オレの中を表現するとしたら不穏という言葉がしっくりくるだろう。憤り、自身への苛立ち、時間を迫られる焦りが混ざり合って黒い感情を生み出していく。額から吹き出る脂汗がより一層不快感を増していった。

思えば今朝から何だかおかしかった。毎月決まった日にはあいつがわざわざ家まで来てくれては一緒に登校していた。その日は三谷と河西含む集団は朝練でいち早く学校に登校しているからだ。ひと月でたった1日だけだが何よりの楽しみだ。
だがあいつは来ず、時間も迫っていたからオレ1人で登校した。きっと寝坊とかそういうものなのだろうと思っていた。
時間ギリギリの登校。担任はみょうじの空いた席を見てははぁと溜息をついた。たまにサボり行為(特にプールの授業日)をしていたからか疑問に思わなかったのだろう。
だけど午後になってオレは嫌な胸騒ぎがした。みょうじの親はずっと家を空けている。もしかしたら高熱になって1人で動けないのかもしれない。幸いその日は短縮授業で午後2時には下校となり、真っ先にみょうじの家へ向かった。オートロックされたエントランスの前で部屋番号を押し応答を待つ。来ない。何度押しても返答が無い。寝てるだけだと思いたい。もう一度鳴らせば出てくるだろう。
そう思って手を伸ばそうとすると不意に後ろからその手を掴まれる。
心臓が縮こまる思いで振り向くとその人物は眉を僅かに潜めた。
オレは一ノ瀬の焦る表情を初めて見た。


「どけ、急いでいるんだ」


一ノ瀬にどけられ、あいつは部屋番号を押す。するとどうだろう。繋がらなかったインターホンから砂嵐のようなノイズが出た。部屋の中から押されたのだ。インターホンから何も発しなかったがその代わりに閉ざされていたガラスの扉がゆっくりと開く。
何でこんなにもあっけなく開いたんだ?


「ここにいる」


一ノ瀬はそう呟いた後、より一層表情が険しくなり、手に持っていた黒い鞄の持ち手を強く握る。浅い呼吸を繰り返した後にエレベーターへ向かう。思わずオレは足を踏み出して一ノ瀬を追いかける。エレベーターは使用中でこちらへ来るのに時間がかかりそうだ。上にあるランプを見つめていると一ノ瀬から話しかけられた。


「左右田、どうしてここにいる?」
「みょうじが心配だった。高熱でも出して休んでんじゃねーかって…」
「…そうか」
「でも返事が来ねーんだよ。でもオメーがここに来て扉を開けてくれて助かったぜ。それより一ノ瀬は何でここに」
「みょうじに手を出した先公、知ってるよな?前々から奴は俺に脅しをかけてんだよ。理由は…聞かないでくれ。今日はこの場所の部屋へ来いと地図を携帯に送ってきた。それがここだ」
「なぁ、オメーが押していた番号ってみょうじの家、だよな?」
「……え、そうなのか?」
「は?一ノ瀬のことだからてっきり知ってんのかと」
「いや、知らなかったが」


思わずオレと一ノ瀬は目を合わせる。キョトンとした一ノ瀬の顔、オレの驚いたであろう表情を互いに見合わせているとエレベーターの到着音が鳴り響く。


「オメー。あの先公から連絡来たって言ってたよな?」
「この部屋に来い、来なかったらみょうじを酷い目にあわせるなんて言ってた……つまりみょうじの家にあの先公がいるってことか?」


冷や汗が垂れてくる。間違いであってほしい。朝からこの時間まで一体何が起きていたのだろうか?エレベーターはみょうじがいる13階までゆっくりと昇る。その短い間、邪な感情が溢れてくる。


「……警察もいるんだ」
「ん?」
「奴は警察署から抜け出してここに来ているんだ。警察は私服状態でこのマンションの周りを囲っている。先公だって逃げ場がない。そんな中、これ以上の罪を重ねることはない。だから多分大丈夫だ」
「大丈夫ってそんなの…みょうじが危ない状態じゃねーか!」
「…」


一ノ瀬が何も言わないことに不安が募る。オレ達中学生では考えられない恐ろしいことが起きているんじゃねぇか?とみょうじがあいつに襲われた光景が思い出される。あのときのプールの塩素の匂いまで思い出してしまう。


「俺が呼び出されたから俺だけでいく。お前まで行くと何をしでかすか分からない」


そう言って一ノ瀬はみょうじの部屋の中へ入った。暫くするとみょうじの部屋の階と同じ近所の人達や様子を伺ってオレの近くにガタイのいい男達がやってくる。きっと警官だろう。それと同時に中でも言い争う声が聞こえ始め、警官らしき人達は中に突撃していった。オレは内心どうすれば分からなかった。(だってそのときはまだ中学生だった訳だからな)10分も経たない内に警官達に取り押さえられた男が低い叫び声を上げながら連れて行かれた。続いて疲れ切った女性が警官と共に連れて行かれる。顔はしっかり見えなかったがきっとみょうじの母親だろう。その少し後ろには一ノ瀬とみょうじが1人の警官と共にゆっくり歩いて行った。みょうじと目を合わせることも出来なかった。近所のヤツらは何が起きたのか分からず、当てずっぽうの噂話ばかりしていた。


それから数ヶ月が経った。長い冬だった。年の瀬超えたら受験やら何やらでみんなが大変な時期だったからだ。オレだってやっと受験を終わらせて一息ついた頃だ。昨日は合格発表の日で何とか自分の受験番号を見つけ出して全ての体の力が抜けてしまった。学力は心配ないって言われ続けてはいたもののやはり緊張はしていたんだと思う。
先程学校に合格の報告をした放課後のことだ。みょうじから一緒に帰ろうと後ろから声をかけられる。周りには幸い誰もいなかった。まあみんなさっさと報告だけして帰ったのだろう。オレはみょうじに話しかける勇気が無かった。いや、話しかけられなかった。だってずっと警察や学校の先公達に詰められるように話をしていたと思うし、家に帰ったらきっと母親と話をしているのだろう。内心大変なことになっているに違いなかった。それはクラスのヤツらだって同じだ。特にみょうじのダチはその話に触れないようになんでもないテレビの話や流行り物の話をしている。
みょうじは大変だ。だから遠くで見守っている方がいい。そう思っていた。

夕方とはいえ空が暗くなるのが早くてもう冬なんだなと思わせられる。何も言い出せなくて、オレの家まで来てしまった。親は店で客と話し込んでいる。みょうじを呼んで裏口の方へ案内する。裏口は店と違ってしんと静まりかえっていた。


「……大丈夫だったか?」
「うん…、色々あったよ。朝起きたらあいつがいたんだもん。籠城みたいなことに、なってね」
「……」
「一ノ瀬君から聞いたよ。左右田君も心配して来てくれたんだね」
「あいつから?」
「うん、誰にも言わないでね」
「言うかよ、誰にも」
「一ノ瀬君の黒い鞄の中には会社の機密情報が入っていたんだ。持ってこいとか言われたんだろうね。それで部屋の中で受け渡そうとしたけど一ノ瀬君は渡さなくて言い争いになって、って感じ」
「……お疲れ、いやご愁傷様か?」
「ありがとう」


途切れ途切れの言葉、どう伝えればいいか分からないといったような感じでオレに伝えてくれた。
あんな大ごとになったんだ。あいつはもう厳重に閉じ込められるだろう。
これで一件落着、なのだろう。







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