![]() 目の前が真っ暗になった。 まるで毎晩見続けていた夢の世界のようだ。 「……ああ」 夢の中で『ああこれは夢だ』って意識する瞬間が稀にあるが、正にその感覚だった。 これは夢だ。 同時に悲しさや寂しさが身体中全てに伝わり痛感した。 今までの幸せな日々は夢だったんだ、と。 毎晩見る夢で違う所があった。 真っ暗な世界は誰もいない筈なのに、オレの近くになまえが立っていたんだ。それも大人になったあいつじゃなくて、オレと出会ったときの中学生のときの姿。 「なまえ……」 「……"和一"」 なまえは小さく微笑んだ後にオレを見て口を開いた。 「私はね、和一に生きててほしいの」 「え?何を言ってるんだ」 「気づいてるでしょ?あの日々はね、夢の世界なんだよ」 なまえは優しくそして淡々と事実を伝えてくる。ああ、そうだったな。現実を理解しなきゃいけないんだろ? もうみょうじなまえはいないんだって。 「けど……オメーがいない世界なんて」 「私は死んでなんかないよ」 「…?」 なまえの言葉に首を傾げるとあいつはオレの胸元に両手を置く。なまえはオレの鼓動でも聞いているのだろうか。小さく何回か頷いてオレを見上げた。 「人が本当に死ぬときって、誰からも忘れられたときなんだよ。だから忘れなければ私は和一の中で生きている。ずっと生き続けられるんだよ」 そうでしょ?と同意を求められる。不思議とその言葉をすんなりと受け入れられた。 「……ああ」 「和一は私のこと忘れないよね?」 「……当たり前だろッ、ぜってーに、ぜってーーにっ!忘れねーからな!」 「良かった…!」 ぼろぼろと自然に溢れる涙を見たあいつはオレの返答にもらい泣きをしたのだろうか。涙を流しつつも満面の笑みでオレを抱きしめる。対抗するように抱きしめ返した。暫くすると苦しい苦しいと笑いながら背中を軽く叩いてくる。 「和一」 「なまえ」 「大好きだよ」 「大好きだ」 ほぼ同時に言った言葉にオレ達は同時に笑い合った。これもきっと…夢なんだけれどまるで再会したかのような気分だった。 暫くするとオレの背後から声が聞こえる。ずっとオレの名前を呼び続けている。 「和一の友達が呼んでるよ」 「……みてーだな」 「行ってあげて」 「おう」 オレを見送るようになまえは小さく手を振った。その様子が昔を思い出させる。それは「またね」といつもやっていた仕草だったから。 また、会える。絶対に。 そう信じ込んでオレは声の元へ歩き出した。 後ろを振り向いたらまたあいつに甘えてしまいそうだったから誘惑を振り切って声の方へ走り出す。次第に真っ暗だった夢の先から光が照らし出す。 「……だ!……左右田!」 光の奥から聞き覚えのある声が聞こえる。まるでこの光のような名前のしたヤツのようだな。そう笑いながらオレはそいつの名を叫んだ。 「_____日向ッッ!!」 ……… 「左右田ッ、左右田ッ!?」 俺は一瞬の変化を見逃さなかった。後1つのカプセルの中の人物が目を開いたんだ。意識を取り戻したことを認識したのかカプセルのカバーは自動的に開く。左右田は瞬きを繰り返しながら呻き声を小さく上げる。 「………ひなた、」 「ああ!俺だ!良かった……お前が目を開けてくれて!皆待ってたんだぞ!」 「ここは……?」 「オレ達はまだ船の中だ。先に起きた皆は未来機関の人達と連絡を取って各々行動しているんだ」 「未来……機関」 左右田が目を覚ましたら皆で脱出するんだ。そう伝えるもあまりの情報量に左右田は追いついていないようだった。だけど俺はどんどん情報を伝えていく。 「左右田が入った装置は自殺装置だったんだ。あの装置が見せた"夢"によって、この世界に戻れなくする。そうすることで脳死と同じ状態にするんだ。そんな体に江ノ島の頭脳が入りこむことによって再び世界に絶望事件を起こそうと企んでいたんだ」 「……江ノ島は」 「大丈夫だ。あいつはウサミと、そして未来機関の人達と協力して倒したさ。あいつはコンピュータウイルスだったんだ」 「……?コンピュータウイルス……?」 「ああ、悪い、そこから説明しないとな」 俺は左右田の前でその後の出来事を説明する。以前に目を覚ましたみんなに説明したように。この世界は新世界プログラムの中だということ。俺自身、というよりもう1人の俺が江ノ島というコンピュータウイルスを持ち込んでしまったこと。そして未来機関のプログラムに助けられながら江ノ島を倒したこと。みんなはその話を聞いて渋々と納得した人もいれば、信じられないといった様子で何も考えられなかった人もいた。そんなときは未来機関の人間がログインという形で俺達の前に現れて説明をしてくれた。 そっと様子を伺おうとするもいつもオールバックにしていた前髪が顔の前で垂れ、左右田の表情が見えない。 その表情は左右田と共にみょうじを探したあの日を思い出す。左右田を励ましたものの過去の事実には勝てなかった。左右田はその現実に帰ってきた。凄惨な過去だったが、左右田はしっかり受け入れられるだろうか。 「………なぁ、日向」 「ああ」 「オレは結構眠っていたのか?随分長く夢を見ていた気がしたんだ」 「……お前だけすごい時間がかかった。ざっと2週間だな」 「……そうか。あの数年がたった2週間…」 枯れた声で俺の名前を呼ぶ左右田は潤んだ瞳だった。暫く動いていなかった手を動かしながら独り言のように呟く。 「オメーに聞いても分からねーと思うけど」 「ああ、どうした?」 「なまえはオレにとって太陽だった。ずっと暗い闇の中に入っていたオレに光を与えてくれた。こんなポエムみてェなこと言うの、らしくねーけどよ、太陽がないと人って生きていけないんだろ?」 「………まぁ、太陽が無いと人類は生きていけないと思うな」 左右田は目を閉じながら深い呼吸を繰り返した。目を閉じた先に何を思うのだろうか。 「オレの中でなまえは生き続けている。だから死んじゃいない。変な話だと思うか?」 「……いいや、変じゃない。俺に話してくれた思い出は全てこと細やかだった。まるで俺もその記憶の中に入ったようだったんだ。それだけ左右田がみょうじを大切にしてた証拠だ。みょうじは喜んでいるだろうな、もしかしたら案外お前の近くで見守っているに違いない」 左右田はゆっくりと手に胸を当てる。数回の深呼吸をした後にふと両目から大粒の涙が溢れていく。きっと左右田にとって幸せな思い出を思い出しているのだろう。その様子に不意に俺の涙腺が壊れ、目の前が僅かに潤んだ。 「日向。オレ、何故だか胸の奥が温かいんだ……」 「……ああ」 「なまえのことを思い出していると、スゲェ温かいんだよ。まるであいつは太陽みてーなヤツだ」 「……そこにいるんだよ」 人の死は忘れられることが第2の死だと云われている。左右田なら絶対にみょうじなまえを死なせないだろう。そして俺もソウルメイトの彼女の死を忘れない。仲間の大切な人の死もだ。 「なまえ……、オレ、オメーの分まで頑張るからな。……だからぜってーオレを見捨てるなよ、見守っててくれよな…」 左右田はみょうじに語りかけるように鼻をすすり、泣きながら呟いた。その顔は俺が今まで見てきた中で1番優しいくしゃくしゃの笑顔だった。 …… あれから数年が経った今、きっと世界は今までとは違って輝いているのだろう。 高層ビルが何本も建ち、様々なデザインの電車や車が都会の機能を果たしており、人々は蟻のように忙しなく動いている。 近未来、といえばいいのだろう。あの事件の前後で技術も街並みも全てが一新された。 「……人気のわたあめパフェを食べた後は互いの好きな服のブランドを見てまわる」 "それで夕方になったら人気のお店でご飯を食べてスカイ未来タワーの展望台で夜景を見る!" 「そこから見た景色を独り占め、いや2人だけのものにする」 新しく建て直されたスカイ未来タワーの展望台でただ独り言を呟く。まるで隣に誰かいるような風に。だけどここにいるのはオレ1人だけだ。このタワーの設計に大きく携わったことによって、この展望台にオレだけ特別に足を踏み入れることが出来た。何よりこのスカイ未来タワーは"本物のロケット"が展示されることで今や注目を浴びている。 オレのわがままな提案を受け入れてくれた職場の人々には感謝している。ここはオレにとって大切な場所となりえるのだろう。 願わくば、あいつとこの景色を見たかった。 新世界プログラムを終えたオレ達15人は未来機関に引き取られ、暫くはそこで復興作業を手伝っていた。力仕事よりも機械操作をして欲しいと頼まれたオレはあらゆる機械の操作や製造を行なっていた。 やがて復興作業が落ち着いてきた頃に未来機関から抜け、1人で乗り物を弄り続けていると様々な所から声が掛かるようになり、仕事にも困らなくなった。まだ復興は完全ではないが、街が栄えていくのはそう遠くない未来だ。実際に宇宙開発に関わる話も入ってきているし、順風満帆という言葉が今のオレにはお似合いだ。 今では1人暮らしにも慣れてきて、いつも通りの帰り道を通って部屋の鍵を鍵穴に差し込む。部屋の中に入れば生活感ある…悪くいえば散らかった服や工具が散乱していた。 スーツをベッドの上に脱ぎ捨て、簡素な部屋着を纏い、脱ぎ捨てたスーツをハンガーにかけ、ベッドに腰掛ける。 1人にしては広いベッド、1人なんだが2人は座れるソファ、沢山入れてもスカスカのクローゼット、1人なのに多すぎる食器の数。 まるでもう1人の誰かと住んでいるような違和感のある部屋。部屋を訪れた誰もがそう言っていた。 オレはあいつの死を理解している。目の前で見てしまったあの日を覚えているし、出来るなら思い出したくない。でもその記憶だってあいつの一部分だ。 あれから随分時は経ったのにオレは未だに死を受け入れずにいる。オレがウジウジしてるだけというのもあるけど、あいつの性格のせいだ。 あいつは何回もオレの前に現れた。出会ったときや、中学校でも、高校が違っても時間があればオレ達は出会っていた。オレが弱音を吐いていたときや助けを求めていたとき、あいつは気づけばオレの隣にいてくれた。 だからオレは絶対にありもしないことを信じてしまう。今こうして大人になったオレに会いに来てくれるんじゃないかと。 この部屋にある物だって……あいつの分まで用意しちゃって、オレ自身も馬鹿だって思う。けどこれでいいんだとも思える。後悔はしていないし、これからもずっとしないだろう。 あいつのことだから、何事もなくオレの前にひょんと現れて いつかあの明るい笑顔を纏って帰ってきそうだから オレはずっとその日を待ち続ける。 END ← → |