「みょうじさんって普段どういうファッションをしているんですか?」


男性司会の声に反応して、聞きたいーと多数の女性観客の声が画面外から聞こえる。ありきたりなテレビ演出と皆は言うが、テレビを見ない僕からしたら新鮮だった。


「ファッションにこだわりは無いですね。直感で好きな服を着てるだけですよー」
「何でも似合う人って本当に素敵ですね」
「いやいや、そんなことないですよ」


みょうじくんはニコニコと笑いながら質問に答えた。


「誰とでも話せるみょうじさんに憧れるという人は多いんです。みょうじさんはこの人嫌いだなと思うことは無いんですか?
「嫌いな人、かあ…。そんなの考えたことないですけど……うーん、人の悪口ばかり言う人ですかね。人が悪口言っているのを聞くとどうしても気分が落ち込んじゃうんです」


みょうじくんは困ったように目を伏せる。その様子に観客達が合いの手を入れるように分かるーと声を上げた。これがバラエティ番組というものか。テレビを消し、予習と復習の準備を始めた。

その翌日のこと、僕はある違和感を覚えた。廊下を歩くときも外出するときも小耳に挟む話が似ていることに。話している相手が全員違う筈なのに話題が似ているのだ。


「俺っていつも陰で愚痴ってる奴が苦手なんだわ…こんなこと言ってるのも悪口だけどさ」
「分かるわー。それ気をつけないといけないよな」


通りすがりの生徒が歩きながらこんなことを話していた。部屋に戻ってテレビを付けてみると、テレビの向こうのタレントや歌手、コメンテーターがさっきの生徒と何ら変わりない話をテレビの中で取り上げていた。


「さて、今日の相談室に寄せられたコメントを読み上げます。……人の悪口で盛り上がってしまう友人達の輪に入りにくいです。友達付き合いを続けるべきでしょうか?」


今までもそうだった。趣味だって、流行りの食べ物だって、オープンしたばかりの娯楽施設のことだって急に皆が騒ぎ始めたのだ。
まさか、な。そう思いつつもやはり気になってしまう。パソコンを立ち上げては今まで誰かしらが取り上げて話題になったものを調べる。

僕の考えていたことはほぼ的中した。ここ数ヶ月で話題に上がったもの全てみょうじなまえの発言や行動から引き起こされている。だがにわかに信じられない。1人の人間によってここまで社会現象を巻き起こせるものだろうか?
……いや、彼女なら可能だろう。デビューのときから皆が釘づけだったじゃないか。僕だって例外ではない。
僕は自分でも突拍子もないことを考えていた。だけどその仮定で調べると辻褄が合ってしまう。世間の流行りが起きた発端が彼女からだったんだと認めざるを得ない。みょうじなまえは人々を魅了させるのだ。……いや、魅了という言葉は少々表現が違うか、どう喩えよう。ああ、あれが相応しい。

訴求力。彼女が喜べば人々も同じく喜び、彼女が悲しむことがあれば人々も悲しむ。更に彼女を傷つけた人間に対し、人々はまるで本当に自分に被害があったかのように憎悪を抱き始める。前も似たようなことがあった、そのときのことを思い出す。
みょうじくんがライブで怪我を負い、それが同業者の仕業だったときだって加害者に批判が殺到した。確かに加害者は悪いことをしたが、その傷害事件を隠そうとしたみょうじくんへの行動に対する批判もあった筈だ。しかしその批判の声は明らかに少なかった。みょうじくんへの批判はすぐに擁護の声でかき消されていったような気がする。

世間は突然現れたアイドルを地上に舞い降りた天使として崇拝している。そんな彼女の存在に愕然としてしまった。人に訴えかけるというものは非常に難しい。それはかつての輝かしかった祖父から学んでいる。超高校級の自分でもよく分かっていることだ。しかし彼女は持ち前の訴求力で楽々と人々の心を動かせてしまう。

テレビの音が耳を通る。テレビの方を振り向くと生放送をやっているようだ。
その番組は明るいバラエティとは違う、所謂スキャンダル暴露番組という異質なものだった。過去に起きたことを告白する、芸能人の秘密を暴露することで世間に人気があるらしい。生放送という編集の出来ない番組だからこそリアリティがあるとかで誰もがこの時間帯に見ているらしい。僕はそんな生々しいものは見たくないのだが目を離せずにいた。そこにいたのだ。僕がずっと考えていた彼女の存在が。


「なまえちゃんがこの生放送にくるなんて驚きだよ!誰もが知ってる憧れのアイドルがこんな番組来ちゃ駄目だよ〜!」


闇の掃き溜めみたいな所なんだから。そう面白がりながら笑いを取る司会者はさくさくと進行をこなす。


「なまえちゃんはあのこけら落とし事件でも注目の的だった訳だけど、他にも告白することがあるの?」
「ん〜そこまで衝撃的なものではありませんよ」
「えーじゃあもしかして……恋?」


ビクリと体が震えた。恋?馬鹿な。アイドルは恋愛はご法度な筈。恋をしているなんてあり得ない。


「いえ残念ながら皆さんの考えていることではないんですよ」
「あら〜残念。でも可愛いアイドルが恋だなんて僕もビックリしちゃうからね」


………落ち着きたまえ、僕。みょうじくんはアイドルの仕事が好きだった筈だ。恋愛を暴露して自分の仕事が出来なくなってしまうなんて馬鹿なことはしない。


みょうじくんは恋愛を否定しながら、深呼吸をしている。沢山のトークを他の人が披露していき、次は彼女の番だ。口を噤みながら、何かを言おうとしている。
みょうじくんは……。


"撮影許可でゴタゴタしてたんだって?"

"本当はあのライブはプロデューサーさん側も学園側も有料で決めていたみたいです。ですがみょうじさんは頑なに有料制に反対したみたいで……"

"改めてみょうじなまえの知名度には驚かさせると共に良い迷惑だ"

"そういうのは学園が1番知ってるよ"


「……みょうじくんっっ!」


彼女の言葉を遮るように声を上げた。しかし、僕の声はテレビの向こうへ何も伝わらない。僕の声なんて届かないまま、みょうじなまえは告白した。
その瞬間、テレビの向こうの共演者も司会者も観客も視聴者も僕自身も時が止まったように何も言わなかった。


「私、みょうじなまえは希望ヶ峰学園の予備学科生でした」





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