「………っ?」 ドアを開けた瞬間に息がつまる。 私のコテージに誰かいるのだ。夜時間になる寸前だというから帰ったが自分の部屋には既に人型が見え、こちらを振り向いた気がした。 「だっ、誰…!?」 そう狼狽えながら叫ぶとその人型はこちらへ走ってくる。恐ろしいスピードだ。恐怖で体が動かない。 が、動かない体は衝撃と共に床に倒れる。人型が私を突き飛ばしたようだ。 そいつはそのままホテルの方へ走り去る。無力な自分が追いかけるのは危険すぎる。その後隣のコテージのペコちゃんが大きい音がしたと駆けつけてくれて、その日は何とかなった。 次の日朝食会にてペコちゃんと私から、夜に起きた出来事について話した。最初はほぼ全員驚いていたが、ペコちゃんの証言によって納得してくれたようだ。確かに私達以外モノクマとモノミしかいないけど、ペコちゃんと九頭龍君以外のみんながすぐに信じてくれないことに驚いていた。九頭龍君は平和の裏で起きてることもあるから寧ろテメーらが平和ボケしすぎ、自衛はしとけと注意喚起してくれた。 まぁ、この生活はコロシアイも何にも起きずに平和であるからみんなは物騒な事を受け付けられないのだと自分に言い聞かせた。 …良いことが起きない。今日は厄日だ。 灯りのない夜空は星がよく見え、海は黒く星の光が反射して夜空と1つになっているようだ。 さざ波の音が聞こえる。こんな平穏で癒されるような景色を見ても眠れる気がしなかった。 もちろん私の部屋に来た不審者が怖いということもある。問題は今朝の朝食会の後だ。 私の好きな人である左右田君がお菓子とコーラを持って遊びに来てくれた。昨日は大丈夫だったか?と心配してくれて不謹慎ながら幸せである。 その後は他愛も無い話をし続けてたがその頃で左右田君が落ち着かないことに気づく。どうしたの?と尋ねると左右田君は頬をほんのり赤く染めながら呟いた。 「みょうじ…オレ、やっぱり告白するわ」 左右田君は決意を固めたようにさっきまで話していたトーンを低くして言った。胸が痛むような感覚がしたものの彼がそう決意したのならそれでいい。 「…そっか!覚悟決めたならいくしかないよ!」 「ああ、そうだな!サンキューな!」 左右田君は待ち合わせをしているからとすぐにその場を離れてしまった。 「しくしく…悲しくも美しい片恋だね、みょうじさん」 この会話を盗み見していたモノクマが現れる。 「見ていたの?趣味悪いわね…」 「…だってさ、モノミ」 「あちしだけ言われるのでちゅか!?うう、ごめんなさい、みょうじさん」 「…お願い、1人にして」 そう言うと、2人?は姿を消してくれたようだ。私も左右田君に想い伝えれば良かったかな。けど、想いを否定されるのが怖くて何にも言えなかった。 いつもソニアさんになじられてばかりで、告白してもきっと冗談として受け流されるんだろうな、それでまた愚痴りに来るんだろうなってそう思ってたんだ。 そう思ってた、んだ。 夜にホテルの食堂へ行くと何やら人だかりが出来ている。中心には左右田君とソニアさんがいて… なんだか嫌な予感がした、そしてそれは見事に的中してしまう。 「おっ、なまえちゃん!遅かったっすね!聞いてくださいっ!あの和一ちゃんがソニアちゃんに告って見事に成功したみたいっす!唯吹もビックリしちゃったっす!」 「あ、そ、そうなんだ」 「ほぉんと童貞の和一おにぃが良くやったよね〜、ま、精々続けばいいんだけど、くすくす」 「カップル成立で将来の希望へも見えてきたわけだね!スバラシイよ!」 「よーし!パーティでも開こうか!ぼくが精一杯作るからね!…2人には朝までハッスル出来るようなものも作らなきゃね、フフフ」 「はいはい、そう言うのはいいから早くみんな準備するわよ!」 そう言ってみんなでパーティの準備をする。2人の為に。なんなんだ。まるで披露宴のようじゃないか。 トントンと肩をつつかれる。振り向くと左右田君がいて手を掴まれる。好きな人に初めて手を握られて体に電流がピリッと流れた気がする。 「…ッ!」 「みょうじ、ありがとな…やっとオレの想いが届いたぜ」 「…そう、良かったじゃない!絶対にソニアさんを泣かしちゃ駄目だよ!」 何言ってんだ私。泣きたいのはこっちだ。こっちは貴方が告白に成功したその瞬間貴方にフラれたんだ。 「ああ!本当にオメーに相談し続けて良かったぜ!結婚出来たらみょうじも招待してやるぜ」 「ふふ、もうそんなこと言って」 「うっせー!オレとソニアさんの人生は始まったばかりなんだよ!」 「あはは、そうね、そういうことにしておく。頑張ってね」 「おう!」 左右田君は私の横を通り過ぎて他の人に話に行く。 近くにいたペコちゃんに少しコテージで休んで来ると吐き捨て、ペコちゃんに心配されたことに気づかずホテルから出る。 足早に自分のコテージへ戻り、ベッドに横たわる。 バカだ、本当にバカだ私。 恥ずかしさなんて捨てて想いを伝えればよかったんだ。それで玉砕しても吹っ切れて幸せムードの中に溶け込めたはずだ。 一瞬だけソニアさんを恨んでしまった。今まであんなに左右田君のアプローチを突っぱねたのに告白をOKしたのだ。 でも、ソニアさんを恨む要素はなかった。一瞬でも恨んだ私なんかより純粋無垢で上品な王女様の方が左右田君にお似合いだ。あの人に勝てる要素なんて1つもない。 ああ、辛い。後悔ばっかり。 「いやぁ〜儚く散ってしまったね、うぷぷ」 「こらー!乙女の傷を抉るような言葉は禁止でちゅ!」 モノクマとモノミが言い争ってる。喧嘩するほど仲がいいとは言うけど、モノクマとモノミの夫婦漫才にイライラしてしまう。 「…まあ冗談は置いといて。みょうじさん、このままでいいの?このままだと本当にあの2人籍を入れちゃうよ?」 「…いいよ、それが2人の決断したことでしょう?」 「ヤケクソですなぁ…そうだ!そんなみょうじさんに提案しちゃうよ!」 そう言ってモノクマはどこからか液体のビンを出してくる。 「これはねぇ、いわゆる惚れ薬!それを飲んだ後に最初に視界に入った人を好きになっちゃうんだよ!うぷぷみょうじさんにピッタリ!ボクは優しいからね〜」 ぐいぐいとモノクマが迫って来るものだから思わずその小さいビンを受け取る。受け取った後にモノクマが私を壁際まで追い詰める。 「…それとも、殺しちゃう!?あの2人どっちかさ!今のキミにはあの2人が憎く見えちゃうよね!?そうだねぇ、キミは左右田クンと仲がいいから呼び出すのは容易じゃない?」 「……!?」 「コラー!!何てこと吹きこむんでちゅか!」 モノクマの饒舌な脅しに飲み込まれそうになるが、モノミのおかげで何とか理性を保つことが出来た。モノクマはオマエがどんな道を選択するか楽しみだよと言いながら消えていった。 「あわわ、みょうじさん…それを使っちゃダメでちゅ。それは人に対して強い作用があるでちゅ。それに薬を使って人の心を手にいれられまちぇん。左右田クンのこと考えたら使っちゃダメでちゅ!」 「………うん、考えておく」 「みょうじさん….」 モノミの言うことは確かに正しいことだ。コロシアイだなんてとんでもないこと。けどこれを使うことは絶対悪と言う訳ではないよね? そう思いながらビンを強く持った。 パーティが終わって夜時間を迎えたときにコテージの外へ出る。外は閑散としていて、星も月も見えないのに明るかった。 足音を立てずに左右田君のコテージへ向かう。コテージなんて開いているはずがないのにと思いつつドアノブに手をかける。 ゆっくりと回すとドアノブにひっかかりがない事に気づく。…鍵開いてんじゃん。不用心すぎるでしょ。 ゆっくりと開けようとした所で手を止める。もし左右田君が鍵を開けていたのが故意だとしたら…。左右田君は誰かを待っているのではないか?それがあの人だとしたら。 思わずこちらの息を止め、彼のコテージに聞き耳をたてる。反応は無さそう。外の波の音だけであることに安堵しつつ、ドアを開けてその隙間からも伺う。 中は暗くなっているが、ボンヤリと内装が見える。ベッド付近は誰もいないがベッド部分が膨らんでいることから左右田君が寝ていることが分かる。 床が軋む音だけ響きながら、ベッドの近くまで駆け寄る。 ただ左右田君の口を少し開けて、ビンの液体を入れて起こすだけだ。 それだけと思ってても、無理矢理私のことを好きになってもらうというのはちょっぴりだけ罪悪感がある。 とはいえこうして不法侵入してしまったんだ。左右田君の様子を見てからでも遅くないだろう。 上から見える左右田君は穏やかそうに眠っている。そっと髪を触る。これが左右田君の髪なんだぁ、少し硬めなのかなぁなんて思いながら。 髪だけでもと思ったが、私はこれだけで満足出来ないらしい。そっと頬を人差し指でつつく。んぅと左右田君の漏れる声が聞こえてすぐに離れる。起きるかと思ったがそうではないようだ。 …私は何をしているんだろうか。こんなことしてる場合ではない。 ゆっくりとビンのコルクを開けようとしたときだ。何かの衝撃音が響き、コテージを揺らした。 左右田君も音と揺れに反応したようだ。ベッドからシーツの衣擦れの音がする。マズイ…!早く外へ! そう思いながら外へ出るとコテージが赤く燃え上がっている。 「…は?」 燃えているコテージは紛れもなく私のコテージだった。 炎が明るい夜空を赤く染め上げ、コテージを貪りながら黒煙と共に燃え上がっていた。 みんなの声が聞こえ始めると私はその場から逃げ出した。 衝撃音が鳴ってから一瞬で燃え上がったのだ。 見つかったらどうして無事だったんだって、夜に何をしていたんだって聞かれる。まさか左右田君のコテージに行ってたなんて口が裂けても言えない。 遠くへ逃げられずにコテージ裏の方まで逃げ、私のコテージ近くまで行く。炎は更に勢いを増していく。 心臓が飛び出そうなくらいドキドキしていた。どうして、誰がこんなことをしたの… 「は、早くプールから水を持ってこい!」 「うおおおおおッッ水じゃあああああ!!!」 日向君の声が叫び弐大君が叫びながら水を取りに行くのが声から分かる。 「みょうじッ!?オイッ、みょうじ!」 「左右田さんッ!行ってはいけませんっ!」 「だ、だってみょうじを助けねーと!」 「だからってこんな火の中行ったらテメーも無事じゃすまねーんだよ!早くあいつらを手伝って火を消すんだ!燃え移ることだってあるんだぞッ!」 左右田君とソニアさん、九頭龍君の声も聞こえる。 …心配してくれてたんだね。それが恋愛感情として、ではないけど少し嬉しかったりする。 みんなが消火作業に入る前に人目につかない所をくぐり抜けて、人目が少ない所へ向かう。最早逃げる意味がそんなに無いのだけれど。ただ1人になりたかったし、不法侵入した罪悪感からみんなの前に現れたくなかったのかもしれない。 「あれ…」 気づけばそこは映画館だ。 もうそんな所まで行っていたのかと思いつつ、シアターに入り、イスに座る。 空に浮かぶ雲のようなふわふわしたイスだ、触るとわたあめのようにふわふわとしている。これで映画観たら寝そうだな、なんて思いながら。 そのときだ、聞きたくもない声が聞こえてきた。 「うぷぷ、結局ビンを使わないだなんて、臆病者だね〜みょうじさん!」 「モノクマ…ッ!」 「おやおやそんなに驚かなくても!それよりオマエにはこのシアターで見届けてもらうよ?」 「…はい?」 「あのねぇ、ボクもビックリなんだよ!コテージを爆発させるだなんて!だから、オマエ以外で学級裁判をやってもらうよ!でも人殺しではないしオシオキはしないよ、ボクは規律を守る優しい学園長だからね!」 「………」 「ということでオマエにはここの迫力溢れるスクリーンで観てもらうよ!誰がみょうじさんのコテージを壊したのか…オシオキはしないから犯人はその後どうやって過ごすのかなぁ…あ!なんならみょうじさんがオシオキさせたっていいんだからね!」 「そ、そんなこと…!!」 モノクマはぶひゃひゃと笑いながらその場から消える。 慌ててシアターのドアを開けるが開かない。閉じ込められてしまったようだ。 とんでもないことに巻き込まれてしまった。 さてはビンを渡したときから何か企んでいたのか?ビンは惚れ薬ではない何かだった?それに安易に乗っかってしまったのか? それに私のコテージには引火する物は無かったはず。少なくとも不注意で私のコテージが火事になる訳がない。それにビンを使うために外に出てなかったら、火事に巻き込まれて…死ぬはずだ。 私のときみたいにモノクマに何か吹き込まれた人がいる…? そう考えているとスクリーンに他のみんなと一緒にモノクマが映り込む。 「なんなんだよ!コレは!パリピのハロウィンのような乱痴気騒ぎしてみょうじさんのコテージを燃やすだなんて酷いじゃないか!みょうじさんも雲の上で泣いてるよ…しくしく」 「な、騒いでなんかない!俺達は消火活動してたんだ!」 「雲の上…モノクマ、それってどういうことかな?」 日向君が言及し、狛枝君が言葉に反応して睨みつける。その言葉に他のみんなの顔が青白くなる。 「ん?その通りだよ?みょうじさんはキミ達が何かのパーティやってるときもずぅーっとコテージにいたでしょ?そのままコテージにいて夜遅くに燃やされてそのまま雲の上に行っちゃったんだよッッ!大切な生徒をどうしてくれたんだ!」 その言葉に動揺する人は少なくなかった。モノクマは私が死んだように告げている。失礼なクマである。 いや、モノクマ的には雲の上へ行ったという表現を使ってるけど、多分私が座ってた雲のイスのことを言ってるよね絶対。 そんなことを知らないみんなは、泣き出したり、何も言葉が出なくて俯く者もいる。 「…でもね、そんなこと言ってるけどボクは見てるんだよ!オマエらの中にみょうじさんのコテージを燃やしたクロがいるって!ということで学級裁判を開きまーす!」 「お、俺達がそんなことするはずがないだろ!?」 「でも実際に見たんだから仕方ないじゃないか!ホラ、モノクマファイルあげるから捜査始めろ!あ、でも眠いから明日から始めてもいいけどね!」 これで犯人が分かるのか…この中にいるなんて信じられない。とはいえ、人殺しではなく私は生きているんだけれども。 なんだかモノクマの仲間になってしまったような気分だ。そう思いながらスクリーンの様子を見る様はテレビの推理ドラマを見る視聴者のようだった。 |