吊革が振り子のように揺れながら電車はカタンカタンと揺れる。 石丸君はポケット型の参考書を読み、自分は窓から見える新鮮な景色を眺めていた。 ガラスを通したかのような澄んだ青空に田んぼから育つ深碧色の稲が趣を感じさせる。 今朝電車に乗ると石丸君が言い出したから目的地を訪ねた所、とある景色が綺麗な所だそうだ。どうやら苗木君が雑誌から選んだオススメの場所だとか。友人を大切にしているのだろう。苗木君以外の友人達のことも聞いている。 石丸君がここだ、と私の手を握って立ち上がらせる。まるで女慣れしてそうな動きと思ったが私の手から伝わる震えた感覚からしてすごく緊張していることが分かった。何とも彼らしい。 今日は8/31。夏の終わりだからか、それとも都会から離れた場所だからか風がひんやりと冷たい。過ごしやすい気温だ。それだけではない、あの後苗木君がカフェに遊びに来てくれて8/31は石丸君の誕生日だと教えてくれた。だからお出掛けの日までにプレゼントを選んだが物凄く迷った。散々迷った挙句、すごくシンプルな腕時計にした。だが、正確さはトップクラスな物だから石丸君にはピッタリだと判断した。 駅の改札から出ると、目の前の看板にヒマワリ畑の文字が見える。 「うむ、みょうじくん。こっち行こうか」 そう言って彼は右に進む。ヒマワリ畑への道に。 あ、なるほど。と心の中で納得する。 彼は隠しているようだが、看板で行き先が分かってしまって少しだけ存在感を放ち過ぎた看板のことを残念に思う。彼の口から聞きたかったものだ。 少し歩くと、多くの人だかりが見える。その先には綺麗な黄金色が辺り一面に広がる。 「わぁ、すごいです…!」 「同感だ。こんな数見るのは初めてだ」 よく育てられてきたのだろう。背の高いヒマワリが太陽に向かって咲いていた。小さい子供が入ってしまったら見えなくなってしまいそうな高さである。その圧巻ともいえるヒマワリの存在に呆然と立ち尽くしてしまう。 「…みょうじくん、先へ進もうか」 「えっ、はいっ!」 彼の言葉からハッとして彼の後ろに着いていく。まだ手は握られたままだ。好きな人に(今は婚約者としてだが)手を握られる胸の高鳴りと緊張、夏の日差しに照らされるからどうも手汗が出ているようで仕方なかった。汗っかきと思われたくないなぁと思いながら進むと彼は立ち止まる。人気の無い所へ来たようで辺りはさっきの通りよりかは人が少なかった。だがヒマワリ畑は広い。ここからでも充分陽の光に照らされ、太陽のように輝き存在を放つ。 「…僕は幸せだ」 「はい?」 「こんな素敵な人と一緒にこのような景色を見れて、だ。最高の日だなッ」 そう彼はアッハッハと笑う。石丸君の言葉を聞いて、カバンからプレゼントを取り出す。 「石丸君。今日誕生日ですよね?」 「…なっ!?」 「おめでとうございますっ!」 彼の驚いたような照れたような顔を見るとこっちまで照れてしまい、彼の胸にぐいと押しつけるようにプレゼント箱を渡す。素敵な女性だったら可憐に手渡すだろう。そういう所、自分は不器用だと痛感させられる。 彼の顔を見ればまた涙が溢れていた。感情が豊かすぎる。そこが彼の素直で良い所であるが。 「ぼ、僕は君といれるだけで充分幸せなんだが…こんな贈り物をましてや君から受け取ろうとはな…ッ。最高の誕生日だ!ありがとう!みょうじくん!」 「…っ!」 身体中に温かさが伝わる。咄嗟のことで一瞬何が起こったのか分からなかったが、これは抱きしめられているのだ。 それが分かればこっちも抱きしめ返す。ピクリと彼の体が跳ねる。今までの行動通りで少し笑ってしまう。 どうかしたか?と言われたけど、幸せすぎだよと誤魔化しておいた。誤魔化すとは言ったが幸せすぎるのは本当だ。 だって堅物な彼の柔らかな笑顔で私の心は満たされるのだから。 「ねぇ…下の名前で呼んでもいい"かな"?」 「………ああ!」 彼はニカッと目尻に涙を残して笑った。 もうお客さんと店員という立場なんかじゃない。私達は恋人になれたのだ。青空の下、ヒマワリが祝福するようにこちらを向きながら。お互い幸せな形で結ばれた。 「……なまえ、くん!愛しているッ!」 「私もだよ、清多夏君!」 初めての恋がこんなに幸せなことだなんて。 ← → |