※一部描写注意


夏休み明けは何とも身が引き締まらない。
周りのヤツらは久しぶりと言って何てことのない会話をする。


「あっ、なまえ!おはよう!」
「うん、おはよう」


みょうじは女子達と一緒に学校へ登校してくる。目線を追いかけたくなるものの、我慢した。
やっぱり、オレはみょうじのことが好きなのかもしれない。
いつだって見ていたいし、何の話をしているのか知りたくなる。…とここまでいったらストーカーだ。


「なぁ聞いた?あのセクハラ先生、やらかしたらしいよ?」


前の席にいるクラスメイトの話し声が聞こえた。今日出す夏休みの宿題をまとめながらその会話に耳を澄ませた。


「マジ?」
「今度はガチで逮捕されたみたい。夏休み中にパトカー来てたしさ」
「だろうな。俺、先生と2人きりになったときキモいこと言われたもん。精通はいつ?って」
「ヤバッ、キモッ。普通に考えて先公が中学生に言わねーだろ」


ヒソヒソ会話はこっちが背筋が凍える程の会話だ。男子相手にさえこんなこと言ってたのか。
変態教師は無事逮捕された。ということはみょうじはあのボイスレコーダーを然るべき所に提出したのだろう。

チャイムが鳴り、生徒は席へ戻る。担任は汗を垂らしながら焦った様子で口を開く。


「おはよう。すまないが緊急の職員会議がこれから始まるから全クラス1時間目は自習となる。……みょうじ、先生と来てくれるか?」


担任の言葉にザワザワと生徒が騒つく。みょうじ……?と小さく囁く声が聞こえる。


「はい」


みょうじは小さく頷いて担任の後をついていき、ガシャンと音を立てて扉を閉めた。
その瞬間に教室はガヤガヤとより一層騒がしくなった。


「なぁ、やっぱりあのセクハラ先生みょうじに手を出したんじゃね?」
「そうとしか思えないよ、だって補講のプールで2人きりだったみたいじゃん」


安易だが正解。それに呼び出されたのもそれが原因だったのだろう。
そう考えていると扉が開き、柄の悪い生徒がやってきた。別のクラスの一ノ瀬達の仲間だ。職員室は南棟にある。北棟にあるクラスはもうやりたい放題なのだろう。

次第に取り巻き達が集まってはチラチラとこっちを見てくる。嫌な予感しかしない。


「そーうーだ!」


誰かの声が聞こえた瞬間、視界は水に包まれた。
誰が俺に向かってバケツに入った水をぶっ掛けたようだと分かる。だけど、何で今?


ポタポタと髪先や眼鏡の縁から雫が落ちる。下品な笑い声が教室に響き、他のヤツらはオレ達を見ては黙ってしまった。


「ねぇ、左右田ぁ?コレなーんだ?」


そう三谷がオレの目の前に差し出すのは1枚の写真。その写真を見て目を見開いた。

手を大人の手で押さえつけられて怯えている水着姿のみょうじ、それを見上げるような高さから撮られた写真。
これは…撮影者はあの変態教師だと思っていいだろう。だが何故三谷が持っているんだ?何でこいつらが持っているんだ?


「何でこれを…」
「キモい先生っしょ。みょうじちゃんのこんな写真を撮ってたみたいだよ?なんかあの先生一ノ瀬の親戚の友人の友人だったみたいでさ裏ルートで手に入れたんだ。
というか皆これ見てみなよ!!あの先生の家にこんなに写真あったみたい!」


そう言って一ノ瀬以外のヤツらは多くの写真をばら撒いた。ハラハラと落ちる中には別のクラスの女子が廊下を歩く写真や、体操着姿の女子達の写真、部活のユニフォームに着替える途中の半裸の男子の写真……だが明らかに多いのはみょうじの写真だ。
みょうじの制服や体操着、水着、私服姿までも写っていた。しかもみょうじだけかなり際どいというか……後少しでスカートの中が見えそうなそんな写真が多い。

女子や男子達は一斉に悲鳴を上げる。その中で一ノ瀬は怖い表情でオレの方へ詰め寄る。そこにはまた別の1枚の写真があって、

そこにはオレとみょうじが通学路を歩いている姿が写っていた。


「約束破ったな?」


一ノ瀬の突き刺さるような視線にマズいと確信した。





「ホラッ、犬なんだからちゃんと歩けよッ!」


ぐいと首が後ろに引かれる。オレの首にはオレが着けていた黒いベルトが巻かれ、そこから紐を繋がれ、その紐は河西が持っている。
教室の後ろで数人に囲まれながら四つん這いのポーズを取らされている。
他のヤツらは見て見ぬ振りをしようとしたが、逃げられなかったようで皆の手にはそれぞれの1人用の縄跳びを握らされていた。

縄跳びの授業が秋から始まるからと生徒達は律儀に学校に持ち込んでいた。それが今となっては憎たらしかった。


「ちゃんと教室の周りを3回歩きなよ?そしてワンって高らかに鳴けば首輪外してあげるから」


三谷がオレに諭すように話しかける。犬だから言うこと聞くよね?と煽られる。両手と制服のズボンに、大して掃除がされてないせいかはたまたさっき水をかけられたせいか、みっしりと埃がくっつく。


「1時間目は始まったばかりだ!…なぁ犬が教室にいて、先公が帰ってきたら怒られるのはこのクラスの奴らだよな?犬を連れてきてるんだからよ!!」


他のクラスのヤツが怒鳴りながら叫ぶと、しんと教室が静まり返る。他のヤツらの顔が青ざめていくのが分かった。
中学3年の受験生達が、誰もが見て分かる虐めを見て見ぬ振りしている。
こんな姿を先生達に見つかったら先生や親の叱責だけでなく成績や内申点を落とされるかもしれない……。


「なら馬みたいに鞭打てば速く走ってくれるよ!良い鞭になりそうなものがあればねぇ?」


ヒントを出す三谷の声に周りのヤツらは目の色を変える。早くこいつが3回回ってワンと鳴けばこんな虐めは、余興は終わる……。そう言ってるように思えた。


「オラッッ走れッ!」


河西が紐を外した途端バシンと肩に痛みが走った。


「っっ……」


誰かが縄跳びを振り上げて叩いたようだ。それに釣られてここにいるヤツらみんながオレに縄跳びを振り上げる。

痛い、分かった、走るから止めてくれっ…!

そんな願いは届かずにひたすら無数の鞭が降りかかり、その中で教室を四つん這いで這いずっていく。
その姿が無様なのか、一ノ瀬のヤツらは大爆笑していた。クラスには高らかに下品な笑い声と縄跳びを振り上げる音が響く。明らかに異常だ。

1周、2周……あと1周と言うところで騒ぎを聞きつけて他のクラスのヤツらもオレ達の教室の扉に集まり出す。
そのタイミングを見計ったのか取り巻きの1人がソイツらに叫び出す。


「俺達散歩してんだよ!散歩コースとしては3年のクラス全部だ!3回回ってワンって言わせたらお前らの所にも行かせるからな!?」


胸を刺される思いと絶望感が俺に襲いかかる。ふっと横目に見ると取り巻きの声に青白くなったヤツが多数見受けられた。
これを…他のクラスでもやるのかよ。
あまりにも惨め過ぎて思わず涙目になる。
今既に身体中が顔にも当てられて痛いのに。
こんなのあんまりだ。
惨めにこんなことされるなら死んでしまう方がよっぽどいい。

教室を3周し終えると紐でぐいと教室の真ん中まで連れて行かれる。誰かの椅子へ、誰かの机へ登らされる。


「ホラッ、ちんちんのポーズだよ!それでワンって鳴け!」
「うっわぁ、もう泣いてるよ!そっちの泣く方じゃないんですけどー?」


取り巻き達が笑いながらオレを無理矢理しゃがませた上で背筋を上に伸ばされ、手を胸の前に置かれる。
取り巻き含めた一ノ瀬達、クラスのヤツら、他のクラスのヤツらが一斉にオレを見る。
早く終わらせろ、他のクラスへ行ってくれ、俺達のクラスに来ないでくれ。
そんな自分勝手な考えが透けるように分かった。
こっちだって、何とかしてぇのに…!誰も助けてくれやしないじゃねーか!!
何もかもが憎くみえる、こんな学校最悪だ。
鼻をすすりながら深呼吸をする。もういい。さっさと終わらせちまおう。


「…っわ」
「何やってるの…!?」


誰もが一斉にその声へ振り向く。
見られたくなかったヤツに、見られてしまった。ソイツはオレを見てはすぐに駆け寄ってきた。そうか、先生達は1時間目は帰ってこないにしてもあいつは早く解放されたのか。


「左右田君っ、もうそんなことしなくていいよ!!」


もういいよと叫びながら、泣きそうな顔をみょうじはこちらに向け、オレのちんちんのポーズから人間に戻してくれる。みょうじの両手がオレの首に巻かれていたベルト取り外し、ぎゅっとそのベルトを強く握った。


「それ…オレの」
「えっ、そうなの?ごめん、誰かのだと思って強く握っちゃった」
「いや………大丈夫」


みょうじからベルトを受け取り、ベルトをずり落ちかけていたズボンに着ける。数十分の地獄から解放され、涙腺がまた崩壊してしまい涙がポタリと徐々に溢れてきた。


「…どうしてこんなこと」


そう言いながらもみょうじは一ノ瀬達の方を睨みつけた。三谷はあわあわとしながらビシッと人差し指を突き立てた。


「みょうじちゃん!このクラス全員だよ!全員が縄跳びの縄を使って鞭のように左右田を叩いてたんだ!」


みょうじはぐるりと周りを見渡す。クラスのヤツらはハッとして縄跳びを隠そうとするが隠しきれていなかった。


「違う!こいつらが左右田に首輪を巻きつけて教室を周らせたりしたんだよ!」
「危害加えたのはみんなだよ!俺達は、あくまでも縄跳びで叩いたら速くなるかも〜って予想を言っただけだよ!叩けなんて言ってない!」
「なっ…!」


醜い。オレをこんな風にしたのは全員だ。それなのに罪のなすり付け合いをしている。
みょうじは溜息を吐くとオレを見て、小さく頷く。ついてきてとでも言っているようだ。みょうじは人混みを掻き分けていき、オレもその後を追いかけた。





教室から離れていく度に段々と気分が良くなってくる。
保健室のベッドの上で横になるのは初めてだった。


「左右田君、どう?」
「不思議だな」
「不思議?」
「ああ、熱とか無いのにこうして授業中に横になるのは背徳感あるというか」
「えぇ!一緒に休んで私の家へ行ったのに今更背徳感感じるの?」
「…はっ、それもそうか」


みょうじの笑いにつられて笑う。応急処置するような重い傷ではなかったらしいが身体中痛めつけられたのもあって午前中は休ませてくれることになった。外からはホイッスルや音楽が流れてくる。夏休み明けだから、体育祭の予行練習でもやっているのだろうか。保健室の先生は外でその練習を見守っているらしい。


「オメーはいいのか?ここにいて」
「何で?」
「授業があるだろ」
「戻りたくない」
「だろーな。オレもだよ」


天井を見て呼吸をする。天井のシミの数でも数えていようかと思ったが聞きたいことがあった。
しかし、みょうじが先に口を開いた。


「どうしてあんなことされたの?」
「まぁ、その、どこから話せばいいか…オレとみょうじが写った写真を突きつけられて、バレたんだよ」
「……それで」
「それでああなった。歴史で習ったろ、市中引き回しの刑的なやつ」
「それだけでああなったの…?一緒にいただけで?」


オレは頷くと、みょうじは眉間にシワを寄せ顔をしかめた。


「流石にやり過ぎだよ。私、一ノ瀬君にこんなことはやめるように言う」
「あいつらに逆らうことになるぜ、やめた方がいい」
「大丈夫、また役に立ってくれたから」


そう言うと見覚えのある物を制服の中から取り出す。カチリと音を鳴らすと先程の出来事の一部が聞こえる。
確か無理矢理机に立たされる所か…。先程のことを思い出し、気分が悪くなる。


「まだ持ってたんかよ、てっきり先生の所に出したのかと」
「流石にこれ何個も持ってないよ。私が襲われた音声は他のデバイスに移して、それを提出したの。ボイスレコーダーを空にしてから録音してる状態にしておくんだ」


準備が整ってる。すごいなと感心しつつもやり方が少し面倒だなと感じた。


「録音付きボールペンとかあるよな」
「どうしたの急に。確かにあるけど高いよね?」
「いや、もしかしたら作れるかもしれない」
「ホントに!?」


そしたらオレも自衛出来るし、機械弄りが出来る理由になる。


「初めてやるから出来るか分からねーけどな」
「左右田君すごい!期待してるね!」


みょうじは目を輝かせながらオレに笑いかける。期待されると何だか少し恥ずかしく感じるな。


「そういや、オメーはやっぱり事件のことで呼び出されたのか?」


そう呟くとみょうじはそうだね、と縦に頷く。


「まずね、あの音声を教育委員会と警察に届けたの。そしたらスムーズに話が進んで先生を逮捕してくれてね。職員室に集まっていた先生達から"どうして相談しなかったんだ"って怒られちゃった」
「何だよそれ。あの事件を揉み消そうとしたのはそっちなのに」
「ね。だから学校に出さないでもっと偉い所に出したんだけど」


改めて大人っておかしなヤツばっかだと身震いする。いや、この学校自体がおかしいんだ。教師も生徒もおかしなヤツばっかりだ。誰かを犠牲にしないと生きていけない世界なのか。


「左右田君」
「…ん、どうした」
「さっき写真を出されたって言ったけど、それって一ノ瀬君が撮ったの?」
「あー、いや。あの野郎だよ、変態野郎がオメーを撮ってたみてェだ」
「え………」
「あいつ、一ノ瀬の親戚の友人がどーたらだったしくて一ノ瀬が手に入れたらしいぜ」


そこまで言うとみょうじは何か考え事をし始める。暫く考え込んだ末に、頭の中で静電気が走ったかのようにガクンと体全体が跳ねたのを目撃する。


「ど、どうした?」
「え……でも………ウソ………」


明るいみょうじとかけ離れた表情をする人物が目の前にいた。ぶつぶつと小さく呟いてる姿は少し怖い。


「みょうじ?」


最早自分よりもそっちの方が心配になるくらいただならぬ様子だった。
みょうじは真顔でオレの顔を見た後に、何でもなかったかのように笑顔で取り繕った。


「ごめん…考え事」
「そうか」


そういや、前にもこんなことあったな。
確か展望台で…1組のカップルを見たときもあんな顔をしていた。
男は背を向けていて女はあまりオレの方からよく見えなかったけど。…それと関係があるのか?
…あまり聞かない方がいいと思ってたのに気になる。みょうじの悩みを聞いてあげたい位なんだが、聞き相手がオレでいいのか困っている。


「…みょうじ。どこか行かねーか?」
「え?」
「オレあんな教室戻りたくないしよ、これから2人で甘い物食おうぜ。美味い店知ってんだ」


オレ結構甘いの好きだから、と付け加えながらみょうじの方を見るとみょうじは驚きつつも縦に頷いてくれた。


「嬉しい。左右田君が誘ってくれるなら行くしかないね!けど体は腫れている所無いの?」
「午前中に休めば動けるだろ」
「オッケー。先生には体調悪いから休むって伝えるね」
「みょうじの脅し頼むぜ」
「お、脅しじゃないから!圧力って言うの!」


同じじゃねぇか、そう笑うとみょうじは仕方なさそうに笑いながら外へ繋がる扉を開けて先生に話に行った。
……みょうじがその場を離れたのを見計らって、薄い掛け布団の中に潜り込む。
さりげなくデートに誘ったら快くOKを出してくれたみょうじの笑顔と声を焼きつけようと目を閉じ、何回もそのシーンだけを繰り返した。







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