雨宿り



「あーーもうっ!」


信じられない!と土砂降りの雨の中叫びなら走る。今日の天気は晴れのち曇りで降水確率は10%だったから傘持ってこなかった。10%を舐めてた私が悪いのだけれど、この怒りをゲリラ豪雨にぶつけたくて仕方なかった。灰色に染まった通学路をひたすら走る。ビシャビシャに濡れてしまった服がべったりと肌に張りつき、重みを増してくるのが憎たらしい。しかも通学路といっても人気の少ない道のせいで雨宿り出来そうな場所が無かった。
いや、1つだけ凌げそうな所があった。そう思い出してはすぐにそこへ直行することにした。

幸い人がいなくて助かった。ここのバス停は木製の屋根で覆われ、寂れた広告看板が壁代わりとなってくれる。このバス停にはもうバスは通らない。この場所でバスを使う人が少なくなったからか、もう来月には撤去されると聞いていた。無理もない。こんな辺鄙な場所にバスを通す理由なんて無いのだけれど今日だけはこのバス停に感謝しよう。
屋根の下に辿り着いてすぐに鞄をベンチの上に置く。誰も使ってなかったベンチの上に鞄を伝って雨雫の跡がじわりと広がる。
深い息を吐きながら、ローファーを軽く脱ぎ、靴の中に入り込んだ水を地面に流す。この重くなった服をどうにかして乾かしたい。髪を絞った後は靴下を脱いで雑巾のように絞る。ボタボタと大きい雫が容易く落ちていった。次はスカート、その次はシャツなんだけれど………。辺りをじっくり見渡してからシャツを脱ぐ。下はタンクトップを着ているから大丈夫、だよね?豪雨で誰も来ないだろうと分かってはいたもののすぐにシャツを絞らなければ。雨に濡れたシャツは不快感が増すけれど、脱いでしまうと肌寒くなってくる。ある程度絞り終えたシャツを再度着ようとすると突然大きな音が聞こえた。その音は鞄が落ちた音だった。私ではない別の持ち主の。


「………ッッ!?」
「い、石丸君!?」


豪雨の中で傘を指していた同じ学年で風紀委員長を務めている石丸君は自分の鞄を落とし、私のことを凝視して固まってしまった。シャツの袖を通していたとはいえ、ボタンを1つも閉じないでいた。そのことに気づき、タンクトップ部分を隠したが遅かった。


「き、君、公共の場で何を」
「いや、これは……タンクトップ姿がそんなに公然猥褻に見えるかな?」
「む…」


タンクトップ姿の人なんてあまり見かけないけれど論外というわけではない。
石丸君は口を閉ざしながら傘をたたみ、屋根の下に入る。彼も雨宿りなのだろう。傘をさしていたとはいえ、肩や袖が濡れていた。置いていた鞄を床に置き、ベンチに腰掛けると、石丸君もその隣に座る。石丸君とはあまり話していない関係だからか互いの距離も少し遠く感じた。彼に見えないようにシャツのボタンを留めた。


「……確かにその姿のファッションもあるが、他の人が見たら驚くだろう」
「う、うん。石丸君も驚いたよね、ごめん」
「豪雨だから仕方ないとはいえ、君も折りたたみ傘くらいは持ちたまえ。変な人が君のその格好を見たらどうされるか分かったものじゃない」
「えっと…それは心配して」
「ゴホンッッ!」


実にわざとらしい咳だった。まるでこれ以上は聞かれたくないかのように。さっきの石丸君の発言ってかなり危ないよなぁなんてぼんやり目の前の雨を見ていると、さっきより少しではあるけど弱まってきたようにも思える。


「……………雨、なかなか止まないな」
「うん、そうだね」


少しの沈黙を経てあっ、と思わず声をあげそうになってしまった。
なんて古典的な方法なんだ。風に吹かれて少し肌寒く感じていた体が妙に熱くなってしまったのは完全に石丸君のせいだった。


「石丸君」


なんて返せばいいのだろう。あの言葉の返しは定型文が無かったはずだ。照れや焦りが相まって、すごく恥ずかしかった。
こんなの、普通に伝えればいいのに!
勢いに任せて隣にいた石丸君の大きい手を握るとものすごい速さで彼は驚いた表情を私に見せてくる。


「え、なっ…何をッ!?」
「……雨に濡れて寒いの。雨が止むまで暖めてほしいな」
「……あ、ああ!勿論!」


石丸君の手がギュッと握り返した。力が強くて少しだけ痛い。顔をしかめた私を見たのか石丸君は謝りながら優しく握ってくれた。
ああ、石丸君は少し文学的だなと一瞬思った。手を繋ぐことの意味を分かってくれたと思う。あのように伝えてくれたのに普通に好きだと伝えるのは無粋だった。もうすぐ雨は止むだろう。そのあとは雨上がりの月を2人で見上げて月が綺麗なんて言われたらきっとそういう意味なんだと思う。
死んでしまってもいい、って返すのは嫌だからそのときは私なりにその言葉に対して返してあげるからね。


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