夏から秋へと変化するのは早く気がつけば文化祭だった。中学の文化祭なんて高校の文化祭に比べたら大したことない。
オレの中学は飲食の催し物は衛生的な関係で禁止。大体が遊び場をクラス全体で作り上げる。それを校内のヤツらだけで楽しむ。そんなのを過去に2回やってきた。

文化祭前日にパンフレットが配られる。周りはパンフレットをパラパラとめくりながら楽しそうに眺めていた。
オレ達のクラスは脱出ゲームだ。だから今の教室はダンボールで作られたワンルームの部屋みたいな内装になって、みんなして床に座っている。

確か脱出の流れはこんなもんか。
貴方達はある部屋に閉じ込められてしまった。そんな謳い文句だった気がする。
仕掛けは定番だ。ゴミ箱の中に鍵があったり、タンスの中にヒントが隠されていたり、これ見よがしな箱に南京錠を付けたり。これは誰でも出来る。
オレの仕掛けは知育ゲームみてェに4色の光るパネルがあって光った順番に対応した色のボタンを押せば出口であるダンボール製のドアが開くというやつだ。勿論パネルは最初から光っている訳ではない。様々な仕掛けをクリアしないと光らせないようにしてある。他にも目覚まし時計が特定の時間に勝手に動くように改造したし、ダンボール製のタンスはある場所の床を踏まないと開かないギミックを作ったのもオレだ。
散々冷たくされてこういうときに頼られるのは釈だったが機械弄りを学校で堂々と出来るし、引き受けた。パネルや光源なんて全部1から作ったのにそれ相応のお礼はされていないが。

パンフレットには縁日や映画、はたまた迷路やお化け屋敷なんてのもあった。部活で出し物している所も少なくない。美術部はトリックアート、書道部と吹奏楽部はそれぞれパフォーマンスショーといったところか。午前の部はこんな感じだ。
勿論午後も催し物はやるんだが…ふと周りの話し声に耳を傾ける。


「体育館でカラオケ大会かー、参加自由だって!」
「いやいや、それよりもみょうじが出るコンテスト応援しなきゃだよ」


コンテスト…この文化祭のメインといっても過言ではない。クラス対抗のイベントで代表1人をコンテストに選出するんだとか。オレのクラスは満場一致でみょうじが出ることになった。
時間は午後1時から。オレは最初の1時間はフリーでその後は脱出ゲームのシフト漬け。だろうな。あいつらがオレをみょうじに近づけさせねーだろ。分かってんだよ。けどすげー悔しい。

投げやりな感情で立ち上がり、文字盤の無い目覚まし時計をチェックする。時計の裏は電池が無い。脱出ゲーム用に隠している物があるが、あらかじめ持っていた電池を入れる。カチリカチリとアナログの針が3本とも一気に動き出し、6時10分45秒でピタリと止まる。時計の上のボタンを押すと3本の時計の針は12の数字を指して動かなくなった。異常無し。

電池を取って元の場所に時計を戻すと、担任がやってきて帰りの会を開く。それが終われば多くの人が帰路に着く。オレも帰ろう。
教室から出ようとすると一ノ瀬と目が合う。三谷や河西はいないようだ。オレの顔を見ては不機嫌そうに睨むあいつからすぐに目を逸らし教室から出た。


「おい」


一ノ瀬の声が聞こえる。……これはオレ宛て?
恐る恐る振り向くと一ノ瀬はオレの方を見ている。背筋が凍った。間違いなくオレに話しかけたんだ。何か悪いことやっちまったか?
何も言えずにいると一ノ瀬はさっきの目覚まし時計を手に取った。


「これどういう意味だ?」
「へっ?」
「この目覚まし時計の意味だ。他のクラスの奴へのネタバレ防止の為にそれぞれの仕掛けは作った奴しか知らないだろ?」
「あ、ああ。そう、だな」
「俺も一通りやってみたんだが最初にこれで躓いた。…あの箱に関係していると睨んだが」


一ノ瀬の指差した先には机をくっつけて布を被せたベッドの下だ。そこにはH、M、Sの3文字が書かれ、その下に数字を3桁打ち込むパネルを埋め込んだ箱がある。
一ノ瀬は俺の目線を箱に移すのを確認した後口を開いた。


「時間、分、秒は英語で
"H"our、"M"inute、"S"econd…だから0610と思ったが3桁しか打ち込めない。そもそも秒を無視する訳にもいかないし。ネタバレ禁止だがどうもモヤモヤして落ち着かない。答えはなんだ?」


驚いた。一ノ瀬がオレにこんなことを聞いてくるのか?夢じゃないだろうか?明日は雪どころか槍が降ってくるんじゃないだろうか。


「……まさか忘れたって訳ではないよな?」


何も言わないオレに眉を潜めて睨みつける。マズい、このままだと槍どころか血の雨が降るだろう。
オレは言葉を詰まらせながらも答えを告げた。


「ベッドの下の箱に629だ」
「629…?……ああ、そういうこと」


答えを言えば一ノ瀬は納得したように、はたまた1人で解けなくて残念そうに溜息をついた。6時10分45秒。長針は2、短針は6、秒針は9をさしている。
この目覚まし時計には前にも言ったように


「"文字盤"が無いワケは難易度調整か。1から12まであればすぐに分かるからな」
「そういうことだな。意外に数字を消すのは大変だった」
「ふーん……やるな」
「……え?」


その言葉を聞き逃さなかった。一ノ瀬はオレを見て小さく笑った。
え、本当にどうしちゃったの?メガネの調子がおかしいのか?そもそも一ノ瀬がおかしいのか?
不思議がるオレに一ノ瀬は話を続けた。


「俺は文化祭で絶対に最優秀賞を獲る。その為にダンボールや布とかをかき集めたしな。けど出来るのはそれだけだ。絵なんて描けないし、そんな面白い仕掛けを作れる訳がない」
「い、いや、大量に持ってきてくれて正直助かったぜ…?こうして部屋っぽく出来たし」
「ああ、チャリ屋の息子の部屋よりも良い部屋になったな」


ちょっと良いヤツかも?と思ったが撤回する。嫌なヤツだわこいつ。


「まぁ面白くて良いんじゃないの?面白い催し物は最優秀賞への近道だしな。後はみょうじにさえ近づかなければ周りのヤツみたいに接してやるよ」
「……」
「その沈黙は肯定か?そう受け取っておく」


違う。これは肯定ではない。
目の前にいる一ノ瀬はあの殴りつけてくる一ノ瀬ではない何者かのような気がした。


「なあ」
「んだよ」
「一ノ瀬は3年になる前に何かあったのか?」
「…何が?」
「ああ、いや…ごめん、何でもない」


威圧された。何がって聞き返されてこっちが深く掘り返して良いのか悩んだ。それに殺気のような視線に何も言えなかった。
一ノ瀬は俺が何も言わないと分かると教室から出ていった。
……嫌味ったらしい所や暴力は嫌いだが、根は他のヤツよりかは悪くないんじゃないか?そう思ったがそれは優しく接された気の迷いだろうと気にしないことにした。


……


異様、だがそこが楽しい。
廊下や教室のスピーカーは流行りの曲が流れている。廊下はザワザワと楽しそうに生徒が歩いている。
受付のシフトの時間までに色々ウロついたが、1人で楽しめるものなんて無い。仕方ないからクラスの脱出ゲームの受付を早めにやることにした。確か朝から受付に入っているのは…


「あれ?左右田君まだ時間じゃないよ?」
「……つまんねェから手伝う」
「え、ホントに?すごい助かるよ!教室沿いに置いてある待機列の椅子を窓側に寄せてほしいな。意外と入口と出口を行き来しないといけなくて…」
「あー致命的なシフトミスだな。列作成やっておくからみょうじは安心しな」
「ありがとう!」


文化祭が始まったのは9時。10分もしない内に列が恐ろしく伸びていた。受付をした後は出口で挑戦者が時間内に来れたかどうか見なければならない。しかし今いるのはみょうじだけだ。朝だからという理由で10時までみょうじ1人で脱出ゲームを回していた。その為に受付が教室側に置いてある椅子に座っている生徒の前を往復する形になっていた。
今座っているヤツに訳を話して何とか窓側の廊下に椅子を移動させる。下級生だからかすんなりと話が通じて助かった。椅子を置くスペースが無くなり、後は階段の端に並ばせるしかない。運良くオレ達の教室が階段に近くて助かった。いや、階段に近い教室だから脱出ゲームの案が通ったのだろう。現にお化け屋敷をやっていた別のクラスも階段が近い教室だったし。
朝の割によく並んでいるが最後尾看板を掲げる程ではない。みょうじの手伝いをすることにした。


「ありがとうー、お陰で出口へ行きやすくなったよ」
「気にすんなって。確か設定している制限時間は5分か?」
「うん。中々脱出する人いなくてさー。だから出口で呼びかけないといけなくって」
「よし、オレが出口を見る。仕掛けの様子も見ねーとな」
「本当に助かるよ、左右田君!左右田君の座る椅子があるからそこに座ってていいよ!」
「おー、サンキュ」


朝から屈託のない笑顔を向けてくる。朝からみょうじと話せるなんてオレは幸せ者かも知れねェ。ストップウォッチを貰う手が僅かにみょうじの手に触れた気がして温かさを感じる。その温かさを握りしめながら出口を見届ける。

……んー。
仕掛けを難しくし過ぎたか?
ダンボール製の扉が開くのは大体10回に1回。今の所の脱出確率は10%だ。時計の針や
特定の床踏み、パネルの色は固定だ。
となると、"もう1つの仕掛け"か?いや、単にまだ朝だから成功者によるネタバレがされていないだけか?
ストップウォッチの音が鳴り響く。今回も脱出不可、と。挑戦者を迎えに行って出口まで案内する。
それを見届ける待機列のヤツらはより一層不安と期待が表情に現れる。俺達が脱出してやるぞと言わんばかりに。これまで難易度に文句言わないでくれたのが幸いだ。
みょうじの元に同じクラスの女子がやってくる。オレと同じシフトに入った女子だ。いくつか2人で言葉を交わした後にみょうじはオレの方に近づいてきた。もうそんな時間か。


「…ははっ、最早約束なんてカンケー無く来るな」
「左右田君と話したいんだもん。文句言ってきたら私がとっちめるから!」
「ケッ、物騒だなオメーは」
「あはは。これからコンテストの準備しなきゃ」


コンテストか。オレも見たかったがシフトには逆らえない。みょうじから感想を聞くのもいいかも知れねェ。
…あれ。ということは。


「オメーは文化祭見てまわらねーの?」
「うん。残念だけどそんな時間は無くて…。だから他のクラスの友人と行く約束出来なくてその子がぶーぶー文句言ってたよ。でも遊べない代わりにコンテストで応援してくれるから頑張らなきゃ」
「…大変だな。楽しんでこいって言おうと思ってたのに」
「大丈夫だよ。左右田君とこうして文化祭の中で話せるだけで充分だから!」


あー……。
こいつ優しいんだな。この学校で初めての文化祭なのに自分は遊べない…。そんな中でもオレと話すだけで良いってすぐに言えるなんて。ま、これを他のダチにも言ってるんだろうけど。だからダチもコンテストでみょうじを応援出来るんだろう。


「頑張れよ」
「ありがと!じゃあね!」


笑顔で手を振ってみょうじは階段を降りていく。
さて、退屈な数時間だな。仕掛けが上手くいってるか確認しねーと。もう1つの仕掛けはランダムパスワード。つまりある程度時間が経つとパスワードが変わるのだ。と言っても少し厄介な四則演算式をランダムに出して答えをパネルに打ち込むだけだが。高度な技術はまだオレには程遠い。
だから頭のいいヤツはすぐに突破出来るし対して成功率と関係無いだろう。


……


午後の部はカラオケやらコンテストやらで少しは空いていた。だが脱出ゲームの列の長さは変わらない。
どうやらオレの仕掛けの物珍しさ、そして難易度の高さに興味本位で訪れる者が増えたとか。午前の部の時点で成功率は20%程。おかしいな。50%になるように調整はした筈だが。まあネタバレが出回ると思えば収束するだろう。これだけ人数はいるんだからな。

と思ったが、結果的には約25%だった。…カッコがついた四則演算の順番を理解していないヤツが多いのか?はたまた計算が遅いヤツがいて制限時間内に解けなかったのか?
反省点は多かったものの、難易度の高さによる評判、オレの仕掛けが面白いと高い評価を得て今年の文化祭の最優秀賞はオレのクラスだった。
更にコンテストはみょうじが優勝したらしい。カラオケや他の大会もオレのクラスのヤツが優勝したとかでその年は前代未聞の全ての賞かっさらう展開となった。当然クラスのヤツらは大盛り上がり。打ち上げがあるらしいがオレはそそくさと帰路につくことにした。


「左右田君!」


通学路を歩いているとみょうじがオレの方へ駆けてくる。帰る方角が違うのに…いやそれ以前に打ち上げに行く筈だ。


「打ち上げ行くんだろ?」
「そうだよ。左右田君も来ない?最優秀賞獲れたの左右田君の仕掛けあってこそだし!」
「オレはいいよ。オレなんかよりコンテスト優勝者がいた方が華があるだろ?」
「………」


本当のことを言ったつもりだ。オレが打ち上げのその場にいたって対して盛り上がる筈もない。寧ろ気まずくなるだけだ。"犬にされた"ときの傷は今も癒えてないんだ。
みょうじは眉をハの字にしてしゅんと顔が俯く。そんな悲しそうにするんじゃねェ。


「じゃあ今夜会える?打ち上げの後」
「へっ?」
「ご飯食べ終えた後…夜9時頃かな。左右田君と話がしたいんだ。どうしても」


どうしても。オレの目を見ながらそんなこと言われるとオレだって断れない。


「分かったよ……流石にその時間は親御さんが帰ってくるだろ?」
「うん。だからマンションの敷地内の公園分かる?」
「あー、はいはい。そこで待てばいいんだな?」
「ありがとう、お願いね」


みょうじはそう告げると振り返り、遠くにいたクラスの女子の方へ走り出した。
実を言うと文化祭が楽しいと思えたのは初めてだ。準備期間なんてサボるつもりだったが仕掛け作りが面白くて没頭しちまったし…しかもその仕掛けが最優秀賞という形で認められたんだ。嬉しくない訳がない。

だからこそ気持ちが浮かれていたのだろうか。オレはそのとき前向きな気持ちしか無かった。
みょうじに振り向いてもらいたい。誰かに認めてもらいたい。
その為には強い自分になりたい。せめて弱い自分を心の中へ閉じ込めて、強い自分を見せてやる。

決めた。
この外見を捨てよう。
外見が変われば中身も変われる。確証なんて無いけれど、気の持ちようだ。
家に帰ってすぐに脱衣所の鏡の前に立つ。
襟足まで伸びた黒髪、長い前髪、垢抜けない地味な眼鏡。気分が沈んでいるとでもいったような表情のオレがいた。
こんなんじゃ、あいつらにナメられるのも無理はない。

普段着に着替えて近くのドラッグストアに寄って変わる為の道具を揃える。
カラコン、タオル、ヘアクリップにヘアゴム、ヘアカラーセット、化粧品とその道具。
さて、これでどんなオレに変えようか?
そしてあいつに最初に見てもらうんだ。
鏡と向き合いながら、自分の描いた設計図通りに自分を組み立てた。







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