解けない謎



騒がしい教室。いつもの明るい声なんてどこにも無かった。誰も笑顔なんて作っていない、僕含め、皆は視線をある場所へ向ける。

机と椅子。いつもみょうじくんが使っていた場所。そこだけがらんと寂しそうに置かれている。
突如起きたあまりに信じられない出来事に自分自身、そして皆に問いかけるようにボソリと呟いた。


「みょうじくんが……自殺、だと?」


声をかければ良かったのだろうか。少しでも彼女との距離を縮めて共に歩んでいけばこんな風にならなかったのだろうか。

今も鮮明に思い出されるみょうじくんとの記憶は後悔の念を更に一押しさせた。




「石丸くんって、自分の前世について考えたことある?」


その日、日直は僕とみょうじくんだった。彼女の言葉は放課後の夕日が差し込む中で日直帳を書いていた僕の手を止めさせる。



「突然何を」
「気にならない?」
「気にはなるが…それは学生の僕達が今調べるべきものではない」


家系を調べる方法はあれど時間がかかり、それに確実性はない。そう言おうと口を開いたときだ。教室の窓をパタンと閉めた彼女はこちらを振り向いて目を伏せて微笑む。


「もし前世で酷い思いや経験をしていた人がいて…来世は平和の中で幸せに暮らしたい。苦しい思いはしたくない。…そう願ってこの世界に生まれてきたのだとしたら私達は限られた寿命で幸せになるのが義務なのかなって」


突然のことに言葉が出なかった。物静かに、ゆっくりと言い出した言葉の内容はみょうじくんに相応しくない。


「世界の歴史ってそうでしょ?様々な理由で争ってばかりで、格差や差別があって、一人一人嫌なことがあったと思う。そう思うと、私達が平和な世界に文句を言うのって昔の人からしたら物凄い贅沢なのかな」


凛とした声は言葉を紡いでいくにつれ掠れ、僅かに顔を下に俯く。ただならぬ様子に椅子から立ち上がり窓際にいる彼女の元まで近づく。


「みょうじくんはこの学園生活に悩みがあるのかね?」
「…っ」


僕が近づくことを予期していなかったのか少しだけ肩を震わせ、視線が斜め下に逸らされる。その様子で何も無い、というのは嘘に違いない。
学園生活で起こりうるものとしてはまずは勉学だろうか。しかしみょうじくんは成績や超高校級の実技試験では常に合格ラインを超えている。悩む必要など無い。
そうしたら…人間関係だろう。集団生活では個人個人の性格が違う以上、気が合わない者が現れないとも限らない。


「何かあったのか?」
「……」
「僕は皆が快適な生活を送れるように乱れた風紀は取り締まっている。君が不満を持つのなら僕がその不満を取り除こう」


それでもみょうじくんはギュッと唇を閉じる。どうして何も言わないのだろう。もしかしたら男性に言いにくい女性の悩みなのだろうか。まさか真面目な君に限って不純異性交遊による悩みか?……それ以上はやめておこう。その先のことを考えるとどうも背中に冷や汗が流れる。


「…それは僕に言いにくいことか?」
「…ううん。ただ怖いだけ」
「怖い?」
「うん、時々怖くなるんだ」
「何にだ?」
「なんというか…恐怖の対象が分からないんだ。原因が分からないのにただ、怖い」


僕は何て声を掛ければいいか分からなかった。恐怖対象が無いのに怖い、という気持ちが理解出来なかった。だが恐怖に怯えなくて済むのなら何か力になってあげたかった。


「なら僕とその原因とやらを探そうではないか」
「ありがとう。でも付き合わせちゃって悪いよ。石丸くんも疲れていると思うし…」
「しかし、その状態で勉学に励もうなんていくらみょうじくんが優秀だからって放っておけるものか。僕に出来ることがあれば」
「大丈夫」


そう微笑みながら、あろうことかみょうじくんは僕の手を取って両手で包み込んだ。突然手先から伝わる肌の感触に心臓が上下に揺れる。


「なっっ!?」
「あったかい…」


ポツリとみょうじくんは呟きながら僕の左手をギュッと握る。確かに窓の戸締りをしていたみょうじくんの手は少しひんやりしていたが正直言えば僕はどうすればいいか分からずじまいだった。


「……みょうじ、くん?」
「……」


みょうじくんは何も言わなかった。僕の手を握りながら、口角をあげて幸せそうに瞼をゆっくりと閉じる。彼女の体温が僕と同じくらいにあたたかくなる。このまま一緒に溶けていきそうだ。


「ふふ、ありがと」
「あっ!」


みょうじくんは突如僕の方に顔を向けてぱっと手を離した。一気に僕の左手は教室の冷えた空気にさらされ、温度が少し下がった。
…何だか調子が狂う。


「今日はもう怖くないよ」
「は、はぁ…」
「ごめんね、変なことして。おかげで心が安らいだよ」
「…?僕の手を握ることが?」
「うん、何だか浄化された気分。もしかしたらまたお願いするかも」


笑顔というより、ニヤニヤが止まらない彼女はさっきまでの神妙な表情をしなくなった。
もう、これで大丈夫なのだろうか…?元気になれたのだろうか?疑問に思っているとみょうじくんはあー、と小さい声を洩らす。


「迷惑だったかな…?」
「そ、そんなことない!それで君の悩みが無くなるのなら僕は何回でも応じるぞ」
「やった!ありがとう!」


夕陽に照らされたみょうじくんの笑顔は眩しく、頬が火照っているように見えた。と言う僕もきっとみょうじくんと同じような感じになっているのだろう。女性と手を握るのが初めてで、あまりにもみょうじくんが嬉しそうにしているのを見て自分の顔の体温が上がっているのは間違いなかった。





…あれは冬のことだった。みょうじくんはずっと元気そうだった。時たまに僕の所に来ては会話を少しだけして手を握る。それだけだったがみょうじくんは嬉しそうにしていた。恐怖が無くなったと満足そうに。
そう言っていたのに。


今朝、僕達の卒業の日にみょうじくんは屋上から飛び降りた。

目撃者は多数。コンクリートに体全体を強く打ちつけ即死。騒然とした学園内は収まるまでにかなりの時間を要し、卒業式は中止せざるを得なかった。
超高校級の生徒が亡くなった事実はすぐにメディア陣が多数押し掛けることとなり、生徒達はすぐに寄宿舎で待機となった。

しかし1人でなんか落ち着ける訳もなく、フラフラと重い足取りで食堂に向かうとクラスメイトが集まっていた。


「どうして、みょうじちゃんが…」


朝日奈くんが涙を流しながらどうしてと何回も繰り返しながら呟く。側で大神くんが朝日奈くんの背中をさすっている。無理もない。朝日奈くんとみょうじくんは仲が良かった。それに彼女はみょうじくんの死の瞬間を見た目撃者でもある。みょうじくんの死は1番彼女が信じたくないだろうに、皮肉なものだ。


「石丸君」


声を掛けられて下に目線を向けると不二咲くんが目を伏せながら僕の近くまで来る。不二咲くんの目尻は赤くなり、頬に涙の痕が残っていた。


「ああ、不二咲くん」
「あのね、石丸君が来るまでみんなと話していたんだ。みょうじさんがどうして死んじゃったのかなって」
「…そうか。何か分かったか?」
「う、うーん。少し体調が悪そうだったかなってくらい。ほら、みょうじさんって卒業式の予行練習で倒れちゃったときあったよね?」


そういえば。ほんの1週間前のことを思い出す。一人一人証書を学園長から受け取る際に倒れたのだ。体育館内は騒ついたものの、みょうじくんはすぐに立ち上がり何事も無かったかのように振る舞った。しかし壇上から降りたときのみょうじくんの表情は体調が悪かったと一瞬にして分かるくらいに青白かった。


「石丸君は?」
「ん?」
「え、えっとよくみょうじさんと話していたから…何かあったかなって。…ごめんね、石丸君も悲しいだろうに聞いちゃって」
「いや構わないさ。話していた方が気は紛れるからな。…そうだな。みょうじくんが悩んでいることはあったのだが教えてくれなくてな。恐らく人間関係だと思うのだが、不二咲くんは聞いていないかね?」
「えっ、んー…誰と仲悪いというのは聞いていないなぁ。いじめ…なんて無かったよね?」
「勿論だ。そんなことがあったら僕が黙ってない」


そうだ。いじめなんてこの学園ではあり得ない。不二咲くんもそうだよね、と呟く。周りはみょうじくんの話をしていた。入学してからの修学旅行や文化祭、体育祭皆で開催したハロウィンやクリスマス会…今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け抜ける。

記憶の中の彼女はいつも笑顔で溢れていてとても自殺なんかする人じゃない。
どうして君はこの世界からいなくなってしまったのだろうか。
僕は救えなかったのか?
あのとき深刻そうな顔をしていた君の前で生きろ、命を粗末にするなと言うべきだったのだろうか。しかしそんなの今更後悔したって遅い。

もう彼女はいない。どこにも。じんと鼻の奥が痛くなり、両目から涙がようやくこぼれ落ちる。落ち着いた今になってようやく彼女の死をやっと痛感したからだ。受け入れる度にボロボロと頬を流れ、ポタリと雫を作って床を濡らした。


「兄弟…」


僕の様子を心配したのか、大和田くん…兄弟が僕の方へ駆け寄ってくる。不二咲くんも僕の様子に驚きつつも小さいハンカチを差し出してくれた。


「兄弟…、風紀委員は、僕は如何なるときも風紀を守らねばならないのに」
「兄弟が悪い訳じゃねーだろ…そう自分を責めるな」
「だが、みょうじくんはこうして自分の命を絶ってしまった…。苦しんでいる所を気づけなかった僕にも責任はある。助けたかった…」


本心を口から出せば出すほど涙が止まることはなかった。それどころか箍が外れたように体が苦しそうに震え、今まで溜まっていた感情を吐き出すように声を上げて涙を流した。


「みょうじくん…ッッッ」


僕じゃ駄目だったのか?どうして自殺なんてしてしまったんだ?君の言う恐怖ってなんだったんだ。
憤りが混じった悲しみの逃げ場はどこにもなく、その場で泣き崩れることしか為す術は無かった。


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