憧れガイドさん



ミートソースドリア。
チェーンレストランで頼んでいる私の好きな食べ物だ。
いつもなら10分あれば平らげてしまうものなんだけれど今日は20分以上もかかってしまった。


「いやあ実に楽しかったな。街の風情を感じられて良い気分だ」
「そうなんですね!そんな素敵な所へ行っただなんて羨ましいです」


今この状況が信じられない。
職場で同じ部署であり、憧れの先輩である石丸先輩とチェーンレストランで食事をとっているなんて。緊張のあまり、食べるスピードが遅くなっていく。


「みょうじくんも旅行の趣味があるなんて意外だったぞ」
「それは私もです。先輩こそ仕事しているイメージが強くて、その、仕事が趣味みたいな感じがしていたんですよ」
「少し前までそうだったのだが……日本各地の歴史ある建造物を散策するとより知識が深まるからな」
「分かります。教科書で見た建物を見ていると私が生まれていない時代もここにあったんだなぁって感慨深くなっちゃうんですよね」
「僕もそう思ったさ」


だからいつの間にか旅行が趣味になったんだ、と先輩は笑った。先輩は仕事に集中していて近寄り難い雰囲気を纏っているが、職場の休憩時間に趣味の話をしていたら意気投合し、あっという間に仲良くなってしまった。しかし話していると石丸先輩のイメージがガラリと変わる。目の前の姿は好奇心溢れた純粋な男の子のようだ。
最後の一口を頬張りながらあれこれと考え事をする。次は何を話そう。


「みょうじくんは次はどこへ行くか決まっているのか?」
「ええと、今度は海を眺めたくて海岸へ行こうかと」
「そうか。ならば夕陽を眺めるのがいいぞ。前行った所は神社の鳥居越しの海の夕日が素晴らしかった」
「素敵です!それってどこでしょうか?」


想像するだけで神々しい。私は石丸先輩からその場所を教えてもらう。片道2時間と少し遠いが日帰りで行けそうだ。携帯で地名と海岸の名前をメモする。石丸先輩の知識と記憶力は凄まじいものだ。有名な学園出身とは聞いていたけど予想以上だった。建造物の名前からその造りの由来、それに伴う歴史の内容をサラサラと話していく。しかも凄く分かりやすい。私に合わせて噛み砕いて話しているんだと思うと頭が上がらなかった。


「後、この時期は水仙がよく綺麗に咲いているから見にいくのもいいだろう」
「ありがとうございます。流石先輩ですね。まるでガイドさんみたいです」
「そんなことはない。僕だって何回か旅行してやっと身についたのだから」
「春になったら桜の綺麗な場所も知ってそうです」
「勿論。桜は僕の地元だって負けていないぞ。その時期になったら案内しようではないか」
「本当ですか!?」


やったと心の中でガッツポーズをする。石丸先輩のガイドを聞けるのは嬉しかった。先輩が見てきた景色をこれから見られると思うと楽しみで仕方ない。


「その次はみょうじくんも案内してもらうからな」
「えっ!?私の拙い知識で満足出来ないと思いますが…」
「構わない。みょうじくんの見てきた景色を僕も見てみたいからな。そのままの感想を言ってくれればいい」


同じことを考えていた。その事実に何故だか照れ臭くなる。屈託のない笑顔でそう言われると縦に頷くしかなかった。


「さて、そろそろ帰ろうか」
「はい!あ、ご飯代いくらでしょうか?」
「そうだな…今日の分は僕が出しておこう」
「あ、ありがとうございます!」
「旅の話を聞けて楽しかったからな。また旅の感想を楽しみにしている」
「はい、土産話を持って帰ってきますね」


店を出て駅まで歩く。先輩と帰る電車は違うから改札をくぐってしまったら互いに違うホームまで行ってしまう。冷たい風なんて感じないまま、ほんの僅かな時間でさえも石丸先輩と話せる時間が温かくて幸せだった。


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