僕はただ君に注意しただけだ。流石に遅刻を連続でするのはいただけないと。そしたら君は 「石丸君なんて嫌い!」 ……と言って今日の授業をサボっていった。 それが朝の出来事であり、そこから気分は晴れやかではない。 それは周りのクラスメイトもすぐに分かったようで苗木くんに大丈夫?と心配させてしまう。どうしたの?と苗木くんが首を傾げながら言ってくれるものだから、ポツリと愚痴を溢してしまった。 「あー、そうなんだ。それはきっとみょうじさんもみょうじさんで混乱しているんじゃない?」 「混乱?」 「例えば遅刻せざるを得ない状況でそう言われたら、とか」 「遅刻は遅刻じゃないか!学業より優先すべきことなんてあるのだろうか?みょうじくんは少し弛んでいる」 「いやー…一理あるね、あはは…」 困ったように口角を上げる苗木くんの顔を見て、やはりみょうじくんに会う必要があると決意がみなぎる。頑張って、と苗木くんが元気づけてくれた。 放課後、いつも通り見回りをしていたときだ。その後にみょうじくんに会いに行こうと思っていたのだが予定が少し早くなった。 廊下の窓際で佇む人影は今朝僕に嫌いと言った人。 僕に気付いていないのだろうか?ゆっくりと近づいても彼女が振り向くことはない。彼女は何かを持ちながら、茜色に染まった夕日に照らされ1人で溜息ばかりついている。感情的に出た人の言葉なんてあまり信用していないが、彼女に嫌いと言われたのは少々堪えた。 「どうして、あんなこと言っちゃったんだろう」 「こっちが聞きたいくらいだ」 「ひゃっ!?」 思いきり両肩が跳ね、変な甲高い声を上げて僕の方へ振り向くみょうじくんは驚いた表情を浮かべている。引きつったような真剣な表情が表れていた。 「聞かせてもらおうか。どうしてあんなことを言ったのだ?」 「えっと」 「僕は酷いショックを受けたんだぞ。現に君が遅刻しているのは事実なのに感情的に嫌いなんて言われる始末だ」 「…石丸君、」 言いたいことを吐き捨てるとじわりと涙が両目から溢れていく。…感情的なのは僕も同じだなと心の中で自分を嘲笑した。 「ごめん。実はね、これ作ってたんだ」 「これ…?」 そう言いながらバッと僕の前に差し出したのはみょうじくんが持っていたバッグだ。バックを受け取り、中を見れば…何も入ってなかった。 「何も入ってないみたいだが…」 「つ、作ったのはバッグの方」 「え…ああ!」 一瞬疑問に思ったがすぐに解決した。 みょうじくんの肩書きは革職人だ。確かにこの黒い革のバッグは傷一つない新品の物だ。売られている物みたいに、そしてファスナーの色を変えたり、ハンドルと引き手に刺繍が入っていたり細部までこだわりが見られる。 成る程、流石みょうじくんだ。息をのむ程の素晴らしい出来映えのバッグをみょうじくんに返そうとするとその手を彼女は引き止めた。 「どうしたんだ?」 「それ、石丸君に作ったからあげるよ」 「ぼ、僕にか?」 「うん。いつも頑張ってるから」 驚きを隠せなかった。まさか革職人のみょうじくんが僕の為に? そう思うと、胸の中が一気に熱くなる。嬉しい筈なのに胸がすごく苦しく締めつけられた。 「あ、ありがとう…!」 「泣かないでって!後、この前は嫌いなんて行ってごめんね。中々良いデザインにならなくてイライラしてて…ずっと徹夜続きだったし」 「本当だ、君に言われて僕はどうしようかと…!」 「ごめんなさい」 「もう無理はするんじゃない!君の気持ちは充分過ぎる程受け取った。学業も大事だが君の体も大事なんだ」 「えへへ、嬉しい。次は気をつけるね」 「それに…」 涙が頬から落ちながら僕が言い詰まると、みょうじくんは首を傾げながらそれに?とオウム返しのように言葉を紡ぐ。 「君の本当の気持ちを聞かせてくれないか?」 自分としたことが…まだみょうじくんへの気持ちを自分から言い慣れない。君の言葉を聞いてから確かめてからでないと言えない。こんな弱い僕を許してくれないか? そう見つめていると、みょうじくんは目を細めてニコリと笑顔を零す。まるで僕の気持ちを汲み取ったかのような様子だ。 「石丸君のことは嫌いじゃない。大大だーい好き!」 純粋なその笑顔に、作ってくれたバッグを抱えながらみょうじくんを抱きしめた。 僕も君のことが大好きだ。そう囁きながら。 |