自由行動なんてクソくらえ。修学旅行で誰もが楽しみにしているだろうこの時間がすごく嫌だった。この時間が近づく程に気分が悪くなってくる。


「……あ、あ、えっと」


しどろもどろに話すヤツは同じ班のヤツだ。学年のヤツらがオレをハブった結果大人しい陰キャの班に数合わせとして入れられた。
オレとあいつらを交互に見ている。あいつらといったらニヤニヤとこちらを楽しんでやがる。…何で同じ班のヤツらは申し訳なさそうな顔をするんだ。葬式みてーな暗い顔をするんだ。


「行きなよ。オレは勝手にウロウロしてっから」
「え、で、でも、先生に会ったら」
「オレが勝手に行ったとか言えばいいんだよ。んじゃ、オメーらで楽しみな」
「あ、あ、あっ、左右田君!」


本来のヤツらの行く方向とは別の方向へ歩き出す。
…だが間違っていた。後ろから足音と複数の話し声が聞こえる。煽ってくるような話し声を聞いた瞬間余計にイライラが募った。


「よーお、左右田」
「あれ?一匹狼気取ってんの!?厨二?」


無視だ無視。どうにか道を外せばあいつらも追ってこない。何とか観光地から離れる所へ。
追いつかれないように早足で歩き、点滅している青信号を渡って突き進む。あいつらは追ってこなかった。


「班行動なのに1人で行ってんの!先生にチクるからな!」
「そーだちゃんの内申点右下がりだな!」


勝手に言ってろ。歯を食いしばりながら舌打ちをした。


学ランのせいで人々がこちらを見る。確かに中学生が1人で歩いていたら気になるだろう。
だがオレは周りのことなんか気にせずに歩いた。

しかし途方に暮れていた。旅行雑誌でしか見たことない観光地から、さらに離れるともう訳が分からない。どうやって時間を潰そう。
リュックの中には親から貰った旅行用のお小遣いと観光地の地図、水筒、気まぐれに持ってきた小さい工具箱。本来持ってきてはいけないんだが荷物検査が無くて助かった。
観光地の地図を取り出して見ても、有名な観光スポット周辺しか載っていない。使えねーな、溜息をついてリュックにしまう。
来た道を覚えて進むしかない。頭の中で来た道を繰り返しながら歩を進める。


「……ん?」


こんな古都あったっけか?さっきはどこにでもあるような住宅地や道路を歩いたはずなのに、いつの間にかいかにもって感じの木造建築が並んでいる。何かの観光地だろうか。
しかし、妙に人だかりが少ない。何だかこちらを見られているような感覚がする。何だ?ここにいちゃいけねーのか?誰のか分からない視線に押し潰されそうになり、来た道を戻った。


「……?」


来た道を戻る。木造建築が並んでいる道の出入り口と言えばいいのだろうか。そこにオレと年が近い女の子がオレを見ては話しかけてきた。


「…もしかして、ぞろぞろ歩いていた団体の学生?」


その子の近くまできて思わず息を飲んだ。紺色のセーラー服、艶のある髪、端正な顔。
か、可愛い…!
ボーッとしていると目の前の女の子は何も言わないオレに小首を傾げている。マズイ、何か言わないと怪しまれる。


「あ、…まぁ、修学旅行で」
「そうなんだ、良かった。ここには近づかない方がいいよ」
「何で?」
「………まぁ、大人の街とでも言おうかな。元遊郭だった場所」


言いづらそうに話す彼女に思わず顔が熱くなる。この言い方は嘘に思えなくて、つまりそういう意味ってことだよな?だから昼間なのに締め切っていたのかという納得と共に、オレはこの女の子に"言わせてしまったのだ"。気づいてしまうと何だか申し訳ない気持ちと後ろめたい気持ち、恥ずかしい気持ちが混ざり合う。


「…君は迷ったの?1人みたいだけど」
「あー、その、……んー」


ここまで言い淀むと、迷ったって言えば良かったと後悔した。そうだよな、修学旅行で1人って迷った以外の理由なんて無い。
……いいや、正直に言っちまおう。深く呼吸をしてから投げやり気味に口を開く。


「…嫌だったんだ。同じ学年のヤツと色々あってよ、一緒にいたくねーから1人になった」
「……」


えっ、と小さい声だけ出して黙られてしまった。そりゃそうか。うん、そうだよな。


「……そうだったんだ」
「…へへ、そうだぜ」


自虐気味に笑うと、目の前の女の子は満面の笑みを見せた。


「同じ」
「…へっ?」
「私も本当は今日学校あるんだけど、サボってるの」
「え、は、はああ!?」


そんな馬鹿な……。いや、考えてみれば違和感だ。平日の真昼間からオレと同じ位の中学生がセーラー服着て街をほっつかない。
思わず変な声を上げると、その声に合わせて小さく笑う声が聞こえた。


「意外でしょ?今日って私の学校プールあってね、それが嫌で逃げ出しちゃった。全然泳げなくって」
「は、はあ……」
「サボるのって結構罪悪感あるけど、いざサボると気が楽になっちゃった!君はどう?嫌な奴と離れて気が楽になった?」


腕を大きく広げてオレに笑顔を作る。明るい声からして本当に泳ぐのが嫌だったのだろうなぁ。なんて思いつつ、確かに今となってはイライラしていた気持ちが消えているのは確かだった。


「そうだな、今はまあ、楽に…」
「集団行動って息詰まるよね!そうだ、君が良ければだけど観光地一緒に回らない?」
「はっ!?」
「ご、ごめん。急に言われても困るよね。でも修学旅行って課題みたいなの無いの?ここ行きましたーとか感想書くやつ」
「………あー」


すっかり忘れてた。そういや、そんなめんどくせーことしなきゃいけなかったんだっけ。はぁと溜息つくと、そのオレの溜息で察されたようだ。


「なら早速行こうか!課題やってないってなると先生すごい怒るし。…そして出来るだけその嫌な奴に会わないようにね。あ、私みょうじって言うの。今日はよろしくね」
「…分かった」


みょうじは少し照れ臭そうにお辞儀をする。これはオレもやるべきか?いや、名乗るくらいでいいだろう。


「オレは左右田って言うんだ」
「ソーダ…?」
「あ、そのイントネーションじゃなくて。左右田って言う」
「左右田君、かぁ。珍しい苗字だね!」
「初対面だと毎回聞かれる」
「だよね!初めて聞いたよ。早速どこへ行く?」


明るく振る舞うみょうじについて行けるか?と心配するもとりあえず課題は何とかなりそうだと一安心する。とりあえずみょうじにここから近い場所、と伝えるとこっちだよと歩き出す。


「私ここら辺に住んでるんだ。だからといってはなんだけど、左右田君に色々と教えたいなって。迷惑かな?」
「…んや、大丈夫。寧ろありがとうな」


みょうじはニコリと笑い、オレの隣を歩いていく。時々こっちを見ては笑顔を絶やさずに話しかけてくれるみょうじに惹かれつつあった。
きっとオレとは違って学校でも人気者なんだろう。中学は容姿性格、そしてコミュニケーション能力全てが揃わないとカースト上位にはなれない。
みょうじはその全てが揃っていると思う。容姿は間違いなく上、コミュ力は言うまでもない。性格はまだ分からないが、話の節々からして優しいんだなって分かる。
今やアレのせいでカースト底辺に落とされたオレからしたらみょうじは高嶺の花みてーな存在だ。聞けばオレと同い年のようで流行りやオレ達世代の話は住むところが違っても話が合う。やはりローカルな話はついていけなかったが。


「左右田君って何かやってたりするの?」
「それって趣味とかか?」
「そんな感じ!」
「…やっぱ機械弄りかな」
「えっ!意外!」
「まぁなんつったってオレんとこ自転車屋だからな。生まれたときからそういうのに囲まれてたし」
「自転車屋さんなんだ!ということは修理とかもしてるの?」
「流石に客のはパンク修理とかタイヤ交換位しか弄れねーけど、でも家族の自転車のブレーキ修理とか他には家電製品を直したことはあるな」
「すごーい!いいなぁ、そういう人って頼りになるよね」
「っ!」


頼りになる、か。そんなこと言われたことも無くて言葉に詰まってしまう。冷静さを留めるために眼鏡がズレていないかを確認する。


「自転車壊れたら左右田君に頼もっと!」
「……いやいや、どこまで来てくれるんだよッッ!気持ちは…その、嬉しいけどよ」
「ナイスツッコミ!…あ、人集りが出来ているところ、あそこだよ」


みょうじの指差す先は確かにテレビでも何回か見たことある神社だ。どうやら縁結びで有名な場所だ。中に入ると人で賑わっている。
内心誰かに見つからねーかビクビクしつつ周りを見渡す。昼時だから食べにいってるのだろうか、近くにはオレの学校の先生や生徒はいないようで胸を撫で下ろす。


「やっぱテレビでも見るけどスゲーな」
「人気スポットだからね!それにやっぱりみんな良い縁に出会いたいんじゃない?」
「ほー…」


間の抜けた相槌を打ちながら時折隣を見つめる。たった一瞬とはいえこんな可愛い女の子と歩いているだけで既に良縁だけどな。


「ところで、左右田君の嫌な奴ってどういう感じ?」


恐る恐るオレの顔を覗きながらみょうじは聞いてくる。一瞬だけ言い迷う。きっとさっきの話から気になっていたのかもしれない。


「オメーはオレの学校のヤツじゃねーから言うけど。愚痴みてーになるぜ?」
「いいよ!」


即答。オレが言い終える前に言っていたのではないかという位の速さで答えた。ここまで来ると寧ろ話しやすい。


「まぁ、その、虐めみてーなことが起きてる。被害者がオレでさ」
「……」


みょうじは一瞬だけ眉をひそめたがすぐに真面目な顔に戻る。真顔も可愛…いやいや、話さないとな。


「オレのクラスに主犯のヤツらが3人いるんだ」
「…3人かぁ、やっぱりヤンキーでグレてる?」
「おう、ヤベーグレてる。三谷、河西、一ノ瀬が主犯。ソイツらの取り巻きが他のクラスにいるんだけど。
三谷は元々小学生からのダチだったがある日を境に変わった。河西はとにかく暴力的で、ソイツと2人きりになったらサンドバッグになることを覚悟したほうがいい」
「……もう1人は?その、一ノ瀬、君?」
「ああ、何もかも完璧だ。金持ち、イケメン、文武両道。今年の4月になって急に不良になった」
「…どうして」
「さぁな。"アレ"を起こしたってことはオレが気に入らなかったんだろ」


そう吐き捨てるとみょうじは複雑な表情を浮かべた。オレにかける言葉が見つからないようだ。


「左右田君。何だか色々聞いちゃってごめんね」
「気にすんなよ」
「あ、それならこの神社のもう一つのスポット教えるよ!」


こっち、と少し前に出てオレを連れ出す。人混みの中みょうじの背中を追いかけるのは少し大変だった。
神社の敷地内の端っこだろうか。さっきより人が少ないがそれでも人だかりができていた。その中心には大きな白い石があり皆がそれを撫でている。


「ここってちょっとしたパワースポットなんだ。それも縁切りのね」
「…縁切り?」
「はは、変わってるでしょ?縁結びと縁切りが一緒にあるなんて。…ここで白い石を撫でながら縁切りしたい人を思い浮かべるんだ。間違っても好きな人を思っちゃったら駄目だよ?」


そう語りかけるみょうじはオレの顔を覗き込んだ。その笑顔は何かを期待しているような表情だった。


「……やれってことか?」
「うん、呪われるわけではないしちょっとした願掛けにいいんじゃない?私もやるよー」


ほのぼのとした雰囲気でみょうじは石の前に立ち、ゆっくりと石を撫でた。あんなほのぼのとしながら嫌いな人がいるのか?…みょうじのことを一瞬詮索したが、みょうじもやっているならオレもやっておこう。オレはヤツらの顔を嫌でも鮮明に思い浮かべ、石を撫でた。初夏だからか石は太陽の熱を帯びて熱くなっていた。しばらく念じた後、石から手を離しその場を離れるとみょうじが立っていた。


「どうだった?」
「熱かった…」
「あはは、だよねぇ。私もびっくりしちゃった」
「オメーにも嫌いなヤツがいるんだな。意外だった」
「え、嫌いな人?」
「ん、縁切りしてーから石を撫でたんじゃねーの?」
「ああ、……その、左右田君の嫌な奴のことを思って石を撫でてたよ」


えっ、と思わず目を丸くしてみょうじの方を向く。みょうじは照れ臭そうに笑いかけた。


「私のことじゃなくて、左右田君とその嫌な奴が縁切り出来るようにお願いしたんだ」
「……な、なんというか、オレの為にしたのか?」


オドオドと目を泳がせつつ、みょうじの顔を覗き込む。だって、目の前の人物は自分のことよりも出会って数分の人間のことを考えたんだぞ?
思考回路をグルグルさせているとみょうじは笑顔を浮かべた。


「うん、左右田君の学校生活楽しく過ごせたらいいなって」


……いやいやいや。みょうじって実は神様なんじゃねーの?って思うくらいあり得なかった。こんなの嘘に決まってる。本当はオレを慰める為の嘘に違いないって。
信じられない言動をするみょうじのことが少しだけ疑わしく思えてしまった。
けど、


「左右田君、縁結びのお参りもする?」
「……いや、いい」
「そう?それじゃご飯食べよっか!良いお店知ってるよ!」


こっちだよ、と手を振るみょうじがとてつもなく可愛くてつい頬が緩んでしまう。
…今日くらいはこの日限りの出会いに感謝するか。







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