パンドラの箱を開けたら希望でした。



未来機関の作る更生プログラムは最終段階に入っている。それでも完成はもう少しだけ時間がかかる。
先日、未来機関の上の者から叱りを受けた。監視対象者と仲良くなりすぎだと。まぁ一理ある。仲良くなってしまうということは絶望しやすくなってしまうからだ。

時間はまだあることだし、これまでのパンドラの箱達の様子はどうか各担当の状況報告を読んでいた。
全員分のレポートを読み終えると、やはり左右田はまだマシな部類だった。
他にも危害は加えない人もいるが、危害を加える人が圧倒的に多かった。
やはり絶望の残党と呼ばれるだけある。


「左右田、何飲みたい?」
「コーラ!」
「了解」


それならこいつは何でマシな部類に入ったのだろう。収監される前はとんでもないやつだったはずなのに。その話を聞いた途端から自衛にかなり力を入れていたのに拍子抜けだ。
左右田にコーラを渡した後、研究机で考え事をする。


「おーい」


背後から聞こえた声にビクッと体を震わせた。しまった、油断していた。
振り向くと顎をくいと上に引き上げられ、左右田の怪しい笑みがよく見える。赤く光った目が私を刺すように見つめてくる。


「オレのこと監視するんじゃねーの?」
「…うん、監視するよ?」
「じゃあ、机に向かわねェでオレのこと見てろって」
「……?」


訳が分からないがとりあえず頷くと顎から手が離れる。
椅子に座りつつ立ち続ける左右田を見つめると彼は何もせずただこっちを見る。
ますますよく分からない。お互い見つめることが何になるのか。


「……え、何?」
「ふっ、ふふっ…ははっ、オメーって堅いな!」
「は?」


突然笑い出す左右田に疑問符が浮かぶだけ。


「オメーってオレのこと何も思わねーの?」
「ん、んー…まぁ以前は死ぬ寸前だった所を助けてもらったし、すこーしだけ優しいと思ってる」
「はぁ少しか。結構優しくしてると思うぜ?」
「そりゃそうかもしれない、けどやっぱり左右田の武勇伝が怖くてね」


そう言うと左右田ははぁーと長い溜息をつき、煙草を1本取り出して火をつける。未成年の癖になんでその姿が様になるんだこいつ。


「ホント、やさぐれたもんだな」
「あ?」
「何でもない、はい、灰皿。左右田のために買ってあげたんだよ?感謝して」
「おっ、気が効くじゃねェか。流石だな」


灰皿を持ち上げて左右田に手渡すと喜んでそれを受け取ってくれた。


「なぁ、オメーの言うパンドラとかって何だ?」
「私が勝手に言ってるだけの言葉」
「そうそう、他の奴に言ってるよな。厨二気質ありなのか?」
「ありません」
「悪りぃって怒んなって。続けてくれ」


左右田は机の角辺りに座り込み、左右田の手が私の頭を撫でていく。
パンドラとパンドラの箱という名前をつけた理由を簡単に伝えると頷きつつ話を聞いてくれる。


「ふーん、成る程な。江ノ島がパンドラねぇ…確かにパンドラも女だしな」
「へぇ、よく知ってるじゃん。パンドラが女って」
「オレってこう見えて結構博識だぜ?イイ所あるだろ?」
「それ自分で言うのかい?」
「うっせ、褒めろ」
「はいはい、よく知ってて凄いなぁー」


少しからかうように褒めると今度は髪をぐしゃぐしゃにしてくる。こんな風にからかっても乱暴にしないんだからきっと絶望する前は優しかったのだろう。


「………なぁみょうじ」


煙草の火を灰皿で消した左右田は窓の外を遠い目で見つめる。元気の無さそうな低い声に声をかける。


「どうしたの、急に」
「…オメーにとって絶望って何だ?」
「何を言うのさ。それ言ったら左右田が私を絶望させにくるだろう?」
「それもそうだな。じゃあ質問を変える。更生プログラムを使ったらどうなる?」


…ほう。そこを聞いてきたか。
伝えるべきか考えたものの、教えてあげることにした。


「更生というより、パンドラの箱の中にある絶望を取り除くんだ。プログラムの中は平和な世界みたいだよ。そこで暫く生活してもらう。
まとめれば、希望ヶ峰学園で過ごしたときの高校生に戻るだけで、パンドラに関わった事実も人を殺した事実も無かったことになる。良かったね、無罪放免ってことさ」


そう告げると左右田の顔は真顔になり、真っ青になる。無理もない。更生プログラムと言いながら一部の記憶が消えるんだ。それがどんなに恐ろしいことなのか同情する。


「そ、それならよ、オメーとのこの記憶は?」
「ん?」
「みょうじと過ごしたこの数週間の記憶は?」
「消えるよ、私と過ごした記憶も消えるに決まってる」


少し吐き捨てるように呟く。そう、この数週間の記憶は私だけが持っていて左右田には何も残らない。確かに寂しくなる。実を言うと左右田と過ごした数週間は楽しかったからだ。
よく話しかけてくるし、表情豊かな姿は本当に絶望に染まったのか?と思わせるようなものだったから。
絶望的事件さえ起きなければ仲のいい友人にはなれただろう。


「もしオレが更生したら、オメーは会ってくれるのか?」
「規則だから会えないよ」
「は、規則…?」
「左右田含め、パンドラの箱を収監するっていうのは沢山の規則を守っていかなければならない。アルバイトでも守秘義務なんてのがあるだろう?それと同じさ」


押し黙ってしまった左右田に追い打ちをかけてしまうように話を続けた。


「やってはいけないのが、更生後のパンドラの箱に会うこと。更生プログラムは作られて初めてパンドラの箱に起動するんだ。記憶が完全に消えないとも限らない。私達監視者に会うことで絶望のときの記憶が戻ってしまう可能性もある」


そう、だから絶望に心を許してはいけない。更生プログラムを起動したらそれはある意味左右田との永遠の別れなのだ。
机の上に散らかったレポート用紙に紛れた1枚を取り出す。それは左右田が絶望に染まる前の人物像が書かれた報告書だ。
左右田は何も言葉が出ないようで黙り続けている。


「左右田はイマドキの男子高校生だ。友達とバカやったり、エンジンを好きなように改造したり、ステキな女の子に恋する青春まっしぐらの高校生。
お調子者だけど実は寂しがりで小心者、感情豊かでお人好しなところあり。こんな事件に巻き込まれていなければ友人になりたかったよ。
絶望のときに知り合った私のことなんて忘れてしまえばいい。左右田には幸せに過ごしてほしいからね」


報告書に書いてあった左右田の性格を言い並べつつ、自分で言ってて胸が苦しくなる。確かに更生してほしいがそれは私のことも忘れてしまうこと。監視者なのだから当たり前なんだけど複雑なものだった。


「……そんなの、」


声がか細く聞こえてくる。左右田の方に顔を向けたときにはもう遅かった。
左右田の両手が私の首を掴み、力を強く入れ始めた。


「……んぐっ!?」
「そんなの、オレはイヤだ…ッッ!」


ボロボロと両目から涙を流す左右田にぎゅうっと締めつけられ、マトモに息が出来なくなる。左右田の両手を引き離そうとしても男の力には敵わない。また更に力が強まっていく気がした。

しまった、喋りすぎてしまったか。
指の腹が首によく食い込み、気道を塞がれ意識がフラフラとしてくる。

…意識が薄れていく中で頭がおかしくなってくる。もういい、って。左右田になら殺されてもいいかもしれないって思えてくる。
監視者が監視対象者にベラベラ話してはいけないというバチが当たったのかも。
左右田の力なら私の首なんて一思いに折ってくれるだろう。
こいつの悲しい顔なんて見たくもない。ゆっくりと目を閉じ、抵抗する手も離した。


「………何でだよ…何で抵抗しねーんだよ…ッ、オレ殺すんだぞ?オメーはオレを監視するんだろ?監視するやつなら、頼む、抵抗してくれよ、オレを"止めて"くれ…」


目を僅かに開いて左右田を見た。今なんて言った?止めて?
嗚咽混じりの声は悲痛な叫びをあげていた。なんだよ、パンドラの箱らしくない。


「…そ、うだ…」
「う、……みょうじ……」


名前を呼ばれた瞬間左右田の両手から解放され、突然流れ込んでくる空気に咳き込む。
咳き込んでいると、座っている私の膝元に体重がのしかかる。
左右田を膝枕している感じになっていて少し驚いてしまった。


「オレはオメーとの記憶を消したくねェ、みょうじと過ごした数週間が楽しかったんだ。
確かに最初こそはオメーを絶望させる為に生きてたけど今は違ェ。一緒にいたいって何故か思えてきて…だから更生するのも悪くねーなって。けど更生プログラムの話を聞いて混乱しちまった。イヤだ、忘れたくねーよ」


泣きながら胸の内を打ち明ける左右田に嘘ついてる様子なんて全く無かった。まさか同じことを考えてるなんて思いもしなかった。突然のことに今度は自分が黙ってしまう。


「…好きだ、みょうじ」
「……なっ!」
「頼む、こんな気持ちを無下にしないでくれ…」
「そ、そんなこと言われても…左右田には好きな女の子がいたはずだ!」
「それは絶望に染まる前の話だ。まぁオレの気持ちなんて一切届かなかったけどよ」
「で、でも……」


突然のことが続きすぎて頭がパンクしそうになる。確かに前々からアプローチしてくるとは思ってた。けどそれは私を絶望させる為のからかいにしかすぎなくて他に本命の子がいるとばかり思ってた。


「みょうじ、オレさ、自分で更生するから、頑張るから…そのプログラムを免除なんて無理か?」


涙目で訴えてくる左右田に私の心はどんどんかき乱されていく。
揺さぶられていく心情をどうすればいいのか、自分はどうすれば左右田の為になれるのか、考えていく。
けど、それでも。


「…駄目だよ、パンドラのことは知ってるの?」
「……ああ。そうか、そう、うん、そうだったな」
「パンドラだって大切な人はいた。幼馴染の男の子に、双子のお姉さん。けどパンドラは自分が絶望する為に2人とも殺した」


左右田が私に好意を持っている時点で察してしまった。左右田はまだ絶望の人間。パンドラによって災いを引き起こすパンドラの箱だ。そんな人間が自力で更生すると言ったとしても完全に絶望が消えることはない。
恐らく今後、殺人衝動が現れるだろう。そうなったら本当に殺人者となってしまう。実際こいつらは殺してるんだが。
左右田は何回か頷き、泣き腫らした目を伏せながら乾いた笑いを浮かべる。


「は、はは…さっきみたいにオメーを殺して得る絶望を求めちまうかもしれねーのか…」
「もし左右田がそれでいいなら未来機関の上の人間に訴えてプログラム免除してもらうけど」
「やめとく。オメーを殺したくねェ」
「…即答だなんて珍しい。出会ったときとは変わったんだ」
「あたりめーだろ。みょうじが死ぬかオレの記憶が消えるなら後者だ」
「そんなに好かれてたんだ、知らなかった」
「マジかよ…オメーのこといっぱい考えてたのによ」


左右田の真っ直ぐな眼差しにこちらが動揺してしまう。これが口説き文句か。案外悪くないなと小さく笑った。


「なぁ、オレの記憶消えちまうならオメーだけ覚えてくれよ。みょうじのことが好きな男がいたって」
「バカなこと言わないで…!悲しくなるだろう」
「へへっ…だろーな。オレが逆の立場なら発狂するぜ」


左右田は立ち上がり、私の手を引いて立ち上がらせ、ぎゅっと私を抱きしめた。
ツナギのオイルの匂いが左右田らしくて安心する。


「悪くない」
「ん、なんか言ったか?」
「左右田とこうするの悪くないなって。安心するんだ」
「かわいーなぁ、そう素直になってくれればいいんだぜ?」


不意に頭をぐしゃぐしゃにしてくる。いつものような少し乱暴だけど優しさを感じる撫で方が愛おしい。
左右田の温もりに包まれているとまた手を引かれ、ベッドの上に2人で一緒に倒れこんだ。

ああ、もう逃げられない。
だけど、ずっと左右田に捕まっていたい。


「…参ったな、左右田に心と体を許してしまいそうだよ。これは規則の中でも最も禁忌事項なのに。バレたら大変」
「へへ、なら見られないようにすればいいんだよ」
「…確かに一理ある」


お互い笑い合った後、電気を全て消し、嫌なことを全て忘れてしまうような夜を過ごした。
誰にも聞かせられない声で左右田の下の名を呼ぶ姿なんて間違いなく監視者失格、そう思いながら。


………
……


「左右田、起きて」
「起きたくねェ」
「気持ちは分かる、決意しただろ?」
「やっぱイヤだ、今日でみょうじと別れるなんてよ」


朝からこれだ。今日は更生プログラム起動の日。一斉にパンドラの箱が集まるのは危険だからと別々に行くことになっている。危険な奴から入れていくらしい。左右田はまだ危険ではない為、かなり後ろの順番だ。
だからまだ時間はあるのだが、その時間が左右田にとっては酷なものなようだ。


「大体よぉ、日程延長しすぎなんだよ。1ヶ月2ヶ月いると、オメーとますます離れられなくなった」
「それはいつも言ってるでしょ?」
「うっせ、うっせ!オメーだってオレのこと思って夜中泣いてたの知ってんだぞ?もー、そんときオレ幸せだったわ」
「な、何でそんなこと知ってんだ!?や、やめて!」
「後は一昨日か?激しい夜だったなぁ。オメーは一心不乱にオレの上で…」
「そーうーだ!!」


こいつ好きなように言いまくって…!ベッドの上で横たわる左右田の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。


「や、やめろって…!…はぁー幸せだったなぁ」
「そんな切ない声出さないで。こっちは左右田と一緒にいた記憶を持ってるんだから。で、更生したら左右田は私の記憶なんて無い」
「そっちの方が辛いな」
「他人事みたいに。左右田が私を最終的に絶望にさせたんだよ?」
「ケケッ、やったぜ」


イタズラに笑う左右田の頬っぺたを軽くつねる。いててと小さな声を出しつつ謝ってくれたのですぐに離した。


「1つの可能性ももちろんあるよ」
「ふーん、何だよそれは」
「更生プログラムがまだ完全ではなく、更生後も私との記憶が残っている可能性」
「ははっ、好都合すぎる不具合だなそれは。…まぁそれがあったらスゲー嬉しいけど」


左右田はゆっくりと起き上がりふわ、と軽く欠伸をする。


「何だかそれ聞いて元気出たわ。そんな希望もあるかもしれねーな」
「そうだね、そんな一抹の希望持ってお互い頑張ろっか」
「だな」


互いにいつもの服装に着替え、研究室の扉を開く。


「結果的にオメーの希望ってやつに伝染されたな。絶望よりも早かったぜ」
「もし絶望が早かったら?」
「多分オメーはオレの後追い自殺するぜ?オメーってオレを崇拝してそーだし」
「そんなバカな。あるわけないだろう」


いつも通りの冗談まじりの会話をしながら更生プログラムがある部屋へ向かった。
希望は前に進む、これもまた未来機関にいた男の子の言葉を思い出しながら更生後の彼を待つことにした。


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