ピエリスの花(エピローグ)



「みょうじさん、手術は終わったよ。もうー大変だった!病院に侵入してくるやつもいたし急遽立ち入り禁止にしないといけなかったし!」


いつも間にか寝ていたようでモノクマに揺すられて起こされる。目の前にモノクマの顔だけしかなかったから思わず驚いてしまうも冷静さを留めた。


「…あの、それで」
「左右田クンでしょ?大丈夫!成功したから安心してよ!」
「…良かった」
「はい、待たせたお詫びとしてボクのデザインしたモノクマポンチョ!プリチーでしょ!着させてあげる!」


テンション高いモノクマにモノクマポンチョを頭から被らされる。
モノクマの顔が背中にプリントされて、白と黒の二色でデザインされている。


「…悔しいけど可愛いね」
「そうでしょ!そうでしょ!?やはりみょうじさんはセンスがあるよね!ムフフ、じゃあここの区域は手術が終わったから誰でも立ち入るようにするよ。じゃあねー」


モノクマはそう言うと一瞬にして姿を消した。私はベッドで眠る左右田君を起こす。


「左右田君、起きて」


彼のサラサラとした髪を撫でるとゆっくりと目を開け、こちらを見つめる。
私を確認すると安心したようで笑みを浮かべた。


「…みょうじか、おはよう」
「おはよう。あのね、ここにみんなが来るみたいだから移動しなきゃ」
「……マジかよ、分かった」


寝ぼけていた左右田君は私の言葉ですぐに目を覚ましたようで急いで起き上がり両手を使ってベッドから立ち上がった。


「どこへ行くんだ?」
「ジャバウォックランド。かなり広いから逃げ切れると思う。外はまだ夜で明るくなってないからこっそり行けば…」
「分かった…………」


左右田君は暫く黙り込んだ後私を見つめる。


「…どうしたの?」
「何だよ、その趣味悪い服」
「モノクマから貰ったの、ポンチョだって」
「…見事に上半身隠れるタイプだなそれ………オレ思ったんだけどさ」
「何?」
「意識失う前、みんなに体を押さえつけられて腕を斬り落とされたんだよ」


「何で今オレはこうして両手があるんだ?」


両手をマジマジと見つめる左右田君。ぶつぶつと声が聞こえる。そして私の不自然なポンチョ姿と自身の両手を交互に見て、まさか、と叫んだ瞬間私の肩に掴みかかりポンチョを勢いよくめくった。

彼は私をマジマジと見て驚いたと同時に涙を両目から流し続ける。ガタガタと震える感覚が私の体に伝わってくる。


「んっ…!」


左右田君に強く抱きしめられる。熱くなった彼の体に少しだけ寄り掛かった。


「バカなことをしやがって……ッッ!!」




………



「ブッブー!残念でした!みょうじなまえさんを殺したクロはなんと!超高校級のメカニック、左右田和一クンでしたー!」


「そ、そんな…」
「……左右田が?」
「…………」


裁判閉廷。これでオレの"復讐"は終わった。

コロシアイが発生してしまったことにより、全員の洗脳が解かれた。だがここからが地獄だった。
目の前で立ちすくむあいつらは全員オレを虐めた自覚はあったようで、裁判までの捜査時間中オレに謝り続ける者もいた。罪の重さに耐えられず気が狂った者もいた。
それ故に捜査が進まなくてクロを特定出来ず、誰かがオレを殺そうとしてそのときにオレを庇ったみょうじを殺してしまったという結論で裁判を終えたのだ。

裁判場は騒然としていた。
どうして?と問う声も聞こえたが正直みょうじを殺したときからオレの耳にはほとんど届かなかった。
ただこの裁判を生ききる、そしてオレの痛みを知って欲しかった。それだけの為に生きてきたようなものだ。


「ということでシロの皆さん全員分のオシオキを用意しましたー!うぷぷ、絶望しながらお楽しみください」

「………ごめんね、左右田くん、みょうじさん…救えなかったね…」


七海の声が裁判場に響いた。視線を向けると普段見せない七海の涙がポロリポロリと頬を伝って静かに流れていった。


「……オシオキ受けなくたって、こっちで罪を償うよ。……みんなお先にさよなら」
「な、七海っっ!?」


誰かが名前を呼んだ所でもう遅かった。
オレでも信じられなかった。七海はファンシーなピンク色のリュックの中に忍ばせたナイフで自身の首元を引き裂いたのだ。


「いやあああああ!?」
「あーーーちょっと、七海さんっ!?神聖な裁判場で血を流さないでよ!!

……し、死んでるっ!」


ここにいた全員の悲鳴とモノクマの声が響き渡るも七海は目を閉じ、床に血だまりを作って息絶えてしまった。


「全くもう勝手なことをするよー、じゃあ1人ずつ順番にやろっか?」
「ま、待ってくれ!左右田!何も言わないのか!?」
「大体モノクマが私達を洗脳したんだからモノクマのせいで私達悪くないよ!」
「ま、まだ左右田にまだ殴られて許してもらっていないぞ!?」


「………おまえらよォ」


オレが口を開くと一斉に黙り始める。心の中で考えていたことがごちゃ混ぜになってムカムカとイライラが募る。
何もかも口に出して吐き出してしまいたかったが言いたいことだけ選んだ。


「悪かったからとか気の済むように殴ってくれとかごめんなさいとかもうオレは聞き飽きたんだよ」


しんと裁判場が静かになる。モノクマを横目に見るとニヤニヤと気味の悪い笑みをオレに向けていた。
ああ、胸糞悪い。ガリガリと頭を掻きながらみょうじの最期を思い出す。苦しそうに、でも笑顔で死んでいった姿はオレからしたら儚いものだ。のうのうと生きている周りの奴らが憎らしくてたまらなかった。


「おまえらはオレを虐めたいという衝動を抑えきれなくてオレに酷いことしたんだろ?
殴れだぁ?ごめんなさいだぁ?そんなことしたってオレの傷ついた記憶が消える訳でもねーし、みょうじは戻ってこねーんだぞ?」

「で、でもそれはモノクマが…」

「何でもモノクマのせいにするけどよォ……自分がやったという罪の意識感じてねーのかよッッ!?」


泣かないと決めていたのに、みょうじを殺したときに涙は枯れたと思ったのに、ここで涙が流れ続けた。それによって言葉が震え上手く出せなかった。


「そりゃぁ…オレだってよォ…みょうじを殺したことには変わりねーけど…それでもあいつの為に生きなきゃいけなかった。生きて罪を償うのがオレの贖罪だと思ってこの裁判を切り抜けたんだ。………そうじゃねーと、折角貰ったこの腕が無駄になっちまうから…」


みょうじの右腕であったオレの右腕をギュッと掴む。モノクマがやったのだろう。オレの腕に似せていたが僅かに感触が違う。これはアイツのものだと感じさせる。
誰もが反論せずに黙り込んでいるとモノクマの気味悪い笑い声が響いた。


「そーだよねぇ、あくまでボクはオマエラの感情を増幅させただけ!現にみょうじさんや七海さん、そこにいる辺古山さんも自分から左右田クンを虐めてなんかいないよ?オマエラが勝手に左右田クンを傷つけたの!笑顔でね!ボクも身震いしちゃったよ…ゾクゾク。
ボクのせいにして罪逃れしようなんて馬鹿なことしないでよねー!ブヒャヒャヒャ!」

「モノクマも気に食わねーけど……酷い目に遭わせたおまえらをオレはぜってーに許さないからな」
「すまない…左右田」
「辺古山はいいんだよ、オレを助けてくれたし。…だがオメーを巻き添えにしちまった」
「いいんだ、現に私がやったことは許されるべきではない…七海のように罪を償おう」


これから死ぬというのに辺古山は堂々として強かった。それ以外の奴らはまだ気持ちの整理がついていないようだ。呆然とする者、泣き叫ぶ者、自分自身を恨む者様々だったがもうそんなこと関係なかった。モノクマが嬉々としてハンマーを振り上げる。


「じゃあワックワクのドッキドキオシオキターイム!!」


………



病室から抜け出し、橋を音を立てないように渡る。中央の島に花村君の人影が見えて一瞬心臓が止まるかと思ったがどうやら寝ているみたいだった。

2人で顔を見合わせ、忍び足で花村君の横を通り過ぎる。誰にも会うことなく遊園地に辿り着くことが出来た。夜の遊園地と聞けばイルミネーションでキラキラとロマンチックなイメージがつくけど、目の前の遊園地はそんな綺麗なイルミネーションなんて無くて真っ暗で寂しかった。


「…はぁーっ、あぶねー」
「やっぱり見張り立てられていたね。真昼間からだったら危なかったよ」
「ああ、 助かった」
「ううん。どういたしまして、城…いや、ドッキリハウスがいいかも」


左右田君に肩を引き寄せられながら隣を歩く。片腕がないから体のバランスがあまり取れていなくてフラつくことが多かった私を支える為に彼がしてくれているのだ。


扉をあけて中に入ると蛍光色が強い部屋だ。ずっと見ていると目が錯覚してしまいそうなくらいに。
エレベーターに登り、辿り着いた先には蛍光ピンク色のラウンジだ。客室がいくつかあるみたいで1つの部屋に入ることにした。


「…意外と設備が整ってるんだな」
「本当だね、扉閉じちゃうと外の音が聞こえない。防音性がある…それはいいけど追われてる身としては外の音が聞こえないのはリスキーだね」
「別の部屋にするか?」
「ううん、少しだけ扉開けてれば大丈夫だよ」


ベッドの上に2人で座り、何となく左右田君の肩の上に頭を寄せた。まるで恋人に甘えているように。実際甘えたかった。まだ左右田君から返事だって聞いていないのに。

2人で逃げること。それは簡単なものでは無く、1秒ごとに不安と恐怖が重くのしかかる。きっと自分だけではない。左右田君も同じ気持ちだろう。


「……どうした?」
「左右田君って優しいなって。ベッドで私を座らせても、私を支えてくれるんだねって」
「……オメーの為ならこれ位なんてことないだろ」


やけに小さかったその声にゆっくりと顔を上げる。見上げると少し哀しみを帯びつつも優しい笑顔で見てるこっちまで照れてしまう。


「あれ、照れてるの?」
「当たり前だろ!寧ろ女の子に甘えられて迷惑してるやつがいんのかよ…」
「左右田君は分かってても行動に移さなさそうだから」
「うっせ!」


なんてことない短い会話を一つずつ噛みしめる。
今までの左右田君だ。口調からして心が少しずつだけども回復し始めている。こんな元気な声を聞いたのはいつぶりだろうか。左右田君の温かさが伝わってきてこのままだと眠ってしまいそう、ウトウトと意識が離れそうになる。

途端にドアの外の方からずしんと重い音が響き意識がすぐに戻って緊張感が走る。
お互い黙り込み、様子を伺うと何人かがこのドッキリハウスに入ってきたようで扉の外から音が微かに聞こえてくる。


「…離れようか、さっき乗ったエレベーターとは違う連絡エレベーターがあったはず」
「大丈夫か、走れるか?」
「足手まといになりそうなら置いていっていいからね」
「…置いていけるかよ。ほら」


左右田君の肩に重心を乗せて立ち上がる。
幸いまだこのフロアには誰も来ていないようで部屋から出て、安全を確認してから、連絡エレベーター前にまで辿り着く。
壁のボタンを押すとすんなりと開いて、


ぱしゅんと、風と共に何かが突き抜けるような音がした。

………何が起きたのか分からなかった。その音がした直後に私は膝から崩れ落ちていた。


「みょうじ!」


左右田君が名前を呼んだ後にひっと小さく悲鳴が上がる。自分でも分かるこの鋭い痛み。私は目線を下に下ろしたくはなかったのだけれども覚悟を決めて痛みの原因を目の当たりにする。

エレベーター内の壁には仕掛けられたボウガンがあり、私の左肩には細い矢が刺さっていた。見るに耐えられなくてその矢を一気に外す。瞬間私の中でドクリドクリと大量の血が流れているのが分かる。


「…お、おい………」
「大丈夫、かなり痛いけど矢が細くて良かった。………行こう」
「で、でもよ…」
「お願い、せめてここからでも逃げないと」


そう懇願すると涙目の彼は渋々ながらといった表情で縦に頷く。
不思議だ。まだ立てる力も歩ける力もある。これが火事場の馬鹿力というやつなのかな。そう思いながら、エレベーターに2人で乗り、下の階へと移動する。
エレベーターの隅で下の階の様子を伺う。幸い誰かさんは上のフロアへ行ったのだろう。ドッキリハウスから脱出出来た。

矢が細かったとはいえ、かなり体が重くなってきている。体が思うように動かず手足が痺れてきた。真っ暗な遊園地内を歩き回ってる最中に息苦しくてその場に座り込む。

駄目だ、こんな見やすいところで立ち止まっては。
分かってても体が動かない。それどころか視界が歪んできた。最悪だ。ここで足を引っ張るなんて。


「みょうじっ!おい、大丈夫か!?」


只ならぬ症状に気づいたのか左右田君がしゃがみこんで体を引き寄せられる。
声を出そうにもヒューヒューという笛のような音しか出ない。


「見つけましたぁ…みょうじさん、左右田さん」


高い声が聞こえる。この喋り方は罪木さんだろうか。苦しくて上を見上げることすらも出来ない。


「…なぁ、罪木!みょうじを診てやってくれ!トラップでボウガンの矢が刺さっちまったんだ!」
「みょうじさんが…?それは大変ですぅ。でもみょうじさんはあなたみたいな悪魔を庇ってる悪い子ですよねぇ?自業自得ですよぉ」
「そこを何とか頼む!オレを何でも好きなようにしていいから、みょうじを助けてくれ…お願いだ…っ」


私の体を抱きしめながら左右田君は涙声で罪木さんに懇願した。
何でも…それは言っちゃ駄目なのに、また何をされるか分かったものじゃないのに。


「はぁ…これが愛というものですかぁ……」
「はっ……?」
「………なんでもありませぇん、うふふ。診るだけならいいですよぉ」


ふと私の唯一の手を取られる。柔らかいその手は罪木さんの手だ。ある程度手に触れた後に罪木さんは少し悩みながらも口を開いた。


「そうですねぇ…矢が刺さっただけでこんな手の震えがあるでしょうか…恐らく矢の先に毒でも仕込まれていたんじゃないですかぁ?」
「毒…っ!?」
「それで毒が回ってこうして蹲ってるだけでしょう。そもそも何でみょうじさん片腕がないんですかぁ?私達は左右田さんの片腕を斬った筈なのに」
「それは…」
「ふふ、分かりましたぁ。モノクマさんですね。病院が一時立ち入り禁止になったのも片腕を移植する為…。
やはりみょうじさんは悪魔に魅了されちゃったんですねぇ!悪魔の為に片腕を差し出してこれが愛だと囁いたんですね!?私達がどんなに悪魔を切り刻んでもみょうじさんは悪魔の思うままに体を差し出してしまうのですね!?」


突然叫び出す罪木さんの声が聞こえる。普段見せない怒りや憎しみを込めたその声に左右田君も何も言い返せないようだった。


「ああみょうじさん、とても悪い子…ですがとても可哀想ですぅ…。私達が悪魔を退散させないと…!私も皆さんの足手まといにならないように今ここで仕留めちゃいますぅ!」
「みょうじ!逃げるぞ!」
「っ…!?」


突然足に手を回され体が浮き上がる。左右田君にお姫様抱っこされながら遊園地内を逃げ回った。


「待ってください!何でもしていいって言ったじゃないですかぁ!嘘つき悪魔ですぅー!」


後ろから罪木さんの叫び声が段々と遠ざかる。左右田君の服を握りしめながら体を彼に委ねた。



「はぁ…はぁ…」


ネズミーランド城の中に逃げ込み、奥の個室に私を座らせる。左右田君は私を担いで走ったせいか息切れを起こしていた。
最早視界はぼんやりとしていて、灰色と黄色のシルエットしか見えない。灰色は城の壁で黄色は左右田君のツナギの色だろう。
息苦しくて、体ももう動かない。


「みょうじしっかりしてくれ!モノクマ!見てるなら来てくれ!みょうじを治してやってくれ…っ!」


個室でモノクマを叫び続ける左右田君。しかし声は響くばかりでいつものおちゃらけたモノクマが出てくることはなかった。

左右田君を治療することはあっても私を治療することはない。あのときは片腕の移植の為についで感覚で治療してもらった。
それはつまり私が死ぬことでモノクマがずっと待ち望んでいたコロシアイが成立するのだ。左右田君への執拗な虐めはあくまでも動機。動機のタネがすぐ死んでは困る。だから左右田君は生かされている。モノクマが望むのは動機から起こされるコロシアイだから。


「……ちっくしょう……どうすれば…」


近くで鼻をすすりながら泣く彼。何も出来ないと絶望してしまっているのだろうか。


「……そ、………だく……」


吐く息と共に声を振り絞る。
左右田君は私の近くで耳を澄ませてくれた。
かろうじて近くで見ると左右田君の顔が見える。…ああ、この顔、好きだ。なんて変なことを心の中で思いながら、護身用に持っておいた小さいナイフを出すと彼は怯えたようにビクリと体を震わせた。
よくモノクマは私のナイフを没収しなかったな、コロシアイが起こると期待してそのままにしてくれたのだろうか。


「らくに、して…」
「……は?」
「わたしを、…」
「な、何を言うんだよ!?大丈夫だ、何とかしてやるから!みょうじのお陰でオレはここまで生きてこれたんだ!……お願いだから、1人にしないでくれよ…」


オメーがいなくなったら…そう呟いた後に嗚咽を何回か繰り返す。
グスグスと涙や鼻水を流す左右田君は私を強く抱きしめた。
こんなに私のことを考えてくれるなんて……状況に合わない感想を心の中で並べる。抱きしめ返せないのが何とも辛かった。
視界に映る左右田君の右腕をじっと見つめる。この腕が左右田君の助けになるのなら私はここで退場でもいいよね。


「…こんなにオレのことを考えてくれたみょうじが…すき、だ…」
「…っ」
「さっきの趣味わりー部屋でオレに寄り掛かってくれたときだって…すげー嬉しかった」
「そうだ、くん」
「オレを、彼氏にしてよかったのか?」
「…うん……」


荒い呼吸の中で左右田君にゆっくりと縦に頷く。途端に左右田君は声を震わせ、私の名前を何回も呼び続けた。こんな近くで泣かれるともっと耳に響くんだろうけどまるで耳栓をしているかのように声を篭っていて聞き取りづらくなってくる。

もう死期が間近に迫っていると嫌でも分かる。しばらくするとまた彼の声がする。


「……オレは…オメーの分まで生きる……約束する」


彼の声に笑顔を作り、ゆっくりと目を閉じた。感謝の意を込めて。

もう体すらも動かないし、目も見えなくなっているけど、微かに左腕に伝わる彼の温もりと声が私を安心させてくれるのだ。


「みょうじ……大好き、大好きだ…っ」


ドンと胸元に衝撃が走る。痛み、苦しみ全てが襲いかかってきた。ドクドクと胸元から溢れ出る液体。口の中からも溢れる液体は鉄の味がする。


「うぐっ……………っ」
「……うっ、ごめん、頼りない彼氏でごめんな……うあぁぁ……」


彼の苦しみながら咽ぶ声に、言葉をかけてあげたかったがもう時間のようで、視界がどんどんと暗くなっていった。

頼りない彼氏なんかじゃない。
とても優しい素敵な彼氏だったよ。
こんなことさせてごめんなさい。

…もうこんな言葉は左右田君に二度と伝わらなかった。


………



「みょうじさんを殺した理由は裁判では何も言わなかったけど私には何となく分かる。…苦しむ所をこれ以上見たくなかったから、だよね?」

「……ああ。初めて出来た彼女を殺すだなんて思いもしなかった」


モノクマから迎えが来るまで待てと言われ、何も無い砂浜で1人座り込んで佇んでいると背後から声が聞こえる。
聞き覚えのある声。
けど振り向く余裕もなく、海を見つめながら後ろの人物と会話を続けた。
ふと後ろから何かを手渡される。それは子供向けの絵本だ。


「…みょうじさんのコテージにあった絵本。捜査時間のときに見つけたんだ」


パラパラと絵本をめくる。そのストーリーに胸が締め付けられた。まるであいつによく似ている。


「みょうじさんがすごく優しい理由が分かった気がするよ」
「……ああ……そうだな、…だからこそあんな結末になっちまった。自己犠牲精神なんて要らねーんだよ。そこがあいつの欠点だ。でもオレの為に尽くしてくれるあの優しさがとてつもなく大好きだ」
「……ふふ、みょうじさんのことになると妙に嬉しそうだね」
「妙にってなんだよ、オレの大切な人のこと熱く語ってもいいだろーが」
「そうだよね、ごめん。ところでさ左右田くん」
「あ、なんだよ、七海」


オレは声のしている方に体を向ける。やはりそうだった。後ろにいたのは七海だった。


「さっきから突っ込まないよね。クロ以外死んだっていうのに私が今、左右田くんの前にいるなんて」
「そーいやそうだ。冷静になるとおかしな話だ。七海はオシオキ受ける前に自殺しちまったからな」
「自殺というより、ログアウト…かな?」
「…どういうことだ?」


七海の言葉に俺は眉を潜める。七海はいつも通りふわふわとしていたが自分の正体について、自分の使命を説明し始めた。
自分はモノクマのいう裏切り者だったこと。
未来機関によって作られたアルターエゴで絶望になった77期生を助ける為に動いていたこと。
しかしモノクマに乗っ取られてしまい、モノクマの作った"オシオキ"のプログラムに入ると消失してしまうこと。
オレからしたら信じられない話だが洗脳といい非現実的なみんなのオシオキのシーンを思い出すとここはプログラム世界だということにしっくりきた。


「なるほどな。オメーは自殺という形でログアウトすることで消失せずにこうしてオレの前にいるわけだ」
「うん、流石メカニックだね」
「…だったらオメー視点、こうしてオレがクロとして生き残ってんのは納得いかねーだろ。オレ達を救うことが出来なかったんだからよ」
「んー、あれはモノクマのせいだよ。あんな洗脳で一斉に左右田くんを虐めたら、左右田くんだって憎しみが湧いちゃうに決まってる。私もどうすればいいか分からなかったよ」
「優しいんだな。復讐を果たしたオレを擁護してくれるなんてよ。そうか、オメーがオレを虐めなかったのはアルターエゴってやつだからか。人間の欲望を持ってないから……なのか?」
「まあその考えで正解だよ。みんなを虐めないというプログラムは組まれてるしモノクマも私のAIにまで手を出さなかったみたいだし」


そこまで会話すると七海は間を置き、いつもの眠そうな顔とは一変して真剣な表情に変わる。


「左右田くん」
「おう、何だ」
「私はこんな結末を求めてない。未来機関の人と交信してまたこの新世界プログラムをリセットする」
「……リセット、か」
「ゲームでいえば、みんなが修学旅行始めるよーってウサミちゃんが言い出した所からロードしてそこからまた始めるの。だから左右田くんが虐められた記憶も、みんなが虐めた過去も無くなるの」
「……じゃあオレのこの腕は」
「それも無くなる…というか元に戻る。だからみょうじさんも腕が元に戻るよ」


何もかもリセットしてやり直す…。それはみょうじがオレの為にやった行動も無くなるし、みょうじがオレのことを好きだった事実も無くなるのだ。自分の持っている記憶が無くなるのに恐怖を心の底から感じて身震いする。


「…ゲームでいえば、今のオレはみょうじルートだったがそれも無くなると」
「うーん、左右田くん次第でみょうじさんルートはいけると思うよ?ただロードしたときの左右田くんはそんなこと思ってないでしょ?記憶の持ち越し出来ないんだから」
「まぁ、そのときのオレはソニアさん一筋だろうな。ハハッ。
……いいぜ、七海。今のオレの記憶や意識が無くなるのが怖いが、それよりも今までみんなに虐められた記憶の方がずっと怖え。こんな記憶なんて無くなった方がマシだ」
「うん、私もそう思う。あんな形にはもうさせない。私も今の記憶はなくなるけどね」
「みんな根は良い奴だ。きっと何とかなるぜ」
「そうだね、次の私達に期待しよっか」


そうして七海は目を閉じてブツブツと呟き始める。内容からして外部の未来機関の奴と話しているようだと分かる。
右腕をそっと撫でる。自分のではないみょうじのだった腕は自身の腕に似せてあったけどどこか柔らかさを残していた。


「…次のオレがソニアさんルートにいっても怒るんじゃねーぞ?」


左右田はぼそりと呟いて自然と笑顔になりふとみょうじの姿が思い浮かんだ。
自分に希望を持たせてくれた人物にまた会えるのだと思うと楽しみで仕方なかった。そんな感情なんてもうすぐ無くなるのに。
…ああ、やっぱりさっきの呟きは前言撤回。ソニアさん、すいません。次のオレはどうかみょうじに恋してますように。


そろそろだよ、という七海の声と共にグラっと眠気がオレを襲う。ああ、もうすぐか。と目を閉じた。


「みょうじ…」


もうオレの為に周りを敵にすることはない。
オレを守る為に体を張ることはない。
オレを助ける為に腕を失う必要はない。
だからまた平和だったあのときのように笑顔でいてほしい。

ゆっくりと目を閉じてそのまま意識を失った。
次は全員で修学旅行を楽しむのだと。


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