文化祭はある意味変わった景色だ。
僕自身元の高校でも文化祭はあったのだが、希望ヶ峰の文化祭はまるでテレビ局の中で行われるドラマ収録の一部を切り取ったようだ。一言で言えばドラマみたいな世界だ。
超高校級の生徒達が揃っているからこそ非現実的なものが出来上がる。

元々希望ヶ峰学園の文化祭は一部の時間にて一般入場が許される。予備学科の説明会がその時間に設定されているのもそうだが、やはり1番の目的はこの都市の貢献にもなる。未来ある生徒の視察で大企業が来るくらいに影響がある。
今年は特別に一般入場に規制が入った。その時間にみょうじなまえのステージが組み込まれているからだ。

おかげでこっちは混乱状態だ。
先生方と共に動線を確保して混雑状態を少しでも解消せねばならなかった。
そして委員会にいた生徒は皆してステージを見に行ってしまったものだから、門の見張り兼挨拶運動は僕1人だけだった。


「改めてみょうじなまえの知名度には驚かさせると共に良い迷惑だ」


門の周りの状況が落ち着いた辺りで先生がポツリと呟いた。あからさまに不機嫌な声の低さに耳を疑う。


「良い迷惑、とは何でしょうか?」
「あ、いや…本当ならみょうじなまえのステージは有料にするつもりだったんだ。しかし…みょうじなまえが強く反対して無料で見せろと言ったんだ」


有料。確かに彼女について調べれば全国ツアーもする程の人気ぶりだ。


「全く困ったもんだよ。案の定学園内は大混雑。せめて一般入場が無い生徒だけの時間もあるんだからそこに入れたっていいのに」


先生ははぁと溜息をつきながら後は任せたと言わんばかりに僕に背を向けて校内へ入っていった。ここには人の流れはあれど大分落ち着いた。とはいえ、持ち場を離れるわけにいかない。彼女のパフォーマンスはどんなものか気にはなったが目の前の仕事に気持ちを切り替えた。


……


やけに人の帰る流れが強くなっている。
腕時計を覗き見れば既に交代の時間は過ぎていた。帰る人の様子を見ていると、みょうじなまえの名前が印字されたタオルや淡い黄色のリストバンドを身につけている。どうやらそれはみょうじなまえのグッズでイメージカラーはパステルイエローだっていうことが分かる。
と、いうことは今終わったのだろうか。それなら交代の者も来るだろう。もう少しだけだ。


「すいません!今終わりました!」
「きっちり15分遅れだ!……う」


生徒の顔を見て一瞬たじろぐ。力が抜け、夢現のような状態でやってきた。彼はライブを見てきたのだろう。うわ言で最高…の言葉しか発しない。何だか叱る気になれない。調子が狂う。


「……楽しかった、のか?」
「いやぁもうライブ中ボロ泣き!」
「泣いた?楽しくて泣くものなのか?」
「感情が昂って泣くって意味だよ!石丸もデカいこと成し遂げたときに泣くだろ!」
「…そ、そうだな。そういう意味なのだな」


正直言うと半分しか理解していないがそういうことなのだろうと思い込ませる。
少しの引き継ぎを済ませてその場を離れる。ここからそのまま教室へ向かえばクラスの手伝いの時間まで間に合うだろう。
足を進めると、不意に肩を掴まれる。


「うわぁ!?」
「そ、そんな声出さなくても…」
「……ん!?その声はみょうじくんか?」


サングラスや帽子を被っているが明らかに他の生徒とは違う雰囲気、そしてリハーサルで会ったあの声が鮮明に思い出せる。
ご名答、と彼女はサングラスを外して僅かに口角を上げた。


「みょうじくん…変わった呼び方だね。君って見た目は古風だからそう呼ばれてもしっくりくるよ」


うんうんと腕を組んで頷く彼女。何故こんな所にいるのか疑問が膨らんでいく。


「何故こんな所に…」
「だってライブ見てくれなかったでしょ?」
「はっ?急に何を?」
「楽しみにしててってあのとき言ったのに。こう見えてライブに来てくれた人の顔は一人一人見てるの」


口をへの字にして僕を見つめる。そうか。それでみょうじくんは少し不満そうなのか。一人一人見ているという言葉は伊達じゃないようだ。


「す、すまなかった。僕としても君のステージは気になっていたが風紀委員の仕事を投げ出す訳には」
「風紀委員?…確かに君って時間に厳しそうだし、規律の塊って感じだねー」


けらけらと笑顔で笑う彼女に少しからかわれているようで少しだけ調子をかき乱される。


「ごめんね。それなら仕方ないよね。責任感強そうだし、誰かに押しつけられたんでしょ?」
「なっ…!?別に押しつけられた訳じゃなくて強い要望があってだな」
「同じことだよ!…ふふっ」


僕だけぽかんと突っ立っていて、対して彼女は笑っている。リハーサルのあの冷たい感じとは大違いだった。もしかしたらこれがみょうじくんの本当の姿なのだろうか。この笑顔で歌を歌っているのだろうか。ステージを見ていない僕はどこか変わった彼女に翻弄されるばかりだ。


「…1ヶ月後」
「む?」
「1ヶ月後の未来アリーナ。そこで私のライブあるの」
「は、はぁ。頑張ってくれたまえ!」


少々困惑が混じる声だったが激励を送る。しかしみょうじくんは少し苦笑いの表情を浮かべる。


「…風紀委員さん?」
「ん、ん?」
「未来アリーナの関係者口。そこで君の名前を言えば通してくれると思うから、良かったら観に来てよ」
「は、え?」


僕の表情筋がピタリと口角を上げたまま固まる。関係者口?急に何を言い出したんだ。
体まで固まった僕を見てもみょうじくんは話すことを止めなかった。


「硬派っぽい君にも観てほしいんだ。そのライブは昼にやるから学校の門限までには帰ってこれるし!名前教えて!」
「…う、うむ。君がそう言うのなら観に行こう。僕は石丸清多夏だ」
「了解!石丸清多夏ね!スタッフにも伝えておく!」


ピシッと敬礼のポーズを決めるみょうじくんに思わず敬礼を返す。本来敬礼は上位の者へ、もしくは同位の者と交換するもの。僕から見たみょうじくんは確かに素晴らしいアーティストだが歳からすれば同位だと判断した。


「あっ!あれみょうじなまえじゃね!?」
「プライベートか!?私服姿じゃん!」
「本当だ!カメラカメラ!」


振り向くと少し離れた先で生徒達が歓声の声をあげ、その生徒達の顔はすぐに携帯で隠れ、カシャカシャと写真を撮る音が聞こえる。
その瞬間、みょうじくんの顔が眉を潜めて嫌そうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。
僕が目線を向けていることを知った彼女は何もなかったかのように笑顔を浮かべた。


「…あちゃー、長く話しすぎたかな」
「…うむ。このままだと人が来る」
「そうだね。マネージャーも心配しているだろうし、今度は2人だけで話そうよ!」
「ふっ、2人!?そ、それは、」
「じゃあねー!」


僕の言葉を聞かずに背を向けて走り去ってしまった。そして後ろからみょうじくんを追いかけようとする生徒を僕は必死で止めた。


「な、何で止めるんだよ!?」
「みょうじなまえの私服姿ってかなり珍しいんだぞ?それを撮るだけで皆に自慢出来るんだ!」
「あーもう!みょうじなまえを間近で見たかったなぁ!」


僕が生徒を引き留めているのを目撃した者達はガッカリした様子で教室へ戻っていく。
そして僕は何人かの生徒に酷く問い詰められた。みょうじなまえとどういう関係だと。
本当のことを言うべきか非常に迷った。彼女に声を掛けられたなんて言ったらこの場が丸く収まる訳がないと分かりきっていたからだ。何も言い出せないでいると、文化祭の楽しい時間を僕で潰す訳にいかないと誰かが呟き何とかその場は収まった。

1ヶ月後。未来アリーナ。
そこでまた彼女に会える。特に大きなことがなければきっと僕はそこに行くのだろう。





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