大切な友達



どくん、と心臓が止まった感覚を覚えて死ぬんじゃないかと子供ながらにそう思った。
私がこの街に引っ越してきたときに近所に住んでいた男の子がいた。
その子が挨拶したときにあまりにも呆然としてしまって「早く挨拶しなさい」と急かされたものだ。

「みょうじなまえ"お姉ちゃん"というのだな!僕は石丸清多夏だ!よろしくな!」

その子は私よりも年下でまだ幼稚園に通っていた。それなのに礼儀正しく、明るい笑顔をしていた。
礼儀もほとんど知らない小学生の私には年下なのに大人っぽいという理由で憧れていた。


彼は幼稚園生なのに遊ぶこともせず、ずっと勉強をしていた。
当時勉強嫌いだった私は勉強ばかりしてる彼を可哀想と思い、こっそり彼を誘って一緒に遊んだことが1回だけあった。
彼と公園で遊ぶのが楽しかった。滑り台、砂場、ジャングルジム、四葉のクローバー探し…なんでも遊んだ。
彼はやっぱり幼稚園生だから、笑顔が陽射しに照らされて光り輝いていた。
とはいえ、流石に私も夕方になる前に帰らなきゃいけない。最後に遊んでない物で遊んで帰ろうとした。

「きよくん!こっち!ブランコ乗ろうー!」
「ああ、待って!」

少し鉄が錆びたブランコの持ち手を持って大きい弧を描く。
最初は2人で楽しんでいたがきよくんがゆっくりと漕いでいるのが気になり、こっちも漕ぐのを止め普通に座った状態になった。

「きよくん?どうしたの?」
「あのね、なまえお姉ちゃん。僕はこうやって遊んだことなんて無いのだ」
「えっ!?幼稚園にもブランコとか滑り台あるでしょ?」
「幼稚園は小学生になる為に"学ぶ"ものだって親や祖父母から聞いた。だから休み時間になっても遊ぶ時間になってもずっとノートに文字を書いている」
「幼稚園はお友達と遊ぶとこだよ?」
「いや、遊んだことがない。だから…同じ組の子達に嫌われてる、のかも」

そう言ってきよくんはぐすっと涙と鼻水が流れる。思わずハンカチを差し出す。

「ありがとう、お姉ちゃん…あ、お姉ちゃんの名前が入ってる…すぐに返すね!…お姉ちゃんは僕の初めての大切な友達だ!」
「うん!私ときよくんは大切な友達だよ!ずーっとね!」

彼は涙と鼻水で濡らしながらニコニコ笑う。その姿は年相応の子供のようであった。


「清多夏!そこにいたの!」

振り向くと大人の女性がこっちへ来る。きよくんのお母さんかな?きよくんが泣いているのを見てお母さんは血相を変え、鬼の形相でこちらを見る。

「まぁ!どうして泣いてるの!?アンタ、うちの子に何をしたのよ!?」
「えっ、」
「お母様!ひぐっ違う!お姉ちゃんのせいじゃ…」
「嗚呼、清多夏!大丈夫よ、一緒に帰りましょ………二度とうちの子に近づかないで、アンタの親にも言っておくわ!」

きよくんには優しい声、私には耳がつんざくような声をかけてきよくんのお母さんはきよくんの手を引いて帰ってしまう。きよくんは泣きながら、何か心残りを残しながらずっとこちらを見続けていた。

何が悪かったのだろう?ただ一緒に遊んだだけなのに…。

あの後、物凄く親に叱られて。きよくんは私と一緒の小学校へ行かず、受験して別の小学校へ行ってしまってそれ以来会っていない。


あれから何年経ったろうか。
今では普通の企業に就職して平凡な日々を送っている。
窓に茜色の夕焼けを映した電車に揺られながら家に帰る。そういえばあのときも夕焼けだったか。そう思いながらスマホの曲をイヤホンで聴きながら電車で降りる。

改札を抜けた先で音楽が変わる。……いや、もう少し明るい曲がいいな。そう思いながらスマホ画面に目を向ける。
そのとき、肩を掴まれた。振り向くとスーツ姿の男性が立っている。そして後ろでバイクが通る音が響く。男性が何か驚いているようで話そうとしていたのでイヤホンを取り外す。

「………君!危なかったではないか!バイクが来ていたぞ!」
「あっ…すいません…」
「歩きながらスマホ見るのは危険だから止めたほうがいい!いや、止めてくれ!」
「はい、すいませんでした…」

男性に思いっきり注意されてしまった…。
確かに男性に肩を掴まれた後にバイクの音が聞こえていたから、もしこのまま歩いていたら危なかったのだろう。

しかし、あの男性何故あんなに驚いていたのだろう。
それに誰かに似ているような。
私の前に歩いて行ってしまったその男性よく見てみるとズボンのポケットにハンカチが見える。それには見覚えがあった。

「あ、あの!すいません!」

思わずその男性を引き止める。そのハンカチはきよくんに渡したハンカチそっくりだった。

「…!なにかね?」

振り向いた男性の顔はどことなくきよくんによく似ている。まさか、

「……間違えてたらごめんなさい。…き、きよくん…?」

恐る恐るその言葉を出してみる。これで別人なら恥ずかしくて家から出られないような羞恥を味わうだろう。
しかし、思いがけないことが起きた。

「…やはり、みょうじくんだったか!」
「はい!みょうじなまえです!きよくん大きくなったね!」
「あっはっはっ、なまえおね…みょうじくんも変わらないなッ!」
「ん?いいよ?お姉ちゃんでも?」
「い、今更こんな歳で呼ぶのは…」
「もー別にいいのに!ちゃっかり私のハンカチ持ってるし!」
「わ、悪かった…!すぐに返そう!」
「いいの、きよくんが使う方が私のハンカチも嬉しいだろうし!」

帰り道聞いてみると、途中まで同じということが分かって一緒に帰った。
何の変哲もない私の話をした後のきよくんの話は別次元だった。
なんと関東で有名な開成灘高校に入っただけでなく、あの希望ヶ峰学園にスカウトで入学し、首席卒業。今は議員秘書をしているのだとか…これまでの人生で既に成功を収めていたのだ。

「すごいなぁ…きよくんは。あっという間に抜かされちゃった」
「なに、みょうじくんも元気そうで何よりだ」
「そんなきよくんと小さい頃遊んでただなんて信じられない…これからも頑張ってね!」
「ありがとう、みょうじくん!」

そろそろお互いの帰り道が違う分かれ道に差し掛かる。何か締まった言葉を考えていたが、嬉しくて全て忘れてしまった。

「じゃあ、ここら辺で…きよくん頑張ってね!何かあったら私に言ってね!」

そう言いながら彼に背を向けて歩く。ありきたりだが、良い別れ言葉だと思った。

「……みょうじくんっ!」

きよくんの声が響き、振り返る。
彼は夕陽に照らされて分かりにくかったが、少し頬が赤く染まっていた。

「…今は選挙期間があるから忙しいが…それが落ち着いたらディナーにでも行かないか?」
「!」
「か、勘違いしないでくれッ!久々にみょうじくんに会えて嬉しくて…もっと君の話を聞きたいだけだ」

まさかきよくんからお誘いが来るなんて思わなかった。
OKの返事を出す声が震えそうになる。

「ええ、大丈夫よ」
「…ありがとう!」
「そうなったら連絡先教えないとね。スマホある?相談とかあったらいつでも連絡していいからね!」
「い、いつでも…か?」
「友達でしょ?」
「………あ、ああ!そうだな!と、友達…だったな!では何かあったら連絡するぞ!」

きよくんは少し目を泳がせた。きよくん、友達と言われて間を置いていたことが気になる。私とは1番の友達なはずなのに失礼しちゃうなぁ。
連絡先を交換した後のきよくんは目を細めて笑顔になる。その笑顔はあのときの笑顔とほぼ変わりなかった。


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