最初は変わることへの恐怖心が芽生えていた。だが一度踏み出してしまえばなんてことなかった。親の反応が、他人の反応が怖かったのかもしれねェ。だけどよ、これがオレの人生だ。


「……うわ、すげぇな」


鏡の前は本当にオレなのだろうか?色が変わるだけで自分じゃないような錯覚に陥る。
初めての染髪。生まれ変わるつもりで派手な桃色のカラーにしたら自分でも驚くくらい明るいピンクの蛍光色になった。
だけど悪くねェ。寧ろイイ色になった。
途中親に見られて髪色のことで言い合いになったのは時間ロスだった。時計を見れば約束の時間までもう1時間しかない。
ワックスを掬い上げ思いのままに髪をセットする。時間が無いから前髪をかき上げることしか出来なかったが上々だ。
流石にピンク色にしたら眉や目の色もピンクじゃねーとな。アイブロウで眉の色を変えた後に眼鏡を外し鏡に顔を近づけた。

オレ天才じゃなかろうか。前の陰気臭い男から見事なまでに大変身を遂げることが出来た。カラコンも度が合っているからくっきりと視界が広がる。
シンデレラも魔法にかかったらこんな感じでウキウキしてたんだろーな。オレだってスゲー心の奥底から嬉しくて堪らねェもん。オレは変わったんだ!
みょうじは一体どんな反応をするんだろう?
着替えを済ませ、親にバレないようにこっそりと外へ出た。



マンション、もといショッピングモールは人の出入りがまだ多かった。そこから少し歩けば同じ敷地内とは思えない位暗い公園があった。花壇と噴水、申し訳程度のベンチ、ショッピングモールの照明に比べるとボンヤリとした白い光を放つ街灯がそれぞれ孤立していた。
時計を見やるとちょうど夜9時。周りを見渡せば人っ子1人いなかった。……が、暫くすると見覚えのある影が遠くから見えた。
制服とは違う淡いパステルのワンピース姿に思わず穴が開く程に見つめてしまう。あの姿で打ち上げ行ったのかなと考えてしまう。
そいつはキョロキョロとしながらオレの目の前を通り過ぎる。

…みょうじ、オレはここだ。
オレの変わりぶりに気がついていないのだろう。何とも不思議だ。夕方の帰りのときはオレを見つけたみょうじが夜になると見つけられないなんて。少しおかしくてつい笑みを浮かべてしまう。
気づくまで声掛けないでいようと思ったが流石に可哀想だ。みょうじの背後に静かに立って恐る恐る声を掛ける。


「みょうじ」
「…っ、……え……、えっ!?」


オレの声に振り向いたみょうじはオレの顔を見てはピタリと全身が固まってしまった。あーそれそれ。ちょうど見たかったリアクション。


「オレさ、変わってみたかったんだ。結構イケてると思わねェか?」
「ほ、本当に左右田君なの?」
「おう!」
「す、すごい……」
「やべーヤツだと思うか?」
「……"やべー"、だね」


オレの言葉を使って言い終えるとみょうじは驚きの表情から笑顔で笑い始める。お、これは中々好感触?
というかこんなに変わったのに笑ってくれてるんだな。こいつ本当に変わってやがる。


「大胆だね、左右田君。染めるならメッシュとかじゃない?」
「そんなチマチマやれっかよ!」
「ふふ。ねぇ、もっとよく見ていい?」
「…お、おう」


みょうじは一歩ずつオレの元へ近づいて見上げる。
見られているのも恥ずかしいがそれ以上に街灯の光に照らされたみょうじを見つめ返すのはむず痒くなる程に恥ずかしい。
女子に免疫が無いんだろうな…オレは。みょうじの先にある花壇の花を見ながら反応を待つ。


「自分でやってしかも初めてでしょ?すごい綺麗。カラコンもピンクで可愛いし、イメージがガラッと変わったね」
「サンキュ。もっと髪伸ばしたら髪型とか色々試すつもり」
「でも中学はどうするの?ウィッグ着けるの?」
「…それは。もう、怒られる覚悟で…ハハ」
「えー、それ強制的に色戻されるやつだよ!もったいないからウィッグしよ!ね?」


成り行きで明日は学校をサボってウィッグを買いに行くことになった。みょうじも一緒に来てくれるらしい。ま、文化祭の後はただ片付けをしに登校するだけだからサボっても何もないんだけどな。


「んで、オメーはどうしたんだよ。こんな時間に呼んでさ」


本来ここにいるのはみょうじが会いたいと言い出したからだ。ただ前のように腕をもう一度抱きしめられたいなとは思っている。何でも来い。今の変わったオレは何が来たって…


「私ね…一ノ瀬君に告られたんだ」
「…ハッ!?」
「コンテスト終わった後に呼び出されて…体育館裏で2人きりになったときに…告られた」


さっきまでの威勢はどこか逃げてしまった。言葉が出ない。寧ろ悲しくなった。
みょうじの下駄箱はラブレターが沢山入ってるからモテるって分かってたけどもだ。
そりゃオレなんかに振り向いてもらえない可能性だってある。それはみょうじの好みもあるし、みょうじが幸せなら……まあ、うん。

なのによりによってあいつかよ。
顔、勉強、運動神経、信頼、裕福さ…全てにおいて完璧なヤツがみょうじに告白したんだ。
みょうじがこんなことを言ってきたということは…オレはこれからみょうじの恋の相談に乗らなくちゃいけねーのか?あんなヤツの?

自然と両手が拳を作り、爪が食い込む程に握りしめた。
……馬鹿みてェ。変わると決めたのはオレだけど今の姿が馬鹿らしく思えてきた。
髪型もカラコンもバッチリ決めた筈なのに…その努力が全て無駄だと告げられた気がした。


「……左右田君?」
「………」
「話続けてもいい?」
「はぁ……いいぜ」
「……好きだって言われてね、」


あー、はいはい。文化祭マジックというやつか?いるんだよなァ、そうやってリア充になってくヤツ。


「私断ったんだ」
「………ん?」
「断ったよ。お付き合い出来ないって」
「…え、マジで?」


うん、とキョトンとしながら目の前の女子は頷いた。今度はこっちが指先まで固まってしまった。
オレの様子にみょうじは言葉を続けた。


「そもそも虐めの加害者と付き合えないよ」
「あ、ああ…」
「それで断ったんだけどその後打ち上げあるじゃん?そのときすごい気まずいじゃん?絶対打ち上げの後に気分沈むだろうなって思ってこの時間に左右田君を呼んだの」
「…それマジで言ってんの?」
「そうだよ」


まさかの、みょうじの気分上げの為に呼び出しされたってことか。
何だか拍子抜けだが、まあ好きな女子に恋の相談されるよりはよっぽど嬉しかった。


「そしたら左右田君派手な姿で会いにきてくれたんだもん!さっきまでの沈んだ気持ちなんて消えちゃった!」
「は、ハハ…喜んでくれたなら何よりだ」


そう互いに笑い合ったつもりだがみょうじの顔はイマイチ晴れやかではない。
何かあったのか?


「みょうじ、元気無さそうだけど」
「…そう見えちゃう?」
「何となくだけどな」
「ちょっとベンチで話そうか」


明らかにすぐ終わるような話では無さそうだが、話に付き合うか。
街灯から離れたベンチに腰掛けるとみょうじはオレの方に目もくれずに話し始めた。


「この学校に転校してからラブレターとか告白とか何回か受けたの。でも全部断ってるんだ」
「それは何でだ?」
「…私は恋愛しないようにしているんだ」


ギクッと肩が跳ねた。夜のお陰でオレの様子に気がついていないみたいでホッとする。
恋愛しない…か。これってオレは何もしてないのにフラれたような感じになるのか。
小さく深呼吸をして何とか平常心を装いながら理由を聞く。


「どうしてだ?受験?」
「ううん。私はきっと恋愛は無理なんだ」
「何でそう言える?」
「…小さい頃から色んなことに巻き込まれたからね。今でも母の色事でこうして頭を悩ませているのに自分の恋愛が考えられなくて」


言葉が詰まった。その拍子に喉の奥が低く唸る。


「私ってね、夜に消える母を引き止めたくて、真紅の口紅を残らず折るような子供だったんだ……意外?」
「意外。だけど、そうなる気持ちは分かる」
「そう?昔を見ていると、私には恋愛なんて無理だなって思えるの」
「でもそれはオメーのせいじゃないというか…親御さんは親御さんでみょうじはみょうじじゃねーか。オメーなりに好きなように恋していいと思うけど」


こういうときってどう言えばいいか分からない。そんなときはオレの考えを信じて言うようにしている。今の時点では傷つけていないようだ。


「そう思った日はあるよ。過去に好きな人はいたし、その人とデートして結婚して幸せになりたいという妄想はしたことある。…けど」
「けど?」
「結婚したらいつか母のことで私の好きな人やその親戚にまで迷惑をかけるかもしれない。そうなったら私は居た堪れないから」
「……」
「だから過去の純粋な恋心は捨てたんだ。私は誰にも迷惑をかけないように生きようと思ってるの。左右田君もこれからの人生出来ることなら変な人と関わりたくないでしょ?」


ここまで来ると感心した。そうか、そういう考えをするのか。極端な話だが好きな人の親戚が恐ろしい犯罪者だったらオレだって結婚を躊躇うかもしれない。
みょうじはそこまで人のことを…でもそんなの虚しい。


「でもそれはオメーが幸せになれそうもねーよ。思い切って縁切って、オメーは自分で幸せになるべきだ」
「え」
「みょうじは優しいけど、そう自分の人生を捨ててまで優しくなる必要もねーって」
「縁を切る…か」
「無理だとしたらちゃんとそういうことを受け入れてくれるヤツを探す、だな」


…なんか今のは自分でも、らしくねーな。
自分が変わったからこそ言えた言葉だっただろうか?
みょうじは顔をこちらに向けて神妙な表情で呟いた。


「じゃあもし、仮にだとして。左右田君はどう思う?」
「んぇっ!?」
「もし好きな人の親戚が変わった人達で自分と価値観が合わない人だったら、どうする?」


急にブッ込んで来たなみょうじ。んー、と低く唸りながら考える。
まぁ……考えたとしてもオレの考えは変わらねェけど。


「オレは…そうだなあ」
「うん」
「価値観が合わねーヤツとはあまり関わらないようにするかな。でもオレ達の間を邪魔しようものならオレはオメーを連れて遠くへ行って一緒に過ごすかな」
「…………」


「……え、私を…連れて?」
「アッッ!」


間抜けな声を思わずあげてしまい、口を手で塞いだ。しまった、墓穴を掘ってしまった。
さっきの問いは好きな人が云々と、もしもの話であってみょうじの話では無い。
途端に顔の熱が上がっていく。今すぐにでもどこか墓穴でもいいから隠れたい。告白するならカッコよく決めたかったのにッ!


「そ、それって左右田君…」


仕方ねェ。バレてからはスゲーダサイけど勢いで想いをぶつけてやる。
乱れる呼吸を整えながら勇気をオレの中から引っ張り出す。


「ああ、そうだっ!オレはオメーのことが好きなんだよッ!」


叫ぶように目の前の人物に想いをぶつけ、すぐに頭をみょうじとは反対の方向に向けた。
言い終えた途端に自分がすごく情けなく感じた。
あー…もっとカッコいい告白とかあったんだろうな、今の顔スゲー変だよな、なんて沢山の言葉が頭の中で不安と緊張と共に混ざり合う。
一瞬の沈黙すら数十分、数時間と長く感じられる。きっとオレの後ろでみょうじは引いているんだろうな。
微風がピンク色の髪を静かに揺らす。風に乗せて凛のある柔らかい、大好きな声が困ったような声となってオレの脳内に響く。


「……私も、左右田君が好き」
「…っ」


みょうじの方を振り向けばあいつは微笑みながらも憂いの表情を隠さない。


「前々から好きだったよ。2回目だ、他人を好きになれたの。でも私には左右田君を幸せに出来る自信が無いし、左右田君に悲しい思いをさせたくない。…好きだからこそだよ?
だから心の中に留めておこうと思ってたんだけど…」


もう隠せないね。そう言ってみょうじは目を閉じて俯く。目を閉じた先でみょうじは何を考えているのかオレには分からなかった。


「そこまで考えなくていいっつーの。オレがオメーを幸せにしてやるから。オレはオメーが笑うだけで充分だから。それにオレだって恋は初めてだし何もかも全てが上手くいかないと思ってる。それでもオレはみょうじと一緒にいたい」


思いのままにぶつけると、みょうじは考えあぐねている。流石にしつこすぎたか…?それに中学生がこんなこと言ったって説得力が無いのは分かってるけど、これしか出来ることはないってことも分かってる。

みょうじの言葉を待っていると、突然体が強く締めつけられる。その原因は言うまでもなかった。


「ん、なっ、みょうじッ!?」
「左右田君、ありがとう」
「え?」
「私決めた。初めての彼氏は左右田君にする!」
「…まっ、マジ!?冗談は抜きだぞ!?」
「うん。本当だよ」
「よっしゃ!じゃ、その、改めてよろしくな!」
「こちらこそ。よろしくね」


みょうじの温かさが柔らかさがオレの体にのしかかる。マジで付き合うことになったんだな…表現出来ない位に緊張して心臓がバクバク鳴っている。充実感でいっぱいだ。というかまさかみょうじも前から好きだったなんて今でも信じられねェ。
好きになった理由を聞きたいけど、夜遅いこともあって名残惜しかったがみょうじと別れて家に着く。
こっそり家の中に入って自分の布団の中に入り込むと先程の出来事を鮮明に思い出す。
夢じゃない、本当のことだ。今までに味わったことのない多幸感ってやつがまさに今の状況にぴったりの言葉だった。
ああ、オレはすごく幸せだ。







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