壊せ、壊せ。全てを、希望を打ち砕くように壊セ。

大人のエゴの塊のようなビルがオレの作った爆弾でガラガラと崩れ去る瞬間を目の当たりにして、笑い声を1人であげる。
はぁ、最高に楽しい……!!
へへッ、あいつらだってドデカイことしてるけどオレだって負けられねェ。

今度はオレの暮らしてきた街を壊してやる。
もう既に崩壊しちまってる所もあるけど仕方ねぇ。特にあの中学校だけは粉々にしてやるからな。オレ様を酷い目に遭わせたあの場所は…ッッ!

中学校は避難所になっていた。そこには街のヤツらが集まって怯えながら縮こまって生きている。
その中にはかつてオレのいじめを見て見ぬふりしたヤツ、オレを嘲笑ったヤツ、大人として機能しなかった先生と呼ばれたヤツらもいた。
こういう蛆虫みてーなヤツらを一瞬にしてまとめてブッ殺すのが快感なんだよなァ?


「ぷっ……くくっ、ハハハハハッッ」


今までの比にならない位の爆発音。
燃え広がる炎。

中学校の敷地の周りに爆弾を置き、その周りにガソリンをばらまく。
簡単だ。寝静まった夜中なら見張りも少ない。火をつけて爆発すれば一瞬にして木っ端微塵。
仮に爆発から生きたとしても炎の中で苦しんで死ぬ結末だけ。そんなヤツらの絶望を腹がよじれるくらいに笑った。

夏の風流。花火にキャンプファイヤーのようだ。
ワクワクして笑いが止まらない。オレの過去なんて焼き尽くしてやる。最高だ、最高に楽しい夜だッッ!!


「……和一?」


ある声に無意識に笑うのを止めて振り向く。その先の人物に目を見張った。


「なまえか?」


所々破けている制服が痛々しさを物語っている。
下の名前よりも名字に言い慣れたオレの口はなまえを呼ぶのに声が震えていた。オレとしたことがまさかの再会で驚くなんて。


「うん、私だよ。この街に帰ってきたんだね」


日常のように振る舞っているのか知らねーが、なまえはオレに笑顔を見せる。
その姿はこの状況に恐ろしい程に似合わなかった。


「ああ、帰ってきてやったぜ。感謝しろよな?」
「良かった!心配したんだよ?ずっと和一のこと待ってたんだ」
「………?」


今いる状況は少々不自然だ。
どうしてここにいるんだ?なまえだって避難先はオレの後ろで燃え広がってる中学校の筈だ。
オレの後ろにいたってことは、なまえはオレが高らかに笑っていた所を目撃している筈だ。普通なら避難所を燃やされ、その犯人がオレだって馬鹿でも気づく。なのに何でなまえは笑っている?


「どうしたの?」
「オメー、何処にいたんだ?」
「え?………家にいたよ」
「何言ってんだ、オメーのマンションは半壊だ。壊れてない下の施設だって残党達が屯ってる」
「よく分かるね。うん。中学校で避難していたよ」
「ったく何でそんな嘘を……」


そう言ったときなまえは小さい呻き声を上げドサリとオレの方へ前のめりに倒れた。
その後ろには小汚ねえ男が2人、金属棒を持っていた。こいつらがそれで殴ったと一目で分かった。


「なまえっ…!」


オレが名前を呼んだとき、2人の男はオレの方を見てサーっと顔が青ざめた。だろうな。オレ達15人は有名らしいからな。
なまえに手を出しやがって。血に塗れた工具を取り出すと男達は逃げ出した。追いかけたい気持ちを抑え、なまえの元へ行く。


「オイ、大丈夫か?」
「…いた…」


呻き声と共にゆっくりと体を動かそうとするがバランスを崩す。咄嗟にオレの両手がなまえを支えた。触れたときに胸が締めつけられる痛み、そして両手から感じる彼女の温もりに心が傷んだ。


「…悪ィ。オレが気づいていれば」
「ううん、大丈夫」
「ここじゃ変なヤツらに目につく。痛いよな、おぶってやる」
「本当?嬉しい」


そう言うとオレにまた笑顔を作る。……やっぱ可愛いなこいつ。
頬が緩むのをグッと抑えて、なまえの両腕をオレの肩にかける。


「行きたい所はあるか?」


ま。まともな所はオレが壊しちまってほとんどねーけど。
そう心の中でほくそ笑んでいると、背中になまえがのしかかる。


「……2人で一緒に行った展望台」


掠れた小さい声は紛れもないオレの背中にしがみつくなまえの声だった。


「ああ。分かった」


汚れちまったオレはこいつの為になら何でも言うことを聞ける。どこへだって行ける。この人間不信のオレが信用しているこいつの為なら。傷ついた彼女を背負いながらあの展望台の場所へ向かった。

展望台は中が暗いもののまだ元気だぞと言うくらいにそびえ立っていた。堂々としている様にムカついてぶっ壊したかったが、その気持ちはすぐに消え去った。


「和一は、絶望の残党なの?」
「………」


なまえはオレのことを見聞きしている筈だ。とすると、確認の意味を込めた質問か?
彼氏であるオレが世界を破滅に導いた主犯だと本人の口から聞きたいのだろうか。
何も言葉が出なかった。確かにそうだ。希望ヶ峰学園に入学して、それなりに楽しい青春を送った。そして絶望に堕ちて今となっては器物損壊、自殺幇助に人殺し、武器の改造…何でもやった。今までを思い出しながらオレはあるトンデモな考えが浮かんだ。ゾクゾクと身体中から恐怖と比例して涙を流しちまう程に興奮が止まらねェ。

-----こいつを殺したらオレはどうなっちまうんだろうな。

そっっりゃあ、もうッッ。最上級の、極上の、絶望を味わえるだろうな。思わず舌舐めずりをした。舌が流れた涙を掬ったのかしょっぱく感じた。ってか何で泣いてんだよオレは。
…本当に、何でだろうな……。

何で後ろのこいつのこと考えると涙が出てしかもむず痒くて温かい気持ちになるんだ。
絶望?いや、そんな感覚じゃない。
上にあがるエレベーターは壊れて動かない。ならフロアの端にある階段を使おう。


「……和一…?」
「オメーを上に運んだら教えてやるよ」
「……分かった」


なまえは受け入れるように呟く。一段一段丁寧に階段を上る。上る度に体が揺れるのかオレの肩部分の服を強く握るのが可愛らしかった。……モヤモヤする。何で、こんな気持ちになるんだ。
これから殺すってのに。
最高の絶望をこれから味わえるのに。
楽しみ…な、筈なのに。

最上階まで上りきった。なに、ほんの数階しかない小さい展望台だ。
窓ガラスは最早ガラスの意味を成していない程に割れ、外と通じている。
空は静寂として、見守るかのように月が地上を照らしている。お陰で電気が無くても外からの月光で明るい。
ガラスの破片が無い所に座らせ、なまえと向かい合うように片膝立ちをする。
一息ついた所でなまえが顔を上げた瞬間に、血の付いたサバイバルナイフを突きつけた。


「これがさっきの答えだ」


言い終えた後にニヤニヤしていると案の定なまえは目を見開いて動かない。
そうそう、その反応良いじゃねーか。
そのままナイフの先端があいつの細い首に触れるとピクリと肩を震わせる。
ああ、最高だ。他の奴らより比べ物にならない程にイイ反応だ。


「…和一」
「さて、どーすっかなァ?首から?胸から?」


からかうようにナイフで首筋や頬を突いていると小さく呻き声が聞こえる。
少しはしゃぎ過ぎたのだろう。首筋から一滴赤い雫が垂れていく。

ブワッと全身に鳥肌が立つ。流れる血を初めて美しいとも思えた。好きな女のものなら何でもキレイに見えちまうのか?よく分かんねェけど思わず見惚れる程だ。


「オレはオメーが大好きだ。…いや、そんなんじゃねぇ。愛してるぜ」
「っ!」
「だから最期に言い残したいことを言いな。気に入ったヤツの最期の言葉は聞くって決めてるからよ」


オレからのお膳立てはしたぞ、なまえ。
さあ、オメーの彼氏が絶望の残党ということに怯えろ。震えろ。
最期になまえは何て言うかなァ?
私も愛してるって愛の言葉を紡いで幸せなまま死ぬ?
殺さないでって言ってオレに縋り付くか?

安心しろよ、苦しまないように天国へ送ってやるからな。
ナイフを握り締め、様々な期待が膨らむ中、あいつはオレの目を見て


「………和一は、絶望の残党じゃないよ」


オレの予想を遥かに裏切った解答をした。


「……は?」


開いた口が塞がらない。同時に疑問が一気に膨らむ。思わず首に触れていたナイフを引っ込めた。


「何で、何でだよ?」


さっきまでの余裕なんて何処へいった。明らかにオレは動揺している、どうして絶望の残党じゃねぇってこいつは言い切ったんだ。


「それは…」


なまえは突然ブレザーのボタンに手をかけ外し始めた。上着を脱いだと思えば今度はその下の白いワイシャツのボタンに手をかける。
益々訳が分からなくなる。


「な、何をして…!?」


オレの慌てる声に見向きもせずにシャツの半分より上のボタンを外すと一気に肌が露出される。それはオレの焦る声を遮った。

首から下の胸元辺りには肌色なんてほぼ無くて青と紫、赤のアザがびっしりと咲いていた。月の光でも分かる程に凄惨な、醜い色。しかも見た感じまだ新しいものだ。


「あの中学校に避難したの。最初は避難した人達で助け合おうって言ってたのに…。日が経つ程に状況は悪化して物資も永久ではないからみんなイライラし始めて。
そして遂に避難所で殺し合いが始まったんだ」


途切れ途切れになりながら呟いたなまえは苦しそうな表情を浮かべる。
そこから酷いものだったのだろうと安易に想像出来る。


「家族と家族による殺し合いもあった。弱者ともいえる子供や老人を切り捨てる家族もいた。…けれど狙われやすかったのは身寄りのいない人だった」


身寄りのいない人、その言葉にゾクッと恐怖で体が一瞬硬直した。


「……狙われたのか」
「うん。私と同じような境遇の人達も殺されて最後に残ったのは私だった。けど何を思ったのかあいつらはね、私に条件を出してきたんだ」
「なんて?」


なまえはオレから目を逸らして更に小さい声を絞り出すように呟く。


「………ここにいる男達の為に"ご奉仕"すれば、その分物資を渡してやるって」
「ッッ!?」


信じられなかった。込み上げる怒りを床にぶつけたいが必死に抑え込む。中学校の中にいたヤツらを殺して良かったと密かに思った。心の中で抑え込むほどに胸の中がどすんと重く熱くのしかかった。
オレの様子に気づいたのかなまえはオレの顔を見て弁明するように話した。


「勿論断ったよ。母と同じ道を辿るなんて死んでも嫌だったし、……私の体は和一のものだから、和一以外に触れて欲しくなかった」
「……なまえ」
「けど断ったら、生意気な奴だって…私を囲んで殴られ、そして蹴られた。ご奉仕します、その言葉を私の口から吐き出されるまでずっと」


今までのことを思い出させてしまったのだろう。なまえの手は身体を守るかのように腕を組み始めた。


「そのとき残党達が襲撃してきたから暴力は止まった。その隙に逃げ出したの。…だけど物陰に隠れるしかなくて。夜中になったら中学校の物資を奪おうとした矢先に爆発音が聞こえた。様子を見に行ったらそこは火の海になっていて、近くに和一がいたんだ」


そうか、だからあんな所に。確かに昼に残党がどっかの中学校を襲撃して物資を奪ったと聞いていた。その中学校はなまえの避難所だったのか。出来事の点と点が結びついた。
正直言ってなまえがいたかどうかは確認しないで快楽の為に爆破させていたからなまえが生きていたのはオレにとって予想外だった。


「さっき私を殴ってきた男達は避難所を見張っていた人達だよ。燃えている避難所を見て、私が復讐してきたんだって思い込んだんじゃないかな」
「……ああ、さっきのヤツらか」
「私、和一に助けられちゃった。避難所の暴行から、そしてさっきの人達から。どの道死ぬ運命を和一が助けてくれたんだよ。だから和一は絶望の残党じゃない。私からしたらヒーローなんだ。私の大好きなヒーローにならこの命を終わらせても良い」


ヒーロー…その言葉を聞くと蕁麻疹が出てくるんじゃないかってくらいに体が痒い。こいつの目が輝いているせいかオレの輝かしい栄光が愚行に思えた。別にあれはそんなつもりじゃなかったんだよ。壊して絶望を味あわせたかったんだ。


「後……は」
「まだあんのか?」
「和一に愛してるって言われたの、初めてだった」
「…えっ?」


そうだっけ?と過去の記憶を辿る。
告白以外に1回だけあったがそれはなまえに大好きって言われて、オレも、と返しただけだった。
つまりオレは告白のとき以外、なまえに自発的に言っていなかったんだ。初めての彼女に伝えるのは照れ臭かったし、それに希望ヶ峰学園へ行ったから離れ離れになって言う機会がなかったのもあったけれど。


「すごく嬉しかったよ。…あのね、」
「なんだ」
「もし和一が私を殺さないでいてくれるなら、そんなの虫のいい話だけれど、私も一緒に行ってもいい?」


何を、言っているんだ…。
信じられなかった。どこまでオレを彼氏として見てくれるんだ?
オレはもうこいつの隣で笑う"なまえの彼氏"には戻れねェんだよ。


「んな綺麗事言ったってオレは現にオメーの目の前で人を何百人殺してるんだ。オメーだってオレのことを知ってる筈だ」
「…何百人殺そうが何億人殺そうが私を助けてくれた人はヒーローだよ。
薄々気づいてはいたよ。主犯達の特徴の中にあった"ツナギを着たピンクの髪"って和一しか思い当たらないから。そのツナギ真っ黒になっちゃったね。血なのかオイルなのか分からない位に…。それに言ったでしょ?
ずっと"左右田君"の味方だよって」


なまえの反論に思わず笑みが溢れた。
ハハ、そういえばそうだった。
出会ったときからそうだったじゃねぇか!

こいつ、変わってるんだ。
オレが1人で修学旅行にいたときも、学校で虐められていたときも、オレが姿を全部変えたときも、こうして真っ黒な絶望に手を染めていてもオレの味方をしてくれる変わったヤツ。それがみょうじなまえだ。

そのときだ。
さっきとは比べ物にならない程の涙が自然に両目から溢れ出た。


「な、…ま、ちょっ…」


こいつの前で何で…。目を逸らそうとしてもやはり見えてしまったようで。
不意に目の前から抱きしめられ、オレの胸になまえの頬が擦り寄る。
_____ああ、もう。伝わってくる温かさに完全にオレはお手上げ状態となり、なまえの全て受け入れた。そして数秒も経たない内に、オレとなまえの間は空気さえも通らないんじゃないかというくらいに体と体が密着した。
温かくて、懐かしい気持ちになる。
オレのツナギから漂う血や火薬の匂いが今の時間だけ酷く悲しい気持ちにさせた。
武器作ってるときとか、人を絶望に陥れたときはこの匂いが気持ち良かったのに。
頭を撫でてあげたい。そう思っても今の真っ黒になったこの手であいつの頭を撫でるわけにはいかなくて、もどかしくて悲しくなる。

…そうだったな、そういえばオレを希望ヶ峰学園に送り出したときもオレの家の前で急に抱きしめられたことあったっけな。んで、ビックリして声を上げちまって、なまえは笑っていたっけ。そう物思いに耽っていると今までの心のモヤが取れた。
そうじゃねーか、今ここで殺したらもうこんな幸せ二度とないじゃないか。仲間は強くてイイヤツらばかりだが死なない保証なんて無い。もし仲間まで失ったらオレは独りぼっちになってしまう。永遠に。


「…和一、大好き、愛してるよ。だから私も一緒に行きたいの。その先が地獄の果てだって。和一の為なら人殺しだって覚悟はしている。だって私が信用出来る人間は和一だけだから。和一がいなくなったら…独りになっちゃう。そんなこと考えただけで私…」


オレの腕の中でなまえの体が震えている。オレと同じ様なことを考えてながら。散々酷い目に遭ったこいつの体はとても小さかった。きっとオレの手が触れているこの背中にだってあのような痣があるに違いない。
汚れた手のひらが服につかないよう手の甲や腕を使って上から下へ優しくさすると箍が外れたのか啜り泣く声と嗚咽が聞こえた。

悲痛な叫びだった。助けてほしいと告げているかのように。まるでこいつに出会うまでのオレの心中の叫びのようで、オレの中の悲しみをより一層膨らませた。
絶望の残党になってオレはずっと1人で行動していた。誰かと連まなくたって出来るんだって証明したかった。
けど、オレはきっと寂しかったのかもしれねェ。今こうしてなまえといることで寂しさを紛らわせているんだから。

一頻り互いに泣いて顔を見合わせると、あいつの目尻部分が赤くなっていて同じタイミングで笑顔になった。オレもなまえから見たら同じような顔だったみたいだ。


「一緒にいくか」
「…ありがとう」
「死んでもこうしてくっついてやるからな」
「うん、最高だよ…死んでも和一と一緒だなんて」


そう言うとなまえはオレに顔を向けたまま目を閉じる。何かを待つような期待している笑み。ドキリと胸が高鳴った。
これって…つまり…。
絶望の快感とは違うような高鳴りはまるで昔に戻ったような気がした。………もう奥手なオレはいない。

覚悟を決めろ、左右田和一。
そう胸の中で叫び、そっと顔を近づける。
もうすぐ互いの唇が触れ合う瞬間。
遠くから聞こえる階段を駆け上がる音によって、互いに動きが止まった。
音のする方へ振り向くと黒い人影が複数見えた。


「……動くな!未来機関だ!」


嫌でも聞き慣れたその声に警戒心が強くなる。オレのことを散々虐めたあの3人の声。
3人はゆっくりとオレ達に近づく。なまえはオレの後ろで様子を伺ってる。何か言うべきか?そもそもこいつらは何で来た?


「何なんだよ、オメーらは」
「…左右田。超高校級のメカニック、かぁー!中学校では水を被せられて、今度はオイル塗れだなんてお似合いだな?」


ギリッと歯ぎしりをする。嫌味を言いにきたのか?ムカつくヤツらだ。


「やめなよ、河西。そんなこと言いにきた訳じゃないよ。俺達は仕事で来たんだから」
「…仕事?」


なまえがポツリと呟くと三谷はそうそうとなまえに向けてニコリと笑う。


「さっきも言ったけど、俺達はね、未来機関にいるんだ!主犯15人を探してるの」


噂は聞いていた。オレ達を潰す為につい最近発足された機関…。しかし、おかしいじゃねーか。未来機関は確か超高校級のヤツらしか編成されてないが…。
そう考えてると一ノ瀬が口を開いた。


「あくまでも頼まれて、だがな。未来機関は超高校級で集められた奴らだから人数は少ない。未来機関の人数を増やす為に一般人を雇ってるって話だ。…まぁ、だから俺達はかなり下の地位だけどな。
……左右田。お前には悪いが一緒に来てもらうぞ」


そう言った後に鉄パイプやナイフを取り出してくる。武器の構えは戦闘慣れしていると分かった。
後ろは割れた窓ガラスだ。ただ、飛び降りるには危険な高さだ。3人をとっちめて階段から逃げるしかない。
ならば。


「…なまえ、目を閉じろ」


小さい声で後ろに告げるとなまえは小さく頷いた。
ポケットに忍ばせていた小型の弾の引き金を引いて3人の方へ投げると一瞬にしてそれは眩しい光を放った。


「うわっなんだこれ!」


閃光弾。威力は無いがかなりの光を放つ。
目眩しに丁度いい。咄嗟になまえの手を引いて立ち上がる。


「行くぞっ!」


なまえは焦っていたものの、すんなりとオレの後ろをついてきてくれる。よし…


「待てっ、って言うと思った?」


逃げた先は既に三谷がいた。


「きゃっ!?」


なまえの悲鳴が聞こえる。そこには河西が目を瞬かせながらなまえを組みついていた。


「なまえっ!」
「は、離してっ!」
「閃光弾か…面白いことするな。でも俺達だって馬鹿じゃない。そういう対策はしてたんだよ。ま、でも河西は油断したな」


一ノ瀬はオレの方へ来て真っ黒なメガネをチラつかせる。目眩しを防ぐ物だってすぐに分かった。
マズい、失敗した…!焦りが顔に出てしまう。こんな失敗今まで無かったのによりによって…!
三谷と一ノ瀬を交互に見合わせる。2人は次第にオレの方へ詰め寄る。


「やっと見つけたよ。全然いないしさ!それに俺は左右田を待ってたよ?沢山悪いことしたんだって?」
「…三谷…ッ!」
「ねぇ、逃げるなら逃げてみなよ?」
「……ぐっっ!」


腹部に拳が1発。高校生になって更に威力が増した攻撃によろめく。


「和一…っ!」
「……へぇー、やっぱりそうなんだ。2人はそういう関係だったんだ。だろうねぇ、みんなが言ってた"派手な髪色の高校生"の容姿だもの。左右田の癖に生意気…前々からムカついてたんだよねぇー!みょうじちゃんにどんな脅しかけて手籠にしたのかなぁ?」
「…おい河西。いつまで目をやられてんだ。ちゃんとみょうじを離すなよ」
「分かってる…くそっ」


抵抗するなまえを必死に押さえつける河西はまだ目が慣れていないようだ。
一ノ瀬は蹲るオレの目の前でしゃがみ込む。


「左右田。未来機関の内部が対立しているのは知ってるか?」


対立?戸惑いを覚えるオレに一方的に話し始める。


「お前達、絶望の残党の捕縛後の対応で未来機関内では保護派と処分派に分かれている。それで俺達に頼んだ未来機関の奴は…処分派だ」
「…ッ!」
「だから…まぁ、みょうじにも悪いが、お前にはここで死んでもらう」


薄々気づいていた。未来機関に殺されるってことは。だからオレに歯向かうヤツらは返り討ちにしてきたんだ。
一ノ瀬はなまえを憂うように横目に見ていた。……腹違いとはいえ、妹をあんな風に引き止めるのは一ノ瀬もよく思わないのだろう。だがきっと一ノ瀬的に、なまえは絶望に染まったオレより未来機関に捕われた方がまだマシなのだと判断したのだろうか。
……いや、あいつらはオレ達を処分するつもりだ。そうなったらなまえは大人しくならない。
ああ、話を聞きながら保護派のヤツなら…って思っていたのが時間の無駄だったようだ。


「だけどすぐには殺さないよー?」


三谷はオレの頭部に蹴りを入れる。脳がグラグラと揺れ、ガンガンと耳鳴りが鳴り止まない。
反抗する為に拳を入れるも簡単に躱される。蹴りや拳、鉄パイプの鈍い音がオレの体全てに入ってくる。吐き出される鉄の味が不味い。
…情けねェ。このオレが散々殴られて蹴られて…何も変わっちゃいない。
オレは天才の筈だ。こいつらなんてすぐに殺せるのに。
なまえの声が遠く感じる。何かを叫んでいるように聞こえる。くそっ、畜生っ…!このまま倒れてたまるか。こんな所で負けたらなまえが酷い目に遭う。


「いち、のせ…!」
「……何だ」
「…なまえに、は、…!」
「……」


目線の先にいた一ノ瀬に声を絞り出して伝える。一ノ瀬はオレの声に眉間にシワを寄せながらも真顔で呟いた。


「関係者も処分と命令されているが……処分するのはお前だけだ。あいつは何とかして保護派の奴に引き渡して保護してもらう」


その昔と変わらない一ノ瀬の声を聞いて初めて安心したオレがいた。
……昔の自分なら例え友人や恋人より自分の保身に走って1人で逃げ出していただろう。
でも今はあいつさえ、なまえさえ無事なら。
でももう少しだけあの幸せな時間が長ければ悔いはなかったなァ…。無力な自分を呪いながら目を閉じかけたとき、異変を感じ取った。


「や、やめろっ!?」


遠くから聞こえた焦る声に一ノ瀬も三谷も手を止めた。視線の先には河西となまえが向かい合っていた。
なまえは組みつきから解放され、河西を強く突き飛ばしていた。男1人を突き飛ばすのに全力だったのかなまえは息を切らしているようだ。


「う、く、くそぉっ!!調子に乗りやがって!」
「……!?オイッ!河西!何をッッ!」


激昂した河西はなまえに叫びながら向かう。
一ノ瀬が荒げた声を上げて河西を止めようとするも既に遅かった。
河西は弾丸のように勢いつけて走り、体全体を使ってなまえを突き飛ばした。

その突き飛ばした先は窓ガラスの無い窓。

なまえはモロに攻撃を受けてしまい、窓の外へ突き飛ばされる。

ドクンと血が一気に全体へ流れる音が聞こえた。
さっきまで殴られた痛みなんて知らなかった。2人の間をすり抜けて一直線にあいつの方へ走り出した。


「なまえッッ……!!」


頼む、間に合ってくれ。
窓の近くまで来て手を伸ばす。
もう少し。
もう少しでなまえの手を掴める。
なまえもオレに気づいて手を伸ばした。


「……和一っ…!」


なまえの怯えた声に更に手を伸ばした。
この手を掴まなければ……!



…何も、掴めなかった。


なまえはそのまま地面へ真っ逆さまに落ちて、

聞きたくもない、理解したくもない、重くて鈍い音がオレの耳へ届いた。

視線は自然と下へ向けられる。
見たくもなかった、けど、まだ…!
…そんな一抹の希望はすぐに消え去った。

………彼女はピクリとも動かなかった。周りに黒い血だまりが残酷なことにどんどん広がっていく。
そう気づいたときに自分の目の前の世界が歪んだ。
急速に色が無くなっていき、真っ暗な黒い色に塗り潰されてしまったように何も見えなくなった。力が抜け、呆気なく床に座り込む。あの温かい手を掴んでいたら、助けられたのに。無情にも空気だけを掴んだ手は小刻みに震え出す。


「みょうじちゃん…!!」
「……河西、テメーはどういうつもりだっっ!みょうじは保護する筈だろうが!」


声が聞こえ、少しだけぼんやりとした世界が見える。真っ暗な夜空、灰色に濁った小さい星…。
オレの胸の中はぽっかりと穴が空き、そこにとめどなく感情が溢れ出た。今まで感じたことのない途方もない感情。

これがオレが欲しがっていた極上のゼツボウなのか?


「…………し、仕方なかったんだよ!みょうじが抵抗してきやがって!思い切り突き飛ばしたのはあっちだ!それでつい頭に血が上って…せ、正当防衛だったんだよ!!!でも、ま、いいだろ?みょうじも処分対象だったしさ……結果的に仕事はしたんだ」


その声を聞いた瞬間にふつふつと感情が込み上げる。その感情は空になったオレの心を埋め尽くしてくれた。怒りから憎しみ、復讐へと変わっていくのに時間はそうかからなかった。

サバイバルナイフを構え、河西に突撃する。オレの行動にあいつは何も出来なかった。持っていたナイフはいとも容易く首を切り裂いた。勢いよく流れ出した血液は黒く、汚い色。汚らわしい。気持ち悪ぃ。


「ふざけやがって!なまえは保護するってほざきやがって…!!よくも、よくもなまえを殺したなッッ、殺してやるッ、お前ら全員ブッ殺してやるッッ!!」


首への一撃は致命傷だった。ぐたりと動かなくなった人に何回も刺した。
自分の手が更に黒く赤く染め上がっていく。


「くそっ、三谷!押さえつけるぞ」
「ああ!」


2人が背後からオレを止めようとする。
ナイフを振り回し、2人の手や腕を斬りつけた。
浅い、まだ傷が浅い。もっとだ。
殺してやる、こいつらは無残な姿にして他のヤツ共に晒し上げてやる。
状況はこっちが優勢だ。オレは強いんだ、この世で1番…!


「…っ!」


2人を追い回していたそのとき、後頭部に衝撃が走る。明らかに誰かに殴られた。三谷や一ノ瀬は目の前にいる。

じゃあ、誰が…?

振り向く前にオレの意識は薄れてしまった。
くそっ、まだあいつの仇を…!


………………


「おい、お前達は処分派の奴に頼まれたのか?」


倒れた左右田を挟んで、一ノ瀬と三谷は男と会話していた。その男は暴れる左右田を気絶させた男…のリーダーだ。2人は顔を見合わせ頷くと男は血塗れの河西を見つめてはぁと溜息をついた。


「…勝手なことをしてくれたな」


男の言う勝手なこと…それはみょうじなまえのことだろう。絶望の残党ではない一般人を河西が展望台から突き落とした事実は重くのしかかった。一ノ瀬は深々と目の前の人物に頭を下げる。


「申し訳ありませんでした」
「…はぁ。左右田の身柄はこの十神が預かる」


十神は部下に左右田を運ばせて展望台から離れた。
十神白夜……超高校級の御曹司であのコロシアイの生き残り、そして絶望の残党の保護派の人間。
そんな有名な彼に言い返す言葉は2人共無かった。

…………


モノコプターに残された映像はそこでプツンと途切れた。モノクマはどこから取り出したのか白いハンカチを目元に当て、泣く仕草をこれ見よがしに俺達に見せつける。


「……っていうのが、超高校級の絶望となったメカニックとその男に永遠の愛を誓った女の悲しい最期……こんなの昼ドラでも視聴率取れないね!そもそもグロ過ぎてお蔵入りだよこんなの!」
「モノクマ……ッッ!!」
「うわぁああ!日向クン首を掴まないでよ!ボクの中の白いのがビュッて出ちゃう!!綿だけど!!」
「こんなときにふざけるなよ!どうせ世界がこんなことになったのも、俺の家族や友達が、そしてみょうじが死んだのも全てお前のせいだろ!?」
「そうだよ、ボクの中の人が企てた。そしてキミ達が実行したのさ」
「中の人ってなんだよ!早くその黒幕を出せ!」
「……うぷぷぷぷぷ!!!」
「………………」


左右田は俺達に目を向けずに茫然としながら真っ暗になったモニターを見続けている。まるで魂が抜けた屍のようだった。
モノクマは突然笑い声を上げ、機械音を立てて動かなくなった。そして先程の映像を流していたモニターから1人の女が現れる。女はこの状況に似つかわしくない程の高い声を高らかに上げる。


「はーい!世界最強であり世界最高のカリスマ、江ノ島盾子ちゃんでーーす!」


江ノ島盾子と名乗る女は俺と左右田を交互に見ながら笑い声を上げる。左右田に対しては面白そうに、俺に対しては哀れむように視線を向ける。


「ねぇ、日向先輩……いえ、カムクライズル先輩。この事件の発端は貴方にあるんですよ?」
「カ、カムクライズル、だと?」
「ええ、貴方は才能の無い自分自身がコンプレックスだった。だから学園の人体実験によって全ての才能を持つチート級の人物になれたんです。しかしその才能は江ノ島盾子ちゃんの手駒にしか過ぎなかった!」


江ノ島と名乗る女はご機嫌な様子で俺達を見下ろす。まるで人の不幸を嘲笑うかのように意気揚々と話を進める。


「そして77期生のオマエ達による事件は起きた。結果は見ての通り、希望なんて抱かない方が幸せな世界に生まれ変わった。あー最高……そうでしょ?左右田せんぱぁい?」


猫撫で声で左右田に声をかける。左右田の表情は動かない。茫然自失の状態で、小さい声が微かに聞こえる。


「……嘘だ、こんな世界は嘘なんだろ?」
「ざーんねーん!ホントの本当でーす!左右田先輩って怖いなぁー…怒るとあんな暴言吐いて人を"ピー"しちゃうんだもん!こっわぁぁい!」
「んな訳あるかよ、オレがこんな惨いことする訳ねーだろが……」
「ねぇ、もう認めちゃいなさいよ。みょうじなまえはあの日死ぬ運命だった」
「……ッッ」
「だってそうじゃない?左右田先輩が街を壊しに来なかったらあの一般人共に殺されていたわよ?最悪陵辱モノよ?あのとき展望台に行かなかったら……なんて甘いこと考えてる?無理無理。絶望の残党の中で有名人だった左右田先輩が悪に染まりきっていない女を引き連れていたら仲間はどう思う?女に絆されたのかって思って2人共殺されていたかもしれないじゃない?」
「オレは……」

「ねーぇ、左右田先輩?先輩が絶望にならなければ愛しのみょうじさんと今頃はランデブーだったのにねぇえ??愛しのみょうじさんを先輩はどうしちゃったのかなあ?」

「みょうじ…みょうじは」


震える声が聞こえてくる。左右田はもう目の焦点が定まっていなかった。ぐるぐると目を泳がせて頭を抱え、膝から崩れ落ちた。


「オレが……殺した……」
「……左右田っ!そんな訳ないだろう!?」
「ピンポンピンポンだいせいかーい!!!」


俺の言葉を遮るように江ノ島は手を叩いて恍惚の笑みを浮かべた。画面から江ノ島が消えたかと思いきや周りの景色が崩れ落ち、大きくホログラミングされた江ノ島の上半身が現れる。


「そうよね、確かに直接手はくだしていない。未来機関の末端の馬鹿野郎が殺したのは間違いない。けど未来機関が狙っていたのは絶望の残党である先輩達だったんだよね!希望と絶望に塗れた捕物劇に巻き込まれて死んだってことは少なからずとも左右田先輩にも非があった訳!」


江ノ島は俺なんかに目もくれずに頭を抱えて震える左右田に視線を落とす。ニヤニヤと口角を上げては口撃を仕掛ける。


「ねえ、先輩。先輩は強くなりたかったんですよね?良い所見せたかったんですよね?かつての親友に裏切られ、人を信じきれなかった先輩に手を差し伸べてくれた1人の為に」

「それなのに希望ヶ峰学園に入ったら絶望的な事件に巻き込まれて、しかも犯罪者軍団の1人になって、やりたい放題ですね。私様としては最高オブ最高、花丸満点を差し上げたい所です。あんな気弱で弱虫な先輩が創り上げたロボットを駆使して派手に壊しまくって先生は感激しております。……でもそれは彼女にとってどう見えたんでしょうか?」

「みょうじだって苦しかったんじゃなーい?好きな男が平穏な世界を壊してんだよぉ?その中で命からがら逃げ出した先で性欲の捌け口が欲しかった暴徒達にレイプされそうになって精神的に参ってたんじゃない?」

「あっ……思い出しました………。そういえばみょうじは唯一の肉親である母親に捨てられているんですよね……人類史上最大最悪の絶望的事件が起きた直後……娘を置いて逃げたんです……はぁ……絶望に絶望を重ねていたんですよね……まっ、その母親もすぐに殺されましたけどね……えぇ……」

「みょうじはそれでも希望を持っていたんだぜ!希望ヶ峰学園にスカウトされた白馬の王子様がきっと助けに来てくれるってな!カァーッ!甘ったるい恋愛脳だな!?こんなに愛された男はどこの誰なんだ?羨ましいぜェー、リア充爆発しろォ!」

「しかし目の前に現れたのは世界に血の雨を降らせた史上最低最悪な犯罪者でした…みょうじはどう思ったんだろう?」


江ノ島は自在に大きさや姿を変える。俺達を踏み潰してしまいそうな位に巨大化して大きな声で一言呟くと、また俺達位の人の大きさになる。
まるでその一言を強調したかのようだった。そして左右田に見事に突き刺さった。


"裏切られた"


その言葉に酷く左右田は動揺する。わなわなと震え、ガタガタと噛み合わない歯を揺らす。消えそうな声で何かを呟いているが小さくて何も聞こえない。いや、江ノ島の笑い声にかき消されているのも一因かもしれない。左右田に寄り添って落ち着かせようと肩を摩ったり揺すったりするもあいつの心に何も届かない。ただ震えながら蹲るばかりだ。


「みょうじは左右田先輩に裏切られた。人類史上最大最悪の絶望的事件の前に2人でどんな惚気をしたか知らないけど……まぁありきたりで言えば、『ずっと一緒だよ』とか『幸せになろう』とか?うえっ、甘ったるくて胸焼け……そんなこと言って未来に希望持たせては、それを壊したの先輩ですよね?人に裏切られたとか被害者ぶってた左右田先輩が今度は加害者となって間接的にみょうじを殺しましたね??」
「何言ってんだ!そもそもそう仕向けたのはお前だ江ノ島!」
「知らなーい!だってみょうじを殺せなんて言ってないよ??世界を絶望に染めろとか言ったかもしれないけど殺せなんて言ってないし?そこの男が絶望は破壊と人殺しだって解釈したんでしょ?」


なんて奴だ、そう思うと江ノ島は左右田に声をかける。


「人生、やり直したくないですか?」


この世界がバーチャルだって分かっていても、受け入れ難い言葉だった。俺はそう思った。けれど、左右田は徐に顔を上げた。


「……やり直し、だと?」
「ええ、さっき貴方が入るのを躊躇っていたカプセル……そこは一種の転移装置となっています。そこは別の世界へ移動出来るんです。そう、先輩が散々語り尽くしたあの甘い世界に。例えば、希望ヶ峰学園に入学しない世界線で地味にコツコツやっていけば少なくともこんなことにはならないわよ?だって希望ヶ峰学園に左右田先輩がいないってことは私様の手駒が1人減るわけなんだから。その世界線の私様はつまんなーいって言って事件を起こさなくなるかもねぇ。だってそう考えてみーんなあのカプセルへ入っていったんだから。あの事件を再び起こさない為に、私様に反抗する為に」


カプセルを指差しながら江ノ島がそう言い切ると、左右田はフラフラと立ち上がり、唯一の空いているカプセルへと向かい出す。


「左右田っ、待ってくれ!」
「……」
「そんなことしたって今が変わるわけじゃないんだ!これはきっと江ノ島の罠だ!」
「……悪ィ、日向」


左右田はゆっくりと口を開いた。虚な目で、しかし、その目の奥がほんの少し光ったような気がした。


「オレ、みょうじに会いてェんだ。ちょっとだけ会って話をしたらすぐ戻ってくる…その、つもりだ」


言葉を詰まらせながら、左右田はこれ以上何も言わなかった。
何度あいつの名前を呼んだだろうか。左右田は何かに導かれるようにフラフラとカプセルの中へ入り、ゆっくり目を閉じていった。


「………ぷぷ」


俺以外みんな眠ってしまった。
孤独の空間に響いたのは気味悪い女の笑い声だ。勝ち誇ったような、蔑んだ声だった。


「アハ、アハハハハ!バッッカじゃねーの!?まんまと騙されてくれて本当に呆気ないぜ!」


江ノ島は俺をよそにただ高笑いをする。


「オマエラがやっているのはただの現実逃避だっての分からないのクマーー?ほーんとチョロい奴らクマー!」



ここだ。みんなはこの言葉に騙されたんだ。みんなは良い奴だから自分が希望ヶ峰学園に入らない世界線を選び、あの事件を無かったことにしようとしてあのカプセルの中へ入ったんだ。
だが、それは間違っていた。江ノ島の罠だったんだ。


「どういうつもりなんだ…江ノ島」
「んー?まぁ、いっか。特別に教えてあげるー!
ここは精神が繋がったバーチャル世界。つまり日向はゲームのアバターって思ってくれたらイイよ。そして気になる肉体は実際の世界にある。だから修学旅行?そんなちっぽけな出来事は実際の世界に帰れたら記憶に残っているのよ。まぁ、俗に言う夢と思ってくれたらいいわ」
「そもそも俺達はどうしてこんな夢を……というかバーチャル世界を」
「未来機関。聞いたことあるでしょ?あんた達がしてきた悪行の記憶を消して更生をしようって考えたみたいね」


未来機関……まさかこんな技術があるなんて。例え目の前が明らかな敵だと分かっていても、信じざるを得ない自分がいた。


「そこで私様とカムクライズルこと日向は、このバーチャル世界に入って悪さをしようと企んだ。このカプセルはあんた達が修学旅行とやらを楽しんでいる間にモノクマがちまちまと作ったのよ。このカプセルに入った人間はね……幸せな夢を見ながら死んでいく」
「なんだって!?何でそんなことを」
「あのアバター達の中に私様の精神を入れ替えるのよ。そうしたら、実際の世界で私様の思考を持った人間が14人も現れちゃってさあ大変!ってなるじゃない?そのときの未来機関の奴らの絶望顔を想像しただけで……あーーー最高ッッ絶望!」
「……くそっ!」
「ねぇ、日向。諦めなさいよ。私様ともう一度世界をぶっ潰しちゃいましょうよ」


江ノ島が艶かしい声で囁く。圧倒的なオーラに飲み込まれそうだった。ただ1人だけ、しかも話を聞いた限り俺は江ノ島に加担していたのかもしれない。諦めて自暴自棄になってしまえば楽になれるかもしれない。


「日向くん、諦めるのはまだ早いでちゅ!」


聞き覚えのある声が聞こえてくる。声に振り向くと、縄で縛られたウサミだった。ウサミの声を聞いた江ノ島は軽く舌打ちをし、指を鳴らす。
すると今まで動かなかったモノクマがウサミの方へ走り出し躊躇のないパンチをウサミにぶつける。痛ましい光景に目を背けそうになるがウサミは負けじと俺に声をかける。


「まだミナサンは夢の中に完全に溺れていないでちゅ!日向くんの諦めない気持ちが未来へ繋がるんでちゅ!どうかミナサンを助けて、ミナサンと帰るんでちゅ!ぐっっ」


ウサミが邪魔だからか、はたまたサンドバッグにしてるのか、ひたすらモノクマはウサミを殴り続ける。
……そうだ、今みんなを助けられるのは俺だけなんだ。やり方なんて分からないけれど、がむしゃらにやるしかない。


「……はぁーあ。こんなありきたりな展開ってツマラナイ。ま、どうなるかなんて分かりきってるけどさ」


江ノ島のぼやきをよそに、俺はみんなの眠るカプセルへと向かった。











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