文化祭まで後2日。直前ということで授業は無しで文化祭の準備のみだ。
文化祭の準備でも周囲は騒然としていた。何しろこの日はみんなが良く知るみょうじなまえというアイドルが視察を兼ねて来るようだ。実際には歌わずに舞台の流れを見るだけらしい。それなのに一目見ようと人だかりが校外からも押し寄せていた。それ程彼女が人気だという証拠だ。とはいえ、クラスの出し物や委員会の仕事を放っておくのはいかがなものか。
ふぅとため息が溢れる。今は風紀委員会の活動時間。文化祭へ向けた準備や、仕事の割り当て、他にも話し合いたいことはあるのに教室は僕だけだった。
そろそろ放送室に行って呼び出そうかと立ち上がった瞬間、クラス毎の風紀委員の面々が入ってきた。皆残念そうに、苦笑いを、沈んだ表情をしながら入っていく。目を凝らすと何人かが制服の肩部分が濡れている。


「遅いではないか!」


ビシッと指差しながら周りを見渡す。浮かない顔達だ。こっちまでその表情になってしまいそうだ。


「…な、何があったのかね?」
「急に雨降ってきたから屋外ステージのリハーサル中止だってさ。みょうじなまえ見たかったなぁー」


僕の声に反応した生徒がボヤけば何人かがうんうんと同意の頷きをした。窓の方を見ると曇り空から雨がポツポツ降っている。結構な降り模様だ。確かにリハーサルは行わない方がいいくらいに。


「そ、そうか。では君達!遅れてしまったが委員会を始める!」


元気づけてやろうと高らかに声を上げる。僕の声だけ教室内に響いた。その声について行ける者はいなかった。


……


遅れてしまった時間を巻きつつ、早めに委員会を終わらせた。外が曇り空だとどうも時間感覚が分からない。おまけに先程より酷い雨だ。天気予報ではこんなに酷くなるとは聞いていないのだが…。腕時計を見れば午後5時を過ぎたばかりだ。予備学科の生徒は帰りの時間、外出許可を出していた本科の生徒がそろそろ戻ってくるだろう。
終始彼らは委員会よりもみょうじなまえのことでソワソワとしていた。僕が少し強引にシフトの割り当てを決めた所、みょうじなまえのステージ時間に割り当てられた者が、「ステージが見れないじゃないか!」と鬼の形相で抗議してきた。仕方なく僕がその時間を受け持つことになった。

強い雨の中でも見回りはしないといけない。当たり前のことで慣れている。黒のブーツを履き、黒い傘を勢い良く開いた。

ポツポツと感覚短く雨の音が絶え間なく響く。レインコートを羽織った生徒が立ち漕ぎで自転車を使う。立ち漕ぎでも危ないのだが、傘差し運転じゃないだけまだマシだ。
門の近くで挨拶すると僕の姿を見た生徒は立ち漕ぎを止め、正しい自転車の使い方をする。

挨拶しながら考えこんでいた。
果たしてみょうじなまえはそんなにいいものだろうか?
苗木くんや舞園くんの話の後、僕なりにパソコンを使って調べていた。
みょうじなまえ。ソロ活動するアイドル。日本に突然現れたダークホース。試しに彼女の公式サイトにあった曲を試聴してみる。隣の部屋の生徒に迷惑をかけないよう、ヘッドホンを両耳に取り付ける。

映像は彼女のデビューの瞬間だった。
突然消えた街の明かり、ビルに映し出される煌びやかな演出。何が起こるのか分からないといった人々。見た所演技でも無さそうだ。
重低音が響くイントロ、そしてみょうじなまえの掛け声によって音楽は始まる。

確かに常識ではあり得ないデビューの仕方だ。ここにいないみょうじなまえに失礼だが、売れるかどうかも分からないアイドルにかなりの投資をしていることは映像からして間違いなかった。
しかし、最初の掴みは完璧だった。刺激的な音楽や演出に聞き惚れた者が日本各地で増えていったのだ。

全てを聞き終えて一言、確かにすごいとは思う。同年代の者が成功している所を見ると応援したいという気持ちが昂ぶるのだろう。
しかし、彼女が天才なら?
天性の歌唱力を元から持っていたのなら、業界人がみょうじなまえをデビューさせる為にあんな大掛かりな演出を設けたのだとしたら合点がいく。

僕は画面の向こうで歌うみょうじなまえが怖いのかもしれない。
彼女はこの先、音楽の世界で努力をし続けるのだろうか。才能を宝の持ち腐れにしてしまわないか。心配を超えて恐怖している。
あの人もそうだった。元からの才能だけで人生の階段を楽々と駆け上って最後は転落していった。
彼女はまだ若い。故に才能だけで生きていこうと考えていたのなら、転落するのも時間の問題ではないか?…そう考えてしまうのだ。

ふと腕時計を覗く。丁度午後6時。門の周りには誰もいなかった。門を一旦閉め、後は構内の見回りをせねばならない。
傘をさしても制服の袖が濡れている。ひんやりと雨の冷たさが伝わってきた。


「……む?」


…気のせいだろうか?誰かの声が聞こえた気がする。声がした方向は校舎や寮から離れた中庭だった。中庭は確かステージがある所。
まさかまだ誰かが準備しているのだろうか?
確かめるべく、中庭へ足を運ぶ。
近づく度に声は僅かだが大きくなっていく。
誰かいることに間違いはなかった。もう夜になろうとしているのに何をしているのだろうか。

中庭に来た途端、ステージが見えた瞬間に足が止まった。
ステージ上に1人の女性が歌いながら踊っていたのだ。傘をさしていないせいか全身濡れていた。
水溜りが多くなってしまったステージに構わず、軽快なステップを踏んでいく。髪先まで滴る雫を振り払うかのように素早く、華麗なダンス。一瞬だけ見つめてしまったものの、我にかえる。


「何をしているんだ!?こんな雨の中!」


ピタと動きが止まる。そしてその相手がこちらに振り向いたとき、あっ!と大きい声を上げてしまった。

----------みょうじなまえ。

顔は覚えていた。公式サイトで見たような顔だった。何故、こんな所に?リハーサルは中止だったのでは?頭の中が疑問ですぐに埋まった。
ステージ上の彼女はため息をついて濡れた髪を後ろに払い、不機嫌そうに笑う。


「雨の中、ねぇ。確かに何やってんだって思うよね」


彼女の笑顔は目が笑っていなかった。作られた笑顔。営業スマイルと言った方がしっくりくるだろう。
僕を見ながらそう言うとステージから軽々と飛び降りる。


「リハーサルだよ。ここの文化祭当日に雨だったときにちゃんと動けるか。ここの生徒でしょ、ステージ作ったの。壊れちゃったら嫌だから」


みょうじなまえは軽く拳を作ってステージを軽く叩く。雨音に混じって板の音が聞こえてくる。


「雨?天気予報では明日以降は晴れだと聞いているが」
「今日だって晴れの予報なのに雨降ってる。今は天気変わりやすい気候だから仕方ないけどさ」
「仮に当日雨なら外のステージは中止となっているのだが…。君がここで踊る理由なんてないはずだ!」


ビシッと指差す。指差した手や腕が雨に濡れていく。指差した先で彼女ははぁ、とため息をつく。…そう言えばみょうじなまえは傘を持っていないのだろうか?
踊っていたときに傘はささないとしても、今こうして会話しているのなら近くに傘があってもおかしくない。
何故彼女は傘をささない?みょうじなまえを見つめる。

髪は風呂上がりのように髪1本1本が湿っていて、服も全てびしょ濡れだ。白いブラウスが肌に張りついて下に着ているタンクトップがうっすらと見えている。


「ちょっと」
「…何かね?」


みょうじなまえは腕組みをしてこちらを見る。さっきより目を細め、睨みつけるように彼女の指が彼女自身の胸元を指差す。


「…何見てるのよ」
「んなぁ!?み、見てないぞ!?」
「嘘。目線が一瞬だけ私の顔から下に動いた」
「そ、それは君がずぶ濡れだったから心配しただけで!」
「…見たって認めるんだ」
「なっ!?…あ、ああ、認めるさ。見たってことを!だが!それは決して不純な気持ちで見たわけではない!あまりにも雨に濡れているから傘はどうしたのかと」
「持ってない」


キッパリと告げられた。平然と話す彼女だが長い時間ここにいたのだろう。冷えからか、表情が固くなっている気がする。


「…単に忘れただけだよ。今日の晴れ予報信じたばかりにこうなっただけ」
「そ、そうか。ならこれを使えばいい!流石に夜の雨に打たれると風邪ひいてしまう!」


僕は彼女に近づいて持っている傘を彼女の上にさしたが、その手を軽く振り払われてしまった。


「大丈夫。近くにマネージャーの車があるから」
「だ、だが」
「……ありがとう。気遣いは嬉しいよ」


みょうじなまえはまた笑顔を作り僕の横を通り過ぎる。さっきの営業スマイルに加えて寒さで表情が固まっていた。


「……本当はマネージャーや周りにも止められていたよ。こんな雨の中踊るの」


後ろから声が聞こえ、振り向く。僕の方へ背を向けないまま話し続ける。


「当日、雨で中止にはしたくない。たとえ雨が降ったら機材やマイクを袋に被せてでも歌うつもりだよ。そうでもしないと……」


暫く会話が途切れる。何か声を掛けようか迷っていると声が聞こえた。


「……楽しみにしている人が悲しむからね」


そう言い終えるとみょうじなまえは歩き出した。どこか背中が寂しいように思えたのは気のせいだろうか。


「…君だけだよ、私のリハーサル見てくれたの」
「……そうだったのか?」
「うん。文化祭当日は楽しみにしててよ。忘れられない時間にすること、約束するから」


僕に振り向かず、手をハラハラと振りながら中庭からみょうじなまえは姿を消す。
……何なのだろうか。映像の彼女とは違う彼女を見た。そんな感想しか思い浮かばなかった。

有名人に会うと人々は興奮して嬉しくなる筈なのだが、今最も有名な人に会ったのにも関わらず僕の心は晴れることはなかった。





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