これは夢だと思う度に現実を突きつけられる。
外は荒廃し、人々は絶望とやらを求めて徘徊しているようだ。
カフェ、カーネリアンの中に隠れて過ごす生活を送って何ヶ月になるだろう。

安全な学園のシェルターの中で過ごすことを羨ましく思ったこともある。私のように生き残る人の多くはその事実に嫉妬して絶望に堕ちた人もいる。何故この事態を助けてくれないんだ、と。
未来に繋がる希望の才能を持つ人を安全な所へ隔離するのは英断だ。きっとこの事態が落ち着いたら彼らが切り拓いてくれると私は信じてるからだ。
78期生の中には自分だけじゃなく家族も守ってほしいと懇願する者もいた。彼、清多夏君もそうだった。結果は断られたけどね。目を閉じて彼の姿や声を思い出す。


あの事件により彼がシェルターの中に入っていく前のことだ。
私がカフェの中で待ち合わせていると、竹刀を持ち、学園からここまでの道のりで凄惨なものを見たのであろう青ざめた彼がやって来た。竹刀は身を守る為だろう。傷や血がついていないとこから襲撃されていないことに気づき、胸をなで下ろす。今思えばお互い危険な状況にいたのによく怪我なく無事でいれたものだ。
そのときに彼から聞いた言葉は、驚きの方法だった。
学園長から面談を受け、彼らをシェルターで隔離するということだ。事件が収束次第に解放出来るが、最悪の場合一生78期生とシェルターの中で過ごすというものだ。
彼は返事を保留にしてわざわざ私に会いに来てくれたのだ。


「なまえくん…すまない、駄目だった…」

電気が消え、窓ガラスも割れ、2人きりのカフェの中で清多夏君は涙をボロボロと流し、謝罪をする。その内容は78期生以外の人を守れないか?ということだった。

「気にしないで、寧ろそんなお願いを清多夏君から学園長にお願いしていたなんて思わなかったよ、それだけで充分だよ」
「だ、だが!僕だけ安全な所にいてなまえくんを守ることが出来ないだなんてッ!君をこんな世界に置いて行くなんて…僕は出来ないッ…うううう…」

清多夏君は竹刀を持ちながら頭を抱える。無理もない。人情厚い彼のことだからこれまで悩み続けたのだろう。この話を聞いたときは私だって正直嫌だった。危険な場所に居続けることになるし、何よりも清多夏君に一生会えないこともあるのだ。
泣きたくて喚きたい程だ。けど、

「…大丈夫だよ、清多夏君。私は絶対に生きるよ。だって夢があるんだから」
「…夢、かね?」
「うん、清多夏君とね…一緒に幸せになること。いつかね、この事件は終わるって信じてる。そうなったら清多夏君達は外に出られるでしょ?それで落ち着いたら……またお出かけしたいんだ」

そのとき私は泣いていた。ただの妄想ごときに、なんて思うかもしれない。けどその妄想が叶うって可能性は0じゃない。
涙が止まらなくて嗚咽がする。ああ、みっともないなぁ。我慢してたのに箍が外れたなぁ。

そんなこと思ってると目の前にいた彼は抱きしめてくれた。シワのない彼の制服を握りしめる。彼も声を詰まらせているようだ。私が泣いていることに動揺しているのだろうか。涙を堪えているようだ。彼の声が少しだけ漏れ、肩を震わせている。

「…そうだな、……そんななまえくんの夢があるのならお互い乗り越えなくてはな」
「…ぐすっ、うん。大丈夫だよ、私、待ってるよ」

抱きしめる腕が緩み、お互い顔を見合わせる。今泣き顔すごいことになってるんだろうなぁ、恥ずかしいやと思っていた矢先、彼の手は私の頬に触れる。そしてもう片方の腕で私の身体を引き寄せた。
そうすることで彼との距離はもう0に等しかった。

ゆっくりと目を閉じる。
視界を閉ざした後、彼は呼応するかのように何も言わずに私の頬から頭へ撫でるように大きい手を移動させゆっくりと頭が彼の方へ引かれるのを感じる。
そして唇に柔らかい感触を覚える。それは優しくて穏やかなものであった。
ほんの一瞬だけ時間が止まったような気がした。彼の温もりが体の奥まで行き渡る。

ああ、これ彼との初めてのキスだ。だけどキスってこんな複雑なものだっけ。
幸せなのは間違いない。だけど、いつか手の届かない幸せになってしまうのではないかという一抹の不安を覚えた。
彼の唇が離れようとした瞬間に私は両手を彼の首の後ろへ回し、少しだけ強引に唇を重ねる。

「…ッ!?」


彼は私の行動に驚いたようで口が少し半開きになる。その隙に唇で彼の口をこじ開けて彼の舌に触れる。それはとても高い熱を帯びており、縋り付くように舌で舐め回す。彼は声を漏らしていたが次第に声も出なくなり荒い息だけが漏れる。

「…はぁっ、…っ」

ふとキスしながら目を開けて彼を見る。彼は目尻に僅かな涙を残しながら目を閉じ、頬を赤く染める。溢れる吐息も私の耳からは色気溢れるものだった。

「…んぅっ…」

彼も私の舌を恐る恐るではあったが触れ合い、絡め合う。思わず声が漏れる。その声に反応したのか彼は私の口内を舐めるように舌先を動かす。まるで風紀委員のように1つ1つゆっくりと悪いところはないかチェックするようにだ。それが私自身の身体の熱を高めるように、脳内が溶けそうになる程にしてくるのだから、本当恋愛を覚えたばかりの彼は恐ろしいものだ。


ああ、これ以上はイケない。


そうお互いが思った瞬間、唇が離れる。何も言わずに立ち尽くしていたが、清多夏君が顔を赤くしながら目を逸らし、学園に向かうと言ったので学園まで行くことになった。

今は2人だけの足音が鳴り響く。道路脇には赤い塊が転がっていた。それが何なのかは知りたくもなかった。

「…清多夏君、ごめんね。私、清多夏君と一緒にいるのに寂しいって感情が溢れ出ちゃってそれで」
「…僕もだ、いや、僕からあんなことをしたのだ、すまなかったな」
「清多夏君は謝らなくていいの…だって……えと、気持ちよかったから…」
「…………僕も同じ気持ちだ」

そう顔を見合わせると彼は少しだけ口角を上げて微笑む。
それを見て私も笑顔になる。

遂に学園の前まで来た。人だかりが見える。そこには苗木君をはじめ、78期生と思われる人達が集まっていた。
これから、シェルター化された場所へ行くのだろう。
ここで彼とお別れだ。

清多夏君を見上げると彼は私の手に何かを乗せる。見てみると、三日月の形をしたネックレスだ。突然のプレゼントに思わず清多夏君の顔を確認する。
彼は制服の襟を少しだけズラす。そこには私が持っているネックレスと同じネックレスを首に着けている。今まで気づかなかった。いつからコレを着けていたのだろう。

「…本当はアクセサリーは禁止だし、絶対に着けないと思っていたんだが…一生会えなくなったとしてもおかしくない状況だ。君が良ければ、僕は一生君を想い続けていたい。我儘であるが、君も忘れないでいてほしい。ソレを僕だと思って欲しいのだ。
…アクセサリーを許すだなんて僕は風紀委員失格だ、どうか許してほしい」

そうゆっくりと彼は頭を下げる。
許してほしいなんて言わないでほしい。私にとっては彼しかいないんだ。
私はネックレスを首から下げ、彼に見せる。

「本当にありがとう…!清多夏君だと思って肌身離さず着ける。また会えると信じてるよ」

そう涙を堪えて彼に大好きと伝える。彼も微笑んで大好きだと返す。

「…また会おうッ!なまえくんッ!」

そして彼は78期生の人達と合流し、少し学園長と話し込んでいたが、それも終わったようで遂にはみんなで鉄の扉の中に入っていってしまった。


あれから1年が経とうとしている。
気づけば私は学園から少し離れたところに立っていた。
というのも学園に近づくと近くにある銃火器で蜂の巣にされるからだ。これは一種のセキュリティというものだろうか?にしては物騒すぎる。

1年が経っても状況が変わらず、破壊活動をする者もいる。この1年で人口も減り破滅の道へ着々と進んでいた。

学園の校舎を見上げる。窓全て鉄板で打ち付けられ、中の状況が分かりゃしない。
諦めて帰ろうと後ろを振り返ると1人の男が立っている。白黒のクマの被り物をした絶望の残党だ。

しまった…!

男は獲物を見つけると鉄パイプを持って襲いかかってくる。
恐ろしい速さだ、逃げられないと直感する。
私ここで死んでしまうのか?いや、私には生きなきゃいけない理由がある。そう思い避けることに集中するがそれは無駄だということに気づく。

突如横から飛んで来た鉄の塊が男の頭に当たり、男は呆気なく気絶するのだった。

飛んで来た方向を見ると、そこには私の見知った人物がいた。
日頃からカフェに遊びに来てくれて、いつも恋愛相談をしてくる希望ヶ峰学の生徒だった、左右田君が息を切らしながら私の方へ駆け寄って来たのだった。






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