先生達が変態教師を取り押さえ、あいつはオレ達から姿を消す。どうやらあいつは釈放されていたらしいが、学校にスプレーや張り紙と器物損壊を犯したことによりまた警察にお世話になるそうだ。そんなことまでしてみょうじを陥れる理由が分からない。
そんな出来事から数日、みょうじは幾分か落ち着きを取り戻していた。今ではみょうじしかいないマンションの一室で一緒にケーキを食べられる程に回復はしている。


「ねぇ、左右田君」
「ん」
「ここから先は私の推測なんだけど…聞く?」
「推測?」
「男の正体」
「……おう」


その言葉に嫌な予感がしたけどもみょうじが1人だけ思い詰めるのも嫌だしオレは話を聞くことにした。水浸しの廊下でうわ言のように呟いていた言葉の真意が聞けそうだった。


「色々と間違って欲しいって思うんだけど、私の勘って当たるんだ」
「そうか、無理してねーか?」
「大丈夫。話してると少しは楽になるから」


みょうじは一呼吸置いて言葉を選んでいるようだった。


「まずは展望台へ行ったときに目撃した母と男が抱擁していたあの日のこと覚えてる?」
「ああ。あったな」
「あの男、もしかしたらあの体育教師かもしれないの」
「……マジ?」


背格好とか似ていると思ってたとみょうじは話すがオレは男の姿までくっきりと思い出せなかった。かなり前の話だから仕方ないことなんだが。


「んなバカなこと、他人の空似なんじゃ」
「だってそうだとしたら私の秘密を知っている筈。展望台のあの仲の良い様子から、母から事情を聞いていると思うし」
「だとしても、どうしてみょうじにそんなことをする必要があるんだ?あんなことまでして」
「夜中に母が帰ってきて独り言を言うときがあるの。私の前では絶対に言わないんだけど、あるとき寝ているフリをして聞いていたの」


みょうじはチラッとオレの顔を伺う。オレはみょうじの目を見てしっかりと頷くと、ひとつのボールペンを取り出す。オレが改造した録音付きボールペンだ。
みょうじの言い出した日付と共に流れた音声は不満を溢す女性の声だった。長い不満を要約すると、最初は優しかったのに娘のことを話してから冷たくなった、といった内容だ。
次に流れた音声は夏休みに入る前の日付で、最近娘について聞いてくるという内容だった。


「……もし、」
「もし?」
「あの教師の目当ては私、なのかなって」
「……!」
「私を狙ったけど、邪魔されて逮捕されてその腹いせに秘密をバラしたとしたら」


背筋が凍える。もし目的がそうだとしたら点と点が見事に繋がる。なんて恐ろしいことなんだ。


「間違いであってほしいんだけどね」
「……そうだ。流石に考えすぎじゃねぇか?」
「うん。これ以上深く考えても仕方ないんだけどね」
「ん?まだ言いたいことあるのか?」
「あの教師の撮った写真って何で三谷君達が持ってたの?」


心臓が縮こまる。オレの様子を見てみょうじはハッとしてすぐに話す。


「左右田君を責めてる訳じゃないよ。ただあの写真がどこから来たのか教えて欲しいだけ」
「……あれはな」


責められることが怖い訳じゃない。一瞬だけあの首に繋がれた紐、あの出来事を思い出してしまっただけだ。
三谷が言っていた内容を伝えると、みょうじはふうと息を吐いた。


「一ノ瀬君の親戚の友人の友人、ねぇ…。それは半分本当で半分嘘だよ」
「え、なんで、分かるんだ?」
「あの男、今は体育教師やってたけど前は会社勤めだったみたい。みょうじグループの下で」
「みょうじグループ!?」


思わず声を上げた。まさかここでこんな繋がりがあるとは…。伏線も何も無いのにこの人が犯人だと推理小説でとんでもない人を指名された気分だ。


「私の父に負けて居た堪れなくて辞めたみたい。恋のことで」
「恋?…というとあいつはみょうじの親父さんの奥さんが好きだったのか?」
「うん、そうみたい。奥さんがそう言ってたんだって」
「そう言ってたって…オメーどこから聞いてきたんだよ」
「その奥さんの息子からだよ」
「……そこの間に子供がいたのかよ」


その事実に驚く。みょうじがみょうじグループと関係があると知って色々調べたがそんな事実は無かった。というかよくその息子というヤツとコンタクトが取れたなと疑問に思う。みょうじもそいつも互いに出生からあまり良い思いはしない筈なのに。


「ということはみょうじの親父さんに負けたからって愛人関係にあった人に手を出し、オメーにも手を出したと」
「カメラ持ち出しているから、きっと父に見せて脅迫まがいのことをするつもりだったのかも。一応私は娘だしね」
「……こんがらがってきた。そんなの逆恨みにもならないじゃねーか。というかそもそもどうしてオメーがこんなこと知ってんだ?」
「さっき話に出した奥さんの息子も私と同じだったからだよ」


え、と頭が真っ白になる。同じってそれはどういうことだ?


「その息子はね、正真正銘のみょうじの人なの。それなのにみょうじを名乗っていなかった」
「……」
「左右田君も驚いていたでしょ?奥さんとの間に子供がいたって。そうなんだ。愛人関係であった母ですら知らない事実だったんだよ。きっと職場の人達もこのことを知らない。その息子はね、今は奥さんの親戚に引き取られて暮らしているんだって」


みょうじはポカンとしているオレを見て話の真実を話す。
それはオレにとって衝撃的なことだった。


「その奥さんの旧姓は一ノ瀬。一ノ瀬なんて珍しい名字、そこら辺にいるものじゃないよ」
「一ノ、瀬」


すぐに思い浮かんだのはオレのクラスメイトの姿だ。頭が混乱してくる。あいつが関係あるのか?あ、でもあいつ権力者の息子だわ。確かにあれだけの大企業なら権力はあるだろうけど、そーいうことか?混乱しながらも無理矢理納得させる。


「信じられないと思う、私だってそうだから。でも、あの窓ガラスに貼られた張り紙を見て確信したみたい。私がみょうじグループと関係があるって。実はあの一件からすぐに一ノ瀬君から連絡が来て、そのようなことを話してくれたんだ」
「あの、一ノ瀬がまさか」
「左右田君、辛かったらここで話を終えることも出来るけど」
「大丈夫だ。ここで終わったら寧ろ気持ちが悪い」
「分かった。私が襲われたあの日の夜、一ノ瀬君はあの男から写真を貰ったとも言っていたよ。そのときこうも言っていた」


みょうじはボールペンとはまた別のボイスレコーダーを取り出して起動させる。そこから聞こえる声は確かに一ノ瀬とみょうじが会話をする声だった。

『この写真が欲しかったのだろう?そう言ってあの変態教師はみょうじと左右田が写った写真を差し出した。それに加えてあいつは思春期は"オカズ"が欲しいだろうと他にも写真を差し出してきた……。
そんな写真をどうすればいいか困っていた。そもそもあの変態にこれ以上関わりたくなかったから告発してやろうかと思った矢先に運悪く三谷にそれを見られて、あんなことになった』
『あんなことって…!そのせいでクラス全員であんなことをしたの!?』

みょうじは怒りを露わにしていた。これはオレが散々な目に遭ったあのことを言っているのだろう。その後、弱々しい声で男は呟いた。

『悪かった』
『どうして私に謝るの…?そんなの虐めた本人が直接謝りにいけばいいじゃない』
『…みょうじ、取り敢えず俺の話を聞いてくれ。敵はお互いに同じだ。あの変態をどうにかしたいだろう?』
『…………』
『あいつはまた警察送りにされてるがまた戻ってくる筈だ。それだけみょうじを、お前を恨んでいる』
『私が襲われたことを告発して前科を作ったから?』
『それもある。けどそれ以前にみょうじグループ自体に恨みを持っているんだ。俺にも以前からあいつの嫌がらせを受けている』

切羽詰まった一ノ瀬の声なんて聞いたこともねェ。それだけ事態は深刻ということで、嘘はついてなさそうだった。

『嫌がらせ?』
『最初は3年になる前の春休みだった。突然あいつに学校ではない場所に呼び出されてからあいつは俺の家庭の事情を突きつけた。あいつの想い人の息子の俺が許せない、幸せそうにしているのが許せないって散々言われた。しまいには俺の家族のことをバラすとまで言われた。円満な夫婦がどうして俺を親戚に送り込んだかをな』
『そ、そんな』
『それでみょうじグループの株を下げるんだって息巻いていた。俺としてはその目的はどうでも良かったがそいつの目論見で家族のことをバラされるのが嫌だった』

3年になる前の春休み。オレはこの時期が気になっていた。今まで普通に過ごしてきた一ノ瀬が急に変わりはじめたのもその時期だからだ。


「この後はちょっと止めておくね。一ノ瀬君の秘密についてだから」
「……あのさ、つまりそれ、一ノ瀬とオメーは兄妹になるのか?」
「……父が同じだからそうなるね、誕生日は一ノ瀬君が早いから兄になるけど全く実感がわかなかった。一ノ瀬君もそう言ってた」


なんとも言えない気持ちになる。一ノ瀬は暫く学校を休んでいて、久々に顔を見たのはあの張り紙事件だ。その間三谷が主導となってオレを散々おもちゃにしやがったが一ノ瀬が主導で虐めたのは犬事件以来だろう。
あいつもあいつで結構抱え込んでいたもんだな(だからって虐めは一生許せねェが)それに気まずい気持ちになっただろうな。あいつみょうじに告白してるし…。


「近々謝りに来ると思うよ、左右田君に」
「マジかよ」
「多分ね、でも来る来ない関係なく許しちゃダメだよ」
「分かってる。一ノ瀬については分かった。話を聞く限り、あいつは嫡子みたいなものだから狙われる理由も分かる。けどオメーは少し立場が違うじゃねーか。狙われる理由が薄くねぇか?」
「あの男は母にも手を出しているからね…多分娘にも手を出そうとしてあんなこと起こしたのかな。一応父からしたら娘だからね。その娘が性的暴力被害に遭ったら父もよく思わないと思う」
「……つくづくあいつには怒りの感情しか出てこないな」
「左右田君がそう思ってくれて嬉しいよ。私を守ってくれたんだもの」


みょうじの言葉に言葉が詰まる。照れ隠しのせいだ、誤魔化すように小さく咳払いをする。


「それでオメーは何か考えてるのか?この街にいられなくしてやるなんて言ってたけど」
「……実は何にも考えてないんだよね。あのとき勢いで言っちゃったけど、結局この街にいられなさそうなのは私の方かも。あんな秘密暴露されて嘘だと思うクラスメイトもいればそれを揶揄うクラスメイトも少なからずいる」
「……そうか。オレが腕っぷし強ければそんなヤツら黙らせられるけど」
「左右田君は十分強いよ。そんなことしなくたって」
「オレはオメーの彼氏としてどんなことがあってもオメーの味方でいるからな」
「ありがとう」
「おう、どんどん頼れよ」


みょうじは安心したかのように微笑む。その様子に自然と頬が緩む。普通に話せるようになって良かった。前まで許せないとか殺すなんて物騒なことしか言わなかったが落ち着きを取り戻している。
だがみょうじが無理をしていることは間違いなかった。オレはこの先もみょうじのそばにいて守り続けることが出来るのだろうか?







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