桜流し



今までの寒さから信じられない程に穏やかな日はついつい昔を思い出す。
特に思い出すのは今でもかけがえのない、大切な友人のこと。桜が咲く季節がやってくるとその友人のことで涙が溢れるようになってしまった。


高校生になり、新学年。クラス替えで大騒ぎの中窓側の席に座り、ふと窓の外を眺めていた。そこには何本もの木の枝とそこについている膨らんだ蕾がいくつかあった。そろそろ咲いてもいい頃だろうに。そう考えていたときだ。


「今年の桜は遅咲きだな!」
「ひぇっっ」


不意に背後から聞こえた声に心臓が縮こまった。背後の人物は間抜けな声を出した私の前に現れる。彼のことは誰もが知っていた。秀才の男子高校生であり、超高校級の風紀委員でもある石丸清多夏だ。石丸君は私の声に少し驚いた表情で私を見つめた。今まであんな間抜け声出したことなかったから私は自分のことで精一杯で桜が遅咲きなんて言葉を一瞬だけ忘れてしまった。彼は今なんて言ったのだろう?


「そ、そうだね」
「ああ、1週間後には満開だろう」


ああ思い出した。石丸君は遅咲きだって伝えたかったんだ。大体の言葉に返せるそうだねという言葉は便利だ。けどこれは悪い癖で話聞いていなかったときはしっかり聞き返すのが大事だけれど。


「桜綺麗だよね」
「ああ、風情がある。しかし」
「ん?」
「君はなんであんな声を出したのだ?普通に話しかけただけなのに」
「えっ!?び、びっくりしちゃって」
「はは、そうだったか。すまない」


自分の間抜けな声を思い出して顔が一気に熱くなる。その様子にりんごみたいだな、なんて言われて恥ずかしくなる。
それが石丸君との初めての出会いだった。

それからの出来事はよく覚えている。このことを盗み聞きしていたクラスメイトがお花見をしようって言い出して、話は広まりに広まって終いにはクラス全員で宴会みたいなお花見をすることになったんだっけ。その後に雨になって桜はあっという間に散ってしまったのをよく覚えている。
それから休み時間の合間に石丸君に話しかけることが多くなった。些細なことから行事の内容まで、全て真面目な内容で話す彼はみんなから少しだけ面倒臭がられてたけどそれが彼らしいとも思える。
休日にどこかへ出掛けていくなんてこともあった。彼の信念が強すぎて希望ヶ峰の制服で来たときはびっくりしたけれど今となっては良い思い出だし、その後のお出掛けに私も希望ヶ峰制服を着て制服デートみたいなことが出来たし満足だ(当の本人はそんな私を見て学生のあるべき姿だなんて感激していたけど)

1年というものはあっという間で卒業の日になってしまう。卒業後は実家に帰ると伝えたら石丸君は駅までついてきてくれた。鈍感な私でも分かるように浮かない表情をしていた。
だから私はいつも通りに接してきたつもりだ。さよならなんて言いたくない。本当ならまた会おうと伝えたかった。列車に乗り、聞き慣れた発車音のメロディがホームに鳴り響く。扉が閉まる直前、彼の表情は一変して優しい表情へと変わった。


どうか幸せになってくれたまえ


列車の指定座席に座りながら窓の外を眺める。窓の外は綺麗な桜並木が私を見送ってくれた。
石丸君の言葉を思い出す。初めて会ったときから一緒に出掛けたとき、そしてさっきのこと。最後の言葉を思い出すと涙が自然と溢れた。その言葉は石丸君らしかった。石丸君の気配りが私の心を惹きつけては狂おしい程に締めつけてくる。でも最初の出会いのときみたいに一瞬だけ彼の言葉を忘れてしまった方が私にとって幸せなことだったのかもしれない。
私は石丸君が好き。今でも好きなんだ。幸せになってほしいって言われて本当は嬉しいはずなのに。何かの感情をぐっと抑えたような笑顔で言われたら私だって心の中を汲み取ってしまうのだ。
石丸君は言葉も表情も嘘はつけない。きっと自分の感情よりも私の将来を優先してくれたのだろう。私の未来の中に彼の姿はいないのだ。今まで1番優しくて残酷なものだった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -