年が明けてまた学校が始まる。心機一転。また学業に励もうではないか。
…と言いたい所なのだが、あの事故から起きたことは多かった。いや多すぎた。

こけら落としの機材落下事故の後、他のアーティストや企業の催し物などの会場の使用は一時的に中止となった。
そしてみょうじくんは入院し、経過は良好という報道があった。その後年末の特番にてみょうじくんが最優秀新人賞を獲得。尚、その番組に彼女の出演は無かった。
その後だ。


みょうじなまえは大晦日の夜に病院から抜け出し、未だに足取りが掴めない状態となっている。


テレビやラジオは大騒ぎだ。何しろ有名アイドルが突如失踪してしまったのだから。憶測やはたまた妄想を織り交ぜたニュースにほとほと呆れ果てていた。確実性や信憑性の無い報道が毎日流れている。そんな報道でさえも見てしまう僕が今ここにいる。

性に合わないゴシップ雑誌にも手をつけた。"こけら落としの大トリは本当はみょうじなまえだった!?"、"機材落下事故は故意による事件?"、"一般男性と駆け落ち?"
………どれも記者の妄想が入ってそうな内容で時間を無駄にし、後悔した。

みょうじくんの行方がまだ分からないまま1週間経つ。そんな中でも通常通り、放課後の見回りを行いに昇降口から傘を持って外に出る。
僕の最近の心情を表すかのような霖雨。冬の雨は手が凍えるほどに冷たい。手袋をはめて敷地内を歩いた。校門とは別の裏門に近づいたときに異変に気づいた。不審者、だろうか。


「なっ」


嘘だろうか。いや、まさか。
口がぼんやりと開いたままになる。白い半透明のビニール傘を差した不審者は僕の姿を見た途端に心を締めつけるような笑みを見せ、すぐに目を逸らす。暫しの沈黙。話を切り出したのは僕からだった。


「君と話がしたかった」
「……嬉しい、私も同じだよ。内容は面白くもないけどね」
 
 
みょうじくんは場所を変えよう、と遠くへ歩く。僕は無意識に彼女の後を追いかけた。


「クラスメイトが君の話題で盛り上がっている。あまり良くない話だ。事件に巻き込まれた、ライバルに蹴落とされた、業界から干された…色んな話だ」
「…あらあら。そうだよね。テレビは数日そのことで持ち切りだ」


こんな寒さの中でしかも雨。場所は正門よりも人気の少ない通学路。僕達の周りに人はいなかった。この上ないチャンスだ、彼女に本当のことを聞こう。


「どうしたの、立ち止まって。ここって通学路でしょ?」
「どうして失踪なんかしたのだ」
「……」
「今の君がそんなことするとは到底思えない」
「…」
「僕がこんなことを言うのはおこがましいが、教えてほしい。……君のこと、心配していたんだ」
「ふふ」


参ったなあと困ったように笑う君は僕の目を見てはすぐに逸らす。彼女に言うという決意があったとしても中々言いにくいことであるのは間違いなかった。
 
 
「…言いにくいなら無理しなくても」
「えー、言ってほしいって言ったのはそっちじゃない」
「そ、それは失礼。だが君が困っているのを見過ごせなかった」
「いいよ。君の言葉を聞いたうえで、言うって決めたのは私だから」
 
 
僕とは対照的に明るく笑う彼女は少しの沈黙をおいてから話を切り出した。
 
 
「私は才能だとか、天才っていうのが嫌いなの」
「……!」
 
 
なんて話の切り出し方だろうか。
まさか僕と同じような考えを持つ仲間がここにいる。しかし、どうして彼女かそんな思想に辿り着いたのか分からない。
 
 
「芸能界って君が思うよりもずっと酷くてね。ゴシップ雑誌で挙げられている嘘みたいなスキャンダルも本当のことが紛れていたりするんだ。ゴシップ雑誌だからこそ、みんな嘘の記事に本気になって食らいつく人もいれば、真実が書かれた記事に気にも留めない人もいる」
「…君は何を言いたいのかね?話に一貫性がないのだが」


投げやり気味な彼女の声色に頭を打たれたようなショックを受ける。そんな僕の様子を気にも留めずにみょうじくんはポツリと話し始めた。


「ゴシップ記事って読んで…るわけないか」
「いや、目は通した。大トリ、故意、駆け落ち…」


そう言うと、今度は彼女が空いた方の手で口を覆うような動作を見せる。かなり驚いているようだ。


「意外!そんなのも読むの?」
「誤解しないでいただきたい!あくまでもテレビ、ラジオ、新聞の情報が連日同じことの繰り返しや個人の想像が混じった情報しかない。新しい情報が無いか別の媒体で調べただけだ」
「そう、話が早くて助かるよ」


みょうじくんは僕から目を逸らし、斜め上を見上げる。灰色の空を見ながら呟き始める。


「芸能界って厳しい。歌手になる夢のために歌の練習は欠かせなかった。最初はデビューなんて無理だったよ。オーディションでボコボコにされたこともあったし」
「君が…?」
「うん、元々才能ある子から受かっていったから才能の無い私は駄目だった。あまりにも落ちすぎてて辞めようかと思った位だよ」


昔の自分を思い出しているのか少し懐かしむような口調。僕はただ耳を澄まし続ける。


「そんなときに事務所の人が私を拾ってくれた。事務所は他のプロダクションと比べて小さい…言っちゃ悪いけど弱小事務所だった。けれど私の為にあんな大掛かりなステージを作ってくれて感謝しているよ」
「それが…街全体をステージにするという」
「うん。事務所にとっては一世一代の賭けだよ。だからこそ私も失敗は出来なかった」


結果はご覧の通り、と彼女は僕を見て笑う。
にわかに信じられなかった。あのデビューにそんな裏があったなんて。僕は勝手にみょうじくんを天才だと決めていた。天才だからこそあんな大規模なステージを用意されたのだと思っていた。恐らく日本中がそう思っていたはずだ。


「事務所に恩返しが出来たと思ったよ。これからも応援してくれる人の為に頑張りたかった。…けどそんな矢先、こけら落としで事件があった」
「…事件?事故と聞いているが、あれは故意だったということかね?」
「……………」


みょうじくんは突然僕の手を引いて、通学路から人目につかない細い路地裏に僕を連れて行く。傘がギリギリ入るくらいの狭い路地裏。そこで一体何をするんだとみょうじくんの顔を見ると、上や左右を見渡した後に恐る恐る口を開いた。


「事務所に脅迫文が届いた」
「っ!」
「そして脅迫文を出した人は判明した。機材落下もその人が仕組んだって分かった」
「犯人が分かったんだな。なら傷害事件として警察に言うのも」
「出来ないんだよ」


その言葉に疑問を抱く。謝罪だけで済まされない問題の筈なのに。


「同業者だったんだ。私の成功を妬んだ人間が騒動を起こした」
「な、何っ」
「私よりも素晴らしい人で成功が約束されるという大手プロダクションに所属している人なのに」
「……」
「びっくりしちゃった。才能持ちでも天才でも人間に嫉妬するんだって。…あの人達だって歌を本気で歌えば私のことなんか裕に追い越せるのに!
有名な人だからこそ、大手の事務所だからこそ警察に言っても揉み消される。事実を金やコネで隠蔽することだって。
君に分かるかな。私よりも素晴らしい人達が自分の地位に驕って、嫉妬で人に怪我を負わせていたなんて!…加えて事務所の人にまで嫌がらせしていると聞いてこうなったのも私のせいだって思って逃げ出したんだ。私は強くなれなかった」


乾いた笑いに口角は上がっていない。興奮気味の彼女の言葉の節々から怒りと悲しみが混じっているように思えた。確かにみょうじくんは大変な思いをしてきている。同情の余地はあった。だが、彼女は少々混乱しているようだ。


「僕には分かるッッ!!」
「えっ!?」


ビシッと人差し指を目の前の人間に突きつける。ぽかんとしている様子に構わず続けた。


「僕にも尊敬している人物がいる。その人も周りの人から天才と呼ばれていた。何もせずに全てのことが出来た位だ。しかし、興味本位だったのだろう。悪いことに手を染めて今まで築いた地位や信頼を壊した。一瞬にしてだ!」
「……」
「結果、それを機に落ちぶれていき、葬式には身内だけ。天才と持ち上げた人々は誰一人来なかった。お陰で親族にも借金を抱える羽目になった。
彼には努力が足りなかった。これだけに尽きる」
「…………努力」
「ああ。僕にとっては良い教訓だ。みょうじくん。君の行動は間違っている」


傘を閉じて一歩踏み出すと、みょうじくんは反射的に一歩後退りする。しかし、ここは細い路地裏だ。もう一歩後退りした先は壁だった。一気にみょうじくんと距離が縮まる。


「ま、間違ってる?」
「興味本位でも、嫉妬でも事件を起こしたことには変わりない。それに、君こそ有名人ではないか!みょうじくんの言うことが本当とするならば、努力している君が泣き寝入りすることない!君が真実を伝えればいい!
聞かせてもらおう!真実を伝えることに何のデメリットがあるのだ?」


犯人を追い詰めるような探偵や刑事みたいな口調で詰め寄る。


「それは事務所の人に迷惑をかけるから…」
「迷惑をかける…確かにそれもあるだろう。しかし、事務所の人達はかつて君のデビューを見届けたんだろう?
勿論賭けだったかもしれない。だが君の成功を願い、そして祝った筈だ。事務員の中にも君のファンがいるだろう。君が失踪したことで今でも多大な迷惑を事務所にかけているのでは?」
「そ、それは…っ!」


核心を突かれたように表情に焦りが見られる。正直こんなみょうじくんは初めて見たかもしれない。


「で、でも…っ」
「言い訳はやめたまえ。君にとってその犯人は素晴らしいかもしれない。しかし、君が怪我を負ったことは事実であり、犯人は罪を償うべきだ。もし、犯人がこのまま逃げたとして君は犯人を尊敬し続けられるのか?」
「……出来ない。憎んじゃうと思う」
「憎む理由は何だね?」
「え、えっと、歌えなくなるから、応援してくれている人に歌を届けられなくなるから」


その言葉を紡いだ後、みょうじくんは両目からはらはらと涙を溢した。彼女自身もハッとして僕に背を向け、壁の方を向いてしまった。
戸惑った。僕は何か言ってはいけないことを言ってしまったのかと酷く不安になった。


「ご、ごめん。急に」
「あ、いや、すまなかった」
「ううん。君の言う通りだよ。色々あってパニックになったみたい」
「無理もないさ」


どうやら失言はしていないようだ。胸を撫で下ろすと突然彼女の声が聞こえてきた。


「君のこと、少し勘違いしていた」
「ん?」
「希望ヶ峰学園の生徒は全員が天才だと思ってた」
「つまり、生徒である僕が天才だと!?よしてくれないか!僕は努力あってこそ風紀委員として選ばれたんだ!天才ではなく凡才と思っていただきたい!」
「分かったよ。ごめんね、努力家さん」


涙の跡を頬に残してみょうじくんは困ったように笑みを浮かべた。


「ありがとう。私、真実を伝えようと思う。事務所の人達に掛け合ってみるよ」
「ああ、それがいい!」
「…後、少し離れてほしいかな。ちょっと近い」


ここに来て僕は彼女が困っている理由に気づいた。互いの距離がすごく短いということ。こんな狭い路地裏で男女2人は不純交遊だろう。向かい側の壁へと後退りした。


「す、すまない!」
「ううん、大丈夫。あ、訂正しなきゃ」
「な、何をだ?」
「雑誌のこと。本来大トリになっていたことと故意の事件は本当。でも一般男性との駆け落ちは記者が書いた妄想記事だよ」
「…う、うむ。了解した」
「厳格な風紀委員さんに言っておいた方がいいと思ってね。あ、そうだ。君の連絡先教えてよ。お礼がしたいから」


お礼…?別にお礼するようなことはしていない筈だが…。突然聞かれた内容に驚きが隠せない。


「あっ、別に悪用なんてしないって!本当にお礼がしたいだけだよ」
「お礼する程のことは」
「ううん、みょうじなまえというアイドルを復帰させたという大偉業を成し遂げているんだから!ねっ?」
「生憎だが、携帯は所持してなくてな。パソコンのアドレスなら持っているがそれで構わないか?」
「大丈夫だよ!」


さっきまでのみょうじくんとは別人のように明るい性格だ。僕は押しに弱いのだろうか。メモ帳の白紙部分にアドレスだけ書いて渡すとみょうじくんは嬉しそうにそれを受け取った。
落ち着いたら連絡するね。と言い残して別れを告げた。

路地裏から出ると降り続いた雨は止んでいた。雲の間には茜色に染まった空が見える。彼女は大丈夫だろう。彼女の歌を待っている人は沢山いる。
雨上がりの湿った空気を嗅ぎながら学園の敷地内へ戻った。





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