僕の心中はモヤモヤとしていた。 みょうじくんはよく分からない。何故急に好きな人がいるか?なんて言い出したのだろう。 今までの僕なら絶対に観ないテレビ番組に切り替えるとピンク色のウサギのマスコットが番組名の周りを駆け回る。 「ウサミの〜!らーぶ!らーぶ!ミュージック〜!」 …何の勉強になるだろうか。音楽、いや友人との話題作りでいいだろう。内心そう思いつつも自分がこのようなものを見るのに抵抗が要る。学生である僕が今こうして時間を使って良いのだろうか? そう頭を抱えているとみょうじくんの姿が映り込む。はっきりと受け答えしている姿はリラックスしているようだった。生中継の中で慣れているような感じがする。 「ではこれからみょうじさんに歌ってもらうのは初公開の曲となっております!」 司会の声の後に番組内のステージに1人立つみょうじくんはお淑やかな雰囲気を纏っている。 …聞こえてくる歌声に耳を澄ませれば違和感を覚えた。今までの曲調、歌い方が少し違う。それは異常かと言われればそうではない。 みょうじくんのイメージとは少し違う曲だった。元気や勇気を与えてくれるような声量のある歌ではなく、しんみりとした哀しみを帯びた節回し。まるで想いを伝えられない女性を表した歌詞だった。 違和感の正体はこれだったのか。今まで恋とかそういう歌は歌わなかったみょうじくんが新曲で恋愛を題材とした歌を歌う。僕は恋愛のことはよく分からないが、ふとみょうじくんの言葉を思い出す。 "変な話だけど、君って好きな人はいるの?" 好きな人、か。僕の回答は模範的な筈。 テレビの中のみょうじくんの姿はまるで恋をしている女性だ。……みょうじくんは、彼女は好きな人がいるのだろうか? そう思わせる位に切ない表情で言葉をメロディーにのせる。 いやしかし、彼女はアイドルという部類だ。確か恋愛は禁止されている。まさかな、と思いつつもみょうじくんを見ると歌は歌い終えて深くお辞儀をしていた。 ただの杞憂だ。僕の考えすぎだろう。リモコンでテレビを消し、風紀委員会の資料作成に取り掛かる。 …… 僕は高校生、学生だ。勉強第一な筈なのに、朝起きて思い浮かべたのはみょうじくんのことだった。 これが俗に言うファンの気持ちだろうか?いや…僕の気持ちは少し違う。まさか。いやそんな訳がないだろう。一瞬だけ頭に過ぎった言葉を払い除けた。 「アイドルに恋しちゃったんですか?」 朝清掃の時間、舞園くんの言葉に過敏に反応してしまう。振り向くと舞園くんはニコニコと僕の目を見つめてくる。幸い近くには誰もいなかった。 「な、何故そう思うんだ?」 「エスパーですから」 「は、はぁ」 舞園くんは変わらずニコニコと箒を持っていた。恋煩い、そう言われると確かに心当たりはあるのだがどうも認められない。 舞園くんに何も言えないでいると彼女の青い瞳が訴えかけるように僕を見つめてくる。 「ファンの方がそのような感情を抱くのは変ではないです。寧ろ当たり前だと思っているファンもいます。だからアイドルは恋愛禁止なんですよ。恋愛するということはファンの方に失望と幻滅を届けてしまいますから」 「ああ、分かっている。僕は大丈夫だ」 「ふふ。石丸君らしいですね。過度な好意はみょうじさんの迷惑になってしまいますのでどうか程々に…」 小さく微笑みかける舞園くんに頷いた。まるで牽制しているかのような笑みに頷くしかなかった、というのが正しいだろう。その様子を見て舞園くんはいつも通り清掃へ戻る。 そうだ。僕は浮かれている暇なんてない。 学業そっちのけで恋愛なんて自分はどうかしてる。そんな体たらくでみょうじくんを応援だなんて烏滸がましいにも程があるのだ。 …… 以前会ったときから数ヶ月が経とうとしている。朝日が咲いたばかりの桃の花を彩る。もうすぐ春がやってくるんだと自覚しながら毎朝パソコンを立ち上げる。 数週間の春休みが訪れたと同時に多くのレポートが課せられた。手書きもあればワープロを用いたレポートもある為、毎日パソコンを使うことになる。 あれからみょうじくんのことは考えるものの、テレビや新曲とかそのような情報はしばらく断っている。それでもクラスメイトの口から情報はそれなりに入ってくる。どうやらまたランキングが1位になったとか。 毎朝メールを確認する。大体が学園の事務との連絡のやり取りだ。授業の休講やレポート提出期限の連絡が入ってくることがあるから欠かせない。 「……ん」 目を引くアドレス欄に息が詰まりそうになる。久々に見た英数字の列に胸がドキリと高鳴る。何の用だろうか。カーソルを文字の上に乗せて1通のメールを開いた。 …… 希望ヶ峰学園がまた騒ぎ始めたのは4月の春のことだった。 上級生としての自覚を持って意気揚々とクラスに入った所、ある話題が耳に入り込んだ。 その話題は既に本人からメールにて聞いていたが。 "久しぶり!風紀委員さん! 日程はまだ詳しく決めていないんだけど、希望ヶ峰学園で新曲のPV撮影をすることになったの。勿論、他言しないでね。 前にステージでやった中庭と校門、教室を使うと思うんだ。 私ね、また君に会えたらいいなって思ってる!沢山話せないと思うけど少しだけでも会話出来たらいいな! じゃ、撮影の日よろしくね!" 僕は勿論他言なんてしていない。何故こんなに情報が広まったのか謎だ。 流石に先生達はこのことを知っているだろうから誰かが先生の話を盗み聞きしたのかもしれない。暫くして先生から、掲示板、メールでも注意喚起の内容を何回も聞くことになった。 みょうじくんの撮影の日は授業は無し。寄宿舎から外出はしないこと。 ……みょうじくんの書いていたメールが理由だろう。様々な場所で撮影を行う為に野次馬がいては撮影の妨げになるからだ。 しかし、それでは君に会えないのだろうな。そう思うとあからさまに気分が沈み、教科書が積まれた部屋で落胆している自分がいた。 コンコンコンと扉を軽く叩く音が3回聞こえる。それが僕の部屋の扉ということに気づくのに数秒時間がかかった。 みょうじくんのメールが残っているメールボックスを閉じ、念の為にパソコンの画面をスリープ状態にする。 扉を開けると笑顔でこちらを見上げるクラスメイトがいた。 「舞園くん?どうしたのだ?」 「…少し部屋に上がらせてもいいでしょうか?」 「なっ…!?それはどういう!?」 「ふふ、勘違いしないでください。俗に言う不純異性交遊ではないです。少し"ビジネス"のお話ですので廊下では話せないだけです」 ビジネス…? 急に言われて何が何だか分からないがとりあえず不純異性交遊では無さそうだから部屋に入れることにした。 「ありがとうございます。ああ、すぐに終わりますのでここで話しますね」 「そうか…何の用だ?」 扉の近くだからか、部屋の中でも警戒してる舞園くんは顔を見上げて小さい声で囁いてくる。 その言葉は彼女のはっきりとした声質と相まってよく聞こえた。 「石丸君、みょうじさんのPV撮影にエキストラとして参加しませんか?」 ← → |