散桜



むず痒い気持ちだ。
こんなに虫が這いずり回る程の不快感を味わったことがない。片思いの人が好きな人へ走っていく光景なんてあんまり見たくないものだった。けれど、私の目線はついついそんな彼の顔や体、お気に入りの帽子や靴を追っていることも事実だった。

私、左右田君のことが好きです。

勇気を出して左右田君を呼び出して、想いを告げた。ロマンチックだった。桜の花びらが敷き詰められた中庭、放課後のことだった。2人だけの空間の中、左右田君は告白され慣れていないのか目を丸くして驚いて声も出ないような状態になっていた。


「あー…オメーの気持ち、嬉しいんだけど………オレには好きな人いっから」


答えなんて勝ち目なんて無いって分かりきっていた。
いっそのこと真顔で即答でオメーなんて眼中にない、なんてバッサリ吐き捨ててくれれば気が楽になったかもしれないのに、


「…オレのことそう思ってくれて……嬉しいんだけど…わりぃな……」


長い沈黙の末にどうして優しい言葉をかけてくれるのだろう?
彼は戸惑いながらも、私を傷つけないように言葉を選んでいるように見えた。


「…………その、みょうじが良ければ友達として仲良くしねーか?」
「……うん。分かった。左右田君の恋叶うと良いね!」
「………サンキュ」


沈黙と付き合いながら優しい言葉をかけ続け、最後には笑顔でまた明日、と告げた。桜の花びらが舞う中、背中を向いて去っていく左右田君の姿を確認した後必死に耐え続けていた涙が溢れ出す。
こんなの誰にも見せてはいけない。特に同じクラスの子達、その中でも彼の心を奪ったあの子に。
仮にこの会話を誰かに見られたりして、私が泣いていたなんて知られたら左右田君に迷惑をかけてしまう。笑顔で告げた約束が壊れてしまう。
なるべく人気のない所を通って、防音がしっかりしてるこの部屋で戸締りを確認し、涙が止まるのを待ち続けた。
苦しい、彼の優しさが温かくて苦しい。
先程の会話を何回も思い出す。それでも彼は怒っていなかった。真顔になってもいなかった。
ただ…困ったように笑顔を作って向けてくれる彼だった。人を傷つけまいとする彼なりの優しさだったのかもしれない。

ふと部屋の床にはらりと桃色の花びらが落ちる。いつのまにか頭か制服にくっついていたのかもしれない。美しい花びらは彼の背中を思い出してしまう。


「……左右田君」


諦めなきゃいけない。
失恋の傷は時間だけが癒してくれる。誰かがそう言っていたけれど当分の間は立ち直れそうになかった。
次の日は泣いて腫れてしまった目を悟られないように温かいタオルで目を覆い、メイクまでしたけれどやっぱり小泉さんには気づかれてしまった。


「何かあったの?」
「ううん。泣ける映画見ちゃって…ボロ泣きしちゃったんだ」
「そうなんだ、もしかして今話題の犬の映画かな?」
「……うん!それ!それなんだよー」


幸い映画の内容は知っていた。泣ける動物映画ということもあって動物好きの辺古山さんや飼育員の田中君も映画の話で盛り上がった。みんなと話す時間が少しだけ癒された気がしたのも束の間だった。


「田中さん!皆さんもお揃いで何を話しているのですか?」


目を輝かせながら田中君の近くに駆け寄るソニアさん。小泉さんが話題を振り、ソニアさんも話の輪の中に入ることになった。
さっきまで左右田君と2人で話していた筈なのに…。
そう目線を向けると左右田君は置いてけぼりをくらったかのような悲しそうな顔を一瞬浮かべるも、儚げにソニアさんを見つめていた。

そんな顔をしないでよ。
昨日まで胸が張り裂けそうな想いをしてきた私の顔をしないで。

私も左右田君も似たもの同士だった。
片想いの恋をしている人は胸が締めつけられるような顔で好きな人を見つめてしまうのだろうか。

左右田君の求める幸せに私は要らないのかもしれない。
けれど、強欲なことに私は左右田君の幸せな姿を見たかった。それが私自身を傷つけてしまうものだとしても。

だから、左右田君頑張って。
もうそんな顔をしないで。私の前に見せないで。いつものように幸せそうな顔をしながら色んな話を好きな人にしてよ。

私じゃない、人にさ…。


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