その日はいつもより朝早く起きた。それには理由があった。部屋の小型テレビをつける。いつも見ているニュース番組は速報が無い限りは同じ内容の繰り返し。それならエンターテインメントのニュースもやっている筈だ。
耳をすませながら服を着替えたり、軽く背を伸ばしたりすると案の定エンターテインメントの話題を話し始めた。


「…先月のシングルランキングの第1位はみょうじなまえの曲がランクイン!デビュー時からの快進撃を未だに続けております」
「先月は有名な希望ヶ峰学園の文化祭でも特別ライブを開催したとか…。街頭テレビやラジオ、ネットのCMでのみょうじなまえの曲の起用数は今年No. 1。素晴らしいですね」


みょうじくんの名前がアナウンサーやコメンテーターによって呼ばれる。テレビには先日僕が行ったライブの様子が映されていた。この場面は確か序盤のあの曲だ…不思議とあのライブの流れを覚えているものだ。周りが夢中になるのも分かるような気がした。
…この僕自身、芸能人に興味は無かったのにみょうじくんのことを気になり出している。不思議と惹きこまれてしまう自分自身が少しだけ恐ろしかった。僕も周りの生徒達のようにのめり込んでしまうのだろうか。いや、僕は超高校級の風紀委員、希望ヶ峰学園の生徒だ。娯楽に夢中になっている時間など無い。
僕はテレビを消し、授業までの時間を予習に費やした。


………


「試験やっと終わった〜!」
「なぁ!今日はみょうじなまえのライブ当落日だぜ!やべードキドキする!」


あれから数ヶ月。季節は冬へと変わっていった。廊下がまるで外にいるかのように寒い中、生徒達のみょうじなまえへの情熱は燃え尽きることはない。
みょうじくんとあれから会ってはいない。だが生徒達の話題の中でみょうじくんの情報は入ってくる。

都内に大きな会場が建設された。収容人数は5万人を超え、外観は近未来的なデザインだという。こけら落としとして日本で有名なアーティストが集められた。その中には舞園くんのグループにみょうじくんの名があったお陰で希望ヶ峰学園中は大盛り上がりだった。
僕は詳しいことは分からないが、5万人が入るというのに当選倍率が高いそうだ。
しかし、僕は期末試験に集中していた故に応募はしていなかった。少し後悔はしたものの、目の前の学業に集中しよう。その前に気になることがある。


「苗木くん。こけら落としのライブに応募したのかね?」
「うん。当選したよ!あんなに倍率あったのにボクが当たるなんて」
「流石、超高校級の幸運だ。やはりと思っていたのだよ」
「あはは、素直に嬉しいよ。こんなこと言えるの石丸クンだけだよ。他のみんなって何だかこの話になると目が血走って怖くなるから…」


苗木くんは苦笑いをしながら僕に話しかける。少しだけ気の毒だった。今日という当落日になって多くの生徒が苗木くんの幸運にあやかってクラスの中にまで押しかけてきたくらいだ。それに落選した人が苗木くんに何するかも分かったものじゃない。
友人の身に何かあってはならない。そう思い寄宿舎まで共に帰ることになった。


「石丸クンはライブに応募してないんだよね」
「うむ。僕は応募していない。だから苗木くんの感想を楽しみにしているぞ!」
「特にみょうじなまえの、だよね?石丸クンってその話に熱くなるから」
「む…」


苗木くんの言葉に何も言えなかった。正に図星だったからだ。


「石丸クンもエンターテイメントに興味を持ち始めたんだね」
「いや、希望ヶ峰学園でライブをする有名人が気になっただけだ!それがみょうじくんだっただけの話であって…!」
「そう言って実は彼女の曲を聴いていたの知ってるよ」


そう。僕は一度だけ朝早くから誰もいない教室に入ってはヘッドホンで彼女の曲を聞いていた。
クールやロックとは違う明るい爽快感溢れる曲は正に晴れた早朝で聞くに相応しかった。
ヘッドホンをしていたせいで後ろに苗木くんが来ていることに気がつかなかった。内密に、とお願いしたら受け入れてくれたのは本当にありがたい話だ。
僕はいつの間にかみょうじくんのファンになっていたのだ。そのことを知っているのは彼だけで、他の人にはあまり知られたくなかった。みょうじくんのファンといってもまだまだ新参者だ、誰かに知られることで馬鹿にされてしまうのではないかという恐怖も少なからずあった。


「そういえば、希望ヶ峰学園のライブの後みょうじなまえが私服姿でいる所を見つけた生徒がいたみたいだね。その生徒達を止めたのは石丸クンでしょ?あの後の石丸クンを責める声が聞こえて驚いたよ」
「あぁ、確かに有名人を見つけて興奮する気持ちも分かるが、唐突に写真を撮ってくる行為は何とも複雑な気持ちだった。人に許可無く写真撮るなんてプライバシーの侵害にあたる!」
「うん、確かに。ボク達が入学してきたときも舞園さんは生徒に写真を撮られてて困ってたっけなぁ…。有名人って大変だね」
「全くだ」


取り留めのない会話をして苗木くんの部屋の前でまた明日、と別れを告げる。とはいえ僕の部屋はそう遠くない。部屋に入って復習の準備に取り掛かった。


……


今週は挨拶週間。今日は僕が挨拶当番だ。
…しかし、僕としたことがいつも起きる時間よりも10分程寝坊してしまった。寒さのせいだろうか。そんなことを考えながら急いで着替え、テレビも見ずに校門の方へ向かった。
そのときは生徒達の話す話題が勝手に入ってくる。こけら落としの翌日だから話題はそのことで持ちきりだった。
舞園くんのグループが大トリを務めたこと、有名人の曲が良かったこと。
だが、僕の望んでいた情報は真逆の事実を突きつけられることになってしまった。



「皆さん、昨日は応援ありがとうございました」


こけら落としの翌日に舞園くんは笑顔でお辞儀をする。僕は行っていないから感想を告げられなかったがお疲れ様、と声だけ掛ける。


「舞園ちゃん、大トリだったんだって!?マジやべーな!」
「ふふ、緊張はしましたよ」


桑田くんの言葉に、舞園くんはそこから話題を広げ今日の休み時間は舞園くんのライブの話で大いに盛り上がった。
しかし、盛り上がったのはその話題だけではなかった。いてもいられなくなって教室にいた苗木くんに話を聞く。


「え、石丸クン。ニュースは見てないっけ?」
「いや、見てないが…何があったのだ?」


そう告げると苗木くんの表情が曇り始める。
僅かに眉間にシワを寄せ小さく唸った。


「…すごい言いにくいことだよ?」
「構わない。挨拶運動で聞いたことを確認したいだけだ。こけら落としに行った君の言葉が誰よりも信頼できる」


はっきりと苗木くんの目を見ると、彼は未だに困惑した目つきのままだ。
じゃあ、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら口を開いた。


「ライブ前にアーティスト達が全員集まって挨拶する所があったんだけど、そのときにみょうじなまえの頭上から機材が落ちてきたんだ」
「…なんだと?」
「ステージ最前列の人の悲鳴で彼女や他のアーティストも気づいたみたいで避けようとしたけど体の一部分に当たったみたいで倒れて……阿鼻叫喚だったよ」


何ということだ。みょうじくんがそんな事故に遭っただなんて。眉を思わず潜めてしまう。


「その後みょうじくんは…」
「……咄嗟にスタッフや舞園さん達がボク達に見せないようにみょうじなまえの周りを囲ってて見えなかった。けど、担架で舞台裏へ運ばれちゃって…。会場はパニックだったよ。そのときは1時間開演を遅らせたんだ」


生徒達の話は本当だった。にわかに信じられない事故。もし早く起きていてテレビをつけていたらニュースでそのことを知れたのに。…自分の珍しい寝坊を恨んだ。


「ライブが始まる前だってみんな困惑していたよ。けど、みょうじなまえの声がマイク越しに聞こえてきたんだ」
「なっ、本当か!?」
「うん、騒然としている会場内にマイクの声が聞こえたんだ。確か…"私、みょうじなまえは大丈夫です。みんなに心配をかけてごめんなさい。これからのライブは他の有名歌手達が盛り上げてくれるから、そんなに気を落とさないで"……そう言ってたんだ。会場は拍手が止まらなかったよ。でも彼女はステージには出てないから、大きい怪我だったと思う」


僕は言葉が出なかった。
事故に対しても驚きは隠せなかったが、何より決して小さくない怪我を負ってまでもファンのことを気にしている姿勢が素晴らしくも辛かった。
みょうじくんのライブに期待していた人もいるだろう。その人を少しでも落胆させないようにの配慮だった。正に初めて会ったあのときのみょうじくんらしい。
だが、そのようなマイクパフォーマンスをせずに少しでも元気になってほしいという気持ちの方が僕の中では大きくなっていった。





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