捨て鉢



沈黙に包まれた裁判場。今しがたオシオキを終えたのだ。


「……今でも信じられない。ソニアを殺したのが田中だったなんて」


日向君がポツリと呟いた声はこの裁判場によく響いた。
誰も言わなかった、言えなかったのだ。


「………ソニアさん…」


ソニアさんが死体となって見つかってから呆然と立ち尽くす左右田君に目を向けられなかったし、何よりも私の精神が持たなかった。


「うぷぷ、ビックリだよねぇ!ソニアさんが田中クンを誘惑していたなんて!まぁ仲良かったもんね!でも田中クンには好きな人がいて断ったんだよねぇ〜!
うんうん、田中クンが動物みたいにピュアで一途で優しい生徒でした」


モノクマが場を和ませるつもりでニコニコ笑っていたが正直ここに残った全員がそれどころではなかった。


「しかぁし!ソニアさんは諦めなかった!ヤンデレ気質の王女様ってイイよね!気高い華は悪だったね!ボクにもそんな愛情受けてみたかったなぁ…はぁはぁ。…ハッ!ゲフンゲフン!まぁそんなこんなで田中君が大好きなソニアさんはコロシアイで邪魔者2人を消そうと考えたのさ!
1人は左右田クン。ストーカーのようにつきまとう男を甘ーい言葉で誘導してコロシアイに加担させた。クロに仕立てて消すために!
もう1人は田中クンが守ろうとした女の子……ねぇみょうじさん?」


モノクマの視線が遠くから感じられるがそれを無視した。顔を見たら憎らしくて何をするか分かったものじゃないから。いや、校則違反でモノクマに手を上げて死んでしまえば楽になれるのかな。


「あらあら、2人とも無視?」
「……モノクマ!煽るようなことを言うな!」
「日向君は正義感たっぷりで熱血だなぁ…。まぁソニアさんはみょうじさんを狙ったけど、それに気づいた田中クンがソニアさんの凶行を止めようとした!ソニアさんは田中クンに必死に抵抗した!揉めて揉めてその結果…ってやつだね!」


昼ドラよりもドロドロで第三者のボクは見てて楽しかったよとモノクマはケラケラ笑いだす。あんな下品な笑い声なんて聞きたくもなくて両手で耳を塞ぎ目を閉じた。


脳裏に浮かぶのは、夜のさざ波の音、海の景色、そしてまだ生きていた田中君の姿、声、表情。



『……みょうじ、俺様の張った防壁がある限り安心だ。
ここから先は破壊神暗黒四天王と俺様が食い止める。だから…!』

『死にそうなこと言わないで…まさかだけど、どこかへ行かないよね?』

『…フッ、この俺様を甘く見ているな?俺様の魔力に叶うものなどいない。貴様はここで俺様の美技に酔いしれろ』

『第三の眼なんて持ってないからここからだと見えないよ』

『フッ、貴様はまだ魔力が足りないからな……。……ただ万が一、だ。俺様に何かあったら雑種に貴様の監視を命令している。何かあったら雑種に頼るのだ。雑種も雑種なりに使えるからな』

『…ねぇ何するっていうの?田中君!』

『フハハ、みょうじよ!また赤い月光の照らす漆黒の海辺で逢瀬を重ねようではないか!』


よくそんな恥ずかしいセリフを言えるね。
そんな言葉をかける暇もなく彼は私の元から立ち去ってしまった。
夜の海はざわざわと騒然としていて、月も赤くはないが何処か怪しい光を纏っていた。
そんな月の光に照らされた彼の冷静そうに振る舞う姿に違和感を感じていた。小さな違和感は日を重ねるごとに大きく膨らんでいき、トドメは死体発見アナウンスだ。
私は察してしまった。彼の側にいたからこそ分かってしまった。田中君はこの事件に関わっていると。分かっていても裁判で言い出せなかった。いや、言えるわけがない。だって田中君はクロでないとどこかで信じていたから。
仮にクロだったとしても言いたくなかった。田中君が四天王達にご飯をあげて愛でる姿に自分はどこか惹かれていたからなのかもしれない。
何回もお出掛けして、仲良くなった人が殺しなんて想像も出来なかったのかもしれない。そして、私の発言で田中君がこの世界からいなくなってしまうことを恐れていたのかもしれない。


現実は残酷だった。ソニアさんは私のせいでクロになりかけて、私のせいで左右田君は共犯という形でソニアさんのアリバイトリックを作り、私のせいで田中君はソニアさんを殺しちゃってクロになった。

全部全部、私のせいでみんなを不幸にさせてしまった。


そう思うと我慢していた涙が両目からボロボロと零れ落ちた。


「私が……私がいなければ」


無理矢理自分に語りかけて言い聞かせる。そうすることで自分の非を認めて楽になりたかった。自分が悪い。この無残な現実から逃げられる。


「……それは違うよ、みょうじさん」


ハッとして俯いていた顔を上げると七海さんが私の目の前にいて私の肩に手を置く。情けない泣き顔を目の前の彼女に晒しているのにもかかわらず、七海さんは優しく私に話しかける。


「みょうじさんのせいじゃない。悪いのは不安を煽らせたモノクマのせいなんだから」
「な、七海さん…」
「今日はゆっくり休もう、みょうじさんも混乱していると思うから落ち着かないと」
「…………ありがとう」


励ましてくれた七海さんにお礼を言って生き残った数人と一緒にコテージへ戻る。
ベッドの中で身を縮ませ、枕を濡らし続ける。何もしないと事件前の楽しかった思い出が鮮明に蘇ってしまい、胸が苦しくなった。

……

翌日コテージのドアを叩く音がしてドアを開けるとそこに1人の男性が立っていた。


「……いいよ。入って」


この男とは立って話すと長くなりそうだ。そう思いコテージの中に左右田君を入れ、ソファに座らせる。
対面で話せる勇気が無い。ソファから距離を置いてベッドの上に座り込む。
長い沈黙の中、左右田君の方から口を開ける。その声は少し震えていた。


「………みょうじ」
「何?」
「……悪かった、」
「もういい」
「……え?」
「もういいよ、充分だよ」


そう冷たく吐き捨てる。声の低さに左右田君は驚いたことだろう。自分でさえもこんな声出せるのかと驚いているのだから。
忘れてしまえばこんな苦しい思いなんてしなくて済むのに。ここにいる以上、そして左右田君の姿を見る度にあの事件を思い出してしまう。


「どんなに謝っても…田中君は戻ってこないんだから」
「……ッ!」


ふと横目に左右田君を見つめると既に泣きそうな顔だ。目一杯に涙を浮かべて零さないようにしている。

…流石に強く言ってしまっただろうか。コロシアイが起きてしまったのは辛いし、彼のことも少し憎んでいる。しかし、彼自身本当にソニアさんのことが大好きであんなことをしてしまった理由も分かる。きっと私なら田中君を卒業させる為に嘘を言ってしまいそうだから。

……でも、田中君が左右田君に私を任せたとか言っていたけどそんなすんなり受け入れられるものではなかった。
田中君のことは嫌いではなかった…寧ろ好きだったし、探索のときも一緒だった。
牧場によく行って、動物のことを沢山教えてもらって。田中君の言うことがよく分からなくて言葉も調べて覚えたんだ。動物のことや自らの覇王ぶりは沢山話すけど、ちょっと褒めるだけですぐに顔を赤くする。
私とずっと一緒にいてくれた人が、不器用な優しさを持つ人が殺意を込めて人を殺すわけがない。
今更そう思ってもただ虚しいだけなのに。
失礼だけど目の前の人物のことなんか気にする暇なんてない。


「…………」
「……憎いよな、オレのこと」
「…………」
「…なあ」


突然のことだった。ソファから左右田君が立ち上がったかと思いきや両肩を強く押さえ込まれ態勢が崩れ後ろに倒れこんでしまう。


「うっ…!」
「…オレをソニアさんの所へ連れてってくれよ……」
「な、何で」


何が起きているのか分からない。左右田君は懐から出したであろうナイフを自身の首筋に当てる。目を見開いた。彼の目はいつもよりも澱み、まともに焦点が合っていなかった。
左右田君に手を取られ、ナイフを持たされてからやっと私の思考が追いつく。


「そ、左右田君!いくら私でも人は殺せない!」
「オレは今すぐ会いに行きてーんだよ…。ソニアさんみてーにさ、こうして襲ってから返り討ちにされて死にてェ。オメーも田中のような死に方したいだろ?抵抗して目の前のオレを殺しちまってさ」
「っ…!?」


駄目だ、彼は精神が壊れ始めて…いや、壊れているようだ。私が田中君のようにお仕置きをされて死にたい?そんな訳ない。私は確かに苦しいって死にたい気持ちも少なからずあったけど、いざ死ぬってなったら死にたくないってなってしまうんだ。

まともな思考ならそう思うだろうけど、左右田君は自暴自棄になっている。自分で死ぬのが怖くて、私なら殺してくれると勝手な妄想をしているに違いない。

だって…何となく彼のその気持ちが分かるから。


「左右田君」
「……」
「左右田君は、本当は、死ぬのが怖いんじゃないの?」
「…何を言うんだよ」
「…だって手が震えているし、泣いてるじゃん」


合っていたようだ、左右田君の肩は僅かに跳ねて動きが止まる。
その隙にナイフを持つ私の手を固定していた左右田君の手を振りほどき、ナイフをベッドから遠くへ投げ捨てた。
虚しい音を立ててナイフは転がり落ち、音が鳴り止む。

涙がポツポツと雨のように私の頬へ降りかかる。私の上を覆いかぶさる左右田君は嗚咽を零しながら口を開いた。


「……そりゃ、いざ死ぬってなったら怖ェよ…。どうすりゃいいか分からねーんだよ」


なんて返せばいいか分からなくて頷きながら話を聞くことにする。左右田君の本心が覗けるような気がしたから。


「…オメーは覚えてるか?小泉と辺古山の事件」
「うん、…覚えてる」
「裁判の最後、辺古山と九頭龍の会話を覚えてるか?」
「……うん」


ああ、と彼に聞こえないように納得する声を上げる。
そっか、彼は辺古山さんと九頭龍君のように。


「オレだってソニアさんと協力したんだ。…それが殺人だって知らされなかったけどよ。けどあいつらみてーに、オレが庇う形でもモノクマはオレの頼みを受け入れていたと思う」
「…うん」
「オメーも分かってるよな。あの事件の凶器はオレが改造したモノだ」
「……知ってたよ、あんな馬鹿高い火力は既製品じゃない」
「オレが改造したモノで人が死んだならオレがクロ……ソニアさんの後を追えると思った」


確かにモノクマなら面白がりそうだ。あのときみたいに皆が投票に困る展開が出来るから。目の前の左右田君の様子を伺う。酷く苦しんでいる表情だ。


「でも無理だったッ!オレは死にたくなくて、何も言えなかった!」
「……」


左右田君は私から目を背けながら叫ぶ。
利己的な考え。その考えによって結果的に実行犯になってしまった田中君は死んでしまった。


「どうしても死にたくなかった、大好きなソニアさんがこの世界からいなくなったとしても。……はは、オレってやっぱり駄目なのかな」


そりゃソニアさんもこんな奴より田中の方が好きだわな。

そう言い終えると一層雨量が強くなった。
…何だか可哀想に感じてくる。精神が壊れてしまったのもさっきの会話から何となく理解してしまう自分がいる。

田中君。
この人の精神状態で私を任せられないよ。むしろ逆だって。
左右田君が何の為に生きているのか分からなくなってしまっている。それは私にも同じことが言える。

ごめんね。もういない彼に謝りながら、目の前の彼の頭を恐る恐る撫でた。質感の良い帽子は柔らかかった。


「みょうじ…?」


声を詰まらせながら私の名前を呼ぶ。どうすればいいか分からないけど、とりあえずこの状態から解放されたくて、隣のベッドのスペースを指差した。左右田君はそれを見て戸惑っていたものの、体を動かし私の上から移動して隣に寝転ぶ。ベッドの上で男女2人、お互い仰向けだった。


「ごめんなさい」
「…何でオメーが」
「さっきのことだよ、少し強く言い過ぎた」
「………当然だろ、オレは」
「もういいよ」
「んあ?」
「もう自分を責めなくていいよ。自分が死にたくないって誰もが持つ普通の感情だから」


あんな裁判場で殺人について、クロについて話し合うのは正直もうやりたくない。暗くて怖くて、私含めてみんなが人間じゃないのでは?って思えてしまうくらい。疑われたらクロにされて死んでしまうのだ。間違えたらシロは全員死ぬ。みんな必死だ。生きる為に。

だからこそ左右田君みたいに、そして私みたいに精神が参ってしまうことは普通なのではないだろうか。
そんな残酷な場所で友人や好きな人を失い、平然としてられる人はどこにいるだろうか。


「だからって許せるのか?オレは…事件に加担したんだぞ?」
「……最初は許せなかったよ。……ごめん嘘、今でも左右田君を許せる余裕がない。けど左右田君も必死だったって分かる気がする」
「……」


カチリと時計の音が鼓動のようなリズムで聞こえてくる。ゆっくりとベッドから起きて隣の彼を見つめた。


「もう少しだけ時間頂戴。…それでまたお互い頑張っていこう」
「……ああ。みょうじ、ごめん」
「うん、こっちも自分のことで頭いっぱいで…。ごめんなさい」
「…ん」


謝る言葉は不思議だ。こうして頭を下げるだけで気持ちが少し軽くなった気がした。…なんて自己満足だろうか?


「悪かった」
「次脅したらタダじゃ済まないよ?」
「ああ、数日前の狛枝みてーに拘束されたくねェしな。…オメーのおかげで少しは落ち着いた」
「うん、何かあったら言って」


泣いて本心を打ち明けたせいか左右田君の目が腫れているものの表情は柔らかかった。左右田君らしくない優しい笑顔をこちらに向けた後コテージから出て行ってしまう。

今までのことを思い出しているとハッとして床に落としたナイフを取り上げる。光に反射された刃は妖しく綺麗で何かに引き寄せられてしまうような恐怖を覚える。このまま持っていると私も凶行に及んでしまいそうだったのでゴミ箱にナイフを捨てた。

…今は落ち着いたとはいえ、この後も何をするか分かったものじゃない。
このことを口外しないのは日向君だろうか。いざとなったら彼に協力して貰おう。
あぁ、田中君がいればなぁ。もう叶うことのない妄想をしながら食事をしようと食堂へ向かった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -