あの空の向こう



「あっつ。信じられない」


初夏に入る頃なのに長袖でかなり暑い天候だ。夏本番に比べればまだ日差しは弱い筈なのだがすっかり全身が汗ばんでしまう。
パタパタとシャツの襟元をばたつかせ、首元に風を送り込む。
寄宿舎から教室へ移動なんてあっという間なのにベタベタしてて朝から嫌な気分になる。
まだ衣替えではないから暑いブレザーを着なければならない。意外とこういうのは厳しい学園だ。


「おはようみょうじくん!絶好の晴天日和だな!」
「うん、おはよー…」


クラスに入ると石丸君が太陽よりも熱く、眩しい笑顔をこちらに向ける。こんな怠そうにしてる人間にまで笑顔を向けてくれるなんてすごい元気な人だ。でも少し暑苦しいとも思える。
朝からの身だしなみチェックでウンザリしている人もいれば屁理屈言って逃げる人もいた。これもクラスに石丸君がいるからこその風物詩だ。


放課後になれば、友人と遊ぶ人もいれば、真っ直ぐ寄宿舎に帰る人もいる。だけど石丸君はこんな暑い中、日中に立って挨拶運動とやらを続けている。本当によくやる人だ。

外よりかは幾分涼しい廊下の窓から彼を見やる。それをいつから見ていたのだろう。暑くなり始めから、毎日彼のことを見ている。
なんてことはない、ロボットのように動く彼に興味を持ったのか。今となっては分からないけど。

そんなある日。用事があってすっかり夕方になってしまった。廊下は雨上がりのせいで少し蒸し蒸しとした暑さになっている。

寄宿舎の自分の部屋のエアコンがついていれば…。今帰っても暫く灼熱の部屋を体感しなければならないというプチ地獄が待っていると思うとはぁと溜息が出る。


「…みょうじくん?」


ふと顔を上げると目の前には何か書類を持った石丸君が立っていた。暑い中外に立っていたからだろうか。若干肌が焼けている気がする。


「石丸君?」
「早く寄宿舎に戻りたまえ!すぐに暗くなってしまう」


びしっと人差し指をさされる。挙動からして全く疲労を見せていない。彼は本当に人なのだろうか。


「うん、ありがとうね。それよりも石丸君大丈夫なの?」
「はっ…?」
「だって放課後は挨拶運動してるじゃん。疲れてないのかなって」
「…ああ!大丈夫だ!しっかり水分補給しているから安心したまえ!」


そんな姿見てないけどな…。


「それよりも」
「どうしたの?」
「君は今日誰かに呼ばれていたようだが、そっちは大丈夫かね?」
「あー」


用事、のことだろうか。仲のいい先輩にちょっとパシられただけだから何でもないことなのだが気にしてくれたのだろうか。


「うん、もう済ませたことだし」
「あの先輩はときに厳しいと聞く。失礼のないようにな!」
「あはは、大丈夫だよ。そんなことを心配してくれたんだ」
「……?」


冗談めいた笑いに石丸君はキョトンとした表情で僅かに首を横に傾ける。


「……君を心配して何か問題でも?」
「…え」


鋭い瞳に思わず背筋が伸びてしまう。わざと?それとも天然?すんなりと出された言葉は彼のもので彼のものでなかった気がする。


「う、うん。ありがとう」


自分でも小さいと自覚したこの声はちゃんと伝わっただろうか。


「…また明日会おう」


彼は軽く会釈してその場から去ってしまった。
ビリビリと足の裏が痺れる感覚。立ち疲れとかそんなものじゃない。
滴る汗をハンドタオルで拭きつつ、雲ひとつない青空を見上げる。

一線を超えてしまったそんな気がした。


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