もしも、もしもの話。 この平和な世界が絶望的な世界なら。 私はあの人を守りながら生きれるのだろうか。 「…?」 何を言ってるんだという顔をしながら私を見下ろす江ノ島さん。 誰かに見られることなんてもう気にしない。寧ろ江ノ島さんで良かったとさえ思える。 誰もいない教室で座っている椅子を引く。ギィと金属が床で擦れる音が響いた。 「何があったの、最近元気ないみたいだけど」 心配するような江ノ島さんの声。でもそれは何処か嬉しそうに私の隣の机に座り込む。目の前には短いスカートにきめ細やかな白い肌の太もも…スカートの短さはあの人に散々注意されているのだろうか。 「…彼女」 「は?」 「石丸君に、……彼女が出来た」 「あー、…あーそゆこと」 口になんて出したくなかった。だって自分が認めてしまうような気がしたから。掠れた細い声は自分の涙腺を緩ませる。誰にも言えなかった。超高校級を持った皆が石丸君のことを祝福して、幸せそうに見守っていたから。 密かに想っていた恋心は誰にも打ち明けることなく1人だけ苦しむことになる。 もし、誰かが私のことを気にかけてくれたとしてもこうして"実は好きだった"って泣いたらその人を困らせてしまう。 何故だろう、江ノ島さんには打ち明けてもいいかもってそう思えた。 「まー、そうよね。石丸に彼女出来たなんて最初信じられないっしょ。しかもアンタよりずっと陽キャな奴だし」 「うん、あの子は良い子なんだよ。優しいし。純粋だし。…うん」 「でもみょうじが石丸のこと好きだったって知って、何となく分かった。"みょうじくんを見習いたまえ!"なんて普段の石丸の口癖だった。珍しく身嗜み整ってるし落ち着いているし。それからアンタは石丸の次に並ぶくらいに成績が良くなった。元からアンタは良いけどさ」 江ノ島さんは髪を指でクルクルしながら退屈そうな表情を浮かべる。それでも机に伏せる私のことを見つめてくれる。 「石丸に認められたかった。アイツに相応しくなりたかったんだね」 「…ッ」 江ノ島さんから顔を逸らして机に突っ伏す。思わず涙が零れ落ちそうだったからだ。何とか目の前の人に見せないように何とかして堪える。 「でも叶わなかった」 「…うん」 「よりにもよって、アンタより努力してない子が選ばれた」 「でも、あの子は優しいし私みたいにウジウジしてないし」 「そうやって逃げるの?そんな逃げ方じゃまたすぐ苦しくなるだけなのに」 「そ、それは」 何も言い返せない。アピールなんてしてない自分に振り向いてくれるはずがない。それどころか、 「私、石丸君に距離を置かれていたんだ」 「ふーん、何でよ」 「前やった期末テストの前日に無神経なこと聞いちゃったの。風紀委員の仕事で書類に目を向けていた石丸君がやけに疲れているのを知ってて、"早く帰って勉強しないの?"って。そしたら、"まだ仕事が残ってるから帰るだなんて言語道断だ"って言われちゃって」 「まぁ石丸らしいね」 「そのとき石丸君は明らかに疲労してたし、会話の際、私に目も合わせてくれなかった。忙しかったのもあるけど今までそんなことは無かったから私の余計な一言がかなり怒らせたんだと思う。 …その日から、石丸君は私と距離を置き始めた。私が石丸君の近くにいただけで逃げるようにその場を離れたこともあった。石丸君じゃなくて他の子に用があってそこにいただけなのに」 「ストーカーみたいだって思われた訳ねー。認められたいが為に後先考えない行動言動をしてしまったと。…確かに石丸の彼女は用心深いから、相手に言って良いこと悪いこと選べるタイプだし」 その通り。石丸君と会話したいが為に咄嗟な言葉を伝えた結果、相手のイライラを溜めてしまった。そして怒っていると知ったのは石丸君が私から逃げるように離れたその翌日だった。 怒っている石丸君に怯えてしまったせいか謝る勇気が出ずにズルズルとこうして日にちが経ってしまい、今に至る。 もしも……。たられば理論を展開したってもうこの現実は変わらない。 「後悔してる。あんなことを言わなければって。そうすれば少しは石丸君との関係が改善されたかもしれないって」 「いやー、自分で言ったじゃん。後先考えない言動するって。アンタは別の場面で石丸の好感度下げていたと思うよ」 「あ、あは……そうだよね、私ってどうして」 涙が止まらない。石丸君と彼女が一緒に風紀委員の仕事をしていて一緒に帰る姿も見てしまった。石丸君の隣にいたかった。あの場所が欲しかった。江ノ島さんに見られないように机に突っ伏すも溢れる嗚咽が呆気なく教室に響いた。 「……ごめんなさい、江ノ島さん。…私、今すごく苦しくなっちゃって。石丸君に嫌われちゃったんだって思うと死にたくなっちゃって。何もかも壊す私自身が嫌いになっちゃって。こんなことになるなら好きになりたくなかったって」 「…確かに石丸だって悪い所はあるよ。もし本当にみょうじと距離置いていたとしたら正直そんなことで?って思うけど、石丸は何かきっかけがないとみょうじの評価は変えないだろうね」 「うん…私がどんなに頑張っても、もう私のことなんかより教室に落ちているガムの包み紙の方に目を向けるよ」 はぁと大きいため息をつくと、江ノ島さんは如何にも悩んだ表情を浮かべた。うじうじしてる性格に痺れを切らしてしまったのだろうか。 「まぁ……アタシが慰められるとすれば」 「……ありがとう、その気持ちだけで充分だよ」 「……ぷぷ、アタシと一緒にこの世界を壊しちゃえばいいのよっ!」 へっ? 突然の明るい声色に顔を上げる。誰?いやさっきの声は紛れもなく江ノ島さんだ。なのに、目の前の江ノ島さんはいつもの江ノ島さんじゃない。ニンマリと目を細め、口角をひたすらにあげる。モデルの美しい笑顔とは言いがたい狂気を帯びた笑顔に背筋が凍りついた。 「あ…え、え?」 「何〜?アタシに見惚れちゃった?まぁアタシがこの胸の内をぶっちゃけるとこの世界はツマラナイ訳。正に世紀末的な展開が突然来ればいいのにって思ってて仲間を探してたの。そう、希望なんてどうでもいいと思える絶望に満ちた人間を!…へへへっ、みょうじなまえッッ!アンタ合格だぜッッ!!」 「ひ……あ……え、えの…しまさん?」 いつもの江ノ島さんじゃない。まるで悪党みたいな喋り方をし始める。別の意味で涙が溢れ出す。怖い、江ノ島さんはどうなっちゃったの? 「残姉もこの私様に協力してくれる。そしてある先輩も仲間に加わった…貴様も死ぬくらいなら、何もかも滅茶苦茶にしてからでも遅くないか?」 「何もかも…」 「そう、壊すことに生きがいを見つけるのも悪くない」 あの2人の関係もね。 そのとき思い出されるのは平和なあの2人の仲睦まじい姿。思い出すだけでチクリと針が刺されるような痛みだったのに、今となってはそれが快感へと変貌していく。ああ、自分は何て性格が悪いのだろうか。幸せな人を貶めるなんて。好きな人の好きな人から略奪しようとしているなんて。 平和な世界でこんなことするなんて異端だけど、江ノ島さんの自信ありげな態度は信頼に値する。 「江ノ島さんは何でも出来そうだね。世界を壊しちゃうだなんて無理な筈なのに…」 「そうなのぉ〜!だから、自殺なんてツマラナイことはヤメヤメ!アタシを信じて!」 今度はぶりっ子口調で私の目を見つめる江ノ島さん。流石カリスマモデル。ぶりっ子口調でも様になっている。 石丸君。失恋した女って何しでかすか分からない。貴方に謝るそのときまで世界はどれ程崩れていっているのだろう。 |