときの僕なら考えられなかった…」
「………」
「無理もない、こんな話。兄弟になら…って思ったのだが流石に言葉も出なくなってしまったようだ」
「…分かんねーな、好きならどうして縁談の方を蹴らなかったんだ?好きな女を泣かせるのは良くねーぞ?」
「…縁談の話はもう引き返せないほどに進んでいる。そこまで進んでから僕は本当の気持ちに気付いてしまったのだ。そもそも僕が縁談を断ったら多くの国民から批判されるだろうな。それに………みょうじくんの相手は僕じゃ駄目なんだ」


その瞬間、兄弟が膝から崩れ落ちた。


「お、オイ!大丈夫か?」
「僕は総理大臣だ、一国を背負うリーダーだ…だからこそ、絶望の残党だけじゃなく、僕を批判する政治家やその支持者にも狙われるリスクが高い。
一夜だけ恋人になったときもみょうじくんは言ったんだ。『命に代えても守ります』と…。彼女はボディーガードという仕事故に僕をどうにかして守ろうとするだろう。僕にはそんな彼女を見ていられなかった…


……いづが、本当に、僕の為に命をっ落どしてしまうんじゃないか…って」


兄弟は嗚咽を零しながら今まで我慢していただろう気持ちが溢れながら泣き続けた。
ここまで俺は今までの自分をぶん殴りたくなった。俺は今まで、いやこれからも兄弟のことを対等な関係で話しているのだが兄弟は俺の上、しかも国の上に立っている立場だ。だからこその思いがあるのだろう。
総理大臣故に兄弟は好きな女に守られる立場だ。だからこそ、その立場を終わらせたかったのではないだろうか。
励ましの言葉は頭に浮かぶがどうも声をかけづらかった。不器用な俺だからこれが本当に兄弟の励ましになるか分からなかった。


「…」
「……みょうじくんには僕の傍から仕事から離れて普通の女性らしく…みょうじくんを幸せにしてくれる男性と結婚して…幸せな家庭を、…築いてくれるだけでいいんだ。それで僕は平和な世界を作り上げられた…僕が今まで努力した結果報われる。そう思えるんだ…僕は…」

「もういい、テメーの気持ちは分かったぜ…だからもう喋るな、もう泣くな。…こっちまで泣きそうになっちまう」


とりあえず、色んなことがあったし兄弟は兄弟なりにみょうじのことを考えてると分かった。
ただ気がかりなのが多分そのことをみょうじに伝えてなさそうってことだ。兄弟の配慮だろうが、急にクビにされてみょうじは何が何だか分からない状態になるだろう。


「ハハ…、すまないな」
「…まぁ、なんだ。俺で良ければ話は聞くからよ、とりあえず落ち着いたら飯食おうぜ」
「ありがとう、兄弟」


兄弟が落ち着くまでに時間はかかったものの何とか調子を取り戻すことになった。
しかし飯の時間になって兄弟がみょうじくんがいつも作ってくれたっけ…みたいに呟くもんだから立ち直るにはまだまだ時間がかかりそうだと心の中で思った。


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