君はどうして



「では行ってきます」


電車の扉が閉まる直前、私は石丸君に何も言い出せなかった。他の人は「頑張って」とか「応援してる」とか笑顔で彼に言葉を投げかける。他の人に合わせて手を振ることしか出来なかった。石丸君は希望ヶ峰学園の入学の為ここから旅立っていくんだ。実感が湧かないまま電車がいなくなるまで手を振り続けた。


数年前、石丸君と同じクラスになっていなかった私は勝手な思い込みをしていた。厳しい、頑固、真面目を通り越して面倒臭い、そんな周りの評価からつい彼から遠ざかっていた。けどある日、そんな石丸君を遠くで見ている内に不思議な気持ちが湧き上がってくる。
気がついたら石丸君を見ていると動悸がして、胸が温かくなって……それが好意だということに時間はかからなかった。
____何で好きになったのかって?
…分からない。気がついたら好きになっていた。私の中で好感度が上がるようなイベントなんて何一つ無かったのに気がついたらそっちの方を見ていた。
きっと、なんだけれど彼に対する評価のギャップなのだろう。彼の見せる満面の笑顔にギュッと胸を一気に締めつけられた。
廊下を歩いているだけでも、彼がこっちに近づいてくるだけで脈を打つのが速くなってしまう。もしかしてという期待感が込み上げてくる。
あ、目が合った。どうしよう、目が合ってしまった。何でかな、私に用があるのかな、なんて色々と考えてしまう。そうしている内に彼から笑顔で挨拶を交わされる。


「おはよう!」
「う、うん。おはよう」
「清々しい朝だな。今日は風紀委員会の集まりがあるからまた委員会で会おう!」


ほんの30秒。いや、少し盛ったかな。石丸君が去った後、彼との会話を何回も繰り返す。声や笑顔を忘れないように。
そうだ、今日は委員会がある。彼に会える!こんなに嬉しいことはない。
けれどこんな気持ちは悟られてはいけない。石丸君に迷惑をかけてしまいそうだから。
委員会の仕事はやることが多くて大変だった。けれど委員長の石丸君がいたから頑張れたと言っても過言ではない。

石丸君が旅立つ前日、委員会の人達で送別会をした。その瞬間だけ石丸君がいなくなってしまう悲しさや寂しさを全て忘れられた。和気藹々と雑談をしている中、隣にいた石丸君と目が合った気がした。


「石丸君」
「ああ君か。何かね?」
「……変なこと聞いていい?」
「ん?ああ構わないさ!」


勇気を出して声を掛ける。幸い私達の話を聞いている人はいなさそうだった。


「……石丸君って名前を呼ばないんだなってふと疑問に思ったんだ」
「いや僕は名前を呼んでいると思うが」
「えっと、私のこと。石丸君の言葉で言えばみょうじくん…って呼ばれていないなって」
「……」


石丸君の様子が一瞬だけ止まったように思えた。そんな反応されるものだから私が何か変なことでも言ってしまったのだろう。


「ごめん、ただ単に疑問に思っただけ。石丸君他の人のことをくん付けで呼ぶのに私だけそういうのないから少し気になって」
「そうか…それはすまなかった」


石丸君が深々と私に頭を下げる。やはり石丸君の礼はいつ見ても完璧だった。


「あっ、石丸。何やってんだよー」
「ああ、これはだな…」
「みょうじさんに何かしたんじゃないでしょうね?」
「それは断じてない!」


礼を見ていたクラスメイトが石丸君を揶揄う。一見微笑ましい光景だったけど結局名前を呼ぶ理由は教えてくれなかった。


石丸君が希望ヶ峰学園へ向かった後、友人に思いきって、名前を呼ばない心理というものはどういうものなのか聞いてみた。
理由は様々で面倒臭い、親しい仲だから、照れるから、名前を覚えないなんてことがあるらしい。
まず名前を覚えないなんてあり得ない。だって他の人にはしっかりと名前を呼んでいるのだから。
親しい仲だから名前を呼ばないというのも考えづらい。親しき仲にも礼儀ありという言葉があるように石丸君も自分の親友にはしっかりと名前を呼ぶ。決して「おい」とか「ちょっと」で人を呼ぶことはなかった。
それなら面倒だった、もしくは照れるからなのかな。どうしてこう心理って両極端な考えが残ってしまうのだろう。石丸君の答えが分からなくなるじゃない。
今となっては迷宮入り。石丸君は私のことどう思っていたのだろう。面倒と思われるよりは委員会のメンバーの1人と思ってくれた方が良いのかもしれない。

ずっとずっと彼の答えの為に心は振り回されていくのだろう。きっと相手は何とも思っていないのに。


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