「えっ、すごい種類多くない!?」
「だろ?」


ここはオレの好きなケーキ屋だ。ほんのり甘い空間の中ショーケースの中のケーキを2人で見ていた。


「左右田君いつも1人で来るのに今日は女の子連れてきてるんだね」


店員がオレに話しかける。親のお使いや自分用に買いに行くことが多かったせいか店員に名前を覚えられる程の常連になっていた。


「紹介したかったんだよ」
「えっっ!?もしかしてこの子左右田君の彼女なの!?」
「はっ!?ち、違うって!ここのケーキ美味いからこいつに紹介したいって意味だ!」
「なぁんだ。そういうことなの」


言葉足らずなせいで店員に変な勘違いをさせてしまった。慌ててみょうじの方を振り向くとオレらのやりとりを見て微笑んでいた。気まずくさせてしまったか…?不安になりながらケーキを頼む。その場で食べられるようにお洒落な丸テーブルがあったがみょうじの希望で持ち帰ってみょうじの家で食べることにした。


「あのケーキ屋さんの店員さん面白い人ね」
「な、何か恥ずかしかったぜ」
「ふふ、良いなぁ。まだ食べてもないのにあそこのリピーターになりそうだよ」
「それは良かった」


みょうじの家に入ってケーキを用意する。白い皿に乗ったショートケーキは上品に佇んでいて上に乗った苺がキラキラと輝きながら赤いアクセントとなっている。


「んぅ、すごい甘くて美味しい!」
「うめーな、これ」


しっとりとした食感に舌鼓を打つ。ケーキを頬張るみょうじの顔は頬が緩んでいた。その顔がなんだか小動物みたいで可愛らしかった。嗚呼この笑顔オレにだけ見せてほしいなぁ、なんて気持ち悪いことを考えながらケーキを口に運ぶ。小さくて丸いケーキを食べ終えたときにみょうじはポツリと呟く。


「ケーキ、ありがとう。すごく美味しかった」
「それは何よりだ。あのケーキ屋にも伝えておくぜ」
「…それで、左右田君」
「何だ?」
「少し…話してもいい?」


先程の保健室のような思い詰めた表情にフォークを持つ手が止まる。


「ああ。オレで良ければ」
「ありがとう。これは確信が無いからまだ誰にも言わないで欲しいんだ」
「お、おう」


一体何の話やら予想がつかないがきっとさっき考えていたことなのだろう。フォークを皿の上に静かに置き、みょうじの言葉を待つ。


「左右田君と展望台に行ったとき、ある2人を見ちゃってさ」
「展望台から少し離れた場所にいたカップルみたいな2人か?」
「あ、見てたんだ…」


そりゃオメー、その2人を凝視していたからな…。しかもソイツら結構熱い抱擁だったし。そう思いながら縦に頷くとみょうじは言いにくそうに目線をテーブルの上に乗った白い皿に移した。


「そのカップルの女の人の方ね…私の母なの」
「……え」


言葉を失った。みょうじの母親…?そう言われてすぐに展望台のことを思い出す。…だが記憶というのは曖昧で詳しい情景が思い出せなかった。


「じゃあ、相手はみょうじの親父さんか?」
「………」


そう告げるとみょうじは皿を見たまま眉をしかめ憂鬱そうな顔をする。何でそんな顔をするんだ…?


「…ううん。相手は私の父じゃない」
「……」


……そのときオレの直前までの発言を撤回したくなる程に後悔した。これは…かなり複雑な事情だぞ。寧ろこんなことオレに話して大丈夫なのか?
そう疑問を感じていると突然オレの左腕がみょうじの方へゆっくりと引かれる。
二の腕あたりがみょうじの体温と相まって熱くなってくる。


「っ、な、どうしたんだよッ」
「ごめん、今こうさせて欲しい。少しだけ」


は、初めてだ。女子とこんなに接触したのは。しかもみょうじに腕を抱きしめられるなんて…夢なんじゃないか?今日の情報量が多すぎて頭がクラクラしてくる。

みょうじの体温あったけーな。女の子にこうされているなんて、体中から汗が吹き出しているような気がした。汗臭いなんて思われていないだろうか?緊張しているとゆっくりと腕が解放された。


「ごめん。こんなことして」
「あ、いや…いいけど本当にオメー大丈夫か?」
「…うん。少し落ち着いたから大丈夫」


それでも顔に憂いが表れていた。いや、全然大丈夫じゃない。そう思っているとそれで、と言葉が聞こえてくる。


「前、話したでしょ?みょうじグループのこと」
「お、おう」
「私の父はみょうじグループの社長…だったんだ」
「だった?」
「うん。母が社長の愛人……というやつでね。その間に生まれたのが…私」
「……………」


驚く声も出ない。寧ろ芸人みたいなリアクションしたら引かれるに決まっている。
何て声をかければいいか分からないままでいるとみょうじがオレの反応を見て話を続ける。


「……最初は認知をしてくれなかったんだ。大企業のトップが浮気していたなんて世間にバレたら大変だから。それで父は母と私を捨てようとした。でも母は父に本気だったみたい。本当の奥さんと別れろなんて騒いでいたみたいだよ」
「……」
「それが長く続いちゃってね。認知してくれたのは私がやっと二本足で立てるようになったとき。そんな騒動を知らない赤ちゃんのときの私を見て父と奥さんが情けをかけてくれたの。それまで戸籍が無かったんだからビックリだよね」


こんなのテレビドラマでも見ない展開だ。みょうじの心の中を覗いているような嫌な気持ちになる。明るくて人気者のみょうじにそんな事情は恐ろしい程に似合わない。
裕福で幸せな家庭の中で笑うあいつが良く似合っているとオレの中で勝手に思っていた。


「それでも母ってばまだ父に執着してて…。母は長年色々と問題を起こした挙句この街へ逃げたみたい」
「……引っ越したのって」
「うん、そう。私も一緒にここへ連れてこられたの。父が用意してくれた物件でね。もう会社で騒動は起こすなって意味で追い出されたんだと思う」

そうか、と聞こえない位の音量で呟く。


「…引っ越す前の家の居心地が最悪だったんだ。学校から帰ってきたらずっと母は泣いているし、急にふらっとどこかへ行ったと思ったらみょうじグループの会社に突撃していた」
「……」
「プールの授業が嫌で抜け出したときに、興味本位で母の仕事先へ行ってみたの。そこへ行くまで母の仕事について全く知らなかったんだ。自分の家以外の住所が書かれた母の名刺を掃除しているときに見つけてね…。ふふ…笑っちゃったよ」


そう嘲笑し終えるとみょうじはオレの方を振り向いた。様々な複雑すぎる感情が入り混じった笑いだった。


「…ど、どうだったんだ?」
「もう既に君に教えたよ。かなり前に」
「へっ……?」
「だってそのとき初めて左右田君に会えたんだもん」
「………ええぇっっ!?」


過去の記憶を辿ると脳内に落雷が落ちたような衝撃を受けた。このハッキリとしない感じからしてみょうじの口からもう出したくないのだろう。オレも言葉にしたくなかった。


「……そうだったのか」
「…うん。その日を境に母に対する負の感情が一気に溢れていったんだ。そのような仕事も行かないで他人の夫に執着して…酷い親を持ったよ」
「……悪い。ビックリしすぎて今自然にドン引きした」
「こんなことペラペラ話す私に?」
「……ちょっとだけな。ちょっとだけ。だってこんなこと他人に言えねーだろ」


そう告げると、自虐するようにみょうじは笑った。そうか、あんなことがあったんだ…知らなかった事実に何も言えない。


「確かに…でも、ごめんね。吐き出さないと気が済まなくて…」
「……オレはいいよ。続けな」
「ありがとう」


静かに会話を続ける。みょうじはまだこのような過去を受け入れられないような表情をしているように見えた。…気がする。オレには全く縁のない話だからあいつの気持ちがよく分からない。


「まだ父の事を思ってるならまだ百歩譲って許せた。その位好きだったんだって分かるから。……けど展望台から見えたのは母だった。父ではない男と抱き合っていた…。その瞬間すごく気持ち悪くなって、苦しかった。今まで泣き喚いていた長い時間は何だったんだって、裏切られた気分になったんだ」
「……」


そのときみょうじの言葉が止まる。沈黙がこの部屋を包む。暫く沈黙が続いた。
何か話すか?何を?喉の奥から出そうとすると声がカラカラになる。沈黙を破ったのはみょうじだ。


「…ごめん。嫌な話して」
「別に気にすんなよ。そりゃびっくりしたし、ドン引きもした。けど…みょうじを嫌いになる理由はねーからさ…」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
「……じゃ、オレも言うか」
「…えっ?」


みょうじは目を丸くしてオレの横顔を覗き込む。
オレはみょうじのことが好きだ。…友人として。願わくば彼女にしたいくらいに。
あんな大勢の生徒からオレを助けてくれて、オレにそんな重い話をしてくれたみょうじはもう信頼してもいいだろう。


「オレが虐められる原因となったアレの話だ」







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