生放送から翌日、世間は大騒ぎになった。あのみょうじくんが希望ヶ峰学園の予備学科生、学科は違えど同じ学園の人間だったのだ。みょうじくんは笑顔のまま、だけども神妙な顔つきで希望ヶ峰学園での生活を告白した。 "……と言っても予備学科生として在籍したのはほんの半年なんですけどね。だから覚えている人は誰もいないと思います" 司会者に促されてみょうじくんは在籍していた時期を教えてくれた。おかしい、期間的には僕達78期生とほぼ被っているのにみょうじなまえなんて聞いたことがない。僕の記憶は正しかったらしく、生放送翌日に他のクラスメイトに聞いても心当たりがないらしい。同業者の舞園くんでさえも知らなかったそうだ。本科と予備学科はそもそも関わりがほぼ無いから知らないというのが当たり前のことかもしれないが……。 "……あまり良い話のネタになりませんでした?" "いやいや!なまえちゃんがあの希望ヶ峰学園の予備学科生だなんて全然知らなかったよ!てっきり普通の女子高生だと思ってたからね" "でもそれならなまえちゃんが人気になるのも分かる気がするな〜!才能あるし、今こうして人気者になってる訳だし!希望ヶ峰学園と何回かコラボしてるのも納得。……どうして辞めちゃったの?" 複数の共演者はみょうじくんに疑問をぶつける。みょうじくんは笑顔を保ちながら共演者の質問に答える。 "理由は2つありますよ。まず1つはお金が無かったんです" "そ、そうなの?" "えぇ、皆さんは誰でもご存知でしょう?あの学園は予備学科に入るには莫大な学費がかかることを" "あー…それで" "ふふ、でも辞めるという選択のお陰で今こうして皆さんとお仕事が出来て、ファンの皆さんに出会えて幸せですよ" 柔らかい笑顔を作りその場が一旦落ち着いたように思えた。 "じゃあ時間も少なくなってきたから…" "まだ理由が1つ残ってますので言ってもいいですか?" 司会者の声を遮ったのはみょうじくんだった。あのときの鋭い瞳はアイドルらしからぬ瞳で司会者もハッとしたようだった。 "莫大な学費、何に使われているのか知っていますか?" その一言によって騒ついたのは共演者でも観客でも司会者でもない、テレビの裏方達だった。裏方達の騒ぎによりみょうじくん以外の出演者は驚いている様子だった。テレビの中から小さな声で何かを騒ぎ立てている。スタッフの焦りの声と怒りの声が次第にその場を混乱へと招く。 "私や予備学科生達、そしてその家族達から支払われた学費は1円も予備学科生の授業料として使われていません" "これはマズいんじゃないか?" "本科の授業料?……いえ、使われているのは少額に過ぎません" "………誰かあいつを止めろ!" "いや!これは重大なスクープになるぞ!" 生放送は終盤メチャクチャになった。その場を動かないみょうじくんに慌てふためく共演者と観客達、みょうじくんを黙らせたいスタッフと告白をテレビへ中継したいカメラマン同士が組みつく姿まで映し出された程にその場を保っていられなかったのだろう。 結局最後は急に画面が切り替わり、そのテレビ局で流れる人気ドラマのあらすじが不自然な形で流された。 画面が切り替わる直前のみょうじくんの一言が翌日になった今でもニュースや新聞で騒がれている。 「学費の殆どは、私が『エンジェルルチル』として死ぬ為のものだった」 この発言によって希望ヶ峰学園に対するアンチテーゼが創り上げられたのだ。 クラスメイトによるとSNSのトレンドというものがエンジェルルチルで埋まっているらしい。 教室は朝から慌ただしいものになった。僕が本来行う挨拶運動も中止となった。というのも外から報道マスコミが押し寄せている状態になってしまったからだ。それというのもエンジェルルチルという言葉のせいだろう。 クラスメイトもエンジェルルチルという言葉に聞き覚えがないらしい。そもそもみょうじくんがこの学園に在籍したという事実を知らなかった者が圧倒的に多い。 こんな状態で授業なんて出来るわけもなく今日はずっと自習となった。生徒達は昨日のことで持ちきりだ。 話を聞いていると、ルチルとは主に鉱石物を意味するらしい。金運を引き寄せる効果があるんだとか。……パワーストーンとして人気のある物らしいがそういう分野に疎くて今初めて知った。 しかしルチルというものと今回の騒動とはあまり関係がなさそうだな、と思っているとふと以前起きた騒動のことを思い出した。確か前に江ノ島くんが言っていたような…。隣にいた苗木くんにそのことを話すとああ、と思い出したかのようにスルリと言葉に出してくれた。 「カムクライズル騒動……だよね?」 「そ、それだ!カムクラ、イズルというものだ!」 みょうじくんのデビュー前に起きた出来事としてカムクライズル騒動というものがあった。予備学科生を使う人体実験が明るみに出た関係で一時は世間を騒がせた。その騒動により学園は記者会見を開き、人体実験を行っていないと声明を出していたのだが…… 「みょうじさんの言葉が本当だとすると、カムクライズル騒動以上のことが起こるね…」 僕にしか聞こえない程の声で苗木くんは呟いた。僕も同感だった。あれだけの騒動に加えてこんなことが起きてしまったのだ。希望ヶ峰学園はこんなことをして酷いですよね。そう言いたげなみょうじくんの訴求力も相まって学園には非難轟々の嵐だった。 人体実験なんて倫理に反する。 また同じ過ちを繰り返すのか。 ましてやアイドルのみょうじなまえに。 そんな言葉を今日一日中窓の外から聞いていた。 現にあの放送から翌日、みょうじくんはまた姿を消している。彼女の所属している事務所だって今大変なことになっているのだろう。僕は当事者ではないのに数々のみょうじくんの行動に頭を抱えた。唯一の繋がりであるメールを送ったものの返信が無い。彼女はこの後どうしたいのだろうか。意図が全く掴めなかった。 夕方になった今もマスコミやみょうじくんのファンが学園の前に立ち続けている。こんな有様だからか家から通う予備学科生は今日から暫く休みとなった。過ごしやすい気候だから窓を開けていたのだが、非難の声を聞き続けているのも体に障る。自室の窓を閉めようとしたときある言葉が聞こえてきた。 「これは彼女の復讐なのかもしれない」 誰が言ったか分からない言葉を聞きながら窓を閉める。声が遮られた今、僕は1人考え事をしていた。復讐?みょうじなまえは希望ヶ峰学園に復讐を果たそうとしているのか? そもそもエンジェルルチルがどういうものなのかも分からないが、生放送の言葉から推測するにみょうじくんが死ぬ可能性があった実験が行われる予定だったのだろう。それで揉めて退学。その後アイドルとしてデビューした。というのが大まかな流れなのではないだろうか。 だがそれなら彼女は復讐をする為にアイドルになったようなものだ。あれこれ考えている暇は無い。僕にしか出来ないことはみょうじくんと連絡を取ることだ。そしてもうひとつ、カムクライズル騒動について調べ直す必要があった。 「……これか。カムクライズル騒動」 恥ずかしながら僕はカムクライズル騒動のことをよく知らなかった。時期的には被っていた筈なのに。当時の新聞やネットの情報から世間に知られている情報を調べ直す。 希望ヶ峰学園は超高校級の希望"カムクライズル"という存在を作り上げる為、ある1人の希望者を被験者にしようとした。 しかし人体実験について何も知らされずに連れてこられた医者の1人が倫理に反する行為だと強く批判し、新聞社に告発したことで世間に人体実験のことが広まった。 世論は勿論人体実験と聞いて希望ヶ峰学園に反感を向けたが、学園はそのような事実はありませんと記者会見で述べた。 その記者会見の直後だった。被験者の1人が行方不明、告発者の医者は心筋梗塞により倒れ突然死を遂げることになった。 このニュースにより希望ヶ峰学園には黒い繋がりがあって関係者は消されたと囁かれたが、結局証拠もない為噂にしか過ぎず現在に至る。 ……と言った所だろう。人体実験の詳細はどこにも書かれていない。告発文にはカムクラプロジェクトという書類が添付されていたらしいがそのような文献を探すことは出来なかった。重要機密情報の為に世に出せていないだけかもしれない。 実に不気味だ。現に告発文は出ているのにも関わらず真相は闇の中に葬られたかのようだった。解決に至っておらず、なあなあとしているような状態が僕にとってむず痒い。 気分転換にテレビをつけるとニュースで何かの特集が組まれていた。新しい寝台列車が完成し、昨日から開通しているようだ。 寝台列車『花灯』と名乗る列車が走る姿は電車好きにはたまらないだろう。その特集が終わりコマーシャルへと移る。そこにみょうじくんが映し出されていた。僕が出ていたPVの曲を流しながら、文房具のシャープペンシルを宣伝しているようだ。……ああ、だから先日は文具屋に人集りが出来ていたのだな。みょうじくんのイメージカラーである黄色のシャープペンシルを持っていた生徒が早速いたくらいだ。宣伝効果はバッチリだ。 気分転換にその曲でも聴いてみようか。撮影のときのミスを思い出して恥ずかしくなってしまうから自然と避けてしまっていたのだが、好き嫌いは良くない。 『迷いながら言葉を連ねて 君にしか分からない とっておきの合言葉』 ああ、そうだった。そんな歌い出しだった気がするな。 『桜の中で2人はすれ違い 君はただ前を進んでいた 暗闇の中で彼を見つけた瞬間 心が太陽のように温かくなった』 ……ここまで聞いて少し違和感を覚えた。 気のせいだろうか。みょうじくんの歌詞が所々僕の記憶を掠めたような気がした。 『思わせぶりな告白を誤魔化し 1人でずっと悩んでいた 昼景色を見ながら君に問えば 少しは振り向いてくれるのかな』 『3月の風が頬を撫でる 巡る日々の美しさと共に 晦冥の道を進んだ先でも 君の幸せを願おう いつまでも』 『うくわのようにうつろいで』 「……え?『桜恋』の意味が分からない?」 僕は苗木"先生"にご教示いただくことにした。信用出来る人物に相談した方がいいのと、彼は特に鋭い指摘をすることがある。その力を頼りたくなったのだ。 ……歌詞を読む度聞く度に分からなくなるあの曲を彼はどう思うのか? 「そうかな?僕は良い曲だと思うけど」 「……そうか」 …分からないか。そうため息をつくと彼はネットで曲の歌詞を調べ、一通り見渡すと小さく笑い始めた。 「寧ろ石丸クンが好きそうだなって思ったんだけど」 「なに、そうなのか?」 「だってこれ、桜恋ってタイトルついているくらいだし。あのPVの流れだって確か出会いから始まってたからね」 「僕は色恋とは無縁なのに好きそうだなんて思っていたのか?」 「あはは。ごめんね。でもそんな気がしたんだ」 僕が桜恋を…確かにあの曲の撮影にも携わったから思い入れはあるが。 だが、どうもこの曲を聴くと何かが引っかかるんだ。それが何なのかは分からない。 「石丸クンってみょうじさんとどういう出会いをしたの?」 「え、急にどうしたんだ?」 「いや、なんとなくかな。石丸クンが疑問に思うってことはきっと桜恋と何か関係あるんじゃないかってね」 出会いといったって特に変わらなかったような……そんな思いを巡らせながら苗木くんに打ち明ける。 「文化祭のリハーサル覚えているだろうか。あれは雨の日だった。見廻りをしていると、ステージの上で誰か歌っていて注意したらみょうじくんだった」 「へぇ…そんなことがあったんだ。知らなかったよ」 「あのときはかなり強い雨だったからな。そんな中歩く者なんていないだろう」 「それでライブの後に生徒に写真を撮られているみょうじさんを見つけたんだね」 「……一応その前に僕達は少しだけ話をしたがな」 そういえばそんなことがあった。そう思いながらみょうじくんと出会ったときのことをかいつまんで話す。かなり昔のことのように感じる思い出話をしていると苗木くんは相槌を打ちながら考えごとをしていた。 「そうか……分かったぞ!」 「な、なんだって!?」 突然僕に向かって指差してはそのような台詞を吐いた。 「やっぱり桜恋は石丸クンが好きな曲だと思う」 「きゅ、急に何を言いだすんだ」 「みょうじさんが石丸クンへ宛てられた曲のような気がするよ」 「……何故そう思う?」 「確かに石丸クンに言われてから気づいたんだけど、歌詞を読んでみると曲の最初とか変だなって。 『迷いながら言葉を連ねて君にしか分からないとっておきの合言葉』 まるでこの曲に何か合言葉が隠されているようだね」 「ふむ、合言葉か」 「話を聞いている感じ何だか擬えてる気がするんだ。例えば石丸クンとみょうじさんの出会いとか?ボクはそこまで分からないけどさ」 改めて記憶を呼び戻す。しかし歌詞とは微妙にどこかが違っていた。 「だが……桜の中で僕達は会っていない。雨の中で出会っているし、暗闇の中で見つけられた気がしないな。……強いて言うなら未来アリーナのライブに招待されたときだろうか。あのときはライブ前は暗かったからな、始まったら眩しい光に包まれたが」 苗木くんの方を見れば彼は画面に映った歌詞を見ながらんー、と小さく呻く。 「2ヶ所違うってことかな?この『桜の中で…』からは桜の所と暗闇の所。ライブが光に包まれていたのだとしたら暗闇も違うよね」 「ま、待て!それなら『思わせぶりな…』には1ヶ所違う所がある。あのときは確か夜の街の中で会っていたからな」 さっき口走ったこともそうだ。前にレストランで食事を取ったときも夜の街中で急に「好きな人はいるの?」なんて聞かれたものだ。 もしかしたらそのことを言っているのではないか。 僕はある仮説を立てた。苗木くんの言葉を聞いてふと思い立ったことがある。それならと歌詞と睨めっこするもその仮説は崩れ去った。 「……ううむ。『3月の風…』には記憶と違っている所が無いような」 「そっか。でも疑問には思ったんだよね」 「ああ、何か引っ掛かったんだが……強いて言うならこのフレーズの中にある晦冥という単語か?その単語だけ異質だ」 「うーん。ちょっと曲をしっかり聴いててもいいかな?曲中歌詞に乗ってないことを歌うこともあるからね。みょうじさんはそんな曲作りはしないけど一応聴いてみるね」 「ああ、了解した」 苗木くんは僕に了承を得て片耳にイヤホンをつける。僕は歌詞と記憶と違う所を書き出す。桜が雨、暗闇が光、昼が夜、晦冥が………ううむ、何だろうか。光?いやそれなら暗闇と被ってしまう。明かりと仮定しようか。 「……石丸君、」 「どうしたのかね?」 「うくわって何かな?『うくわのようにうつろいで』というフレーズがあったんだけど」 「雨に花、と書いて雨花という。雨の中で咲く花もしくは雨のように散る花という意味だ」 「へぇ、思っていたよりも幻想的な意味だね。てっきりでくの坊みたいなイメージだと思ったよ」 「日本語の美しさを学び直す良い機会になるぞ!この曲の違和感が無くなったときに教えようではないか」 そうだね、と笑う苗木くんに話しかけたときピコンと豆電球が頭の上で光ったような衝撃を感じた。歌詞中には数字があった。僕は先程までその数字を歌詞中に僕の記憶とは違っている箇所に対応しているのかと思っていた。2人だと桜と暗闇で2箇所、1人だと昼だから1箇所違う…という風に。しかし3月には間違いどころが無かった。晦冥という単語が引っ掛かっただけだ。 数字と聞いて思い当たるもの……もしかして順番なのではないだろうか?丁度1、2、3の数字がある。その順番通りに単語を変えると……。 瞬間、僕の頭の中に細い電流が駆け抜けていった。全てのピースが埋まったような感覚に陥りそうになる。 「……みょうじくんの居場所が分かったかもしれない」 「えっ!?」 僕が呟くと苗木くんは驚いた声を上げ、イヤホンを外した。 「ずっと気になっていた。歌詞中に数字が入っていたことを。僕の記憶と違っている部分を挙げて順番通りに単語を並べると夜、光、雨、明かり。…これだけじゃ意味が分からないが苗木くんの先程の発言で理解出来た」 「…そっか。雨花だね。雨を花にするんだ。うつろうは色褪せたって意味だけど、移ろうと漢字にすれば変わるって意味が主流だもんね」 とすると、夜、光、花、明かり……僕はこの言葉に似たものをつい最近聞いたではないか! 「寝台列車花灯……石丸クンの記憶が無いと解けないものだ。石丸クンに向けられた合言葉は乗り物を示しているということは、きっとみょうじさんはそこにいる、そう踏んだんだね?」 「ああ、寝台列車は夜行列車ともいうから恐らくこれが最適な答えだ。……しかしこのPV発表から暫く経過している。場所は分かれど時間が…」 「それなら多分これかもしれないよ」 苗木くんはつけていたイヤホンを僕に差し出す。苗木くんに言われるがままにイヤホンをつけると公式サイトのPVを逆再生し、スローにしているようだ。 「さっき間奏中にノイズみたいな音が聞こえてね。本当に小さい音なんだけど動画サイトやCMではこんな音は聞こえなかったんだ。しかも片方のイヤホンからしか聞こえないようになっている」 さっき苗木くんは片方しかつけていないのにその音をしっかりと聞けたのか。ここまで超高校級の幸運は作用するのかと感心しながら耳を澄ませる。スローと逆再生のお陰で低い音だが確かに数字を続けて言っている風に聞こえて、それが今日の日付の20:31を指し示している気がした。 「……20:31?」 「待って、それ列車の発車時刻かも。調べてみるね」 苗木くんはサイトを花灯のダイヤ時刻にして調べる。僕の苗木くんの後ろからその画面を覗く。 「希望ヶ峰学園の最寄駅からだと20:45発車ってなっているね…」 「……ならば20:31というのは?」 「多分この最寄駅の到着時刻じゃないかな?この14分間停車している花灯の中にいるのかも」 「なるほど」 「僕達の推理が合っているか分からないけど、行く価値はあると思うよ」 「…ありがとう!苗木くん!ハズレだとしても僕は行ってみようと思う!」 腕時計に目をやると既に19時になろうとしている。今から出れば間に合いそうだが……。 「門限のことかな?ボクと一緒にいたということにしておくよ。門は裏口の方を開けておくから」 苗木くんは僕の表情を見て悪戯っぽく笑う。とんでもないことを考えるものだがその考えに甘えさせてもらおう。今日のこの一瞬だけ。彼に礼を告げて駅の方へ向かい、走った。 駅は通勤通学の人達でごった返していた。 帰宅ラッシュに加えて、花灯を一目見ようと駆けつけたマニアの人達もいる。ホームへ降りたときには良いタイミングで赤色と桃色のレトロ風の列車がやってきた。端のホームへ一旦行き、そこから小走りで列車の中を覗く。14分しかない、焦りがこみ上げる中ドンと誰かにぶつかってしまった。 「す、すまない!」 「……来た、か」 ぶつかった先の声に思わず顔を上げ、あっと声を上げる。話したことは無かったがその人物はみょうじくんのマネージャーだった。 間違いは無かった。この人がいるということは彼女も…! マネージャーはついてこいとジェスチャーをしてから早歩きで列車の中に入る。人混みの中必死で追いかけた。しかし、みょうじくんの近くにいたとはいえこのマネージャーの男性には非常に見覚えがあった。追いかけている後ろ姿だってどこかで何回も見た気がする。 ふと男性は立ち止まり、振り返って僕を見た。 「この部屋です。話を済ませたら早々に出てください」 僕を見ながら男性はドアの隣に立ち止まる。やけに僕のことを何回も見ている辺り気にしている感じがした。……申し訳ないが今はみょうじくんから話を聞く必要がある。ノックをしてドアを開けた。 部屋はとても綺麗に整頓されていた。タイムスリップしたかのようなレトロな洋館風の内装、部屋の壁に所々に描かれている桜を一通り見た後に目の前に座る人物を見つめる。 彼女は僕に微笑んだ。テレビとは違う笑顔に僕は胸が痛む。 「最後のショータイム、っていこうか」 ← → |