みょうじくんは復帰した。そしてこけら落としの事故を告げたことでまた一躍と世間を騒がせ、犯人は逮捕、音楽界に激震が走った。
だが、やはり失踪した件もあってみょうじくんにも批判の声が上がったようだ。


「そんな大変な中、僕とこうやり取りしてていいのだろうか?」
「大丈夫だよ。君にお礼がしたいから私がしているだけ。良かったら一緒にディナーでもどうかな?風紀委員の君にこんなお願い難しいかもしれないけれど」


ディナー……確かに難しい話だ。昼はまだしも夜の外出許可は生徒が貰うには数々の条件があった。頭を悩ませたが、何とか先生方に掛け合って許可を頂こう。幸い、試験はこの先無いのだから何も憂いは無いはずだ。


「外出許可が出たらまた連絡しよう」
「ありがとう!もし一緒に行けたら私の夢とか色々話したいな」
「夢…どのような夢を持っているのだ?」
「今はまだ難しいけれど、ワールドフェスが4年に1度あるんだ。その開催日は2年後。そこで何かしらの賞は持ち帰りたいと思っているの」


エンターテイメントに疎い僕でも聞いたことがある。世界中のアーティスト達が集まってライブをする一種の祭りみたいなものだ。
あり得ない夢ではない。
寧ろ彼女なら出来てしまうという確信と期待が織り混ざっていた。


「それは素晴らしいではないか」
「そう?良かった。詳しいことは会って話そうよ。でも他のことも話せたら話したい。ありがとう、話を聞いてくれて」


みょうじくんとは面を向かっていない。パソコンの中にあるメールでやり取りをしていた。
彼女も忙しいのだろう。数通だけやりとりしてメールでの会話を終わらせる。
このパソコンは誰にも見せてはいけないな。
万が一誰かに見られでもしたら大変なことになってしまうだろう。パソコンの電源を切り、予習に入った。

……

指定された場所にて待ち合わせと書いてあったのだが…確かにこの場所で間違いはなさそうだ。高層ビルに囲まれ、僕の前では忙しなく人が行き交っている。

そろそろ時間だ。腕時計を一瞥すると後ろから肩を軽く叩かれる。振り向いた先の人物に一瞬戸惑ったがそれは変装したみょうじくんだとやっと理解出来た。


「お待たせ、こっちだよ」
「う、うむ」


みょうじくんが指差した先へ歩き出す。
まだ周りに人がいるせいか会話など全く無かった。ビルに入ってエレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が開くと、目の前には高価そうなカーペットが敷かれ、その先には洋風の厳かな扉が待ち受けていた。扉の奥から僅かに人の声と食器の音が聞こえてくる。

みょうじくんの前へ出て扉を開ける。彼女は僕を見て、ありがとうと会釈をした。
扉の向こうは別空間のようだった。
クラシックな内装に落ち着いた音楽…ディナーを楽しみながら談笑する客、目に入る情報からしてここのレストランはかなり評価されているのだろうと想像する。

身なりの整ったウェイターがみょうじくんのことを見ると笑顔で窓側の席へ案内してくれる。もしかしてみょうじくんはここの常連なのだろうか?ビルの上階にあり、そして雰囲気を大事とするレストランは予約が無いとスムーズに入れない。それに彼女はアイドルだ。仕事柄こういう所へ行き慣れているのだろう。

ウェイターが椅子を引いてみょうじくんを座らせ、次に向かい側の椅子を引き僕を案内する。こういう椅子を引くという些細なことを人にしてもらうのはあまり慣れないものだ。
みょうじくんは慣れた口調でウェイターにメニューを伝えると彼はかしこまりました、とお辞儀をして席から離れた。


「こういうお店は初めてだった?」
「そうだな。君は何回か行ったことは?」
「あるよ。プロデューサーさんとかテレビ局のお偉いさんとかとね」


やはり。寧ろあんなに慣れていて初めてだったらこっちこそ驚く。


「初めてという割には君も良かったよ。扉開けてくれたでしょ?」
「ああ、…咄嗟に女性をエスコートするものだと思って」
「いいね」


そう笑う彼女はどこか様子がいつもと違う。
…まるで最初に出会ったあの様子と似ていた。だが冷たい様子はない。いつもの笑顔がぎこちないように感じられた。
近況報告をお互いにしながら運ばれた食事を頂くことにした。…素晴らしい味だった。きっとここのレストランは人気が高いのであろう。後で調べてみよう。
みょうじくんがウェイターを呼び、何かを話している。話の節々からして会計のことだろう。あまり話を聞かないようにしたほうがいいのだろうか。
周りを見渡せばお客さんは入れ替わっているものの仲良く談笑する姿は変わらなかった。


「おーい、風紀委員さん?」
「!」


僕を呼ぶ声に咄嗟に振り返る。彼女はもう会計を済ませ僕のことをマジマジと見つめた。


「す、すまない。本当にこういうことは初めてで、どうすればいいか分からなかったのだ。これからも精進せねばならないな。みょうじくん、貴重な体験をありがとう」
「あはは、本当に真面目だね。最初でエスコートしてくれたから合格だよ」
「しかし、会計とか諸々君に任せてしまって」
「元々私が誘ったんだし、気にしないでよ。お礼として受け取って」
「……僕が卒業して良い大人になれたら君をディナーに誘おう」
「…本当に?期待するよ?」


みょうじくんの驚きながらも嬉しそうな表情を見て自分が何を言っていたのか一瞬忘れかけた。僕はみょうじくんを誘うと言ったのか?
…これはあくまでも食事にという意味だ。不純なことなんて何一つない誘いだと思って縦に頷く。
レストランを後にして、エレベーターの前に立つとみょうじくんが行きたい場所があると呟いた。

腕時計をチラッと覗く。確か門限は21時。今は20時か…。流石に難しいだろう。そう告げるとみょうじくんはそうだよね、と寂しそうに笑いながらエレベーターへ乗る。エレベーターは静かに地上へと降りていく。


「学園まで送ろうか?」
「気持ちは嬉しいが、僕だけで十分だ。君も夜道は気をつけて帰るといい」
「ありがとう。ねぇ、」


エレベーターの扉が開き、外へ一歩踏み出すと同時にみょうじくんの方へ振り向いた。


「変な話だけど、君って好きな人はいるの?」
「はっ、え?」


思わず変な驚き声が出る。何故だ。何故そんなことを聞いてくる?今まで通常通りだった心臓の鼓動が速くなっていくのが分かった。


「い…いや、そういうのは学生には不要だろう?」


エレベーターの外は車の通る音や人と人の会話が聞こえる。しかしそんなものは僕からしたら雑音に過ぎなかった。僕の答えに対する彼女の言葉だけ聞きたかった。
僕の答えは完璧な筈だ。何一つ信念に背いてはいない。それでも緊張感というのは解けなかった。
疑問と不安が混じる中、みょうじくんは僕を見て小さく笑った。


「流石風紀委員さん。恋愛事も厳しいんだね」
「当たり前だ!風紀を乱すものは許さないからな」
「分かったよ。ただ気になっただけだから気にしないで」


彼女は微笑みながら僕の真横を通り過ぎる。
いつ見ても明るい笑顔だ。今は夜のはずなのに……いや、夜だからこそ映えるのだろうか。
みょうじくんの進む先には車がある。見覚えがあった。初めて会った日に学園の近くに停まっていた車だ。マネージャーが中にいるのだろうか。
車の近くに寄っては僕の方を振り返った。


「今日はありがとう。楽しかったよ」
「ああ、こちらこそ誘ってくれてありがとう」
「気をつけてね」
「君も」


短い別れの言葉を告げ、みょうじくんは車の後部座席に座った。そしてすぐに車は走り出し、夜の街へと消えていった。

さて、僕もそろそろ帰らねば…学園の方へ歩き出すと、ビルに取り付けられたモニターがコマーシャルをひたすらに映し出す。僕はあるコマーシャルに足を止めた。


[来週の"ウサミのらーぶらーぶミュージック"ではみょうじなまえが生出演!期待の新曲初公開となります!]


番組の宣伝が大々的にこの都会に響く。僕の周りではみょうじくんの新曲ということで盛り上がるファンらしき会話も聞こえた。

……一体どういう曲なのだろう。もう少し早く知れていたら当の本人に聞けていたかもしれない。過ぎたことは仕方ない。早く学園へ戻ろう。腕時計と周りを交互に見渡しながら帰り道のルートを考える。
そうだな……少し早足で行けば門限までには確実に間に合うだろう。





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