息を切らしながら山の奥まで進む。走っていくにつれ総理が前に出て走る。
体力の差があるのだろう…だがそれよりも銃弾を掠めた自身の右脇腹が一歩一歩走り進む度にズキリズキリと痛みが増していく。
旅亭の女将から動かさないようにって言われたばかりなのに…こればっかりは仕方ない。


「…はっ、みょうじくん!あそこに、一旦避難しよう…っっ!」


息を切らし彼は遠くを指差す。そこは多くの木々の中に良い具合に隠れた小さな小屋だった。私は頷き、脇腹を手で抑えながら走った。
総理の後に小屋の扉に入った瞬間、私の体は膝から崩れ落ちた。抑えている脇腹がドクドクと音を立てる。走ったことにより傷が広がってしまったようだ。


「みょうじくんっ!!とりあえず小屋の隅に行こう…」


総理は私のもとへ駆け寄り、私の左腕を総理の首後ろへ持っていく。肩を貸す形だ。右半分は力が出ないが左半分は何とかなる。力を振り絞って扉から離れた。

隅の方に私は座り小屋の中を見渡す。
見た所かなり放置されているだろう、部屋の中は埃や枯葉が多い。しかし古びた暖炉やシンプルな家具は使えそうなものだ。
総理は私の目の前に座り、目線を私の腹部に向けている。


「傷を見せてくれないだろうか?」
「…はい」
「すまない」


総理は深く頭を下げた後、私のスーツのボタンを外していく。上着を脱ぐと白いワイシャツが赤く滲み出していることに目を見張るも総理はシャツのボタンを下から外す。シャツの下は包帯がグルグルと巻かれ、脇腹部分だけ赤く染まっていた。


「…かなり広がってしまっている。ここに包帯の代わりがあれば」
「申し訳ありません…手を煩わせてしまって」
「君は僕を守ってくれたではないか」


待っててくれ、と総理は小屋の中を探す。
何かを探す総理の姿を見ながらどうするべきか考える。
最悪なことに手負いの状態となってしまった。考えたのは総理だけでも逃がすことだ。だけど大きなデメリットがある。そこから先は誰も守る人がいないこと。
私が足手まといの状態なのだ。2人でそう遠くへは逃げられない。
それなら見つかるまでここに立て籠もることが2人が生き延びる為の最善な方法だろうか?例え見つかったとしても、総理を逃がす為の囮や盾くらいには…


「みょうじくん?」


名前を呼ばれた気がしてふと顔をあげると困った顔をした総理が立っている。


「は、はい!」
「…少しだけ小屋の外の周りを見てくるから待ってくれないか?」
「そ、そんな!危険です!狙われているのですから外回りくらいなら私も…っ、」


起き上がろうとした所でまた痛みが全身を駆け巡る。総理は私の肩をポンと軽く叩いた。


「それだと尚更君を歩かせたくない。僕だって何かやらないと落ち着かないんだ」


無理はしないさ、と総理は微笑み扉を開けて外に出てしまった。
足音が次第に聞こえなくなったとき、不安が押し寄せてくる。冷静な人だと思っていたがかなり無茶をする人だ。
もし何かあったら私はどうなるのだろう。解雇は当然だが、何よりも私の心が持つだろうか。総理が傷を負ってしまったら…。


「おーおー、本当に無様な姿になっちゃって」


聞き覚えのある女性の声に反応する。
その女性の姿を見た途端にスゥーっと背筋が一瞬にして凍りついた。

目の前には江ノ島盾子がいたからだ。


「うん、アンタ面白いわ。アタシの顔を見て絶望の顔してる。最っっ高だわー」
「な、何でこんな所にっ!」
「アタシを誰だと思ってるの?この、私様を!最高に可愛い江ノ島盾子よ?居場所なんてすぐに分かったわ」


ペラペラと話す江ノ島は私の顔を見るや否やまた言葉を付け足した。


「あ、石丸か。遠くから見かけたけど何にもしてないわよ。これ本当のことね」
「ほ、本当に?」
「信用出来るように殺した方がいーい?」
「やめて!総理には手を出させない!」
「その手負いの姿で?」
「……っ!」


ぐうの音も出ないでいると彼女は更にニヤニヤしだす。


「ふーん…アンタってちょっと忠誠心高いよね?」
「そ、それは頼まれたから。総理を守るという使命を貰った以上はしっかり守らなきゃいけない」
「はぁーあ、犬ね。日本政府の犬みたい」
「なっ…何を言われても私は貴女から総理を守る」
「はいはい。…でもさーアタシ気づいちゃったワケ。アンタのドロドロに甘すぎて絶望する程の欲望を」

「…は?」


その言葉に、は?としか出なかった。
欲望と彼女は言ったが、私の奥に潜む感情なんて私が死んだとき墓に持っていくべきものだ。
だが悲しいことに私はその欲望を当てて欲しい、気づいて欲しいと思っている。江ノ島でも誰でも。

私のことを見透かしていそうな彼女はいかにも悪巧みしそうな雰囲気を纏いニヤリと口角を上げた。


「お決まりの感情ってやつぅ?」


彼女はカツカツとブーツを鳴らしながら私の目の前まで迫ってくる。


「アンタ、石丸にただならぬ感情抱いているでしょ?」


その言葉にゴクリと唾を飲んだ。
本来なら気づくべきではなかっただろう。この気持ちに気づいたら仕事なんて出来なくなりそうだったから。そうなったら彼の傍にいられなくなりそうだったから。


「あら、図星?さすがアタシぃ。…でもアンタの気持ちなんてこれまでの行動でお見通しなのよね、簡単すぎてゲロ出そう。
というか、それが恋だとしてアンタには手遅れだって知ってる?分かるよね、自分で石丸のお見合いの日程組んだから」


私が目線を下に逸らすと、横から彼女の顔が入ってくる。その顔は目を輝かせ、舌を出し、まるで挑発しているかのようだった。


「恋は自覚したら抑えられなくなるものみたいね。しかも石丸には縁談話があるという恋の壁付きときた。ホント、絶望的な状況だな!」


なんでこの人はまた更に煽ってくるのだろうか?彼女は私の顔を見た後にうぷぷと笑い、あっと何か閃いたような顔をした。


「…じゃあさ!」


江ノ島はまた顔を近づけてくる。それも目の前が彼女で埋め尽くされるように。あまりの近づきように戸惑っていると彼女は口が裂けてしまいそうな感じに口角を釣り上げた。


「アンタの為に外を駆け回っている愛おしい愛おしい石丸を殺しちゃえよ」


そうすれば永遠にアンタのモノよ。

その言葉に体が凍りついたように動かなかった。反論しようとしても声が思うように出ず、口をわなわなと震えさせるだけだった。
彼女は一歩後ろに後ずさり、どこから出したのかメガネをかけた。


「そうですね…貴女が殺したら日本中の希望なんてすぐに消えるでしょう。それも側近に殺されたなんて私や周りの一般人共からしたら超絶望的ですね」

「……それ見てみたぁい!アタシが手伝ってあげるよぉ!」


彼女は一瞬にして目をキラキラと輝かせる。その姿はキュルキュルという言葉が非常に似合う。

……いや。
駄目だ、こんな口車に乗せられては。


「…確かに私は彼に好意を持っている。……残念だけど殺してまで欲しいって訳じゃないから」
「あ、はい。そうですか……」


そう告げると彼女の頭にはキノコがついていて目もどんよりしていた。
…がいつもの真顔にすぐ戻った。


「はぁ…一瞬絶望の顔見れたからもしかしたらって思ってたのに。いいわよ、もう。帰るわ」
「帰る?私達に危害加えないの?」
「別に…アタシがやればアンタらなんてすぐ死ぬんだけどそれじゃ呆気なくない?一気に、じゃなくてじわじわと絶望に染めるのが快感なだけよ」


やはりよく分からないが、要は自分は直接的に手を加えずに自身の手駒が手を出すことによって生まれる絶望を求めているのだろうか。だとしたらかなり悪質なものだ。そう伝えようとしても彼女の耳にすら届かなそうだから伝えるのをやめたが。


「あ、そうそう」


扉の近くまで行った江ノ島は私の方へ振り向いた。


「教えてあげる、山の麓には行かない方がいいよ。だって未来機関や日本のマスコミ共がうじゃうじゃいてさ。
アンタのこと総理大臣を攫ったテロリストとして報道されてるらしいよ」

「え?」


私が総理を攫ったテロリスト…?


「ああ〜いいね、その顔。じゃ、頑張ってね〜。じゃーにぃ、女SP」


彼女は笑顔で手をヒラヒラさせながら扉から出ていった。

私がテロリストに仕立て上げられている…?きっとあの2人だ。2人がマスコミにそう吹き込んだのだろう。なら何故未来機関がいる?まさか本当にテロリストと思って…?


しばらくすると足音が近づき、扉がゆっくり開かれる。その人の姿を見て安心を覚えるも江ノ島に言われた言葉のせいで気持ちは晴れなかった。


「みょうじくん!食べられる木の実や傷薬の代わりになるものを見つけたぞ!」


どこまで行ってきたのだろう?スーツ姿で両手一杯に木の実を持つ彼のことが愛おしい、と思いながらも心の奥底へその気持ちをしまい込んだ。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -