遂に来てしまった。
陽が窓から差しこむ、いつもの気持ち良い目覚めと共に高揚感が込み上げる。

朝早く起きて電車に乗る。少し早いかと思っていたがそんなことは無かった。
電車内は未来アリーナに近づく度にパステルイエローのタオルや服を纏った人達へと入れ替わる。僕は少しだけ非現実な光景に周りをゆっくり見渡す。
これからのライブに笑みが隠れていない女学生、みょうじくんの話題を話し始める若い男性達。全員がみょうじくんの話だ。ライブってこんなに全員の感情が一致するものだろうか。
このようなイベントに不慣れだが、僕はこの雰囲気は嫌いではなかった。


未来アリーナの最寄駅。そこに到着した瞬間に人が雪崩れるように電車の外へ流れ出した。改札を潜ればキラキラと輝いていた。
まだ未来アリーナに入れない時間なのにも関わらず人集りが出来ている。
喧騒としていたが彼女のカラーを身につけた人々が作り出す色は非現実を生み出す光だった。

人の目を気にせずにアリーナ入り口へ近づく。多くの人が列を作り、中へ入るのを待ちわびている。
見渡せば人気が少ない場所に白いテントが立っており、関係者口と書かれた看板が隣に立てられていた。

テントの中にいた女性スタッフに自分の名を告げると、何十人と名前が書かれたリストをパラパラとめくる。そして布製のワッペンのような物を手渡され、こちらへどうぞと案内される。どうやら関係者だと先に中へ入れるらしい。そのスタッフの後をついていくことにした。

未来アリーナには何回か行ったことがある。都内の学校代表を集めたスピーチ会や討論会で僕が選ばれることがあったからだ。
それでもここのコンクリートの壁が果てしなく続く薄暗い通りは初めて通る。未来アリーナにもこんな通りはあるものなのだなと周りを見渡しながら進むと、ある部屋を案内された。僕はどうすればいいか分からなくて女性スタッフの顔を見る。少し焦ったような表情をしながら、ここに案内するよう言われてましたので。と早口で告げられ早々とスタッフはその場を離れてしまった。

何が何だか…。初めての場所に放り出される恐怖がごく僅かに僕の背後を掠めた。
とりあえず、この部屋の人に聞こう。僕は扉をノックした。女性の声と共に扉はゆっくりと開いた。


「はいはい…お、君は」
「っ、みょうじくん!?」


突然現れたみょうじくんに驚く。そんな僕を気に留めずみょうじくんは立ち話も何だし、と部屋の中へ案内する。この部屋はみょうじくんの楽屋のようだ。高価そうなソファに座り、僕と向かい側に座った彼女に声を掛けられる。


「そんなに驚かなくてもいいよ。私の名前書かれていたでしょ?」
「そ、そこまで注視していなかった」
「風紀委員さんが?意外」


今度は周りをよく見渡すように心がけようと心に誓う。手の中にある布製のワッペンをギュッと掴む。


「そのパス貼らないの?」
「パス、とは何のことだ?」
「その手に持ってる赤いワッペン。そうそう、それ。それ裏面に剥がせるところあってシールみたいに服に貼れるんだよ。それ貼らないと本当はここまで来れないんだけど…ま、いっか。好きな所に着けなよ。あ、目立つ所にね」


彼女の若干大雑把な説明を受けながらパスというものを腕に着けた。よく見れば確かに赤い枠でゲストパスと書かれている。じっと彼女は僕を見つめ続け、残念そうに見つめた。


「君さ、制服で来たんだ」
「…それが何か問題だろうか」
「いや、まさか希望ヶ峰の制服で来られるとは思わなかったよ。君の私服姿すごい気になってたのに」


そう言いながらじっとみょうじくんは僕の頭から足先まで見つめてくる。自分が身嗜み検査にかかっているようで何だかくすぐったい。


「どうしてここに僕は案内されたんだ?」
「私がそう言ったの。だって今度会うときは2人きりでって言ったし」
「な、き、君ってやつは!」


もしかしたらみょうじくんは律儀なのかもしれない。1ヶ月前の言葉を守っているのだから。だが、同じ部屋の中で男女2人きり。僕の頭の中は不純なことがすぐに思い浮かんでしまった。かぁっと体の奥から体温が急激に上がる。


「あれ?顔赤いけど」
「そんなことないっ!」
「変なこと思い浮かんだ、とか?」
「ばばばバカなっ!」


違うということを伝えようと手を横に振る。
しかしみょうじくんには伝わらなかったのだろうか、はたまた面白がっているのかと口角を僅かにあげ、僕との距離を縮めた。


「じゃ、ココ…見てみる?」
「……はっ、な!?」


みょうじくんは僕を煽るかのように胸元のボタンを1つ取り、衣装がはだけ、肌色が増える。
よくよく見ればこれから臨むステージ衣装なのだろうが何枚か着ているのか、肩や腕の露出は少ない。スカートは膝丈くらいで極度に短いスカートという訳ではない。だからこそ少ない肌がより僕の目には焼きつけられようとしている。


「…っ、僕をからかわないでくれないか!」


裏返そうになる声を抑え、叫ぶようにそう告げると分かった分かったと彼女は謝りながら外したばかりのボタンを閉める。何故、数回しか会ってない男にこんな態度を取るのだろうか。僕はいまいちよく分からなかった。


「まぁこんなことしに君を呼んだわけじゃないよ。少し聞きたいことがあって呼んだんだ」


一息置いて彼女は僕に問いかけた。


「正直に答えて欲しいんだけど、君の周りでの私の評価って何?」


彼女の表情は一転して、真面目な表情へと変化していた。正にリハーサルのときの冷たさを感じる表情をするみょうじくんがそこにいた。


「…ふむ。クラスメイト含め、学校中が君に夢中だ。話題が尽きない」
「本当に?ただ流行に乗ってるだけじゃなくて?」
「…そこまでは分からない。ただ僕のクラスメイトに超高校級のアイドルがいるのだが、彼女は君の実力を認めている」
「ああ、舞園さん。良い子だよね。あの子には全く及ばないよ。…ふーん。あの超高校級が集まる名高い学園の生徒達も私の話をするんだ」


肘を脚の上に乗せて話を聞いている。何故僕からそんなことを聞くのだろうか。


「ありがとう。これからプロデューサーとかスポンサーが楽屋に来ちゃうからそろそろ君を送らなきゃ」
「そうか…君は何故そんなことを気にするのだ?」
「え?」
「君は有名だ。今最も名前を知られていると言っても過言ではない。そんな君がどうして評判を気にするのだろうか?もっと自信を持ってもいいのでは?」


心の中で思っていたことを正直に伝える。
みょうじくんは僕の突然の質問に驚いているようだが、少し間を置いて話し始めた。


「はは、言われちゃったなぁ」
「は?」
「いや、何回かライブをしているけどそれでも緊張しててね。ちゃんと歌えるかって自信を失ってたんだ」
「何だそんなことか。そんなのは気の持ちようだ。出来る!この気持ちだけでかなり違うぞ」
「根性論か。君らしいね」


同時に互いが立ち上がるとみょうじくんは鏡台にあった1枚の紙を僕に差し出した。受け取るとそれはチケットで席番が大きい太字で書かれている。


「…君が100%全力でやり遂げてくれるのを期待している」
「ありがとう。出来る、この気持ちで挑むよ」


みょうじくんはほんの僅かに口角を上げ、楽屋の扉を開けた。真っ直ぐの通路を進んだ先には鉄の扉があり、扉の前でみょうじくんは立ち止まった。


「この先はお客さんがいるから私は行けないけど、ここを出て左に進めばそのチケットの席番に辿り着けるよ」
「ああ、分かった。感謝する」
「こちらこそ、ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて。…じゃあまたライブで」


みょうじくんは手を振りながら楽屋の方へ走り去っていった。流石にすぐ開けてしまうとみょうじくんが誰かの目に写ってしまうだろう。みょうじくんの姿が完全に見えなくなった所で扉をゆっくりと開けた。




「イッツ……ショータイムッッ!!!」


終始心を動かさずにいられなかった。場内が暗くなったかと思いきや、周りの人達が持つペンライトで黄色い光に包まれる。スタンド席だったのだが、周りを見渡しやすい席だった。これが関係者席なのだろうか。
派手なプロジェクションマッピング…とやらと共に楽屋で見たあの衣装のままのみょうじくんが姿を現し、高らかに声を上げる。
その声が周りを昂らせていく。舞園くんもアイドルなのだがみょうじくんは舞園くんとは違う系統のアイドルなのだと改めて知ることが出来た。激しいダンスを踊った後でも表情を崩さない。歌では氷の刃のような高くもクールな歌声だが、MCのときでは今まで会話したあの声のような柔らかい声質に戻る。


「きゃああ、なまえ!!」
「みょうじなまえは天才だ!今年の新人賞は確実だ!」


天才。
周りのファンの言葉に引っ掛かった。天才、か。確かにみょうじくんは素晴らしい歌唱力の持ち主だ。マネージャー達を押し除け、雨の中でリハーサルで練習していた位に音楽への情熱は並大抵のものじゃない。僕はそれを知っているのに、彼女のことを認めるというよりはこれからどうなるのかという不安が押し寄せてくる。
それに彼女のさっきの言葉が気になる。何故あんなことを急に言い出したのだろう。緊張ということらしいが、そんな様子はライブから全く感じられなかった。


「今日はありがとうー!みんなに素敵なことが起きますように!」


アリーナ席やスタンド席のファンをゆっくりと見渡しながら最後の言葉を紡ぐ彼女は終始太陽のような、正に伝染する笑顔だった。だって今も僕の周りの者達が笑みを零しながらみょうじくんに声援を送ってくれるのだから。
これが君のパフォーマンスなのだろう。僕の心も温かい気持ちにさせる。ライブ後は混雑を防ぐ為に席ブロックに分かれての退場となった。その中でもファンの言葉は楽しかった、幸せだったの声がたくさん耳に入った。同意だった。それと同時にほんの一抹だけ寂しさを覚えた。






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