ひとりだけ



「ハァ…」


目を覚まして背中が汗だくになっているのは決してクーラーが切れた訳ではない。オレってヤツはこの年になって悪夢を見て怯えているなんて。
街行く人が、知り合いが、通り過ぎる他人ですらオレの存在に気づかない。まるでシカトされているかのように、オレの存在意義を否定するように悠々とオレの体をすり抜けていく。誰もオレを認識してくれない夢だった。


「ったく、気分わりー夢だ」


自分で自分を励ますなんてらしくないが、気分転換にシャワーを浴び、何となく髪型を変えてみる。前髪を作ったのはいつ以来だ?三つ編みの場所も逆側の左側にした。
悪夢に踊らされるオレは愚の骨頂だと鏡に映った自分を自嘲した。


「うっす。はぁーねみぃな」


大きなあくびをしつつ食堂に行くと既にみんなは集まっていた。いつも通りの面々、服装も殆ど変わらずに他愛もない話をしている。


「おはよう、左右田」
「おう」
「左右田さん、おはようございます」
「はいっ、おはようございます!ソニアさん!」


日向やソニアさんを始め、他のヤツらと挨拶を交わす。そして朝食を取る。午前は採集、午後は自由時間。食堂の隅には、どこから取り出したのか分からないホワイトボードがあり、各々の採集先が書かれている。今日もソニアさんと一緒じゃなかった。ソニアさんと一緒にいれないだけで気分が落ち込む。仕方なく採集先へ行くことにした。
他愛もない会話をみんなとする。ふざけあったり、あからさまなボケにツッコミしたり、突然降りかかった不幸に振り回されたりしたが充実した日だった。
しかし誰も髪型については言ってくれなかったな。もしかしたらあいつらの中で陰で何か言ってたのかもしれない。そんな詮索なんかしないでオレに直接聞いてくれればいいのに。強まっていく疎外感や孤独感がより一層心身を削っていく。今日はずっと立っていたからだろう。足が疲労でパンパンだ。みんながコテージに帰る中、誰もいないビーチの砂浜で座り込む。橙色に染まった海を眺めながら楽な姿勢をとる。
漣を聞いていると後ろから砂を踏む音が近づいてくる。誰かいるのか。その人物を確認しようと後ろを振り向き、ああと息混じりに呟いた。


「みょうじか、こんな所でどうしたんだ?」
「気分転換に散歩でもしようかなって。海の音を聞きたくて来ちゃったんだけどお邪魔みたいだね」
「気にすんなよ」
「じゃあ近くまで行っていい?」
「ん、まあ、いいぜ」


みょうじはサクサクと砂を踏みながら、オレの隣に座る。やけに距離が近い気がした。それとも今日はここまで距離が近いヤツがいなかったからそう思ってしまうだけか?珍しいこともあるもんだ。
暫く沈黙が続く。ここまで沈黙が続くと会話に困るな。言い出すのも気まずいなと思っているとみょうじの方から口を出してくれた。


「今日の左右田君、少し変わった?」
「ん?」


とぼけたフリをする。珍しいことを言い出してきたなぁ、そんな表情を作りながらみょうじの方を振り向く。


「前髪出来てるし……三つ編みも逆?」
「やーーっと分かってくれるヤツがいたか」
「分かりやすいからね」
「誰も言ってくれなかったぜ?」
「……興味無かったとか?」
「それはショックだな。こういうのって気づいて本人に言って欲しいもんだけど」


はぁと大きく溜息をつく。
みょうじは零れ落ちる夕陽とオレを交互に見ながら言いにくそうに呟く。


「元気無いね、疲れてる?」
「ああ、疲れてる」
「そっか……何かあったの?」
「何にもねーけどさ、色々あってな」
「何もないって顔じゃないけど……」
「……はぁー、じゃ言うわ」


オレは誰も自分を認識してくれない夢について話した。そして少しヘアスタイルを変えて誰かが気づいてくれないか試していたことも話した。今思えばスゲー恥ずかしいことをしたと思ったが、みょうじは相槌を打ちながら話を聞いてくれた。


「怖くなっちゃったの?」
「う、うっせ!オメーには分からねーだろが本当に心配したんだからな。みんなオレの変化に気づいてくれねーのかなって。なんというか特別感?っての?存在価値が無いのか?なんて思っちまって」
「なんだか左右田君らしくない。こんなこと言うの今更というか後出ししちゃうけど、違和感はあったよ。結構すぐに気づいちゃった」
「へぇ、よく気づいたな」
「まぁね」


みょうじは小さく笑いながら、不意にオレに体を預けてきた。思わずそちらへ振り向くとみょうじはオレの腕にもたれかかりながらこちらを見つめてきた。


「……ふふっ」
「な、なんだよ!急にこんなことされたら誰だってびっくりするだろーが!」
「うん。それ以外はなんとも思わないの?」
「へ?……なんというか、ドキドキしちまうっつーか…」
「私もだよ」


え、と小さく声を上げるとみょうじは夕陽のせいなのか頬が赤い気がした。


「私は左右田君を見ているとすごくドキドキしちゃう」
「けど、そんなこと急に言われたって…」
「……うん。分かってるよ。左右田君のアプローチは誰が見たって分かるもん。だから……」


突然オレにもたれかかる重みから解放されたかと思いきや、みょうじは突然前に倒れだす。
思わず体を揺すり名前を呼び続ける。曖昧な返事しか返ってこない。様子がおかしいと額に手を当てた瞬間悲鳴のような声を上げてしまった。


「熱中症じゃねーか!!」


………

ガクンと頭が前に倒れる感覚で目が覚める。  
コテージの中は静寂に包まれていた。どうやら椅子に寝たままうたた寝をしてしまったようだ。衝撃的なことが起きていたせいか、あのような悪夢なんて見ていない。

みょうじが倒れたことにびっくりして誰にも相談しないまま、みょうじのコテージでみょうじを横にした。たまたまみょうじのコテージが通路に近いおかげでオレも体力的に助かった。クーラーと扇風機を総動員させたり、冷たい濡れタオルを頭や首に乗せたりとオレの不器用な応急処置が目立つ。後で罪木に診てもらわねーとな…そう考え事をしているとみょうじの目がうっすらと開く。寝ぼけているのか、はたまた熱中症の症状なのかぼーっとしている。


「…………あ」


みょうじはオレをジッと見つめる。その瞳に吸い込まれそうになっているとベッドボードに置いてあった小さい鏡を見せつけられる。寝ぼけたオレの髪が一部分だけパーマをかけたようにうねりを持っている。日中は帽子を被りっぱなしだったからだろうか、癖がついてしまっていた。


「寝癖出来てる」
「いや、そんなことよりオメー平気なのかよ?」
「バッチリにしたのに」
「うっせ。オレの寝癖よりオメーの体調が心配だっての。オメー熱中症になっているんだぞ!」
「……うん。まだ頭が痛いけど大丈夫だよ。ありがとう」
「ったく、罪木呼んでくるからな」
「待って。もう少しだけ駄目かな?」
「いやいや、最近熱中症って洒落にならねェから!」
「……分かった」


少しだけ寂しように呟くその声を聞いて、先程のことを思い出す。
……オレのことを気にかけてくれるみょうじをチラ見すると胸が熱くなってしまう気がした。


「……みょうじ」
「ん?」
「オメーが元気になったらどっか行こうぜ。それでいいだろ?」
「………うん。ありがとう」


あいつはオレの提案に驚いた顔をしたが、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ているとずっと感じてた孤独感や疎外感なんて無くなり、代わりに何かに満たされる気持ちになった気がした。


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