『----嫌っ!離してくださいっ!』
『離しはしない。補講のひとつだ』


その声はオレの耳から脳内へと一気に刺激する。ノイズが混じりながらも2人の声は緊迫とした状態だった。


『あっ、いやっ、触らないでっ…!』
『みょうじ…お前はいつも水泳はサボってばかりだ。お前の水着姿を見るのが楽しみだったのに』


震えるみょうじの声に思わず涙が出そうになる。男であるオレですらこの状況は恐怖でしかない。男の力で押さえつけられ、鍵もかけられた中で逃げることなんてほぼ不可能だ。それで平然としてろなんて酷な話だ。


「…ここまで。流石に私も気持ち悪くなっちゃった」


目の前にいるみょうじは笑顔を作りながら、四角くて黒い物体を弄り、そこから流れた音声はブツリと途切れた。
今日は朝からかったるい学校に行って先生達に本当のことを話したはいいものの、それが最善だったのか分からない。職員室から出れば、みょうじが手を振って待ってましたと言わんばかりの笑顔を作っていた。
んで、色々話してみょうじの家にいるって状況だ。


「まさかオメーのそれって小型のボイスレコーダーだったとはな」


四角くて黒い物体、真の正体はボイスレコーダーだ。タオルに隠し持っていたそれは素晴らしい程に活躍してくれていた。


「あの先生が変なこと言い出したら、コレ持って親に言いつけるんだ」
「そりゃ名案だ!あんなことを無かったことにしようとする先生達の慌てる顔が楽しみだぜっ!」
「うん。でも左右田君はドアノブ壊したからそのことは何か言われそうだね」
「うっ…あれは取り外しただけで壊しては」
「あはは、冗談だよ。それは何とか取り繕うって。左右田君が補講へ来てなかったら、私どうなってたか分からないから」


みょうじが用意してくれたクッキーを頬張る。
冷房が効いた部屋の中で事件のことについて考えるとどうも変な話だ。セクハラ疑惑なんてかなり前からあった筈なのに被害者は名乗り出なかったのだろうか。


「どうしたの?」
「考え事」
「そっか。ねぇ、暑さが落ち着いた頃にどこか行く?」
「ん、今日か?」
「うん、夕方に展望台で」


展望台は隣町にある有名なスポットだ。
アクセスは少し悪いが景色は綺麗らしい。正に恋人が行くような場所。だからオレには縁がないと思っていたんだが。

まさか誘われるとは。ここまで来ると何でオレに構うのか本当に分からない。初めて会ったときも、転校してきたときもよく話しかけてくれた。でもよくよく考えればみょうじは誰とでも話せるからオレ以外のヤツとこう誘ってもおかしくはない。


「それまでゲームしよっか。実はゲーム少しだけ進めたんだ」
「へぇーどの位?」
「2章途中まで」
「協力プレイあったらすぐに進められるからな。さっさと終わらせようぜ!」


……気にしない方が1番だな。あいつがゲームに誘ってくれればゲームをするだけだし、展望台へ行こうって言ってくれれば行くし。


………


展望台へのバスは混んでいた。理由は分かる。今日はオレの街で花火大会だ。だからこそ展望台から見たいってヤツが多いのだろう。
だが、今は16時の夕方。バスを降りた乗客は全員が展望台へ行くわけでもなく展望台近くの屋台へと流れた。

都会の展望台のような50階とかそんな大それた高さではない。丘の上に建てただけのものだがそれでも一般的なマンションの高さはあってここら辺の街を見渡せる。確かにここから見た花火大会はすげーんだろうな。


「今の時間空いてるね。花火大会様々だよ」
「いいのか、こんな時間で。花火大会の時間帯はそれ専用のチケットがいるぞ?」
「いいのいいの。こういう静かな感じが好きだから」


変わってるヤツ。オレが言うのもなんだが中学生ってもっと元気なもんだと思ってた。


「本当にここ良い所だね!夕焼けが綺麗だよ!」
「そうだなぁ。オレの街こんなだったんだな」


展望台からの眺めは良くも悪くもよくある街並みだった。窓側にへばりつく人と人の間に入って周りを見渡す。ちょっと下を見れば、展望台近くの屋台が賑わっている様子が見える。


「みょうじ。何か見て回るか?」
「………」
「……みょうじ?」


何も返さないみょうじの方を振り向く。みょうじは窓に手をつけながら何かを見ている。見ているというより凝視だろうか。

目線を追いかけると、ここから少し離れた人気の少ない場所に1組の男女のカップルがいた。次の瞬間、男女で互いに抱擁しまくっていた。
うわうわ…こうやって上から誰かが見ているかもしれないのにお熱いですこと…。他人のイチャつく姿って何でこっちが恥ずかしくなって気まずくなるんだろうな。

しかし、みょうじはどうしてあのカップルに反応したのだろう。他のものでも見てるかと思っても目線は屋台でも街でもない。見てる場所はあのカップルしかいない。


「みょうじ?」
「っ!?」


オレの声にみょうじの体全体が跳ねた。すげービックリしてるけどオレもビックリしたぞ。
みょうじの表情はさっきと打って変わって顔が青ざめていた。オレですら体調が悪そうだってすぐに分かる。


「ど、どうした?」
「……う、ううん。大丈夫」
「…い、いや、でもよぉ。気分悪そうに見えるぜ」
「本当に?気のせい、じゃない?」


この数秒でみょうじはケロリといつも通りの明るい表情に戻る。何もない…。そう言ってるみょうじにこれ以上聞くのも野暮でしつこいだろうし、一旦引き下がるしかない。


「そうか。悪かったな」
「ふふ。けど心配してくれてありがとうね!気遣い出来る男子は素敵だよ!」
「素敵…ッ!?」
「うん。どうして驚くの?」
「いや…言われ慣れてねーだけだ」
「そう?本当のことなのに誰も言われてないの?」
「う、うっせ!当たり前だろ!そんなこと言ってくるやついねーし!…サンキューな」
「どういたしまして。花火大会で追い出されるまでこの眺め見ていたいな」
「…ああ」


みょうじにバレたな。オレの顔が赤くなっていることに。後から言われたら夕陽のせいだって誤魔化すつもりだけど。
大体こいつずりぃんだよ、褒め言葉をポンポン言いやがって。オレの気持ちが揺らぎまくりだ。この言葉を嘘だって思いたくない。
人をまた信用していいのか分からないまま沈む夕陽を眺めていた。







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