石丸君の吸収力は凄まじいもので1日でであっという間に私のレベルを超えてしまった。

「実に有意義であるなッ!みょうじくん!僕もまだ高校に入ったばかりだが、高校を卒業して大学で講義を受けてみたいものだ」
「すごいですね、石丸君!沢山勉強した成果早速出てますね」
「やはり努力は裏切らないのだ!まだ学ぶべきものはある!毎日を全力で生きていくぞッ!今日は本当に感謝するッみょうじくん!」
「喜んでもらえて良かったです!気をつけて帰ってくださいね」
「ああ、君もな!」

そう目を輝かせて学園の寄宿舎に帰っていった。今日はずっと一緒だったからか分からないけど、家に帰った後がすごく寂しくなった。どんなときも寝るときまで石丸君のことを考えているのだ。
これは本当に恋に落ちてしまったのかもしれない。



「あー、みょうじさん。遂に自覚した!」

バイト先のカフェにて私は天野君にこのことを話すと、天野君は気持ち悪いほどにニヤニヤと笑う。彼はこんな性格だったのかと思いつつ、打ちあける。

「まぁー…ね、でも天野君はドン引きしない?一応彼は高校生だし、未成年じゃない?」
「性別逆だったら、アブナイ関係だね。勿論今の関係も石丸君に訴えられたらヤバイけど。まぁ俺は気にしないね、世の中色んな奴がいるし…」
「そっか、でも彼は許さないだろうね。風紀委員だし」
「頭堅いからね、今告白したってOKしない気もするよ。ただ…石丸君がみょうじさんに惚れてたら別だけどね」
「それは絶対に無いなぁー…」

はぁと溜息をつきながら皿洗いをする。何か思いつめたら皿洗いして無心になる方がすぐに忘れられそうだからだ。天野君は緩んだネクタイを締めなおして、ぼそりと呟く。

「大丈夫だよ、みょうじさんならその恋叶うよ。あの生真面目君にはみょうじさんが1番似合うと思う」
「そ、そんなお世辞要らないよー」
「いや、本当。……」

天野君は窓の奥を見た後に、私の隣に来て泡がついた濡れた手を取る。
一瞬天野君が手を取る行為に及ぶとは思わなくて、ビクリと体全身が震える。

「はっ?えっ…?」
「…何だか石丸君に対抗したくなっちゃった、いいかな?」
「あはは、天野君冗談でしょ?」
「……ふふ、勿論!冗談だよ!」

そう言って天野君は手を離し、両手を広げる。よくよく考えたらここは店内だ。天野君もずいぶん思い切ったことをするもんだ。

「こんな所で冗談はやめてくださいよ」
「ごめんね、みょうじさん!ちょっと未来のウブなカップルをからかいたくなってね」
「は、カップル?」
「ほら、行ってきなよ。みょうじさんも良い大人なんだから高校生に変なこと教えないでよ?」

そう言って店のジョウロを私に差し出す。何となくだが天野君の言葉に察して私は受け取る。ああ、窓の外をじっと見てたこと、挑発的な言葉を出したこと(ビックリするわ)、ジョウロを渡して来たこと。
…石丸君だとは思うけど、誰か店の外にいたのね。

「わ、分かったよ。行ってきます!」

水の入ったジョウロを持って扉を開ける。石丸君がいるかもしれないと周りを見渡す。周りは閑静な街並みである。そこに石丸君は見当たらなかった。
からかわれたと思いつつ、夏の日差しでカラカラの土に水をあげる。
夕陽に照らされる花は淡くオレンジに染まり、寂しさを強調させていた。

「みょうじくん」

後ろから声をかけられて全身に電流が走る。後ろを振り返れば声の主石丸君が立っていた。でも彼は浮かない表情をしていて今にも泣きそうである。

「みょうじくん…君はやはりあの男と交際をしているのか?」
「えーと…前も言ったじゃないですか。只のバイト先の仲間ですよ」
「只の仲間なら…どうしてあの男はみょうじくんに馴れ馴れしいのだッ。仕事してる中であんなこと…不純だぞッ!」

それはみょうじくんにも言えることだと指を指される。石丸君の目に涙が浮かび、遂に一筋の涙が溢れた。
マズい、見られてた。何とかして誤解を解いてなだめないといけない。少し話す為に人通りの少ない裏口の方へ石丸君を連れ出す。

「あの、あのさ石丸君」
「………何だね?」
「どうしてそこまで私のこと考えてるんですか?」
「……!」

石丸君が言っていることは風紀委員らしい説教だ。だが、私のことを心配しているようにも見えた。
………………何か察した。だけど、私からしたら考えられないというか信じられないし、勘違いだったらとても恥ずかしいことだ。
しばらく顎に手をあてて黙りながら涙を流す石丸君。その姿さえも見惚れてしまう。ああ、これは……。答えを待っていると、裏口の扉が開いた。

「あららー、みょうじさん。駄目だよ、泣かしちゃ」
「! 天野君!仕事は?」
「ちょっとここがヤバそうだからマスターに頼んで少し抜けてきちゃった。石丸君、確かにみょうじさんをからかったのは本当だよ」

裏口から天野君が来た。彼はニコニコしながら、石丸君に話しかける。

「き、君というやつは…!」
「ごめんね、でもみょうじさんを取ろうというわけではないよ。でも分かっちゃった。石丸君はみょうじさんに特別な感情持ってるでしょ?」
「な、何を言うかッ!みょうじくんとは勉強仲間だ!」
「俺からも言っとくけど、俺とみょうじさんは付き合ってないよ。これは本当だからね」
「………ッ!」

核心をつかれたのかまた石丸君は口を閉ざしてしまった。

「じゃあみょうじさん!後は石丸君に教えてあげてよ!俺は仕事に戻るから!」

そうして天野君は扉を閉じた。先程まで聞こえていた蝉の声が途切れた後に石丸君が呟く。もう涙は流れてないが、少しだけ目が赤いようだ。


「……分からないのだ」
「…え?」
「僕はこの感情が分からない。みょうじくんと大学にいたとき、あの男に呼ばれて席を外したことがあっただろう?そのとき何故か寂しいとか寒いという感情が出たのだ。今は夏だから寒い筈がないのに。僕は学生の男女交際に関しては不純異性交遊とみなして注意してるのだが…大学生のみょうじくんに対してもそうするつもりだった、けど出来なかったのだ」
「……どうして?」

彼は少し間を置いて話し始める。


「そのときの僕は注意する状態ではなかった。何故かあの男に嫉妬してしまった。あのとき勉強してたのにあの男と君が仲良くしてると想像すると集中力が続かない…ッ。こんな集中力が続かなかったのは初めてだ。
この感情が出てしまうのは君の関係性が分からなかったと僕は思っている。もし君達が交際してたら、僕のこの苦しい感情が消え去ってくるかもしれないと。だから確かめようとここまで来たのだ。けど、今は寧ろ交際してないと知り、この感情が燃え上がって苦しくなるのだ…ッ!
…さっきまで酷いことを言い、結局君は交際なんてしていなかったッ!みょうじくんのことを信じられなかったッ。ああ、みょうじくん!不甲斐ない僕を殴ってくれ!さあ!」
「ち、ちょっとちょっと!」

頭を抱え急に泣き出してる石丸君に寄って思わず手を握る。彼を落ち着かせる為に取った行動だ。少しだけ石丸君の気持ちを理解した。気がする。
初めてだからこそ、分からないからこそ彼は混乱している。



石丸君の感情は私と同じ感情を持っている。けど、彼は他の誰よりも真面目すぎる故に分からなかったのだ。


「…うぐっ、うっ、みょうじ、くん?」

彼は涙でぐしゃぐしゃだ、手を少し強く握ると、彼のゴツゴツとした男らしい手がピクッと動いた気がした。石丸君の指は真っ直ぐで爪も綺麗に切られていて性格を表していた。

「落ち着いてください。私は石丸君を殴るなんてことはしませんよ」
「………どうして、だね?」
「うーん、きっとね、石丸君と同じ感情を持ってるからですかね?」
「僕と同じ…?」

彼は考え込んだ後、泣いて少し枯れた声で尋ねた。

「ならっ、…教えてくれないか?」

頬が赤くなった石丸君に尋ねられて息を飲む。
教えると言ってもほぼほぼお互いの気持ちを伝え合うことだ。
恋している人に想いを伝えることはこんなにも緊張して躊躇するものか。
石丸君を見るとなかなか言い出さない私に戸惑っているようだ。どうして彼はこんな困ってる顔も映えてみえるのか。やはりこれは恋なのかもしれない。

「……それは、恋だと思います」
「…恋愛、というものか」
「そうですね、と言うより石丸君は知ってますよね?」
「当たり前だ、この気持ちを抱いてしまったことに戸惑っている。恋愛や交際をしている学生を見て注意してきたからだ。僕は学生にあるまじきものだと思っていた…だがこの気持ちを拭い去ることが出来ない…それは相手にとって失礼なことだからな」
「……石丸君らしいです、でも石丸君にとっては学生は勉強すべき、ですよね?両立は出来ないのですか?」
「ううむ…上手く出来るか分からない、だが恋愛感情を押し殺すと僕が後悔すると思うのだ……ところでみょうじくんは…その、僕の手をずっと握っているようだが」
「え、ああ!ごめんなさい!」

そう言ってすぐに手を離す。彼の顔は泣き顔やら照れてるやらで真っ赤である。夕焼けだから尚更、だ。その夕焼けも青黒く、夜になろうとしている。カフェの制服から青いハンドタオルを取り出して石丸君に渡す。

「…落ち着いたかしら?これ、使ってください」
「そ、それはみょうじくんの…」
「ああ、気にしないでください。石丸君、タオルとかで優しく涙を拭えば明日目が腫れないで済みますよ。遠慮しないで」
「では、貰っておこう。必ず返す。みょうじくん。もうひとつだけ質問いいか?」
「…はい、どうぞ」
「先程、君は僕と同じ気持ちと言っていた。それは恋愛感情のことで間違いないか?」
「…はい、そうですよ」
「……感謝する。では門限があるから帰ろう。仕事中失礼したッ!またここへ向かおう!」
「はい、お待ちしてます」

私の答えに戸惑っていた表情から少しだけ微笑んだ彼は寄宿舎へ向かう。

彼の気持ちを理解できたような気がした。
が心残りを作ってしまった。確かに彼は恋愛感情を抱いていた。しかし、誰に対してなのか、そこを詳しく聞いていなかった。そこを聞き出せなかったことに後悔しながらも次会ったときに聞こうと考えた。






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