ある日の午後



今日の採集も終わり、ある程度の部品を製作したところで私達に課せられた課題は終わった。
午後は自室で休む人、食堂で話し込む人など楽しみ方は人それぞれだ。

いつも自室で過ごすのが私なのだが、今日はどこか見てまわろうと思った。
階段を上っていくのは採集ではキツい運動だが、気まぐれで何のあてもなくブラブラするとあっという間に最上階まで行けるものだ。

廊下には誰もいないようで鼻歌歌いながら植物園やその中にいるニワトリを見てまわる。偽物の空とはいえ、外の風景を見れるということはこの閉じ込められる感覚がなくなるのを感じた。
日向ぼっこして眠くなってくる。いけないいけない。何とか瞼を開ける。


「おやおやおやぁ?眠気に負けると校則違反と見なしますよ?」


どこから出てきたのかモノクマがニュルッと私の視界に入り、心臓がドクリと音がしたような気がする。お陰で目が覚めた。


「何何?退屈なの?それなら刺激的なものでもやる?コロシアイ…とか、うぷぷ」
「た、退屈だけど、コロシアイはやめてほしいな」
「なーんだ、やらないの」
「もちろん。それとも私と遊んでくれる?」
「まさかお誘い?駄目ー!そんな先生と生徒のアブナイ関係を作ろうだなんて…」


モノクマは赤面しながらムフムフと声を荒げる。
クマだから許されるが目の前で人間がムフムフしてたらそれはそれで怖いものだ。


「じゃあ、そんな暇を持て余しているみょうじさんに教えてあげようかなー?」
「…ん、何を?」
「武道場行ってみなよ、石丸クンがいるから…うぷぷぷ」
「え、どうして石丸君のこと教えてくれるの?」
「おや、興味津々だねぇ。これは青春ですねぇ」


モノクマは周りに花を咲かせるように笑う。


「みょうじさん個室で石丸クンについて考えてるでしょ!僕見てるんだからね!寝言でも呟いてて監視してる先生も恥ずかしいです!うぷぷ」
「嘘っ!?」
「寝ながら石丸クンのこと思いながらあんなことこんなこと…してないけどねっ!」
「…はぁ」


ため息交じりで相槌を返す。モノクマの言うことはよく分からない。
カマをかけられたかもしれない。実際この場で認めてしまったから。


健闘を祈る、とモノクマがそう言いながら消えると嵐が過ぎ去ったかのように静かになる。
石丸君、か…。どうして私が恋に落ちたのか分からなかった。彼と自己紹介したときから恋に落ちた、いわゆる一目惚れだ。
最近彼のことしか見てないから舞園さんにからかわれてることもあった「鈍感な石丸君以外みんな知ってますよ」と言われたときは恥ずかしすぎて言葉が出なかった。

武道場の前に立つ。ふと扉が少し開いとるのが分かる。少しだけ覗くと、彼は弓を引いて的に狙いを定めているようだった。
後ろ姿しか見えないが、彼の後ろ姿だけでもドキドキしてしまう。姿勢がいいとは思っていたけど、こう弓と矢を持っていると様になる。


「みょうじさん!それで満足してるの!?えっ!?もしかして後ろだけで興奮するタイプ?それとも覗く背徳感が快感になるタイプ?」
「ひゃっ!」


突然後ろから声が聞こえる。こう特徴的な声はモノクマしかいない。しかし後ろから声をかけるとは私をひたすらイジメるつもりか。


「な、何を言うの!?びっくりしたよ!」
「もっとガンガンいきなよ!嫌われるくらいにさ!」
「い、嫌だよ!」

「みょうじくん?廊下にいるのか?」


好きな人の声がする。しかも私だとバレてる。周りを見るといつのまにかモノクマは消えていた。
お手上げだ。そう思いながら扉を開ける。石丸君は目の前で私が来たのが意外らしく口をぽかんと開けていた。


「ああ、…やはり君だったか」
「あはは…ごめんね、騒がしかったかな」
「みょうじくんは午後は部屋にいるものだと思っていたから驚いたものだよ」
「そっか」


そんなに部屋の中で過ごしてるだろうか。
一応人に誘われたらついていくタイプであるが。


「石丸君は何をしていたの?」
「うむ、弓と矢があったから試しにやってみたのだが…中々難しくてな。毎日通ってやっと的に当てられるようになった」
「へぇ、流石!私も試しにやってみようかな」
「ああ!今持っているものを使うが良い!」


そう言って石丸君は私に弓と矢を差し出す。
矢はカーボン製であるが、問題は弓だ。身長を遥かに超えている。
見真似で弓を引いてみるが、意外と力が必要なことに気がつく。
思いっきり引いて矢を放ってみるも力が足りなかったせいか的の手前で落ちてしまう。


「んー、届きすらしなかった」
「最初は僕だってそうだったさ!みょうじくん、まず姿勢がフラフラだったぞ!それで、」


石丸君は私の後ろに立って私の両手を被せた。
姿勢を正してくれるってことは真後ろには石丸君の身体があるってことだ。
後ろに倒れたら石丸君も倒れてしまう。


「そうだな、もう少しこっちに狙いを定めようか」


頭上から石丸君の声が聞こえる。そして遂に?背中から温もりを感じる。
それだけで私の頭はショートしそうになる。


「え、えっと…石丸君…くっつきすぎ…」
「はは、失礼した!みょうじくんが動き辛いかッ!」


違うんだけどなぁ…
そう思いながら石丸君が作ってくれた体勢を崩さず狙いを定める。
ヒュッと空を切るような音がして的はど真ん中…と言う訳でなく、的の外側ギリギリに矢が刺さる。
自分にしてはこれは中々の出来だ。


「おぉ…すぐ的に当てるだなんてスゴイではないかみょうじくんッ!」
「あはは、石丸君のおかげだよ。石丸君教えるの上手だね」
「なに、僕は教えるのが得意だからな!努力した結果が表れたのだよ」


そう言い、的の方を見る石丸君。いや、きっと外側にある桜の木を見ているようだ。
その目は何かを思い出すような、そんな目をしていた。


「どうしたの?石丸君」
「…僕達は入学してきた時、こんな事になるなんて…、そう思ったんだ」
「そうだよね、何だかんだ慣れちゃったけど、慣れって怖いね」
「全くだ」


桜の花びらが1つ1つ散らばる姿はとてもこんな閉鎖空間に似つかわしくなかった。砂利石の上にひらりひらりと桃色の絨毯を作り出していく。


「卒業、というより脱出かな?そうなったらどうなるんだろうね…」
「そこはまだ分からないが、今は課題をみんなでやるしかないのでは?」
「ふふ、石丸君らしいね。いつか脱出したとき、桜が綺麗に咲いていたら良いね」
「…そうだなッ!そして学生らしい生活を送りたいものだ!」


石丸君の笑う声を聞いて思わず笑ってしまう。うん、ずっと続いて欲しい幸せだ。
こんな所で、なんて今更だけど私はやっぱり石丸君のことが好きだ。
脱出して平凡な日常を取り戻せたら、告白してもいいのかもしれない。
恋愛事を知らない彼は驚くだろうな。

でも私はこう思う。こういうのも学生らしいことではないか?ってね。


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