寂寞の夜



泣き出しそうな夜、きっと私の心は疲れているんだと分かる。
片手に持っていたお酒の缶をぐいと飲み干す。後味のアルコールが苦くて不味い。

こんなに不味いお酒だったっけ…、はぁと溜息をつきながらスマホを取り出してある所に電話する。
電話の相手は2コール程して繋がった。


「何だよ、こんなときに」
「ごめんね、何てことのない話をだらだらと話したくて」
「ったく、オレも暇じゃねーぞ?」
「うん。ごめんね」


何回か謝ると彼は聞く側にまわって私の話を頷きながら聞いてくれる。


「…お酒不味かった」
「酒?また寝酒とかしてんの?」
「だって辛いときは飲みたくなるんだもん」
「だぁー、ダメダメ。アルコールに頼ってっとロクな人間にならねーから」
「分かってるよぉ、けどこうしないと寝れなくて」


一種の睡眠導入剤だよ、と言うと呆れ溜息がスマホの奥から聞こえてくる。
変な話だけれどこう呆れてくれるのが嬉しい。心配してくれているのかもってそう思えてくるから。


「あ、もう聞いてよ〜!カレー食べようって思って中辛の奴買ったら思いの外辛くてびっくりしたんだよ!」
「話が変わりすぎだろっ!てか中辛で辛く感じたのか?」
「そうそう、涙出るくらいに」
「マッジかよ…」


んーと小さい唸り声をあげながら黙り込んでしまう。そんな彼の向こうで僅かにガヤガヤと騒ぐ声が聞こえた。何だか楽しそう。


「ん、そっち何かやってるの?」
「ああ、クラスのヤツらと夜更かしでパーティーやってんだよ。ゲームとかカラオケとかしてさ」
「青春だねー。そっちは夜中でも集まれるから羨ましいよ」
「まぁな」
「じゃあそこに好きな女の子もいるんだ?」
「な、何言ってんだよ急に」
「あはは、バレバレ」


明らかな慌てように噴き出してしまう。
いいなぁ、楽しんでて。
仕事に追われているこっちにとっては羨ましくも微笑ましく思えた。


「ありがとう」
「あ?」
「少しだけ元気になれたよ」
「そりゃ、良かったな。後はオレ様のアドバイスとしては」
「何?」
「まず今日から早く寝ろよ。そしたらメシを沢山食う」
「フツーの生活じゃん、それ」
「それが出来てねーんだよッ!だから寝酒する、酒は不味く感じて、カレーはいつもと辛く感じるんだろ」


………あり得る。今までの生活習慣からして味覚は確かに変わってそうだ。というか、彼がそこまで心配してくれるだなんて思いもしなかった。


「調べたの?」
「…電話してきては毎回オメーがだらだらとそう言うから」
「わー、調べてくれてありがとう」
「時間使って調べたんだから高くつくぜ?」
「はいはい、何がいいか考えといてね」
「うっしゃ!………ああ、分かった…」


電話口から遠い声で分かったと聞こえる。
誰かと話している様子から、もうそろそろ終わりかな、ってある程度察する。


「みょうじ、オレそろそろ…」
「うん、分かった。この後も楽しんでね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、左右田くん」


短い会話をして電話を切ると一気にこの部屋の静寂が訪れる。
手に持っていた空き缶をゴミ袋に投げ捨てて、体をベッドに預けた。

高校生って羨ましいなぁ、友達と遊んで恋をして……。
…もうそんなことする元気なんてない。
友人達と疎遠になって連絡も取りづらくなって、気軽に話せるのが後輩の左右田くんだった。いや、愚痴を聞いてもらってると言うのが正しいかな。

左右田くんが聞き上手なお陰で電話の後は少しだけスッキリする反面、年下に甘えてまくってる自分がだらしなくて悲しくなってくる。
寝よう。左右田くんに言われた通りにベッドの中に入り、目を閉じた。


……


「フハハ、九頭龍。貴様は愛の呪文さえも器用に唱えるのだな」
「うるせぇ、その口を黙らせてやろうか?」
「フッ、照れ隠しか」


田中にうるせえと言いつつ席に戻る。あれは女子が勝手に曲を入れただけだっての。
中はてんやわんやと大騒ぎしていて左右田が戻ったことに気づく奴は俺だけだったようだ。
左右田は俺の隣の空いた席に座る。誰と通話してた?コレか?とでも左右田の目の前に小指だけを出すジェスチャーをしたがその手をやんわりと退けられた。


「そんなんじゃねーよ」
「急にスマホ持って外出るからそういう奴かと思ったけどな?」
「オレにはソニアさんがいるからな。はっ、次マイク持ってるのソニアさん……!!麗しいお歌を聞かせてください…!」


何だ、違うのかと思いつつもズボンのポケットのスマホに目がいく。ソニアのことになると狂信者になる左右田からこっそりとスマホを奪うのはとても容易かった。

ソニアが歌っている内に通話履歴とチャットアプリを確認する。履歴はみょうじという奴が1番上だった。何だよ、やっぱり女じゃねぇか。

そう思うと、みょうじの所に新着メッセージが今入った。
既読がつかないようにその部分を長押しすると変に胸が高鳴った。

[いつも話聞いてくれてありがとう。そういう所好きだよ。じゃおやすみなさい]

……左右田。テメー意外と罪な男だったんだな。画面を閉じ、そっとスマホを元あったポケットに入れる。
何だか、中身見て悪かったな。心の中で全力で謝った。クラスメイトの歌の内容なんて聞こえない程に。

ソニアの歌を終えた後、左右田がスマホを見て真顔で硬直する姿に笑いを必死で堪えるのが俺としては辛かったな。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -