突然の言葉だった。急にモノクマがこんなことを言い出すのは明らかにおかしい。だが、左右田はモノクマに対して普通に接する。何とも思わなかったみたいだ。


「んなの、簡単だろ?この時間ならオレの住んでいた街もしくはあいつの高校なんじゃねーか?」
「……能天気。実にノーテンキ!」
「なっ…!オメーが聞いてきたのにそんな言い方はねーぞ」
「じゃあ、言い方変える!質問変えるよ!1回しか言わないからよく聞いてよ!?」


モノクマは左右田に向けて先程のような不気味な笑みを見せた。体の黒い部分の鋭い歯と赤い瞳が妖しく光る。


「"みょうじさんは生きているかな?"」


沈黙。淀んだ空気が俺達とモノクマの間をすり抜ける。嫌な予感が胸騒ぎが一気に迫り上がって吐き気を催してくる。


「……どういうことだ?」
「ん?そのままの意味だよ?」
「オイ、ふざけんなって。みょうじは生きているに決まっ」
「日向クン。そういえばね、キミの家族は死んでるよ。そうそう予備学科のクラスメイトもキミ以外全員、ね」


………は?

急にそんなことを言われてしまい、何も言い返せなくなる。そもそもそんな記憶なんて一切ない。俺の父さんや母さんは生きているに決まっているじゃないか。出任せだ、そんなの。そう言い出す前に左右田が声を荒げる。


「……嘘だッ、嘘に決まってんだろッ!日向の家族やクラスメイトが死んだ、だと?」
「ホントだよ。人類史上最大最悪の絶望的事件で死んじゃったのさ。……そしてみょうじさんもその事件の犠牲者の1人」
「ふざけんなよ……そんな事件聞いたこともねーぞ!?」
「だよねー?その記憶を未来機関に切り取られてるんだから」


未来機関?何故ここで未来機関の言葉が出てくる?
記憶?俺の記憶が切り取られている?


「そう、キミ達は未来機関に記憶を消された生徒達。しかも歴史に残る人類史上最大最悪の絶望的事件のことをね。……さあ、2人に聞いてみよう!何で記憶は消されたのでしょうか?」


モノクマはクイズ番組の司会者のように陽気に問いかける。その爛々とした様子に少しばかり腹が立ってきたものの、考えることにした。重要な事件を消された理由は何なのだろうか?未来機関は悪い奴なのか?ならどうして俺達を…。


「……そ、そんなの未来機関とやらがオレ達を攫って記憶を消す人体実験をしたんじゃねーのか?」
「うーん、5点!ボクの求めていた答えとは違うけど温情の5点!」
「いるか、そんなの!それよりみょうじが死んだって嘘だよな?そんな馬鹿みてーな事件は起きる筈ないよな?全て俺達を驚かす為の」
「埒があかないなぁ!ちょっと黙って!さあ日向クンは?」
「……俺達がその事件に関わっているからか?」
「どういう風に?」


モノクマは具体的な答えを求めている。正直考えたってさっぱり分からない。だけど俺は実際生き残っている。家族やクラスメイトが死んでしまう位の酷くて惨い事件なら俺が死んだっておかしくないんだ。左右田や皆は分かる。超高校級の才能を持っている人達は全力で大人が保護するだろう。
だけど俺は?俺は今まで超高校級の才能を持っているけど記憶を失っていて未だに思い出せないのが今の状況だ。


「ま、百聞は一見にしかず。船から降りて変わり果てた世界を堪能してきてよ。疑ってる?そう思うならみょうじさんをキミ達の手で探しなよ」


モノクマはヒントだよって1枚の写真を渡してくる。写真を受けとった左右田の表情は一瞬にして青ざめていった。ただ事ではない様子に横から覗き込む。
不気味な写真だった。そこには人1人が入るような大きな穴、そしてその中に女性が全身傷だらけになりながら横になっていた。容姿と顔からして……左右田が前に見せてきたみょうじなまえに違いなかった。
写真の奥の景色に僅かにどこかの建物が見える。左右田が震えるような声でぶつぶつと呟いた。展望台だ、そう聞こえた。


「これが本当に俺達の街か……?」


船から転がるように降りた俺は変わり果てた街に呆然としてしまう。左右田は俺の言葉に返すこともなく何かに導かれるように歩き出す。ただその後をついていくしかなかった。
暫く何キロも歩いて分かったのはすれ違う人は誰もいなかった。まるで人類が滅亡したかのように誰にも会わない。不気味な静けさを破るように俺はわざとらしく足音を立てた。

時計も無い状態で時間の感覚も分からないまま、俺達2人は展望台に到着した。写真から見えた建物の色と確かに似ている。しかし展望台の壁は欠けており、壁には赤黒い血飛沫のような跡までついている。そしてガラスで出来ていたであろう展望室は悲惨だった。ガラスが全て破られている。
壊滅的な展望台の下にはガラスの破片が散らばっている地面…の筈なんだが、不自然に土が盛り上がっている箇所がある。
大きさは……人1人分だ。


「……まさか、そんな筈………」


左右田はフラフラとした足取りでそこへ向かう。そして両手で土を掘っていた。両手やツナギが土で汚れていく。落ちていたガラスの破片が左右田の手を傷つけていく。そんなことに構わず左右田は探り当てるように掘り進めていく。

ドクリドクリと血液が流れ込んでいる感覚が全身に伝わった。嫌な胸騒ぎが酷くなり、目眩までしてくる。だが俺は左右田に続くように地面に座り込んで土を掘っては掬い上げた。モノクマの嘘であってくれ、そう願い続けた。
暫くして、何か感触が違うものに手が当たった。

土に塗れたブルーシートの端っこ。

ドクリと心臓が縮こまる。まさか。そんな訳が。


「あ、……あ、うわあああああっっ!!」
「………」


左右田は震えた手でブルーシートをめくった瞬間、叫び声をあげ半狂乱になりながら頭を抱えて蹲る。視線を恐る恐るその先へ向けた。

が、俺はすぐに目を逸らしてしまう。あまりの惨さにこれ以上見れなかったんだ。
嘘だろ……こんなこと……こんなことがあってたまるかよ……。言葉にならない声が息と共に溢れた。

腐敗して黒ずんだ肌。骨が見える指先。鼻がひん曲がるような腐敗臭。みょうじ……いや、誰かも分からないその死体に左右田は半狂乱になりながら、みょうじとそう呼び続けていた。


「左右田クン」


今となっては気味悪く感じる特徴的な声は俺の背後から聞こえた。モノクマの声を認識した途端、辺りが一変した。
俺達が歩き続けてた街、崩れた瓦礫、そして死体は消え、船の中の内装へ戻る。
このとき俺は何故かこの不可思議な瞬間を理解してしまっていた。
ああ、俺達はモノクマに幻覚を見せられているのではないか。船の壁一面のモニターがあの荒廃した世界を映し出していたんだ。
それでもあの世界を歩いた感触は何故か残っているけれど。
モノクマは溜息をつきながら、俺達に話しかける。


「何びっくりしちゃってんのさ。本当はみょうじなまえがこうなってること知ってたでしょ?」


え?


「左右田クン。ずっと泣いてないでさ、そろそろ全て思い出したかな?あのとき起きたこと、今まで左右田クン達77期生が何をしてきたのかを」


俺達は何がなんなのか分からないままその場から動けなかった。モノクマは俺と左右田の間に入って俺達の様子を伺う。


「もうっ、"バーチャル世界"で実際にみょうじなまえの死体を再現したのにまだ思い出さないの?結構自信あったのにさ。それなら…モノコプタァー!捏造なんて一切ありません!あの、人類史上最大最悪の絶望的事件の様子をモノコプターが捉えているのです!」


モノクマは白黒の小型ヘリコプターを取り出したかと思うとモニター一面に荒廃した世界が広がる。人々の悲鳴や建物が崩れ落ちる音、この世と思えない呻き声も聞こえてくる。


「ああ……」


左右田は虚ろな目で画面の方へ見上げ、思い出した、とポツリ呟いた。











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