狂気の真意



こんな絶望に満ちた世界の中、綺麗なまま生きた人間なんていないでしょう。
殺人や物盗りが横行する中、私は生き延びる為にある対価を払った。私が汚れ役として出ることで、他の女性を助けることにも繋がってしまう。人々は狂った笑みを浮かべては絶望と叫び喜んでいるが、私の人生はどれ程この人達より惨めなんだろう。
そんな中、私は貴方に出会った。
その男は明らかにリーダー格とも思えるオーラを纏っていて、すぐに絶望に堕ちた希望ヶ峰学園の生徒だと分かった。今まで出会ってきた人の中でも危険な香りを漂わせていた。


「貴方はこの地区のリーダー……でしょうか?」
「………そんなんじゃねェ」


最初の会話はそれだけ。男は何か(誰か、でもあったのだろうか)を探しているようですぐにその場を立ち去った。
毎日を過ごす内にあの人の姿を忘れられずにいた。いつの間にかあの人を探す為に生きる手段を使っていた。
そしてあの生徒のもとで活動する人物に出会い、そのグループの中に入り込むことが出来た。あの人は私達の基地だけでなく、自分だけの基地を作り、そこで巨大なロボットを作っていると耳にする。
その人はかつての超高校級のメカニック、左右田和一様だと名前を知ることも出来た。時折左右田様の姿を見ることが出来てそれだけで満足している自分がここにいた。それなのに。ああ。絶望的。お話してみたいとそれ以上の欲求が私に襲いかかる。
そんな日々を過ごして数ヶ月。絶望の残党に対抗するレジスタンスの存在が現れた頃だろうか。風の強い夜のことだった。瓦礫を風避けにして眠っていた所仲間に叩き起こされ、左右田様の基地の前に立たされると仲間はすぐにその場から離れていった。何かあったのだろうかと考えていると基地前のカメラが私を認識した後に扉が開く。恐る恐る私が基地に入ると自動的に扉が閉まり、中はとても暗くなった。僅かに見える光だけを頼りにしながら薄暗い通路を抜けた先は工具やパーツが散らかっている大部屋だ。その部屋の隅にはソファに座り込んでいる左右田様。その姿にドキリと心臓が跳ねたような気がする。左右田様はソファの背もたれにもたれかかっていて疲労している様子だがそれすらもカッコいい。失礼のないようにしないとと考え込んでいると、左右田様は私を見ては隣の空いたスペースを軽く叩く。ここへ来いということだろうか?軽くお辞儀をしてソファに座ると入れ違いに左右田様は立ち上がり、目の前にあるパイプ椅子に座り、作業机にある機械を弄り始めた。何がしたいのだろうか。頭の中で考えを巡らせながら暫く座っていたが状況は変わらない。


「……オメー、名前は?」
「は、はい。みょうじなまえと申します」
「みょうじか」


左右田様は作業をしながら、基地の中のことを教えてくれた。私に扉を開けさせてはキッチンやお風呂場の場所を教え、自由に使っていいと言ってくれた。左右田様に何か飲み物でもとキッチンに行ったときはいつの間にか左右田様が後ろにいてびっくりした。私が毒を入れるのではないかと疑っていたのかもしれない。冷蔵庫にあった飲み物をコップに注いで渡すと左右田様は小さくお礼を述べて作業場へ持っていった。私もコップを持ってソファに座る。時計の針と作業の音だけ聞いていると眠気が襲いかかる。そういえば叩き起こされてここへ来たんだっけ。瞼を閉じないよう眠気と闘っていると左右田様は作業の手を止めて私の腕を掴む。掴まれた勢いで一瞬肝が冷えた。もしかして怒らせたかもしれない。


「も、申し訳ございません!」
「……?寝てていいんだからな?」
「で、ですが」
「オレもここで切り上げるからいいだろ?」


左右田様に抵抗する訳にもいかなく、寝室のベッドに座らせられ、寝室の扉を閉められてしまった。絶望の残党って狂気に包まれているものだと思っていたけど、左右田様は意外と冷静だった。てっきりこの基地まで来させて何かされるのかと思っていたけど……。考えるのをやめ、久々のふかふかベッドに感動しながら眠りについた。

数週間経っても左右田様は私に手は出さなかった。どこかへ出掛けてはきっと絶望的な惨いことをしているのだろう。出来ることといえば、軽い食事を作ることと左右田様が作業をしているときの話し相手になることくらいだった。不思議なこととして、左右田様は作業以外は疑心暗鬼と絶望が入り混じっているせいか表情が無いように感じるけど、何かの作業をしているときは純粋に楽しんでいるように思えてしまう。楽しそうにしている笑みを見る度に胸が熱くなり、締めつけられるのだ。


「最近、あいつらの行動が随分暴走気味だ」


基地前にあった監視カメラの映像を見ながら左右田様は呟いた。横目に映像を見ると外の世界では暴動が起きていた。その中には私を利用した人達もいた。


「それは……私がいないせいなのかもしれません。あの人達はいつも毎晩私と過ごして、その、ストレス発散をしていましたから」
「ほー、随分と自分を過剰に持ち上げるんだな」
「そ、そんなつもりではありません!」
「なら、あそこへ戻るか?みょうじの言うヤツらの"ストレス発散"に付き合いたいのなら」


言葉が出ない。それは戻りたくないの意思表示でもあった。私は左右田様の為にあんなことをしてきたと言っても過言ではないからだ。


「嫌、です……」
「そうか」
「あの、左右田様はどうして私をここへ?」


勢いに任せて問いかける。左右田様は作業の手を止めこちらへ目を向けた。鋭い視線に身がたじろぐ。


「じゃあみょうじはどうしてオレから逃げなかった?」


机に肘をつきながら質問で返されて一瞬訳が分からなくなる。
質問を思い返して考えようとしていると、左右田様は手元のリモコンでモニターを切り、私の近くまで近づいてきた。左右田様は私の両足の間に片膝をつき、ギシと音を立てる。ソファに重みが加わるのを感じた。壁に両手をつかれ、目の前の視界は左右田様だけになる。両端の視界にあるツナギの袖からオイルや鉄、心なしか血の匂いもする。


「そ、左右田様?」
「フツーはこんなヤツの元から逃げたいって思うけどな」
「そ、それは、その」
「あれか?最近現れたっていうレジスタンスの手先か?」
「それは違います…!」
「……ならいいけどよ」


左右田様は深い呼吸をする。僅かに動く胸板が目の前にあって、何も考えられない。何かされるんじゃないかと今までのことが思い出される。
ふと名前を呼ばれて顔を上げると真剣な表情を浮かべた左右田様がいる。


「オメーはここでずっと暮らすんだ。ここで座ってオレが作業しているのをずっと見つめ続けるんだ。逃げようとしたらオメーの足を切り落とすことだって出来る。……な?最悪で絶望的だろ?」
「ずっと話しているだけ、ですか?」
「おう。それ以上もそれ以下も無いぜ」


飼い殺しだ、と心の中で呟いた。私は寧ろ感謝したいのに。その感謝の為なら一肌脱ぐことだって戸惑い無いのに。それすらも許されないというのだ。


「1人の人間が絶望に陥るよりも沢山の人間が絶望に陥る方がイイって思うタイプでな。みょうじを奪ってヤツらがストレス発散出来なくて絶望した方がよっぽど効率的だ」
「……あっ」
「わりぃが、オメーの絶望よりあいつらの絶望をとらせてもらったぜ」
「それは、左右田様が狙われてしまうのではないのでしょうか?」
「だとしてもオレは天才だぜ?」


オレの作った機械が負けるはずがないと左右田様は豪語した。その怪しい笑みの中に私は左右田様の優しさを感じ取ってしまった。
ああ。私は。このお方になら殺されたっていい。
ご無礼をお許しください。目の前にいた左右田様の体を強く抱きしめると、彼の両手が私の体を抱きしめ返した。

……

未来機関の力はいつの間にか強大になっており、左右田様や他の生徒達は見つかると捕縛され、私も保護対象として捕らえられた。
新プログラムというやつを受けている間は未来機関の監視付きで無機質な部屋で過ごした。
数ヶ月後、新プログラムを受けた彼はあのときとは違う雰囲気を纏いながら私の前に現れた。


「……オメーは?」


目の前の貴方は記憶が無い。だから私のことなんて何にも知らない。それでも私は貴方との関係を再構築していきたい。


「初めまして。私の名前は……」


それが例えあのときよりも親密じゃなかったとしても。


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