檻の中のお人形



"なまえ、大好き"
"…私も"


朧げな記憶。
背の高いあの人の笑顔、私を呼んでくれる声、私を優しく抱きしめる腕…。


「あ……あぁ……っ」


少しずつ鮮明になってくる記憶。
沈む太陽の僅かな光が教室を照らし、2人きりの空間はまるで私達だけのものだった。


"希望ヶ峰を卒業しちゃうけど、ずっとなまえを待ってるからね"
"うん、ありがとう"
"なまえも卒業したら一緒にどこかのアパートでも借りて暮らそう"
"うん、絶対だよ!"


約束の証。そう言って互いに唇を重ね合った。
愛おしい、大切なあの人の唇は温かくて。
体が溶けてしまいそうな位に幸せになる。


「……っ、うぅ」
「全て思い出したかね?」


けど、そんな幸せな夢は叶わなかった。
急に学園に閉じ込められたかと思えば、コロシアイ生活を命じられ、多くの仲間達を失った。あるとき私達は学級裁判でミスを犯してしまった。シロ全員が処刑され、私も死ぬ筈だった。

目を覚ましたときには、何もない真っ暗な部屋の中でポツンと学校の椅子に座っていた。座らせていた、という方が正しいかもしれない。
腕は椅子の背もたれの後ろに回され、ロープのような物で手首を拘束されている。足も同じように椅子の脚部分に括りつけられていた。
目の前には死んでしまった筈のクラスメイトの石丸君が不気味な笑顔を浮かべていた。似つかわしくない注射器を片手に持ちながら。


「みょうじくんが思い出せるように薬を注入したがその様子だとしっかり思い出せたみたいだな」
「……石丸君が、全部こんなことしたの?」
「いいや?僕は黒幕に協力したに過ぎないさ!」
「どうして…石丸君はこんなことしない!」


石丸君に大きい声で叫ぶ。
未だに信じられない。思い出した記憶は平和で、仲間達が笑顔で学校生活を過ごしていて…。まさか記憶がポッカリ空いていたなんて。忘れないと誓ったあの記憶さえも失くしていたなんて。
その記憶の中では石丸君はいたって真面目で秀才の超高校級の風紀委員だ。だからこそ、こんなことをしただなんて信じられない。
もしかしたら石丸君はきっと黒幕に脅されてこんなことしてるだけ…。そうに違いない。
そう何回も思い込んでいても、石丸君の言葉は簡単に私を裏切った。


「こういうことをするしか無かったのだよ。僕には夢があったからな」
「夢?こんなことして叶う夢なんて…」
「あるさ」


カツ、カツとブーツの音がこちらに近づく。恐怖で石丸君の顔を窺えずにいると石丸君は突然私を抱きしめた。立て続けに起きる出来事に頭がパニックになる。


「君を独り占めしたい」
「…は…?」


何を。何を言い出すの?


「君を僕の恋人にする。死ぬまで、そして来世もその先も永遠に君と一緒にいること。それが僕の夢さ」


ゾクリと全身の鳥肌が立つ。石丸君らしい爽やかさなんてどこにもない。
風紀委員とは程遠い色めいた、艶っぽい低い声が私の耳に襲いかかる。
石丸君が離れたかと思うと両手が私の頬に触れ上に強引にひかれる。その先には恍惚に満ちた、嬉し涙をこぼしている石丸君の顔がそこにはあった。


「嗚呼、僕は幸せだ。ようやくみょうじくんを手に入れたんだ」
「っ、な、何で…」
「君を手に入れるのには"あの男"が邪魔だったからな」


あの男…間違いない。記憶の中にいた私の恋人だ。
希望ヶ峰学園で出会った先輩。真面目で優しい先輩に恋した私はずっと先輩のことを追いかけていた。先輩は私のことを好きになってくれて恋人関係となったんだ。


「どうしてだい?僕とあの男はそう変わらないじゃないか。真面目な所、成績優秀な所、僕と似たり寄ったりだ。条件は同じなのにどうして僕を選ばなかった?」
「……は、…え?」
「見回りのときに先輩のクラスに君がいたのは大変驚いたよ。しかも教室であんな不埒なことをしていたなんて不純極まりない」
「…っ、」


自分でも目が泳いでいるのが分かる。先程思い出したあのときを石丸君に目撃されていたなんて…今更なのに顔の温度が上がる。


「僕は困り果てた。何せ僕は超高校級の風紀委員。交際なんて認めない僕が恋をしてしまったんだ。この恋は胸の中にしまっておくべき…そう思う度にみょうじくんのことを更に深く思い続けてしまう!
想いを告げられないまま君は重大な罪を犯した。せめてあの男の本性がどうしようもないクズで無能だったら…そう思っていたよ」
「…ふざけないで。あの人をそんな言い方するなんて絶対に許さないっ!」
「ハハ、そんなに怒らないでくれたまえ。もう過ぎたことだ。もう"終わって"いるのだよ」


終わって…?
疑義の念を抱いていると石丸君は私の考えを見透かしたかのようなニヤリと笑う。


「確かめたいなら確かめるといい」


そう言って手首や足のロープを外す。解放された手や足がじんと痺れている。


「この世界の末路をね」


真っ暗な部屋に突如差し込む光。それは電気とか作られた光ではなく外の世界の光だって不思議と分かった。
久々に見る外…嫌な予感はしたものの覗かない選択肢は無かった。

外の世界は凄惨な光景で自然と呻き声を上げてしまう。
壊れた建築物。原型を留めていない乗り物。道路が見えない位に埋まってしまった人の、亡骸。
私の記憶に残った平和な世界なんてもうどこにも無かった。


「嘘、だよ。これはCGとか、だよね?」
「紛れもない現実だ。君も記憶の片隅にある筈だ。こうなったから僕達はシェルター生活になったと」
「……信じられない。こんなことって」
「あれからどの位の月日が経っただろうか。生き延びている人も少ないだろう」
「……っっ、うぅっ…っ!」


体の力が抜け、床にへたり込み悲鳴に似た声をあげる。喚き、叫び、涙が溢れ、顔がぐしゃぐしゃになっていく。


「嗚呼、可哀想なみょうじくん…いや」


石丸君は泣き崩れる私の隣にしゃがみ込んで耳元で囁いてくる。


「なまえ、大好き」
「ひ…っ!?」
「ずっとなまえを待ってる。一緒に暮らそう」
「……や、やめてッ、やめてよッッ!!」


そんな言葉を吐かないで。あの人が私に言った優しい言葉を真似しないで。
体全体が隣の男を拒絶した。怒鳴り声を上げ、体を触れようとする石丸君の手を振り払う。
逃げなければ、あの世界の中へ行かなければ。私の卒業を待ってくれている恋人を探さなきゃ。激しい動悸が止まらない。胸元をおさえながら逃げようと四つん這いになりながらも手足を動かす。


「ここから逃げられないさ」


いとも容易く足を掴まれ、身動きが取れない。体を捻られ、私の体の上に石丸君が覆い被さり、押し倒されたような体勢にされる。
ガタガタと歯が噛み合わないほどに震えている。
混乱状態で何かを呟いた気がする。何を言ったのか自分でも分からない。その言葉を聞いて目の前の男は眉を潜めながらも噴き出すように笑い始めた。


「………」
「ハッハッハ!"なまえ"くん、僕はあんな男と同じ名前ではないぞ?僕の名前は清多夏だ。さあ、愛の言葉を添えて僕の名前を呼んでくれないか?」
「……………嫌、だ」


こんな世界、現実、そして今言い渡された命令なんて嫌。
そう呟くと石丸君は溜息を吐きながら私の口の中に強引に指を数本入れてくる。指を動かして唾液を絡めとっている様子が気持ち悪く感じた。


「舌を噛み切られては困る。君がいなくなっては元も子もないからな。はてさて、抵抗する君も素敵だ。そんな君がいつ堕ちてくれるのか楽しみで仕方ない」


指を噛み切ってやろうかと噛みつく瞬間にハンカチを口の中に押し込まれ、手首を掴まれ身動きが取れない。
仲間も大切な人もいない、自死することも許されない行き止まりの世界での抵抗はいつまで持つだろう。
時間というのは残酷なもので少し時間が経っただけで少しずつ楽しかった記憶が消えていっているのだ。
いつかは目の前の男と……そんな想像をした自分に酷く絶望した。


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