「ここから出ないで待った方が得策かと思います」 「ま、待つのか?」 総理がキョトンとしながらこちらを見つめてくる。 「小屋の中に誰かいるのを悟らせないのもありますけど、中で態勢を整えるのも大切です。…それに僅かな可能性ですが、この小屋に入られる前に未来機関があのSP達と鉢合わせになることも」 「…君の主張はなんというか弱いというか、ツッコミどころが多すぎるような…」 「う、すいません…でもここから出たとしても逃げ道は塞がれているような気もしますので」 「…確かに。それなら待った方がいいのかもしれない」 「はい、未来機関の人に催促…というわけではないですけど連絡しますね」 「ああ、お願いする」 とりあえず携帯を取り出して霧切さんに連絡を取る。すると霧切さんの声が聞こえてくる。 「みょうじさん?」 「はい、みょうじです。…厄介なことにSP2人と約10人程の人がこちらに近づいています。総理は山小屋に避難させております」 「…そう、分かったわ。このまま電話を繋げてて頂戴。GPSと外部の音から場所が分かるかもしれないわ」 「…はい」 私は霧切さんの言う通り電話を繋げた状態にする。誰も言葉を発せず息を潜める。外からは草の踏む音がだんだん近づいてくるのが分かった。 「これは隠れるのに御誂え向きな所だ」 閉まった扉の先から男の声がする。思わず冷や汗をかいてしまうも声を出さないように携帯を持ってない手で口を抑える。総理は私の隣で胸を押さえながら目を閉じている。 ガチャリ、とドアノブが回る音がする。マズい、見つかってしまう。鼓動が最高潮に達した瞬間だ。 「待った!」 「テメェら動くんじゃねーぞ!?」 聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。その声の後に、大人数が走ってくる音、逃げろと慌てふためく声が聞こえる。 「…………苗木さん」 「……これは兄弟の声だ!」 総理の顔は神妙な顔から一変してパァァと目を輝かせる。兄弟、というと大和田さんかな?そう考えてる内にガチャリと扉が開いた。扉を開けた人と目がすぐに合う。冷たい目で私を見下ろす彼女はゆっくりと口を開いた。 「………怪我してる」 「あ、えっと…」 「ああ、戦刃くん!みょうじくんの手当て出来るかね?」 そうだ、この人が78期生を解放した戦刃むくろ…。 彼女は頷きはしなかったものの私の前でしゃがむと、私の右脇腹が見えるように服を豪快に開く。 「……っ!」 「…意外と深い。石丸君は何かやった?」 「ああ、傷薬の代用となる薬草を使ったぞ!」 「……それなら大丈夫。みょうじさん、だっけ?」 「あ、はい」 名前を呼ばれて戦刃さんの顔を見る。彼女は真顔の表情を変えなかった。 「……よくここまで来れたね」 「…はい?」 「これって銃による怪我でかなり深いんだ。それなのにここまで来れたのってすごいって思ったの。軍人でもかなり苦しむものなのに…」 戦刃さんは目を伏せる。怪我を負いつつ、ここまで逃げて来れたのは珍しいという口ぶりだ。 「…火事場の馬鹿力ってやつですよ。死にたくないときに出るやつです」 「…なら今は立てないよね?」 「あはは…そうですね」 「…石丸君、肩を貸してくれる?」 「ああ、勿論だ!」 2人に支えられてる状態は側から見たら何とも情けない姿だろう。だけど、もう体は疲労困憊で何もしてないだけで脇腹が痛み出すのだ。 外を見ると、残党達はどうやら未来機関に連れ去られたようで外には霧切さんと苗木さんがいた。 「みょうじさん、遅れてごめんなさいね。苗木君が山の中で迷ったみたいで」 「ぼ、ボク!?で、でも石丸クンもみょうじさんも無事だったし…」 「まさか迷ってる中で幸運にも山小屋を見つけるなんて思わなかったわ」 「あはは…みょうじさん、怪我は大丈夫?」 「……正直、辛いですね」 そう笑いながら告げると、戦刃さんが総理に向けて話し出した。 「…石丸君は苗木君達と山を降りて貰っていい?みょうじさんは私が運んで山を降りていく」 「む、戦刃くんはそれでいいのかね?」 「うん、平気」 「わわっ…!」 突然体が宙に浮き、目の前には戦刃さんの顔が見える。 あれ、私女の子にお姫様抱っこされてる? 「こうすればいい。山を降りるときに襲われたら私が倒すだけ」 「…ふふ、流石戦刃さんね。お願いしてもいいかしら?この山の中で車は入れないから」 「うん、それじゃあ麓まで」 「分かった、気をつけたまえ!」 戦刃さんは私を持ってスタスタと山を降りだす。チラッと総理を見ると手を振ってくれていて、小さく頷いた。 「あ、あの、重くない?」 「大丈夫。…みょうじさんに聞きたいことあるんだけど」 「は、はい」 「盾子ちゃんに会わなかった?」 聞いた途端に背筋が伸びそうになる。そうだ、あの江ノ島と双子の姉妹なんだっけ。 「…うん、2回会いました」 「何か言ってた?」 「最初は総理のスケジュールを覗かれて…、2回目は山小屋の中で会いました。私がテロリストにされてるということも彼女から聞きました」 正直に伝えると、戦刃さんはこちらを見下ろしつつも目線を私から逸らした。 「…それなら気をつけた方がいいかもね」 「え?」 「盾子ちゃんが誰かに近づくのって絶望に関することなの。絶望のビデオを作らせたり、完璧な才能を持った人間を味方に引き入れたり…ね」 戦刃さんの声が段々と冷たくなっていく。彼女がそんなことを言い出すなんて何か良くない気はしている。 「何か言われなかった?」 「…えーと…」 「みょうじさんの立場だと、石丸君を殺せば?とか」 「あっ」 「思い当たった?」 確かに山小屋の中で言われた。好きな相手を殺しちゃえという殺人教唆をされた。戦刃さんにこくんと頷くと、思いつめた表情を彼女は浮かべた。 「盾子ちゃんの接触があったとすると、」 山の傾斜なんて関係なく淡々と降りていく彼女は足を止めずにこう続けた。 「"第二次"絶望的事件を引き起こすファクターはみょうじさんかもしれない」 その言葉を聞いて私は何も声が出なかった。戦刃さんはしばらく何も言わなかったものの小さい声で気をつけてね、と一言だけ呟いた。 お互い何も発しないと周りの音がよく聞こえるはずなのだが、風や木々の音はとても不穏に感じた。 |