あのバイトの日から何故か分からないけど、苗木君と石丸君の会話を反復して思い出す。
可愛いと言われたからかもしれないが、どうも私は苗木君より石丸君の方が気になってしまう。
それはあの石丸君が私が見てきた男性の中で印象が違うのであろう。
彼に対する印象は少し大正ロマンを感じられるのだ。きっとブレザーじゃなくて、学ランに大正時代に使われた将校マントを羽織ればすごくしっくりくるであろう。
何というか今まで人間男女関係なく、気になると言う存在が無かった為か、やけに石丸君という人物に対して考える時間が増えてしまった。どんな行動に対しても石丸君が思い浮かんでしまう。恋なんてまさかと思う。恋愛感情なんて誰にも抱かなかったのに。

カフェも夜になって落ち着いた頃だ。クラシックを聞いていると安心する。
それと同時にまた彼の顔が浮かんでしまう。仮に恋じゃないとして、これは何なのか表現が出来ない。

そうだ、彼は一体何の超高校級の肩書きを持つのだろう?
容姿からして弓道や剣道が似合いそうだ、いや勉学の方かもしれない。とすると漢文や古文、歴史の学問に特化しているのだろうか?
生徒会に入っていそうだな、まさかの生徒会長だったりして。

「あの、」

ふと特定の声がしてびくりとする。
声がした方を見ると、一瞬ドキッとしてしまう。相手が石丸君だからだ。
それよりもまず、お客さん…石丸君が入ってきたことに気づかない私も私だ。よりによって石丸君のこと考えてて気づかなかったなんて。

「ご、ごめんなさい!」
「いや、突然すまない…外から君が見えたから寄ってみたんだが迷惑だったろうか?」
「いえ、大丈夫ですよ!どうぞ空いている席へ」

そう案内すると、彼は頷きカウンターの方へ腰掛ける。
それに思わずびくりとしてしまう。が彼と話せるチャンスでもある。
気になって仕方ないんだ。簡単なことから聞いてみよう。

「今日は珍しいですね、お客様がお1人でいらっしゃるなんて」
「うむ、今日に限ってちょっとした準備があってだな、夜まで騒がしくなるそうだ。それだと僕の勉強は進まないし何より集中が出来ない!ここだと落ち着いた音楽も流れてるし、より集中出来るのだから選んだのだ」
「まあ、ありがとうございます!何かカフェインでも取られますか?」
「そうだな、ホットコーヒーでもいいかな?」
「はい、少々お待ちくださいませ」

彼から目線を逸らし、コーヒーを淹れることに集中する。
そうか、今日は勉強の為に来たのね。
それなら沢山話しかけるのも邪魔かもしれない。また今度にしようか。



洗い物や掃除を終わらせた後カウンターに戻る。
彼をふと見ると何か悩んでいるようだ。
さっきまでは凛々しい顔してペンを走らせていたのだが、彼にも分からないことがあるのだろうか。

「お客様、悩み事でしょうか?」

うるさくならないよう、なるべく優しく言ってみると彼はハッとしてこちらを見る。

「い、いや。何でもない。少し分からないことがあってだな…」
「分からないこと、ですか」

少し覗いてみると私の予想とは遥かに難しい内容だった。政治や日本社会の時勢、国際問題…。
これを高校生の彼が勉強しているのか…?
とはいえ彼はただの高校生ではない。希望ヶ峰学園の生徒だからとも思えば納得できる。
が、内容があまりにも濃すぎる。

「そうですね…確かに難しい話ではあります」
「ニュースでもあまり詳しく出されないものだ、だからこそ図書館に参考本は無く、討論番組も当てにならない」
「でしたら…歴史の方は勉強しましたか?ニュースになる程の社会問題や国際情勢でしたら起因になるものがあるはずですが…」
「ふむ、歴史か…確かに歴史も調べたがそのようなことが書かれた本は見当たらなくてな…」
「国際…それなら私の大学に来てみませんか?」

私の大学なら図書館に海外の雑誌や新聞も揃えてあるし、国際情勢についてなら期待に添えられるかもしれない。
石丸君は驚いたような顔をしていた。

「い、今何と言ったのだ…!」
「えーと、私の大学は社会や経済についての学部もあるし図書館もそれについての参考本もあるからどうかなって思ったんですけど…」
「き、君大学生だったのか…?」
「はっ、はい?」
「いや、てっきりココで働いてる社員だと思ってたのだが」
「わ、私は一応大学生です!バイトです!学費と生活費の為に働いてる身です!」

急に彼は何を言うのだろうか?それともバイトという概念が無いのだろうか?
他にお客さんがいるが、思わず声を上げてしまった。
彼を見れば少し涙ぐんでるように見えて、内心焦ってしまう。

「あ、あのどうされましたか!?」
「ううう、…今時の大学生は遊んでばかりと聞いていたしそれを見たことあるからな。勉強せずに遊んでばかりいる大学生のことを偏見していた。君が大学生と聞いて一瞬ではあるが嫌悪を抱いてしまった僕を殴りたい…」

そうか、彼は学生の本業を勉強することだと思っているのか。まあ確かに今の大学生は遊んでることについては賛成出来る。

「君は違うッ!ココで働いていることで大学にも行けて、勉強することが出来るのだなッ!」
「え、えぇ、そうですね」

泣いている彼に指をつきつけられ、焦ってしまう。これは完全に彼のペースである。

「素晴らしい大学生だ!そんな人がいたなんて!」

そしてニコりと笑顔になる。泣きながら。
どうやら彼の中で良い印象を持った大学生になれたようだ。
嬉しく思いながら彼にティッシュを差し出す。

「恐縮です、お客様。これをどうぞお使いください」
「ハッハッハッ!ありがとう」
「お客様、ちなみにですが行ってみます?大学の図書館に」
「うむ!君が良いのなら大学にお邪魔しよう!」
「では、私とお客様の都合が合う日ですね」
「明日はどうだね?」
「あ、明日ですか…?」

丁度明日から大学生の長い夏休みなんだけどなぁなんて思いつつ、明日はカフェのバイトも無いし予定は無い。まさかこんな急に明日とは言ってくると思わなかった。彼にとっては早く知りたいものなのであろう。
"努力家"この言葉は彼の為にあるのだと感じた。
彼は超高校級の努力家なのであろうか。いやそんな肩書きはあるのだろうか?

「構いませんよ、明日ですね」
「ありがとう!……ええと、そう言えば君の名前が分からないな」
「そう言えば明日一緒に行くのにお互いの名前教えていませんでしたね。私はみょうじなまえと申します」
「僕の名前は石丸清多夏だ、…みょうじくんか、良い名前だな!」

今までは苗木君という人からしか聞いてなかった名前をようやく石丸君の口から聞けた。
石丸清多夏君、か。貴方も良い名前だよと内心呟きつつ彼を見続けていた。






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