第二次絶望的事件が起きるファクターが私?
戦刃さんに運んでもらったことに感謝しつつも彼女の言葉が引っかかっていた。とりあえず病院で治療を受け、1日入院という形で体を休ませてもらった。


朝のニュースでは大々的に総理についての報道がされていた。
未来機関が石丸総理を誘拐したのではなく、襲撃してきた絶望の残党から総理を保護する為と訂正してから番組は話を進めている。このニュースで初めて知ったのがあのSP達は未来機関のビルも襲撃、爆破していたらしい。それも前日までは私のせいになっていたそうだ。

もし未来機関が助けに来てくれなかったら、撃たれて死ぬか私が絶望の残党の罪を被ることになっただろう。考えただけでゾワリと背筋が凍った。

体の具合は良かった、というのも応急手当てが良かったらしく症状も軽くなり、おぼつかない動きではあるが歩くことは出来た。その足で未来機関が用意した車に乗り洋館まで乗せてもらった。


「みょうじくん」


車から降りて玄関まで歩くと、玄関前に総理が立っていた。いつも通りの笑顔をこちらに向けてくれる。


「総理、ご迷惑をおかけしました」
「さあ中に入ろう」


ふと総理の声に違和感を感じる。抑揚のあるハキハキ声ではない、落ち着いた声だった。元気がないのだろうか、どうして、そう思いつつも扉をくぐる。目の前にはいつも通りの変化のない内装が見え、安心した。


「みょうじくん、帰ってきて早々悪いのだが話がある」


やっぱり。
顔を曇らせる総理を見て確信する。


「何でしょうか?」


例え嫌な予感がしても総理の話す内容がとても気になった。怖いと思っても聞かなければならない。


「今日付けでこのSPの仕事を辞めてもらう」
「…………」


総理の表情は影が一層濃くなった。同時に何かを隠しているとも取れた。


「…何故でしょう?」
「ニュースでみょうじくんが取り上げられたからだ。前日までは君が悪者扱いだった」


総理は言葉を一旦切り、暫くしてまた口を開いた。


「国民だってその場にいなかったのだから想像を膨らませるしかない。今日から君は悪者ではないと僕や報道が言い張ってもそれを疑う者もいるのだ」


それは確かにその通りだ。今日になって悪者が変わりましたってなったら一部の人間は捏造だと思うだろう。それは覚悟の上だ。


「それに僕達はSP達が呼び寄せた報道によって知られすぎたのだ。僕はまだいい。問題は君だ。今日のニュース特集で君の仕事が取り上げられてしまった」
「え、私のですか?」
「む、見ていないのか?」
「すいません、特集までは」
「…君の姿こそは映ってないのが幸いだった。いや、未来機関がプライバシー保護で君の写真を用意させなかったのだろう。
そこでは夏のサミットで起きた襲撃や僕が誘拐されたこと…そこでみょうじくんが守ったエピソードが紹介された。

…だが、それは絶望の残党達にも見られている筈だ。これからは君が狙われるだろう」


真面目な顔で正確に内容を伝えてくる。
報道の力は絶大だ。例え私が悪者にならなかったとしても、これから狙われるリスクが高くなったのだ。
それでも、


「私は総理を守れます。どんなに仕事が増えようとも、守り続けてみせます」
「…駄目だ、みょうじくん。僕が許さないのだ」
「でも…!」


総理の見たことのない恐ろしく厳粛した顔に怖気つくも、傍にいさせてほしいと懇願した。それでも総理の考えは変わらなかった。

そのとき戦刃さんの言葉を思い出す。
絶望的事件のファクター…こんな所で思い出すなんて。私はいずれ総理を脅かす存在になってしまうのだろうか。
もしそんな存在になってしまうのだとしたら総理は私と会わないほうが余程いいのかもしれない。


「それに僕は言ったはずだ。今日付けで辞めてもらうと」
「……」


追い討ちをかけるように総理の言葉が続いた。何と冷たい言葉だろうか。ひどく胸に刺さり、叫んでしまいそうな痛みだ。


「…分かりました」
「……まだ迎えの車はあるだろう。僕から伝えて待たせておくからみょうじくんは自分自身の物をまとめてくれたまえ」
「はい」


と言っても自分が持ってきた物なんて少ないからすぐに準備出来た。
本当は傍にいたい。だって好きだって気づいてしまったから。もっといたいって思ってしまったから。
けど、もう承諾してしまった以上ここから離れなければならない。


「…ではお世話になりました」


総理の顔をあまり見ないようにして深く頭を下げた。治療したばかりの場所がチクチク痛み出す。だけどそんな痛みよりも胸が苦しかった。
頭を上げて部屋の扉まで向かう。普通に歩いていると見せかける為ゆっくりと歩きながら。


「言い忘れたことがある」


扉のノブに手をかけようとしたとき、不意に後ろから声が聞こえ、抱きしめられる。私の体を包むように手を回す力は強い、だけども優しかった。


「…僕のことなんて忘れて、君は幸せになるんだ」


耳から体中へと駆け巡る彼の言葉は先程の表情から発した言葉とは思えなかった。今まで見せていたあの優しい笑顔で言っていると、顔を見なくても分かってしまった。

彼の方に振り向かずに大きく頷いてノブを回す。その行動に彼の腕はするりと呆気なく離れ、不本意ながら自由の身となった。私は廊下へと歩き出し後ろ手でドアをキィ、と静かに閉めた。

本当は彼の顔を見たかった。だけど振り向けなかった。総理の決めたことにこれ以上文句や反対意見を言っても何も起きないと思っていたし、何よりも


「……はぁ……止まらない…」


静かに流れる涙を彼に見せたくなかった。泣いてるところ見られたら大人気ないと思ったし、彼が心配するだろう。その心配してくれる優しさにまた涙が溢れそうだし、甘えてしまいそうだからだ。


「貴方を忘れるなんて、無理に決まってるじゃない…」


そう口に出しても誰も聞いてくれる人はいない。とりあえずこの泣き顔をなんとかしなければと洗面所へ向かった。


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