今夜だけは2人きりの世界



雪は懇々と降り駸々と積もり、真っ白い幻想的な銀世界が広がっていく。

だけども、積もりすぎだ。雪が降り慣れていない都会で20センチもの積雪。更にいえば今は5月。季節外れの大雪というなんとも言えないちぐはぐっぷり。


「はー、マジかよ。これは帰れねーな」


窓の外を見ながら和一君は溜息をつく。暫く降りしきる雪を見続けた後、スマートフォンを取り出し耳元に当て、機械の向こうの声を待っていた。彼は超高校級のメカニックで、私の幼なじみでもある。
大型連休のこの時期に外出届を出し遊んできたは良いものの突然の雪が降り、唯一連絡の取れた私の家へ避難してきたようだ。確かに一人暮らししていた私の家から希望ヶ峰学園は電車で数分で到着出来る。電車無しで歩ける距離ではあるけど、こんなに雪が積もるとは思わなかったし半袖にジャケットという彼の服装は今の天候と相性が合わない。

電話を終えた和一君に話しかける。内容からして希望ヶ峰学園の人と話していたのだろうと推測する。


「大丈夫?」
「ああ。交通機関が止まっているから動き次第帰ってくるようにだと。オレの実家にいると言えばすんなり信じてくれたぜ」
「良かったね。後ふらっと嘘つかない」
「だって友人の家つったってあっちが怪しんでくるから面倒なんだよな」


小さく編んだ三つ編みを弄りながら彼は溜息をついた。有名な希望ヶ峰学園は意外と厳しいんだなって彼の言葉から何となく分かる。それもそうか。有能な人材に何かあったら大変だもんね。


「急に来るからビックリしちゃった。いつか遊びに行くとは言ってはいたけど」
「まぁ…悪かったな」
「大丈夫だよ。久々に誰かと過ごすの楽しみだから」


来客用のベッドを用意していると和一君は小さく声を上げた。


「どうしたの?」
「明日の気温25度らしーぜ」
「えーっ、何それ。ここ最近おかしいって!」
「ホントだよな。……それなら明日、電車は動くかもな」
「明日、かぁ。もっと一緒にいない?」
「は、はぁっ!?何言ってんだよ!」
「なーんて冗談!初めてナンパしちゃった」
「……はぁーー!オメーは昔っからだな。オレ相手に初ナンパするんじゃねーよ」


しかも冗談ってなんなんだ!ってあーだこーだ言う和一君に相槌を打ちながら話を聞く。
シャワーお先にどうぞ、とタオルを渡すとと和一君は受け取ってお風呂場へ向かった。
和一君がいなくなったのを見計って自分のベッドの布団に頭だけ埋める。
なーにがナンパだ。下手な冗談ついちゃって自分が恥ずかしくなってくる。
久々に再会した初恋の人の接し方を子供の頃に置いてきてしまったみたい。和一君、と小さく声に出す。同じ屋根の下…頭によぎった妄想が酷く私を動揺させた。バカバカ。和一君は幼なじみ相手にそんな破廉恥なことをする訳がない。


「お調子者で、その癖ビビリで泣き虫で」
「誰のこと言ってんだよ」
「ひいっ!」


肩を震わせながら振り向くと私の用意した大きめのサイズの部屋着を身にまとい体からほんのり湯気が立っている和一君がいた。大きめの部屋着は和一君からしたら丁度ぴったりだったみたい。長い前髪をかきあげる仕草が妙に色っぽく見えてしまう。
そんなことより、私の独り言が完全に聞こえてしまったらしい。一気に体温が高くなった。


「あー、えっと、昔の和一君を思い出してね」
「ほーぉ、オメーも大概だけどな。怖がりでわがままだったし」
「ごめんって!でも夢中になっている和一君はつい見入っちゃうよ。機械の部品弄ってるときとか!」
「……あー。うん、サンキュー」


本当のことを言うと恥ずかしそうに目線を逸らしている。そんな仕草が昔と同じで微笑ましい。


「オメーも何だかんだ優しいからな」
「何だかんだってなによ」
「ま、いいだろ?それにオレはみょうじに会えて嬉しいぜ」


え、と言葉が詰まる。和一君はそそくさと私の用意した来客ベッドの上に寝転がる。もし和一君と一緒に過ごしていたらこんな光景を何回も見れたのかもしれない。


「……あのな、フツーはダチの所に泊まるっつっても野郎の所に泊まるだろ?でもオレはここにいる」
「ここが学園から近いから?」
「だーっ!そんな合理的に考えなくてもいいって。大雪とかそういうの関係無くみょうじに会いたくなったんだよ」
「…ありがとう、和一君」
「そしたら雪で帰れなくなって泊まることになって……オレ嬉しかったぜ。オメーと一晩過ごせるなんて」
「……な、何?急に恥ずかしいこと言わないでよ」
「つまり……そういうこと、だ」
「嬉しいってこと…?私も嬉しいよ」
「………」
「和一君?」


よくよく見ると和一君の方から長めの呼吸音が聞こえてくる。瞬間、強張りつつあった体から一気に力が抜ける。あーあ、もう寝ちゃった。そういえばいつの間にか寝ることが多かったもんね。
もっと話したかったのに。もうちょっとだけ甘い言葉を聞きたかった。でも甘い言葉を流暢に話す彼の姿はとてもじゃないけど予想が出来ない。ごめんね。
和一君の近くまで寄り耳元でおやすみ、と囁くと僅かに体が動いた気がする。まるで言葉を返してくれたみたいで胸がぎゅうっと熱くなった。
小さい頃は朝まで寝ないからって互いに意地張って結局すぐ寝ちゃったことあったよね。
でもそんなこともう忘れちゃったかな。自分のベッドに入りながら、ふと斜め上を見上げる。カーテンの隙間から見える夜空は星空が街を照らしていた。雪はもう止んだみたい。もう和一君とこうして過ごせる時間はおしまいとそう告げられたような気がした。
雪のお陰で普段聞こえてくる車の音や人の声は全くしない。聞こえるのは隣で眠る和一君の小さい呼吸音だけ。たまらなく心地良い音だった。
和一君の寝顔を見ながらウトウトと眠気が夢の中へ誘う。私にとって幸せで静かで優しい夜だった。


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