「へぇ。そんなことがあったんだな」


俺は楽しそうな左右田を見つつ、貝殻の入ったバケツを持ちながら立ち上がる。
左右田の会話が終わる気がしない。だからみんなの所へ帰る道中で話を聞くことにした。


「そうそう!あの後行った茶屋でも話は尽きなくて!そこで飲むメロンソーダフロートが旨くってよぉ。初恋の味って何なんだよって今まで馬鹿にしてたけど正にあの味なんだなって思ったんだぜ?」


目をキラキラさせながら語る左右田のテンションに何とかついていく。あー…左右田のせいでメロンソーダが飲みたくなった。


「それでそのみょうじとは自由行動中は一緒だったのか?」
「ああ。お陰で修学旅行の課題も終わってさ。先生に怒られたけど課題の評価は誰よりも良かったぜ。ほんっとみょうじ様様だわ。
…けど、修学旅行中の自由行動って大体1日しかなくて。別れた後はずっと集団行動で怠かったな」
「まぁそうだよな。じゃあその日限りの出会いだったんだな」
「集団行動なんて地獄だったけどみょうじといるときを考えたら辛さなんて吹っ飛んじまった。…でもこの話には続きがあって。っと、着いたぜ。こっちの課題も進めねーとな」


みんなの集まる所に着き、作業に取り掛かる。左右田はメカニックの才能故に素材からの製造やツール作製の方にまわっていった。
俺はというと素材を集めたから休んでいいと命じられたものの、体を動かしたかった。
休んでいると左右田の話の続きが気になってしまうからだ。ほぼ惚気みたいな他人の初恋の話だが俺は嫌いじゃない。

今日の分の課題と夕食を終わらせ、左右田のコテージへと向かう。せめてもの差し入れの菓子や飲み物をマーケットから取ってノックをするとすぐに扉が開く。


「おう、日向」
「夜に押し掛けてごめんな。嫌じゃなければあの話の続きを聞かせてくれないか?」
「ははっ、いーぜ!入りなよ!」


少し疲れの色を見せていた左右田だったが、快く承諾してくれた。電気屋から持ってきたのだろうか。部屋の隅に部品がいくつか無造作に置かれていた。
ポテトチップスや炭酸飲料をテーブルの上に広げ、左右田が話し始める頃には疲労の顔ではなく生き生きとした表情だった。


……


修学旅行も何とか終わり、すっかり7月になっていた。随分前に行った席替えで窓側の1番後ろという良席に座ると、コツンと頭に当たる。それがくしゃくしゃに丸めた紙で、あいつらが投げたって誰もが分かった。
三谷、河西、一ノ瀬だ。あいつらは偶然だが通路側の1番後ろで固まっている。本当に偶然なのか分からないが。

チャイムが鳴り、先生がやってくるが朝の先生の話なんて耳に入らない。今日もどうやって放課後までやり過ごそうか窓の外の景色を見つめる。暗い色だ。今日は雲ひとつない青空らしいがどうもモノクロにしか見えない。とうとう目までおかしくなっちまったか、と眼鏡ケースからクリーナータオルを取り、眼鏡を拭いた。

…しかし今日はやたらとクラスの状況がおかしい。やけにざわついている。何かあったかなと眼鏡を掛け直し、前の黒板に目を向ける。


「あ」


思わず声に出してしまった。それでもクラスのヤツらはオレの声に反応せずに前を見つめていた。
クラスのヤツらがざわついている原因が分かったからだ。


「初めまして。みょうじなまえと言います。分からないことがありますが、よろしくお願いします」


みょうじ、なまえ。初めてオレはあいつの下の名前をここで知った。オレの学校の制服姿なものの、声、丁寧なお辞儀、…修学旅行で会ったあいつに間違いなかった。
オレからしたら信じられないものだが、みょうじを見た瞬間にオレの視界は一気に色を取り戻した。黒板は黒じゃなくて緑色に、灰色の空は正に青空に。
寧ろキラキラと輝き始めている。こんなの初めてだ。

ふとみょうじがオレと目を合わせる。瞬間みょうじもハッと驚いた顔をしたがすぐにニコリとこちらに笑いかける。
……イイ笑顔を受け止めきれられなくて目を逸らしてしまった。あまりにもオレが女の子慣れしてないせいだろう。物凄く照れ臭かった。ここで笑顔で返していたら、と思ってももう遅い。

周りを見渡すと案の定、全員がみょうじを見つめていた。ボーッと見つめる者、羨望の眼差しで見つめる者…。くっそ、三谷や河西、一ノ瀬達なんてニヤニヤしてやがる。


「さて、みょうじの席は…左右田の」
「先生!ここも空いてますよー!ここ!ここ!」


先生の言葉を遮るように1番後ろに座っていた三谷が隣を指差す。そこはオレと同じようにあいつらに標的されたヤツがいたが修学旅行前に逃げるように転校してしまった。ソイツの机が未だに残っていた。


「い、いやそこの席は」
「…いいだろう先生?俺達は仲良いクラスだから席なんてどこだっていい」

「……みょうじ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ」


一ノ瀬の低い声に怖気づく先生に対して、笑顔で返すみょうじ。
みょうじは1番後ろの通路側の席に座った。

はぁ、明らかにここのクラスは終わってんな。誰にも聞こえないように舌を打つ。
なんて言ったって一ノ瀬の親がこの地域の権力者だから、中学生の一ノ瀬の言葉で大人のヤツらが従ってしまうほどだ。あーあ、自転車屋じゃなくてオレもお偉いさんの息子だったら何か変わってたのだろうか。

みょうじの席は左隣に三谷、その前には河西と一ノ瀬…、右は教室の扉だ。
誰もが見て分かる、"包囲網"だ。前座ったヤツなんかあいつらに虐められて転校したもんだ。気の毒だった、みょうじがあんな席で授業を受けるなんて。
…ハハ、底辺のオレの隣よりはマシか。

他のヤツらはあいつらのヤバさに気づいているものの普通に接するふりをする。今はオレがあいつらの標的だ。みんなはオレを敵にすることでカーストが下位に落ちることはない、あいつらに虐められることはないのだ。

…みょうじもそうなってしまうのだろうか。


「みょうじちゃーん!まだ教科書持ってないでしょ?俺の見せてあげる!」
「本当に?ありがとう」


三谷が教科書をみょうじに見せる。それに合わせてみょうじは椅子を三谷の方へ寄せて顔を近づける。
ムカつくと同時に羨ましい。あいつらが余計なことを言わなければオレがみょうじの隣にいれたのかもと思うと悔しかった。


1時間目のチャイムが終わると休み時間が入る。起立して礼をすると、オレ以外の生徒がみんなしてみょうじの席へと向かった。

転校生特有なのだろう、しかも容姿が良いやつとなればみんなのテンションは違う。
授業のときとは違って甲高い騒ぎ声は尋常じゃない。


みょうじに会えたと思ったときは嬉しかったし、幸せだった。本当に今朝のあの5分間だけは。けど、誰かに取られたようなそんな気がして今はただ悲しい。別にみょうじはオレのものじゃねーんだけど。あくまで修学旅行先で友達になったってだけだけど。
嗚呼…あのときは楽しかったなぁなんて思い出に耽る。


「……田君、左右田君?」


凛とした声に我にかえるとオレの席の目の前にはみょうじが心配そうにオレを見下ろしていた。…は?何でこんな所にワープしてんの?横を見るとクラスのヤツらがあっけらかんと、オレとみょうじを見ている。
一斉に注目を浴びることになり、何が何だか分からなかった。


「え、は、何だよ」
「あはは、左右田君だ。間違いなかったよ」


狼狽るオレにみょうじは変わらず柔らかい笑みを浮かべる。


「同じクラスで会えるなんて思わなかった」
「…ん、お、おう」
「ねぇ、隣いい?」


そう言ってみょうじはオレの隣の席を指差す。この席は元々誰も座っていない席だ。本来なら別の教室に移動されているが3年になってからずっと訳あって存在していたようだ。
その訳は恐らくみょうじのような転校生だろう。きっと前々から決まっていたのかもしれない。


「…オメー分かってるだろ。オレが学校でどんな目に遭ってるか。そこなんかに座ったらみょうじは」
「大丈夫だよ。休み時間くらい。左右田君と話したいから座るだけ」
「いやいや…オレと話す行為がどういうことか…ッッ!?」


本当はいてほしい。けど虐めのターゲットになって欲しくないが為にみょうじをオレから遠ざけようと冷たい態度を取る。
…つもりだったが、みょうじは構わずにオレの隣の席に座る。その行為は今の状況からしたら異端だ。やはり連中はざわざわしやがった。何で左右田なんかと、という声も聞こえた。


「左右田君って和一君って言うんだね。あのとき下の名前聞いていなかったから別れた後になって凄く気になってたんだ。ここの先生から名簿を盗み見たとき左右田って苗字を見て私ね、ドキッとしちゃった」
「……」


気が気でなかった。みょうじと仲が良いなんて思われたらあいつらはどんな目をオレに向けるのだろう。
チラチラと色んな方向に目線を向けるオレを見たみょうじは笑顔が一瞬消えて真面目な表情に変わる。


「っっ!」
「左右田君…」


椅子をオレの方に寄せて顔を近づける。近づく度に周りのヤツらも徐々にざわつき出す。近い近い近い!!どうすればいいんだよ!?と心の中で叫び続ける。
小さい声、誰にも聞かれないようなコソコソとした声でみょうじは話しかけた。


「私ね、左右田君をここで見つけて嬉しかったと同時に思ったんだ。ずっと左右田君の味方でいようって」
「……へっ?な、何で?」
「えっ?だって友達でしょ?」


そうだよね?とまた笑顔に戻るみょうじ。正に女神みたいな笑顔だった。つい、口元が綻んでしまう。鼻の下も伸びているかもしれねェ。こんな顔気持ち悪いだろうなって自嘲気味に笑う。
だってそんなこと言ってくれるヤツが目の前にいるんだぜ?


「…あ、もうすぐ時間かな。じゃあ放課後にまた話そうよ!」
「お、おう」
「頑張って」


窓側のオレにだけ向けられたみょうじのグッドサインはどうやらオレの心に見事に刺さった。
みょうじが席に着こうとするとすかさず三谷がみょうじの机に手を置いて身を乗り出す。前で河西や一ノ瀬がみょうじを見る。周りのヤツらもみょうじに視線を向ける。


「ねぇねぇねぇ!みょうじちゃん!何で俺らから離れたのー?」
「しかもよりによって左右田かよ!あんな根暗なんて話しかける方が損だって!もう話しかけない方がいいよ!ビョーキ移るからさ!」


ギャハハと下品な笑い声をオレとみょうじ以外は上げ続ける。みょうじからして異様だったのだろう、笑い声の渦に飲み込まれ、笑顔なんて一切無かった。


「…どうして?私はみんなと仲良くなりたいだけ。みんなはこっちに来てくれたけど、あの子は来なかったから私が進んで挨拶しに行ったんだ」
「いやいや、アイツはいいって!俺らで楽しくやっていけばいいんだって!」
「……それで?左右田と何話したんだ?」


黙って笑っていた一ノ瀬が鋭い眼光でみょうじを睨みつける。あんなのに睨まれたら動けないだろう。それでもみょうじは笑顔で答えた。


「ん?お願いしたの。自転車直してって」


誰もが、オレですら言葉が出なかった。しんと静寂が生まれる。
そんなことはさっき話していない。それでもみょうじはニコニコと笑う。周りに花が浮かぶようなほのぼの空間がそこにはあった。
全員はこう思っただろう。何を言っているんだ?って。


「……ふ、ふん。そういやアイツんとこチャリ屋だったか。あんた早速アイツを修理道具として使ってんのか」
「……な!なるほどー!みょうじちゃんやるぅー……?」


一ノ瀬は苦し紛れの言葉を浮かべ、三谷は無理矢理に話を合わせる。すげぇ、あいつらのペースを崩している。このクラスの事情を知らないふりをしているみょうじは強かった。
僅かに顔をこちらに向けて笑顔を浮かべる姿が脳内にジリジリと焼き付いた。

可愛い。こんな子がオレのことを庇ってくれるのか。もうダチなんて作らねーと泣いて決めたことがすぐに破られそうだ。いやみょうじの友達なんかじゃなくてもっと仲良くなりたい。友達以上になれたら…
…なんて、わがまま、だよな。
2時間目のチャイムが鳴った後の授業内容なんてあいつのせいで覚えているわけがなかった。







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